夢、半ば
「死にたい……」
ため息混じりにぼやく。ずっしりと両肩に重いギグケース。
オーディションを受けること数十回。ありがち、凡庸、目新しさがない――。そんな言葉で落選し続けている負け犬がこの俺。
仲間は次で挽回しようなんて言っちゃくれるが、ギターはかけもちしてる別バンドが順調なようだし、ベースは最近実家がヤバいとか深刻な顔をしてたし、ドラムに至っては彼女に生理がこないとかガタガタして履歴書の書き方をググっている始末。
もうそろそろ、終わりなのかも知れない。
俺の人生が狂い始めたのは、一体いつだったものやら。
納戸で親父のおんぼろギターを見つけたことか。中学のころにやたらお袋にバンドなんかやらないで受験勉強しろと言われて反発したことか。高校に入ってからバイト充になって40万近くもする愛機を買っちまったことか。それとも13歳の誕生日で音楽プレーヤーをねだっちまったことか。いや、家のすぐ近くにCDをレンタルできちゃう店なんかがあったことかも知れない。
二十余年を生きてきたというのに地に足もつかずに、いつまでもふわふわふわふわと夢だ何だと口にするのも肩身が狭い。けど、ここで諦めたらそれこそ何も残らないで人生を棒に振ってきたような気もする。まだ20台。されどもう、ガキとは言いにくい年。
成功するまでは女なんかに脇目を振るかと啖呵を切って、今さらそんな若気に至りすぎた宣言を覚えてるやつもいないのにひとりで躍起になって童貞だし。ああ、せめてソープくらい――いやいや、中途半端になったらそれこそダサい。俺は大成功して、全てのスポーツ紙にスクープされるくらいの超美人と電撃結婚するんだ。
そうだ、こんなところで終われない。
ロックに生きて、ロックに俺は死ぬんだ。27歳でファンに撃ち殺されるんだ。
……でも日本じゃちとむずいか。
いや弱気になるな、心意気の問題だ。これからいきなり、ガンガンガンと誰もが羨み憧れる人生にして、あのころは地獄だった――なんて渋く語るんだ。
「よっしゃ、いける気がしてきた! 待ってろ、世界! 今に俺の名前を全世界に知らしめてやらあ!」
メジャーデビューしたら武道館でライブだ。
アメリカツアーをして、ヨーロッパツアーをして、アジアツアーをして、ワールドツアーをして、凱旋ツアーもやって、その全てのステージで俺のロックで全員を熱く燃やしてやる。
でっかく見える満月に、拳を振り上げて誓う。
よし、これを詩にして歌っちまおう。次のスタジオ練習までにメロディーつけて、新曲で次のオーディションへ望めばいい。バラ色の日々よ、待っていろ。
ノー・ミュージック・ノー・ライフだ!!
意気揚々と夜道を歩く。
ほとんど車の通りがない車道に光。こんな夜中までトラックの運ちゃんは大変だ――なんて思っていたら、車道をふらふらと横切ろうとしている人の姿。あれって、ひかれる? トラックのライトに照らされる人影。減速しそうにないトラック。居眠り運転? おいおい、がんばりすぎだよ運ちゃんよ!
「おい、あんた! 走れ! トラック!」
叫ぶなり走っていた。
ガードレールを飛び越え、ふらつく人影へ走る。ギターが揺れる。おいおい、マジかよ、ちょっと! トラックが迫ってる。間一髪で間に合ってその人を突き飛ばす。足が、もつれる。そういや全力疾走とか、どんだけ久々だったか分からねえ――なんて考えたら、吹っ飛んだ。
何もかもがぐっちゃぐちゃに乱れてた。
落ちたのも、分からなかった。まあ、生きてるっぽい? 案外、人って頑丈――いや、俺のギター。よしてくれよ、高校生のころからの唯一無二の相棒なんだぜ!?
「っ……ぁ……ぁ、ぇ」
そう言えば、目え閉じてるつもりもねえのにどうしてこんなに暗い? 街灯のひとつもないんじゃねえか? あれ? 体も、動かねえし。痛みはあんまりだけど体の感覚が妙に、鈍いというか、ないというか、感じられないというか、か、か――?
あれ?
俺まだ27歳になってねえのに、死ぬのか?
まだ夢なんて欠片ほども叶ってないのに。
これからすげえ歌作って、それでデビューしてバラ色の日々のはずだったのに。
俺が真っ赤なお花を咲かせちゃいましたって?
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。そんなはず、ない――のに――だけど……。
俺、死んだ?
……………うん。
…………………………死ぬな、何か、変だし。
今なら、最高にいいメロディーが出てきそうだったのに。