第6話 それぞれの思惑と違和感
結局その後も、田口は素振りや型を行うだけで、模擬戦はしないで終わった。
夕食のあと、田口は早々に自室へ戻り、今日の訓練を振り返りながら、
1人で魔法の訓練を行っていた。
別に響子に[才能無し男]と言われたからでは無い。無いったら無い。
練習していたのは【時空魔法】の短距離転移だ。もしもの際に素早く動けるように。
範囲魔法などで防御が難しい時のために。
最初、転移するときに服が転移されず裸で転移してしまった時は、再び服を着るのがとても「虚しさ」を感じた。生暖かい下着って・・・
慣れてくると手に持った物も一緒に転移出来るようになり、連続転移で分身の術(連続転移による多箇所同時出現)のように魅せることも出来るようになったが、視覚がおかしくなりそうだったので、早々に諦めることにした。
だって目の前が転移をする度に、視点が変わるのは当たり前なんだけど、例えば5箇所の連続転移をして分身したように見せる場合、視点が5箇所ある訳で。5つの映像がいっぺんに目の前にある状況なんだもん。流石に酔うよね・・・
もっとも【索敵】と【解析】を同時に行うことで視覚情報は手に入るので、
目を閉じることで解決出来たんだけど。
そして、今夜の【創造具現化】は・・・下着である。
上着などは、王都で売られている既成の物を何着か貰ったが、流石に下着は履きたくなかった。
だってスースーしたりゴワゴワなんだもん。【アカシックレコード・アクセス】と【解析】を併用しつつ、こちらに来る際に履いていたボクサータイプのパンツをトレースし、立体的に再生して…とりあえず10枚ほど作成。ついでにTシャツも黒とグレーの色違いを5枚づつ。
そして【時空魔法】の当初の目的である。
四○元ポケット…じゃなかった、アイテムストレージを作成。
時間経過タイプと時間停止タイプの2つを作成。
緊急避難用の部屋も作っておく。名前は…マイ・ルームでいいや。単純だけど。
アイテムストレージ(時間経過タイプ)、マイ・ルームは空気の循環をを考えておかないと。外部と繋げるよりも、魔力で空気を正常に保つ方が、万が一の事を考えると良さそうか。
出来上がったマイ・ルームに入り、部屋を拡張したり、増設したり。常時住むワケでもないから、2LDKくらいで。
当然、トイレとお風呂も「2箇所」作成しました(ラッキースケベ☆イベントに遭遇しないように(笑))
そして寝室にベッドなどの寝具を作成(無駄に大きいキングサイズ)
とりあえず、今日はここまで。ゆっくりとお風呂に入る。お風呂は24時間循環機能付きにして、いつでも入れるようにしておく。
昔、ラブホに行った時に、一坪くらいの大きな浴槽に入りながら「いつかこんな浴槽のある家に住むんだ。」と夢見たもんだ。
ちなみに王城のお風呂(各部屋についている)は浴槽がなく、サウナ風呂のようなものだった。サウナで汗をかきつつ、水で体を拭う感じ。
トイレは和式に近い感じで、紙が「ちり紙」風。厳密にいうと紙ではなく、トチ草という葉っぱを適当な大きさに切って置いてあった。
マイ・ルームから王城に戻り、とくにやることも無いので、ベッドに入り寝ることにする。
◇
ちょうど田口が分身の術で遊んでいる?頃、王城の一角にて密談が8人で交わされていた。
「それで勇者共の様子はどうじゃ?」
「まず、魔法について。田口様を除く4人はかなりの可能性を秘めていますわ。
天野様は光・聖属性の両方が中級までさほど時間も掛からずに到達するでしょう。
剣菱様の火魔法は、いずれ上位の炎魔法まで昇華するのではと思われます。
皐月野様の風・水魔法は、コントロール、精密さでは一番の適性かと。
小山内様は既に土魔法から上位の岩魔法にまで昇華しております。
たった2時間ほどでここまでに至る姿は、もはや嫉妬を通り越して尊敬に値します。
ただ、田口様に関しましては属性魔法の適性が無いようです。どれだけ細かく詠唱を行っても顕現しませんでした。」
「そうか。近接戦闘についてはどうじゃ?」
「剣菱様は素晴らしいですね。すでに兵士長のレベルを超えています。剣技に属性魔法を付与出来るようになれば、師団長レベルも手に届こうかという域に達しておりますぞ。」
「皐月野様は少し集中が乱れることもありますが、そこを差し引いても見事な腕前。最早私と同じレベルと言っても良いでしょう。今後は属性魔法を付与して、どの程度の伸びを見せるかが楽しみです。」
「小山内殿は、所謂天才ですな。油断していたら兵士長クラスは一撃でしょう。すでに岩魔法を纏うことも出来る様ですし、末恐ろしい逸材といったところですかな。」
「天野様は先手を取れるのであれば問題ないのですが、防御に回ると目をつぶってしまったり…心がついていけないと言いますか、まともな訓練をしたことが無いのでしょう。
ただ【身体操作】系のスキルを持っておりますので、いずれ基礎が出来上がれば、戦力として無類の力を発揮できるのではと思います。」
「田口もおそらくまともな訓練はしたことないであろうな。【剣術】スキルも持っていない。ただ、天野と同じく身体操作系のスキルを持っておるじゃろ。
ほんの少し指導しただけで、体幹もブレることなく剣を振ることが出来るようになった。じゃが他の4人と比べると、些か見劣りするのぉ。育っても兵士長レベルであろう。」
「田口様は戦闘ではなく、他の方面のスキルを所持している可能性があります。
昨日も【料理】スキルを持っていないと言いつつ、異世界での料理を再現しました。それがこれです。」
とプリンを皆に配る。「これは料理長に再現して貰ったものですが、これだけで田口様の価値が分かるというもの。」と言って一口。幸せそうに「むふぅ」と声が漏れている。
「…確かに、これはこれでスゴいのだが・・・魔王討伐には関係無いよな?」
「王国国民のみならず、全世界の生きとし者の[胃袋]を掴める素晴らしいお菓子!
きっと魔王討伐後の世界において、周辺諸国を併合するのに無類の力を発揮することでしょう!」
「「「「・・・」」」」
「…ともかく、田口については戦闘には役には立たん。捨て置いても良いであろう。4人を上手く誘導して魔王討伐に仕向けるのだ!」
「「「「はっ!」」」」
「・・・」
◇
そして1週間が過ぎた。
1週間の間、日中4人は戦闘訓練をしたり魔法の訓練をしたり。夜は知らん。
俺はというと日中、王城にある周辺地図を解読(索敵との差異や地名の把握)をしたり素振り(妙に玲子や響子が模擬対戦を申し込んできたが華麗にスルー)をしたり。たまにカーラ王女から、新たなお菓子の作成依頼がありドーナツやらシフォンケーキなどを作ってあげたり(依頼料寄越せって言ったら、なんと金貨10枚(=100万円)もくれた)
夜はマイ・ルームの改造やスキルの検証・生活に必要な小道具などを作成したりしていた。
そしてカーラ王女より、そろそろ補償の件で草案が出来上がるとのこと。
翌日にでも、王より報告があるだろう。俺自身としては、ある程度の金さえ貰えれば良いかなと思ってる。この国の王やイフェルナ教は好きになれないが、他の国へ行ってしまえば問題ない。スキルの検証も一応、目途が着いたので早く異世界を満喫しに旅立ちたい。
そんな事を考えていると、コンコンと扉をノックする音が。
「どうぞー。」
ガチャッと重い音をさせて「失礼します」と入ってきたのは、玲子だった。
「どうしたの?こんな夜更けに。」
「実はお聞きしたいことと、相談がありまして。」
とりあえず窓際に近いソファに座らせ、俺は窓枠に腰掛けながら、断りを入れてからタバコに火をつけた。
「田口さんは補償の件、もし金品であったならば、その後、如何なさるつもりですか?」
俺はゆっくりと紫煙を吹かしながら、玲子の質問の意図が読めず、どう答えたものかと悩みながらも当初の予定を話した。
「ここから出て行くつもりだよ。もちろん魔王討伐には参加しない。」
「では補償が金品ではなく、元の世界に帰るまでの生活の保障であったり、王都での住居・市民権などだったら?」
「魔王討伐に参加しないのならば、後ろ指を指されたり生活しづらいだろうなぁ。
まあ俺の場合は属性魔法は使えないし戦闘行為もまともに訓練してないから、そこまででも無いだろうけど切羽詰まると人間って何するかも分からないしね。住んでるところを放火されたり、迫害を受けたり。
特に「力」を持ってる人間、例えば“玲子”が『闘いません』って言ったら、力の持っていない非力な人達はどんな風に思う?
大抵の人間は、『力を持ってるくせに何で?』とか、勝手に『期待』して勝手に『失望』して・・・、本人の気持ちなんて「わからない人間」、もしくは「知る気もない人間」がいっぱい居るんだよ。そういう人間の『期待』なんて、
『自分たちが何もしなくても“勝手”に魔王を討伐してくれるんだろう?』っていう、自らの努力を放棄した“義務”の押しつけなんだから。
だから俺は、もし闘う力があったとしても強制はされたくない。自分の意思で決める。
それに、元々この世界の住民でも無いしね。拉致・誘拐されて何で矢面に立って戦わなくちゃいけない?」
タバコを押し付けるように消し、肺に残った紫煙を吐き捨てるように出す。
「…玲子もほんとは魔王討伐には参加したくないんじゃない?」
ビクっと玲子の肩が揺れ動く。
「まあこれが俺の見解ってとこかな。ほかに聞きたいことや相談はある?」
「…先ほどの問いについてはありがとうございました。
自分なりの答えを考えてみます。それとは別件で・・・」
どうやら話しづらいことのようだ。しばらく迷っているかのように押し黙っていたが、決意したかのように口を開く。
「光牙くんのことです。」
やっぱりか。この前の俺が余分な事を言ってしまったために「違和感」が表に出てしまったのだろう。これについては責任を感じる。
「この世界に来てから、違和感は最初からあったんです。光牙くんと話をしてると、話が食い違ったり、頓珍漢は返答されたり。…それと、光牙くんに見つめられると変な気持になるんです。まるで無理矢理に気持ちを動かされるような。」
きっとあいつの固有スキル【魅了】のせいだろうな。もっとも【状態異常耐性(小)】のおかげで意識をしっかり保っていれば「ある程度」は大丈夫なようだが。
「それで芽衣や響子に、学園のことを思い切って聞いてみたんです。そしたら、私のお爺様が学園の理事をしているのですけど、『幼馴染の光牙くんと一緒に通いたいって玲子が言うから、女子高から共学に変えたって有名じゃん』って・・・でもそんな話、私知りません!それに光牙くん以外の男子生徒の顔も名前も、1人も思い出せないんです!オカシイですよね?普通じゃないですよね?
光牙くんとの学園生活の思い出もあるんですよ?!でも傍にいた、他の男子生徒の名前も面影さえも霞がかかったように思い出せないんです。そしたら何だか光牙くんが怖くなって・・・」
ついには泣き出しそうに下を向いてしまう。俺はもう1本タバコに火を付けると紫煙を噴きながら〔光〕が言っていた事を玲子に教えるか、しばし悩む。
「…仮に天野がお前の「幼馴染」じゃなかったらどうする?」
「・・・なんでそうなったのか問い質す。」
「その理由が、この世界に来ることになった原因に関係があったとしても聞く勇気があるか?」
「えっ?」
「お前が天野と「幼馴染」じゃないはずなのに、「幼馴染」だと思ってしまっている理由が…、
お前がこの世界に来る事になった原因が、赤の他人の天野のせいだとしたら?」
「・・・」
「お前は天野を許せるか?」
俺は〔光〕から聞いた、“道連れ”召喚の話をした。本来だったら召喚されるのは俺と天野だけだったこと。天野が5つの願いの内の一つに3人を一緒に召喚したこと。天野のスキルに【魅了】があったため、気持ちが天野へ無理矢理、動こうとしてたこと。
最初は信じられない表情をしていた玲子だったが、他人には見ることが出来ない固有スキルの【状態異常耐性(小)】や【気配察知】を言い当てると、呆気なく信じた。
そして、元の世界には帰れない。もしくは帰れたとしても居場所がないことも伝えた。魔王の存在のことも。
その事実に涙を流していたが、顔をふさぐことなく、俺の目をしっかりと見つめていた。強い娘だ。もし俺が同じ立場だったら、とてもじゃないがマトモじゃいられる自信は無い。
「もし芽衣や響子がこの事を知ったら、どうなるんでしょ?」
「ちなみに俺が母を亡くした時、その死んだ姿を発見したときには半狂乱になった。
父が亡くなったのは病院のベッドの上だったし、もう長くないって分かってたからそれほどでも無かったけど。
それと同じではないけど、親の死に目に会うことが出来ない・もう2度と会えないって聞かされたら・・・そいつの我儘・欲望が原因って分かったら、たぶん許せないと思う。」
「そうね。親の死に目に会えないのは…辛過ぎるかな。でもね、それ以外は少しだけ感謝してる。「財閥家令嬢」の枷を解き放ってくれたから。結構重圧だったのよねぇー。」
16歳の小娘が無理しちゃって。とか思いながらも、
「芽衣と響子に話すのか?」
「そうね。話したらほんとどうなるのか分からないからなぁ。特に響子なんか【撲殺娘】だから(笑)でも…話さないと。」
「・・・そっか。」
「色々話してくれてありがと。なんかお父様と話してるみたいだった。」
確かに年齢的には娘でもおかしくは無いんだが、なんか納得出来ないのでジト目しておく。
そうして玲子は部屋へ戻って行った。きっと今から2人に話をするのだろう。
明日がどう動くか。
補償の話のあと、それでも4人は魔王討伐へと向かうのか。
そして、玲子・芽衣・響子は天野に対して、どのような結論を出すのか…
お読みいただきありがとうございます。