第2話 初手、攻防
一国の重鎮達との攻防戦。一般人には、普通に無理がありますよね。
大抵は、有無を言わさず流されてしまう気がします。
左右を5人づつ、近衛騎士団が守るように立ち、その中央に身分の高そうな人たちが席に座る。その数15人。その中には、先ほど会った第3王女や大司教の姿もあった。
「少しは落ち着かれましたでしょうか?改めてご挨拶させていただきます。私はバルド王国第3王女 カーラ・シートック・バルトと申します。今回の勇者召喚計画にあたって、現場の指示を担っておりましたので、進行役を務めさせていただきます。」
と、隣の人物に目をやる。
「まずは自己紹介からかの。余はバルド王国国王の アララギ・シートック・バルトと申す。」
位の順に挨拶が始まる。
◆バルド王国
国王 アララギ・シートック・バルト
第1皇太子 ミヒャルド・シートック・バルト
第3王女 カーラ・シートック・バルト
宰相 ミレルバ・コーフォント
外相 クロックド・バードン
戦務相 ガロット・ボーエルン
貴族(公爵)ベルロイド・シートック・バルト
貴族(候爵)メーガン・アルフレット
貴族(男爵)ミンゴット・ガバル
貴族(男爵)ロンガス・メイヤー
近衛騎士団団長 ミヒャエル・クローベット
第1騎士団団長 アッガス・ロブロス
第2騎士団団長 ローガン・アルフレット
◆イフェルナ教
大司教 ローフェット・ギルツ
司教 ジャレト・ギルバーツ
言葉は丁寧だが、ほとんどの者(主に貴族だが)上から目線の挨拶だ。しかも3人の女性達の容姿をジロジロと見ている。
召喚された5人も名前だけの挨拶をすると国王より、いよいよ本題の説明に入る。
「そもそも、この度の勇者召喚に至ったのはこの王国、いやこの世界の危機を脱するために行われたのだ。」
国王曰く、この異世界≪バーハフェルト≫では多種様々な種族が暮らしているのだが、その中でも国としてではなく種族とも言えない[魔物]と呼ばれる存在がある。
その[魔物]は魔石と呼ばれる魔力の固まりのようなものを体内に持ち、人々の生活になくてはならない恩恵をもたらしてきた。しかし魔物の存在は脅威であるものの、決して討伐出来ないものでもなく(一部例外はあるが)村や町、或いは国として種族が集まり対抗することで、魔物を対処し文明を発展させてきたという。
そんな中、ここ数年[魔物]の動きが活発化しており、村や町が壊滅する事態がいくつも発生した。国を上げて、その対処と原因を調べさせたところ、一部の[魔物]どもが組織だって行動していることが判明した。
所謂、[魔物]を統べる上位の存在[[魔王]]がいるのではと。
今までは個に対して数で対処していたが、このままではバルド王国だけでなく、周辺各国も存亡の危機に発展しかねない。
国王は自身の信仰する[イフェルナ教]の大司教を呼び、打開策を模索した。
[イフェルナ教]は、ヒト族最古の歴史を持つ宗教であるため、その歴史を紐解けばと膨大な資料や歴史書物を調べ、一つの結論に達する。
1000年以上も前にも、魔物の氾濫が起こったそうだ。その際に妖精族やその他の種族の力を借り、異世界から勇者を召喚し、その特異な剣技や魔法によって、見事魔物の脅威から脱したと。
さっそくその史実を国王に伝えると、各国に打診し勇者召喚の準備を始めようとしたが…
「しかし周辺諸国は勇者召喚に消極的でな。協力出来んとぬかしおった。」
実は1000年前の召喚では、魔物の脅威から脱した後、ヒト族の中の[バルト王国]が勢力拡大に勇者の力を利用しようとし、戦争の道具として使おうとしたのだ。
そのことを知った勇者は当然、協力することはなく[バルト王国]も利用できないとなれば逆に、勇者の力は魔物以上に脅威となる。
つまり勇者を排除(殺害)する動きとなったのだ。
結果、勇者は[バルト王国]から追われ、ついには殺されてしまうのだった。
その後[バルト王国]はその歴史の汚点を、史実を改竄することによってヒトの記憶の中からは消し去ってしまったが、他の種族は勇者の英雄譚も末路も、当然語り継がれている。
そのためその他種族の国々は、ヒト族というよりは[バルト王国]には協力しないという立場となっていた。
「そこで大司教を筆頭に過去、勇者召喚に行われた大規模召喚魔法を復元してもらい、そなた達を招くに至った。」
田口は「それで知識もないまま、中途半端な術式で杜撰な魔法陣での召喚だったのか」と〔光〕が言っていた内容と符合したと心の中で納得する。
「そんな魔物や魔法とか夢みたいな話、とても信じられません。私たちの居た世界ではそもそも魔法なんて存在していませんし、それに勇者って…」
黒髪のポニーテールを揺らしながら、剣菱 玲子が国王の話を信じられないと言って首を振る。そこで第3王女のカーラが「勇者様方がいらっしゃった世界では魔法が存在していなかったのですか?…そうですね、これが夢でないと簡単に証明する手段があります。」と言葉を紡ぐ。
「皆さん。「ステータスオープン可視化」と唱えていただけますか?」
各々が「ステータスオープン可視化」とつぶやくと半透明の板のようなものが現れる。
「これが魔法が無かったといわれる方には早いかと」と第3王女のカーラが自慢気りながらも、後ろに控えていたメイド達に合図を送ると、メイド達は素早く“4人”のステータスの数値をメモしている。
■名前 :天野 光牙(16歳)
■レベル:8
■状態 :ヒト族 健康
■体力 :220/220
■疲労度:93/100
■力 :250/250
■敏捷性:180/180
■魔力 :120/120
■スキル:
身体操作
光魔法
聖魔法
■固有(血統)スキル
魅了
※■固有(血統)スキルは一般の【鑑定】スキルでは閲覧不可となります。
■名前 :剣菱 玲子(16歳)
■レベル:8
■状態 :ヒト族 健康
■体力 :170/170
■疲労度:73/100
■力 :200/200
■敏捷性:210/210
■魔力 :150/150
■スキル:
刀剣術
火魔法
闘気法
■固有(血統)スキル
状態異常耐性(小)
気配察知
※■固有(血統)スキルは一般の【鑑定】スキルでは閲覧不可となります。
■名前 :皐月野 芽衣(16歳)
■レベル:8
■状態 :ヒト族 健康
■体力 :150/150
■疲労度:82/100
■力 :170/170
■敏捷性:160/160
■魔力 :210/210
■スキル:
弓術
風魔法
水魔法
■固有(血統)スキル
状態異常耐性(小)
命中補正
※■固有(血統)スキルは一般の【鑑定】スキルでは閲覧不可となります。
■名前 :小山内 響子(16歳)
■レベル:8
■状態 :ヒト族 健康
■体力 :190/190
■疲労度:68/100
■力 :220/220
■敏捷性:230/230
■魔力 :140/140
■スキル:
格闘術
闘気術
土魔法
■固有(血統)スキル
状態異常耐性(小)
直感
※■固有(血統)スキルは一般の【鑑定】スキルでは閲覧不可となります。
田口を除く全ての人間が、4人のステータスを見ながら、レベルの割に数値が高く、またスキルも複数取得していることに驚く。中には取得が難しいレアなスキルを見て「流石は勇者様方」などとつぶやいている。その中で田口だけがステータスを開示していないことに王女のカーラが気づく。
「田口様?ステータスをお出し下さいませ。」
「もちろん、出していますよ。可視化してないだけでね。申し訳ないが、敵か味方かも分らない中で自分の情報を簡単に暴露するほど、愚かではないので。それに異世界を体感するだけであれば別に“可視化”する必要はないでしょう?」
4人も情報の開示が切り札になることに気付いたのか、急いでステータスを消した。一方「敵」の言葉に貴族たちは反応するも、国王や大司教としては飲み物に混ぜた思考誘導の薬が効いていないのか?と疑問に思いながら、思い通りに行かないことを、心の中で舌打ちした。
ただ田口としても、すぐに敵対するつもりがないのか「まあ実際は他の4人に比べると、年上なのにあまりにも数値が低いのが恥ずかしいって気持ちが正直なところなんですがね。」と、いかにも恥ずかしいだけで、薬は効いていますよーといった感じで下手に出る。
「…確かに、あくまでも体感していただくためのものだからな。」と5人に初っ端から、不信感を持たせないよう笑顔で寛容な態度を示す。
「それでは、ここが勇者様方のいた世界ではないことが理解されたかと思います。話を本題に戻しまして・・・、勇者様方!この国を、いえこの世界を助けるために協力していただけませんか?」
ここで天野が即答しようとしたが、田口 裕が根本の話に軌道修正する。
「世界を助ける云々の前に、もっと言うべきことがあると思うんですけど?そもそも、俺達って元の世界に戻れるんですか?」
田口が一番気になることを質問した。召喚した理由は聞いたが、あくまでもバルト王国の勝手な理由。
先に言質を取りたかったのかも知れないが、あまりにも理不尽すぎる。〔光〕の言っていた話が全て本当だとしたら、元の世界へ帰ることは不可能なのだから。
「それについては・・・」カーラが聞かれたくなかったことに対し言い淀みながら、大司教に助けを求めるように見る。
「それについては私から説明しよう。この度の大規模召喚魔法は、多大な魔力を必要としていましてな。その魔力が充填されるにはかなりの時間が必要じゃ。それこそ数十年、いや数百年単位と言っても良いであろう。しかもこの度、解読出来たのは召喚のみ。送還については未だ解読に至っておらん。というよりその記述が史実には載っていなかった。」
「そんな…」と女性陣は口に手を当て悲壮な表情になる。
「ただし、当てが無いわけではない。魔王は多くの魔物を従えているため、強大な魔力を持っていると思われる。もし魔王を倒していただき、その魔核とも云うべき魔石や魔晶石を使えば、送還時の魔力については問題ないであろう。そして送還の魔法陣については、勇者による魔王討伐成功の話をすれば、協力を渋って召喚の秘儀を秘匿していた妖精族どもも、魔王の脅威を払ってくれた勇者様方に恩義を感じ、必ずや送還魔法陣の構築に馳せ参じ、元の世界に帰れるはずじゃ。」
魔力云々についてはすぐに帰れないと伝えることにより選択肢を狭める効果を狙ってだろう。そして何一つ確証は無いのに“帰れる”と言い放つ大司教。まぁ思考誘導されていれば疑問にも思わないのだろう。されていればの話だが。
「分りました。魔王の脅威から、この世界を守るために僕たちでよければ力を貸しましょう!」
と今まで沈黙を守っていた少年――天野 光牙が突然立ち上がり、さわやかな笑顔で王女カーラに伝える。「幸い、戦うための力が僕たちにはある。それに魔王さえ倒せば、元の世界に帰れるみたいだしね。」と3人の女性達に元の世界に帰るためと、目的と手段を示すことによって安心させるように言う。
「俺らの同意も得ずに、何勝手に言ってくれちゃってんの」と田口は憤慨するも、元の世界に帰っても戻る場所が無いと〔光〕から聞いていたために、この世界で生きていくための、最低限の情報は欲しいと思い、どのように交渉しようかと思った。
「あのう、よろしいでしょうか?」田口は今の状況・境遇に対して、この国に対して敵対するか迷いながらも言葉を続ける。
「召喚した理由については先ほどの説明で、納得は出来ないまでも理解はしました。ただ・・・」
迷う素振りをしつつ、意を決して口にする。
「俺たちにとっては、これって、ただの拉致・誘拐ですよね?」と王国にとっては一番突かれたくない言葉を発す。「それは…」とカーラ王女が弁解の言葉を言おうとするも、田口は口を挟ませない。
「今回召喚に携わった、貴方方[バルト王国]や[イフェルナ教]の皆さんは、自分の国のためなら、誘拐であろうが何であろうが「何をしても構わないと」いったスタンスなんですよね?
特にこの女性陣の中には、剣菱財閥の令嬢がいらっしゃいます。こちらの世界で言えば、貴族といっても良い身分の方です。そんな人達を誘拐しておいて、戦うための駒にしようとしている。。
もしご自身の国で貴族の方や司教といった高貴な方が、他国の者に誘拐されたらどうされます?下手をすれば戦争の発端になると思いませんか?」
カーラ王女も何も言えなくなり、室内は誰も言葉を発せれなくなる。
「さきほども言いかけましたが、貴方達がまず言わなくてはいけない、やらなければいけないのは『謝罪』・『賠償』から始めることではないでしょうか?」
『謝罪』という言葉に貴族たちは「王族に頭を下げろ」とは何たる不敬だと、怒りを露わにするも、自分たち貴族が他国の勝手な理由にて誘拐・拉致されたらと思うと、云うに言えない状態のため、複雑な心境で田口を睨む。
国王や第3王女・大司教も、上手く矛先を逸らしつつ自分たちに有利に進めるよう思考誘導の薬を盛っていたため、予想もしなかった田口の口撃に口を噤んでしまう。
さらに問題なのは、この5人の中には貴族クラスの人物が居たことだ。当然、賠償の問題もあるが、そんな人物を召喚してしまったことに、「厄介事を増やしてしまったと」憎々し気に思った。
「確かにそなたの言う通りだ。こちらとしても、そなた達の居た世界と争うつもりは当然無い。もちろん勇者様方5人にも出来る限りの補償は約束しよう。無論、協力はして欲しいが強要はせぬ。」
言質は取ったと田口は安心するも、
「そうですね。何より、私達の居た世界では、争いはあれど戦うことを知らない者たちばかりです。私を含めこの5人には、確かに『闘う力』はあるかも知れません。が、戦うことを経験していない人間は、得てして『心』が弱いものです。
魔王を倒すと簡単に言いますが、逆に言えば魔物という生き物を殺すという行為を、はたして行えるかどうかも分かりません。ですので「強要はしない」というのは何よりの言葉です。
賠償、国王様のいう『補償』ついては後々決めるとして、魔王討伐については各々の意思を尊重していただくということでよろしいでしょうか?」
「分かった。」と国王が答えると、田口も言質も取ったし、とりあえずはこんなところかなと、締めることにした。
「…それでは勇者の皆さま方。今日は何分、いきなりのことでお疲れになった事でしょう。各人それぞれお部屋をご用意しておりますので、まずはお部屋にてお寛ぎ下さい。食事については、簡単ではありますが歓談の場をご用意しております。用意が整い次第、追ってご連絡を致しますので、まずはお部屋にて。」
カーラ王女が締めの言葉を言いながら、メイド達に視線を向ける。5人はメイド達に案内され退出した。
◇
「国王。この度の召喚にて、貴族クラスの人物が居たのは想定外でした。事前に聞き取りしなかったのは失敗でしたね。」
「それにしても、あの「田口」なる者。いささか知恵が回り過ぎる様です。
思考誘導の薬が効いていなかった様ですし、毒物系の耐性をスキルに持っておる可能性が高い。今後、飲食物に薬を入れるのは意味が無いかも知れません。」
第3王女・大司教が、国王に先ほどのやり取りに対して発言する。
「とりあえず…今、勇者達に不信感を与え協力して貰えなくなれば、周辺諸国にも影響が出るであろう。幸い、魔物の進行には猶予がある。好意的な態度で接し、こちら側に就かせるよう仕向けるしか他あるまい。」
「「分かりました」」
「それと「田口」なる者についてだが、十分配慮し情報を集めよ。スキルの把握も含めてな。」
「「「はっ!」」」
勇者の居なくなった部屋にて、それぞれの思惑の中「勇者」という駒をどのように利用していくかを考えるのであった。
お読みありがとうございました。