第32話 賭けの内容
ちなみに勇者は脱童貞してるんだろうか?
「また会ったね。」
天野達勇者一行が、ユウを無視する形でユミンとマイアに声を掛けてくる。ユミンとマイアはユウの後ろに隠れるように移動する。表情は心底イヤそうな顔をしている。そんな態度も天野は気付いていないかのように続ける。
「そんな照れて隠れなくてもいいのに。…それと、君がこの子パーティリーダー君かい?」
年下に「君」呼ばわりされたくないが、早く団体戦と従魔戦の対戦表を確認したい。でもこいつら、ヒトの都合なんかお構いなしの自己中だしなぁと思いつつ、とりあえず素直に言ってみるか。
「すみません。これから団体戦と従魔戦の対戦表を確認したいので、退いて貰えます?」
素直に邪魔という態度で、本来の用事を優先してみる。案の定、取り巻きから鋭い視線と言葉が飛び交う。
「せっかく光牙様がお声を掛けていらっしゃるのに何たる物言い!」
「そうです!だから獣人という知性の低い者は…」
ほら、やっぱり取り巻きが黙っていないよな。面倒だから無視して行こう。初対面(本当は違うけど)に対して名乗らない時点で、俺的にアウトだし。
ちゃんと退いてくれと言ったのに無視されたので、お返しにと俺達もそのまま天野達を無視して団体戦と従魔戦の対戦表を確認しに行くことにした。
まさか天野達は自分たちが無視されるとは思っていなかったらしく、慌てて呼び止める。
「「「「「ちょっと待ちなさいよ!」」」」」
「何、無視してんだよ、あんた!それにキミ達も。」
ムカついてるみたいだな。もう少し煽るか?
「初対面で名前さえも名乗れないような礼儀知らずと話す気は無い。もっとも今さら名乗られても話す気は無いがな。」
「くそっ。お前こそ名―――」
天野を無視して、ヒト混みの中をそのまま歩く俺達。回り込もうにも込み入っているので必然と俺達の後ろへ続く形になり、奇妙な一団となっている。
天野達も最初は呼び止めるだけだったが、もはや振り向きもせずに歩き続ける俺達に、最後尾を歩くマイアの肩を掴み、振り向かせようとしたがマリアの力が強く、振り向かせるどころか引き摺られながら叫んでいる格好だ。
後ろの取り巻きの女性・勇者メンバー達は、「光牙様をここまでコケにするなんて」などと怒り狂って今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。望むところだが。
しばらく茶番を続けながらも、無事?団体戦と従魔戦のトーナメント表が貼り出している場所まで来れた。
「おっ!獣魔戦は…初っ端の第1試合か。」
「エルさんも一緒にがんばりましょうね!」
「みゃうん!」
「団体戦、第3試合。」
「個人戦はバラバラだけど時間は何とかなるのかな?」
と天野そっちのけで話し合う。天野達は俺達の大戦の組を見て、名前を確認したのか「ユウって名前なのか。…気に入らない名前だ」とか言っている。お前にだけは言われたくない。大方、玲子達との一件で俺の事が気に入らないってとこだろ?所謂『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』ってとこか。
しかし…そろそろか?このまま無視して借り宿の倉庫まで押し掛けられても迷惑だし。丁度頃合いだ。
「で、いつまで付き纏うつもりだ?正直迷惑なんだけど。」
「お前が話を聞かないからだろ!」
天野がいきり立って言い返すが、元々天野が悪いしな。煽ってるのが拍車を掛けているんだけどさ。さらに煽ってやろう。
「自分の思い通りに行かないと、すぐキレる礼儀の無いガキだな。」
なおも吠えようとしたところに、ちょうど良いタイミングでカリス女王が御供を伴ってやってきた。
「奇遇だの、対戦表は確認できたかの?」
「これはカリス女王。3日振りですか?お元気そうで。まぁ少々邪魔が入りましたが、何とか確認出来ました。」
と挨拶をした後、天野達を見ながら返事をする。
カリスはちらりと天野達を一瞥すると、ワザとらしく今気付いたように
「そこにおるのは、勇者コウガ・アマノにアンフルール・ギルツ・イフェルナかの?それと、この前、ここにおるユウ殿と揉めていたネオン・ガバルか。」
やっぱり名前も知られてたか。
天野達も、獣人の国の女王がここに来た事に驚きつつも、挨拶を交わす。
「これは挨拶が遅れまして、カリス女王。アンフルール・ギルツ・イフェルナでございます。」
その他の天野達もそれぞれあいさつをする。
「ユウ殿も、よくよく騒動が寄ってくる体質の様じゃ。こ度はどういった事情かの?」
「「それは―――」」
天野とアンフルール聖女がユウが喋る前に主導権を握ろうと、先に言おうとするも、カリスに制される。
「よい!わらわはユウ殿に聞いておる!余計な口は挟まないでもらおう!
…して、ユウ殿?」
「よく知りもしないヒトが馴れ馴れしく近付いてきて、勝手に喚いてたんで、迷惑してたんですよ。」
「よく知りもしないとな。それは本当かの?勇者殿?」
「そ、それは…」
事情を把握している(と思われる)くせに、女王は表情に出さずに勇者に問いかける。もちろんそんなこととも知らず天野たちは、ユウ達のことは名前も先ほど知ったばかりである。返事のしようもない。
「それに、魔王討伐のために戦闘能力の高い者をスカウトする目的だとかでこの国来たとか。
…この国で活動するのに、わらわに挨拶に来ないのはいかがなものかの?仮にもこの国の女王なのじゃが?蔑にしても問題ないと。」
「それはお忍びのために―――」
「お忍びの割には、我が物顔でこの国を闊歩しておるようだの。それもこのように騒いで問題を起こしかけておる。何が『お忍び』か。話にならんの。」
どんどんと天野達を追い詰めるカリス女王。旗色が悪くなったのか、顔色も蒼くなっていく天野。そこに小声で天野にささやく聖女。
「光牙様、こんな者たちに構っていては時間の無駄です。早々に用事を済ませて早くいきましょう。」
そっと囁いたあと、カリス女王に向き直り天野の代わりに喋り出す。
「カリス女王。お騒がせてしまい申し訳ありませんわ。こちらとしては、事を大きくするのは本意ではありません。挨拶が遅れたのは、武闘大会でカリス女王を驚かそうとしただけです。半年前にバルド王国にいらっしゃった時も『つまらん』と申していたそうなので。他意はありませんわ。」
「当代の聖女はずいぶんと口が回るようじゃの。…まあ良い。して、この茶番も終わらせても構わないかの?」
「えぇ、もちろんですわ。そこにいる虎の獣人に、女2人と白い魔物について少々お話さえさせていただければ。」
「ふむ。だそうだがユウ殿?」
「正直、早く帰りたいので、話を聞くだけならば構いませんよ。」
答えの意図が読めたのか苦笑しながらカリスは天野達に向かって「では手短に述べてみよ。」と告げた。天野が聖女に促されユウ達に向かって宣言する。
「虎の獣人、ユウよ!僕達も武闘大会に出場する。その中で正々堂々と戦い、僕達が勝てば、彼女2人と白い魔物は、お前から解放して貰おう!
卑怯なお前の手から、勇者の『随員』としてこちらに貰い受ける!」
「待っててね。僕があいつから救ってあげるまで」と小声でユミンとマイアに囁くと、ユウに改めて向き直り、こう宣言する。
「これは魔王討伐に関する決定事項として勇者コウガ・アマノが宣言する!」
周囲の者たちも含め、俺たちもカリス女王も呆気にとられる。天野は逆に「ぐうの音も出ないか」とご満悦な表情だ。
「…えーと、色々と突っ込みたい気分じゃが、今の発言の中に『誰に勝つ』のが条件なのじゃ?ユウ殿個人か?組み合わせ次第ではユウ殿と戦えぬ場合もあるじゃろうしな。」
「もちろん、その場合はメンバーの順位が上の方が勝ったと考えている。どうせ優勝するのは僕達だろうしね。」
「そ、そうか。…ちなみにこの2人と1匹を「賭け」の賞品のように扱うのはどうかと思うのじゃが?」
「だから解放がミソなんだよ。自由になれば、彼女たちも自分の意思で僕達と一緒に来れるようになるから。」
色々と頭の中がお花畑なんだろうなとカリスは天野を見るも、ユウに振り向き、申し訳なさそうに
「勇者がこう申しておるが、ユウ殿としてはどうする?当然受けなくとも構わぬのだが。」
「…負けたときの事は?それに俺達は、個人戦は全員・団体戦と従魔戦にも出場する。全部に適用させるつもりか?それともどれか一つでも負けたら有効なのか?勝利条件があいまい過ぎてお話にならんが?」
「僕達が負けるワケないだろ!」
「そんなことは聞いておらんな。ユウ殿に女性2人と1匹を求めるのであれば、最低でもそれに見合う対価を提示しないとな。それに勝利条件もしっかりと確定しておかないと、あとでゴタゴタ言って“屁理屈”を捏ねて無効にされそうだしの。」
「主に勇者側が」と思うカリスだが、声には出さない。
「組み合わせによっては個人戦など、同じパーティ同士が闘ってつぶし合う事もある。公平な勝利条件にするのならば、個人戦・団体戦・獣魔戦、それぞれの総合順位が高い方が勝ちという事かの。それで構わないか?」
天野達は「それで構わない」と余裕で頷いている。そもそも俺は了承した覚えは無いが。
「それとユウ殿達が勝った場合…、つまり勇者たちが負けた場合じゃの、対等な条件なら勇者パーティの誰かが対象になるのじゃが…」
「そんなのいらん。今のメンバーで足りている。」
「じゃろうな。」
勇者達のプライドに触れたのか、何か言い掛けたがカリスがすぐに言葉を遮り
「であれば、どうする?」
正直、こいつらに付きまとわれるのは勘弁してもらいたいが、今後の事を考えると、何かを削るというものは一時的なもので、効果的とは思えない。天野にとって精神的なダメージを与えるものを提示するほうが面白いか。
「…そうだな。勇者様はお盛んのようだから、“去勢”するってのはどうだ?」
ハーレムパーティだし煽っておこう。勇者達も一瞬、何を言われたのか分からないようで「きょとん」としていたが徐々に顔を真っ赤にさせ怒り出す。カリスは大笑いして
「それは面白いの!どうせ負けぬと言っておるのじゃ受けてやればどうじゃ?!」
「負けるつもりは無いけど、下品な奴だな!
もうそれでいい!負けて後悔するなよ!
お前が負けたら同じことしてやる!!」
「いくぞ!」と顔を真っ赤にしながら勇者一行はその場を荒々しく去って行った。カリスはまだ爆笑中だが。
「久々に笑わせてもらったぞユウ殿。武闘大会が楽しみじゃな。」
「俺としては顔も合わせたくない状態ですがね。でもまあ、今回もタイミング良く仲裁してくれてありがとうございます。」
「いやいや、礼には及ばぬぞ。十分楽しませてもらったからの。」
お互いニヤリと笑いながらあいさつを交わす。
「それでは、次に会うのは武闘大会ですかね?」
「うむ。楽しみにしておるぞ。」
こうしたやり取りもありながら、武闘大会の当日を迎える。
お読みいただきありがとうございます。