第26話 新しい武器
遅くなり申し訳ありません。
港へ向けて船をゆっくり走らせていると、ユミンが疑問を投げかけてくる。
「ユウ様、このまま港へ向かうおつもりですか?」
「その予定だけど、問題あったかな?」
「3つほど。
1つ目は船の存在。これ自体は誤魔化しも出来ますが、いきなり転移やアイテムストレージに収納してしまっては能力がバレてしまいます。町を出る際に、船で再度出発するにしても人目につきますし。
2つ目はクラーケンの討伐について。討伐したとなると私達の強さとギルドランクの差が問題になるかと。リンクサーペントの時のように変な横やりが入る可能性。またクラーケンの死体を出す時、大きさが大きさですから、アイテムストレージの能力が周知されてしまいます。
最後の3つ目は、クラーケンを討伐して、その素材の問題です。…その、私としては『イカフライ』『イカリング』なるものが早く食べたいです!」
「食べたい!」
「みゃうん!」
ユミンの言葉にマイアもエルも同意してる。ユミンさんも食い意地張ってるのかな?いや、たんに新しい料理の探究心か。
「そうだな。船については面倒だし、次に行く獣人の国へは陸路だから船で港に行く必要は無いよな。クラーケンの討伐には…リンクサーペントの時と同じ様にはなりたくない。」
しばらく考えるも、面倒臭いのは元々イヤなので、
「別に討伐金が欲しいワケじゃないから、入り江に戻ってから町に入るか。もちろん町に入る前にイカ料理だけど。」
マイアとエルの顔が喜面にほころぶ。エルはすでに涎が出ている。
入り江に戻ると、早速、イカの調理に入る。ユミンにも手伝って貰い下処理をしてもらう。流石に【料理】スキルを持っているだけあって手際が良い。
まずはクラーケンの胴からワタと足を引き抜き、軟骨を取り除いて、胴は輪切り、足は吸盤を取り食べやすい大きさにカット。流石にこの大きさでは包丁も意味をなさないから、空間断裂で一気にやってしまう。
漬けだれは適当に、醤油を4・みりん1・おろし生姜1の割合で合わせたタレの中に切ったイカを浸かるように1時間くらい漬けておく。
その間にイカのフライを作ってしまおう。残っているクラーケンを十分に水気を切り、網状に飾り切りのように切り目を入れる。ここも空間断裂でパパッと行っていく。
イカを一口大に切り(エルのために大きいままのイカも用意)、小麦粉を薄くまぶした後に卵を付けて、バットに敷いた細かめのパン粉の上に塩・コショウで先に味付けをしておく。個人的にソースなどを後で掛けるのが好きではないので(面倒ともいう)先に味付けをしてしまうのが俺流。そしてイカを乗せ更にイカ自体にも少量の塩・コショウで味付け。最後は180℃に熱した油で、十分に揚げれば出来上がり!
イカリングの方も1時間くらい経ったら、良く水気を取りかたくり粉をしっかりまぶして、竜田揚げのように170度の油でカラッと揚げる。
このために、船の中で直径1m超の大きな揚げ物用の鍋をつくり、植物用の油を作成していたのは内緒だ。影の努力はあんまり見せたくないからな。
軽い感じでサクサクした食感に仕上がった。マイアがつまみ食いしてエルが追いかけてたり、ユミンが必死でメモしていたのはスルーしておく。
十分にイカ(クラーケン)を堪能して夕方頃に、再度トントの町に入る。町は沖の暗雲が消えたことで偵察の冒険者を派遣して調べているようだが、程無く漁が解禁されるであろう。1週間ほど滞在して、海産物や漁師料理を食べ歩きながら、色んなレシピを収集した。
結局、正体不明の魔物が争い、そのまま去って行ったと結論付けられ、町には以前のような活気が戻り、漁師料理や海産物を大量に購入出来たユウ達一行は海辺の町トントを旅立つことにした。何気にエルが【身体変化】のスキルを習得したのが大きいな要因だが。
◇
いつものように2頭のゴーレム馬の頭には、それぞれマイアとエルが座り、マイアが小枝を振りながら歌を口ずさみ、エルが「みゃうん♪みゃうん♪」と機嫌良さげに一緒に歌っている。
【身体変化】のスキルを習得したエルは、出会った時と同じくらいの子猫サイズの大きさで普段を過ごしている。マイ・ルームの扉を作り変えずに済んでよかった。あのまま大きくなっていたら、どうなっていたことやら。
「ユウ様、獣人の国に入る前に相談しておきたいことがあるのですが。」
「何かあったか?」
「獣人の国で開催される武闘大会に出てみたくて。私達は主に魔物特化の戦い方しか知りません。今後、魔物以外の戦いの事も考えて、今のレベルでどこまで戦えるか、対人戦の事も視野に入れておきたくて。」
あぁ、魔石を換金する時にギルド職員が武闘大会のことを言っていたなと思いつつ、獣人の国へ行く前に、ついでに訓練しておいて損は無いか、と了承する。
「そうだな。獣人の国の王都に入るまでしばらく掛かるから、それまでに対人の訓練もしておくか。ちなみに武闘大会はどんな大会なんだ?」
「獣人の国で開催される武闘大会は、個人戦・団体戦・従魔戦があります。
・個人戦は参加人数も毎回千名近く参加もいるらしいので予選会があるようです。
・団体戦では参加メンバーの上限が3名まで。入れ替えは不可、
・従魔戦では使役した魔物と主が共に闘うようです。こちらは参加する人は少なめですね。
獣人の国で開催される武闘大会の特徴として、森林族・妖精族の秘宝とも言うべき魔道具を使って、即死以外の怪我に関しては、戦いの舞台を降りれば、すぐに回復するフィールドが形成されているのが特徴です。失った四肢は復活しないようですが、それでも死のリスクが減るので、安心して観客も観られる大会のようです。」
「それなら安心だな。エルとマイアも参加してみるか?そうしたら、全員参加できそうだし。」
「みゃう!」
エルはOKのようだ。マイアは?
「マイア、個人戦・団体戦、両方出ても、いい?」
「団体戦か、考えてなかったけど、エルの見守りもあるから団体戦は難しいかな。」
「たぶん大丈夫かと。エルさんは団体戦には出られませんが、団体戦ではメンバー用の閲覧席が舞台の横に設置されてますので、そこに居れば心配も無いでしょう。」
「分かった。じゃあ、武闘大会に向けて訓練しながら行くとしよう!」
「対人戦での戦い方にはいくつかの戦い方がある。まずは
・武器を使った戦い方。
・魔法を使った戦い方。
・あとは、素手・肉弾戦かな。
エルは武器を持てないから主に肉弾戦になるけど、…マイアさん。その小枝は武器のつもりですか?」
マイアが小枝で構えているが…可愛いけどちょっと違うかな。
「今回マイアは元の姿で戦って貰う事にする。こちらの都合だが、対人戦を意識した戦いを想定すると、訓練でも元の姿の方がこちらもやりやすいし。」
「むぅ、しかたない。」
「エル以外の武器については、希望があったら言ってくれ。専用の武器を作るから。」
武器については以下の通り。
ユミン:幅広の両手剣。予備にショートソード
マイア:メイスの2刀流
エル:自前の牙と爪
俺:幅広の刀
ユミンは最近、戦い方に悩みを抱えていた。元々オールラウンダーなのだが、近接戦闘では、大きな魔物など闘う際に攻撃力の低さに悩んでいたのだ。
もっとも迷宮などの狭い空間ではショートソードを使う方が小回りも利くため、問題ないと思っていたのだが、先日のクラーケンとの戦いでも、魔法以外では役に立てなかったと悩んでいたようだ。
まぁ【身体魔力融合】があるから、重たい大きな剣でも振り回されることは無いと思うけど。ついでに防具も希望に沿って作るとしよう。
マイアは【魔力依存】の力を活かした撲殺系を選んだようだ。普通に対戦相手が可哀そうになってくる。しかしマイアは、魔法以外の細かい技術は苦手なようで振り回せばダメージを与えられるメイスとは相性が良さそうだ。
そして俺は異世界ロマンな「刀」にした。何気に玲子の刀剣術が羨ましかったからでは無い。無いったら無い。
たんに両刃の剣だと、自分に被害が出そうというヘタレな理由だ。『諸刃の剣』って良く言うし、自分の武器で傷つくなんて怖いし格好悪い。
希望も取ったところで作成に入る。ユミンには御者をお願いしておく。俺はマイ・ルームの作業部屋で、どんな形状が良いか頭をひねらせる。
マイアについては、強度の問題だけなので先に作ってしまおう。マイアは力があるので体格に合わせる必要もなく、狭いところでも振り回しやすく、重めにすれば良い。柄はリンクサーペントの骨を【空間圧縮】を掛けて密度を濃くして強度と重さを持たせ、打撃部には同じくリンクサーペントの大きな部分のウロコを、重ね合わせるように転移させて、強度を確保。鉄鉱石を魔力で浸食させ魔鉱石にしたあと、【空間圧縮】を掛け、柄に取り付け、最後にウロコを挟みこむ形にした。
メイスというより鎚のようになってしまったが、まぁ良いだろう。重さは2つで100kgくらい。俺も【身体強化】を行わないと持てないくらいだ。軽く振っても相手は吹き飛ぶだけでは済まない気がする。最後に【時空魔法】で時間を止めて不壊の処置を行う。
ユミンの両手剣は希望通り攻撃力特化にするために、マイアと同じく重くする。防御にも使えるように、かなり幅広に。剣身はユミンの背丈ほどの170cmほど。剣格と剣柄は華美な装飾も出来ないので余ったリンクサーペントの歯を使って作成。剣身を転移で埋め込むと【時空魔法】で時間を止めて不壊の処置を行う。あとは鞘を作って完成。
俺の刀は、鍛冶スキルも無いので、完全なものは作れないので“なんちゃって刀”だ。あんまり幅広にしてしまうと風の抵抗で剣先を立てれなかったりするので、奇を衒った物は止めておこう。しかし【身体強化】はあるので刀特有の、引いて切るだけじゃなく、重さを使った攻撃力も考慮しておく。どうせ【時空魔法】で時間を止めて不壊の処置を行うのだから、刃毀れなんかは気にしなくて良いし。
魔鉱石を圧縮させて、空間断裂で刃先を尖らせれば、研ぐ必要もない。中二病な『黒い刀』の出来上がりだ。
エルだけ何も無いのは可哀想なので首輪の部分に細工をする。良く動物の戦いを見てると首筋に噛みつくシーンがあったから、両親の鋭い牙を使って魔力を通した時だけ牙が立つ仕掛けにして普段はただの首飾りになる様に。
これで噛みつかれそうになったら両親の牙で守ってくれるはずだ。元のサイズに戻っても良い様にサイズが替わる仕様にして完成。
そろそろお昼だ。ご飯を食べたら、お披露目しよう。
「どうだ?具合が悪かったら言ってくれ。
全員に武器を渡す。ユミンもマイアも軽々と振っている。一応、1つの武器で50kgはあるんですけど…(汗)振った際に起こる轟音と風の音が、死の予感を感じさせるのは何故だろう?
あとマイアさん無邪気な笑顔で振ってますが、確実に撲殺用ですよね?ユミンさんも目つきが若干、怖いです。
それぞれの武器をエルが、少しだけ寂しそうな雰囲気で見つめている。勿体づけずに渡してあげよう。
「あと、エルにはこれだ。」
エルは自分にも作って貰えてるとは思っていなかったようで、かなり嬉しそうだ。俺はゆっくりとしゃがみ込むと、エルに首輪を付けてあげる。
「息苦しくないか?これはお前の両親の牙を使っている。何かあった時にも、見守ってくれるはずだ。」
「みゃぅぅぅぅぅ!」
少し悲しげな、でも心地よい安心感の混ざった泣き声だ。いつも一緒に居られる安心感だろう。何だかんだ言ってまだ1歳になってないんだからな。
「それでは獣人の国の王都に着くまで、模擬戦中心に訓練して行くぞ!」
「はい!」
「分かった!」
「みゃうぅん!」
元気な声で答えると早速、新しい武器を早く手に馴染ませるかのように武器を振るう一行だった。
お読みいただきありがとうございます。