第15話 強さの定義と熱魔法講義
強いって、何をもって「強い」と称するのでしょうか。。。
盗賊を退治した田口は、ミーバ共和国に程近い、ギルドのある町に訪れていた。門番をしている衛兵に事の顛末を話し、盗賊の引き渡しを行う。ギルドの職員・領主の代理と事務の人、奴隷商の面々と話し合い、懸賞の掛かっていた者などの査定をしてもらった。
大物も特におらず(ユミンが殺した首領っぽい男でも金貨5枚)奴隷として売却した金額は金貨121枚となった。捕らわれていた女性達も無事、親族に引き取られ(ギルドで救出依頼のあった人達は事後報告の依頼達成として成果報酬も貰った)押収した盗賊の金品はいくつかの武具を除いて領主に買い取ってもらい、宝石や金貨は討伐者の物としてそのまま貰う事になった。
玲子達は、食事の件でメルビーと仲が良くなったらしく、色々と情報交換をしている。俺とユミンは食材や露店で売っている食べ物を物色して大量に買い込む。
最初ユミンの姿を見て玲子達が驚いていたのが笑えた。老婆だと思っていたのが、いきなり若い美人になったら驚くよな。とりあえず面倒臭かったので見た目を変わる魔道具で老婆の姿になっていたと言ったらすぐに納得してくれた。
ユミンの装備も整えてあげなきゃな。武器やと防具の店に行き、ユミンの好みを聞くと、「私はユウ様の剣となり盾となって…」と馬鹿な事を言ってきたので頭頂部にチョップ。
上目づかいの涙目って、破壊力あるなと思いながら、ユミンのステータスを確認する。
■名前 :ユミン(19歳)
■レベル:3
■状態 :ヒト族?(魔力身体) 健康
■体力 :40/40
■疲労度:97/100
■力 :50/50
■敏捷性:198/198
■魔力 :398000/398000
■スキル:
計算
料理
主従の誓い
■固有(血統)スキル
反射速度・高速思考強化
身体魔力融合
レベルも低く、体力や力は一般人並だが敏捷性はかなりの数値なので重くない装備と短剣を装備させる。ユミンは「私如きに勿体ないです」と言っていたが「俺と共に歩んで行くんだろ」と言ったら嬉々として受け取った。チョロい。
肩や肘など各所に補強された赤茶のジャケット風の防具
腰には幅広のベルトを締め、回復薬とか入れやすいように小さなボックスがいくつも付いている。脚は膝にパットのついたロングブーツ。
短剣は少し幅広な両刃の物と少し長めのショートソードっぽい物。
全体は体のラインがしっかり分かるほどの黒のアンダースーツを上下に着て、赤茶のジャケット風の防具を纏うと、かなり出来る冒険者に見える。
ついでに衣類など身の回りの物を買って、宿に戻る前にギルドに寄る。盗賊の討伐でランクが上がったので更新しにきたのだ。ついでにユミンも冒険者に登録しパーティ申請をしておく。
玲子たちも(何もしていないが)パーティとしてランクが上がるそうだ。後でギルドに寄るように言っておくか。
宿に戻り、玲子達に道中で盗伐した魔物の精算とギルドランクの更新を伝えると、やることも無くなりユミンと今後の話をしていく。
「これから旅をする上で、当面の目標としてユミンにはある程度、自分の身を守れる程度には強くなってもらいたい。」
「分かりました。」
「しかし強さには色々ある。」
「?」
「純粋な力の強さ・強かな強さ・負けないと言う強さ・・・色々だ。」
「どう違うのですか?」
「例え話だが、俺の居た故郷の話だが、中国という国に「李書文」という拳法…格闘の達人がいた。
その強さは、対戦相手をことごとく一撃で打ち倒し「二の打ちいらず」と謳われた、とても凄かった人物だったが、最後には殺されてしまった。誰がどうやって殺したと思う?」
「分かりません。」
「対戦相手の家族に毒を盛られたんだ。」
「それは卑怯です!」
「まぁこれは例えの話だ。ちなみに毒を盛ったヒトは、李書文より強いと思うか?」
「思いません。」
「でも、結果的に李書文は殺された。」
「・・・」
「例えば、純粋に戦闘力で戦うのであれば、とても強いとした場合、
・毒物であっけなく死んでしまえば、本当に強いと言えるか?
・人質を取られ、抵抗できずに殺された場合、強いと言えるか?
・味方だと思っていたやつにいきなり騙されて殺されたら?
屁理屈かも知れんが、強さなんて数値じゃ表わせないと俺は思ってる。
いくら強力な魔法や力を持っていてもそれを生かせなければ、意味がない。」
「強さの定義とは何なのでしょう?」
「俺にも分からん。…ただ、卑怯でも生き残るしたたかさは大事だと思う。生きていれば次があるからな。」
◇
宿で夕食を食べている時に玲子達から話があった。
「田口さん。私達、このままではダメだと思うんです。闘う事が怖いと言う事ではなく、あまりにも連携や個々の基本的なものが足らないって。」
「それで、メルビーさんが通ってらっしゃる、冒険者学校に通おうかと思ってるんです。」
「あんな目にあってもやる気になるってことは、凄い勇気のいることだと思うが、響子。お前も同じ考えか?」
「…うん。元々、僕が言い始めたんだ。メルビーの話の中で、学校に行ってるって。メルビーは子爵家だけど、ただの政略結婚の道具になりたくないって、冒険者学校に通う事にしたんだって。まだ今期が始まって、1ヶ月目らしいんだけど、編入も可能だって。
正直、私は考え方も単純だし、周りも見えてない。元々空手が個人競技ってのもあるけど、もっと周りが見えてないと自分だけじゃなく玲ちゃんや芽衣ちゃんまで命を落とす事になるかも知れないって考えたら、悔やみきれない。だからこちらの世界の基礎を学んでみたいって思った。」
「そっか。連携も、経験と技術、一緒に居る仲間の実力を信じることで成り立つ部分もあるからな。3人でこのまま頑張っていくにしろ、違う道を歩んでいくにしろ、まだ若いんだから、やりたいことをすれば良いんじゃないか?」
「「「なんかお父さんみたい」」」
ほっとけ!実年齢42歳なんだよ。お前たちやユミンの年齢は娘と変わらないんだし。と思いつつも、3人が決めたことだ。門出を祝って行こう。
「卒業までに簡単な料理くらい作れるようになれよ」
「「「・・・」」」
◇
翌朝、ミーバ共和国へ出発した。馬車の御者の席には俺とユミンが座っている。
メルビーと詳しい話がしたいと、馬車にはメルビーとお付きの侍女と護衛が乗り込んでいる。空間拡張してある馬車に驚き、揺れの少ない馬車に驚き、馬車のトイレに驚き…と、驚きの連続だったみたいだ。
その前も、お花摘みに行かないのは何故?と向こうの馬車では、不思議がっていたそうだ。馬車のなかにトイレ設備のある馬車って中々無いだろうな。
「ユウ様。この馬車の揺れの少なさの秘密は何なのでしょう?」
「ユミン、人が歩いて足が地面についた時の衝撃を、足首や膝などの関節が逃がしているんだが、その発想で馬車の振動・衝撃を逃がすにはどうしたら良いと思う?」
「馬車に直接、接している車輪の部分に秘密があるのですか?」
「半分正解かな。詳しく説明しても難しくて理解できないと思うから、簡単に言うと
この街道は平坦じゃない。石もゴツゴツしてるし傾きもある。それを感じさせないようにするのが理想だ。そのためには車輪だけじゃなく、車体自体も平衡に保つ仕組みが必要だ。もちろんスピードも関係してくるが。」
俺はタバコ吸うとゆっくりと紫煙をはき出しながら、答えていく。
「難しい技術と理論を掛け合わして、成り立っているのですね。」
ユミンは元々頭の回転が速い。地球での知識も、貪欲に学びとろうとしている。こちらの世界の教育がどのようなものかは分からないが識字率の低さを考えると、一般的にはそれほど高くないのだろう。一部の専門的に学んでいる者はどうか知らんが。
この世界においては、かなり偏った知識となってしまうが、自重はしない。色々と教え込んで行こう。
「さて、ユミンはレベルも低い。ここに座っているなら、ついでに魔物も倒しながらレベルを上げていこう。」
もちろん、馬車を停めるつもりもないので、魔法の訓練をしつつ、ついでに魔物を倒そう。
「ユミンには、魔力がかなりある。属性魔法の適性はどうか分からんが、俺の知識を使って試したいことがある。」
と言ってタバコの火を消し、灰皿の横にある水筒を取り出す。
「とりあえず、分からなくても良い。概念として頭に入れておけ。」
水筒を魔力で包みながら傾け、中身の水を魔力で包み込みながら取り出す。すると水は球状を保ちながら、ユミンの目の前に漂う。
「例えではあるが、この水に「熱」という要素を加えることによって3種類の姿に変わる。分かるか?氷・水(液体)・水蒸気…気体だ。」
「はい。」
「水と言う液体を冷やして行くと氷となり、逆に熱を加えて行くと沸騰して気体に変わる。
厳密に言うと違うのだが、分かりやすく言うと…そうだな。」
と言ってライターに火をつけ、魔力で覆った水に近づける。
「水を火で焙ることによって火が熱を加えるのではなくて、火で焙ることによって、熱を持った空気が分け与えると言う事だ。」
「『加える』のではなくて『分け与える』ですか?それも『火』ではなく『空気』?」
「そうだ。ここからが難しくなるのだが、物質…この場合は水だが。水を構成している物が存在している。
2つの観点から説明するぞ。
「もの」(物質あるいは物体)が、
「どんな基本的なモノからできているか」
ということを考えた時に、
1つめは、
「どんな基本的な成分からできているか」
という考え方。
例えばこの馬車を成分で分解して考えてみると、
木や鉄、ガラス、ゴム、などからできている。
2つめは、
「どんな基本的な部品からできているか」
という考え方。
馬車を部品で分解してみると、
ネジや鉄板、ガラス板、などからできている。
おなじ「馬車」を分解して考えるときでも、
考え方の違いで、まったく異なるものが見えてくる。
ここで、
「水はどんな基本的な成分からできている?」
という考え方でどんどん分解していくと、
最終的には「元素」というものに行き着く。
例えば水は、「水素」という成分(元素)と、「酸素」という成分(元素)とからできているんだ。
そして、
水を、
「どんな基本的な部品からできているんだろう」
という考え方でどんどん分解していくと、
最終的には「原子」に行き着く。
水だけでなく、鉄も、皆、
原子核の回りに電子が存在する「原子」という究極の粒子(部品)からできている。
聞きなれない言葉ばかりで、話が横道に逸れたが「水」というものがいくつかの成分から出来ているってことは理解できたか?」
「何となくですが。」
「そこで、この水というものは熱というエネルギー分け与えたり、分け与えられたりすることでその姿が変わると言う事。」
「熱を分け与え過ぎると氷となり、逆に分け与えて貰うと気体になると言う事ですね。」
「そうだ。そこでこの「熱」という解釈だが、熱というのは物質の振動や運動の大きさを表していると考えても良いだろう。
温かいものはそれだけエネルギー(運動量)を持っている。
氷はほとんど振動や運動をしていない状態。
水蒸気は活発に動き、まとまりがつかない状況になって駆け回っている状態ともいえる。」
「火は、活発に動いているエネルギーが水に当たることによってエネルギーを分け与え、水は分け与えられたエネルギーによって活発化していく。
逆に水のエネルギーを空気に分け与えることによって、運動エネルギーが少なくなって氷になっていく…ということですか。」
「そこでユミンの魔力で、この水という分子に運動エネルギーを分け与えたりしたり、
その物質の構成を組み解くことができれば、属性魔法を持っていなくても原理的には同じようなことができるようになる。」
「振動…運動エネルギー・・・頭がパンクしちゃいそうです。」
と言いつつも魔力に包まれた水は、早くも沸騰してコポコポと沸騰し始めている。俺の拙い説明で早くもモノの本質を掴めていると言うのだろうか?
「これについては、1人でも訓練できるから、後にして「レベル」を上げて行こうか。」
ちょうど良く魔物の姿が前方に現れた。俺は魔力を練り上げ前方の魔物に弾丸のように当てる。
「今みたいに魔力そのものを放出して当てる、バレット系やボール系の操作をやってみろ。」
ユミンは指先に魔力を集め、狙いを付けて放出した。それも特大のレーザーのように。
「魔力の使いすぎだな。ビーム系やレーザーは出力も多い代わりに消費量も高い。ユミンの魔力量なら問題ないが、動きながら打つには手元がブレたとき、周りも被害が被るかも知れん。」
基礎を飛ばして、いきなりハイレベルなことされると教え方にも困る!
優秀すぎるのも問題だよユミン!
「それに、あれでは素材も取れん。」
辺り一面、レーザーによって抉られた地面と売り物にならない魔物の死体が散乱していた。
「申し訳ありません!」
器用に座席で土下座をするユミン。何気にユミンってすぐに土下座するよな。奴隷だった影響か?
そうして魔力の訓練をしながらミルド王国とミーバ共和国の国境にたどり着く。
熱エネルギーに関しましては
StoneWasher`sJournalを参考にしております。