第13話 覚悟なき救出劇
やっぱり戦闘行為は描写が難しい。。。
魔物との戦いによって玲子と響子は傷を負った。怪我自体は傷跡もなく治ったが、遊びやゲームではない「死んだらそれまで」という命がけの生活と言うのは、ストレスも溜まるし恐怖で身体も動かなくなる。
気持ちは前に進もうと思っても身体が言う事を利かない。少なくとも俺が魔物に殺されかけたり、それを目の前で遭遇したら、まともでいられる自信はないと思う。
『死』というものが身近に感じるなんて地球に居た時には、巡り合う機会なんてほとんど無かったのだから。
「どうだ?夕食は食べれそうか?」
俺は野菜の原型が無くなるまで煮込んだスープを、一応3人の前に出す。食べなくちゃいけないのは頭で理解していても、体が受け付けない場合もある。
今は無理に食べることもないかと、食べたくなったら声を掛けるよう言い、俺は御者の席に座り、ミーバ共和国へ向けて馬車を走らせる。
何日か経ち、3人は馬車のリビングにはあまり来ず、マイ・ルームの自室に閉じこもっていたが、段々と顔を見せるようになってきた。そんな時、【索敵】にヒトとヒトが争っているのを感知する。
「まだ3人にはキツいよな。」
ヒトとヒトが争うと云う事は、命のやり取りをしているという事。自分が死ぬような思いをしたばかりで、今度はヒトの死を間近に見たら…
「このまま無視して通り過ぎるって手もあるんだが、…通り道なんだよなぁ。」
現場に近づくと、すでに終わっていたようで、濛々と煙が上がり証拠隠滅を図ったのかヒトも馬車も炎に包まれていた。
周辺を空間で固定し、酸素を空間の外へ転移させ炎で燃えていたモノを鎮火させ検分を始める。
「特定するものは…、」
燃え始めてそこまで時間が経っていないのであろう。まだ原形をとどめていた。
折れた剣などをみると、そこそこの業物のような気がする。鎧などは剥ぎ取られている所を見ると、高価な鎧だったか身元を特定されたくなかったか。
【解析】では近くの森に生き残ったヒトは移動している。襲った方か、襲われて逃げているかは分からない。十中八九、襲った奴らのアジトなんだろうけど。
「やっぱテンプレだよなぁ」
俺がつぶやきながら森を探索する旨を3人に伝え、馬車を森の近くまで走らせ空間の位相をずらし、待機してもらう事にする。
【索敵】で近くまで行くと山肌に洞窟があり、近くには1台の馬車が停泊している。きっと襲われたヒトの馬車だろう。結構、豪華な造りの馬車だ。
見張りは2名。捕虜だろうか?縛られた3名の男達をいたぶっているようだが、その内1名は既に息絶えているようだ。
「今回は女が多かったな。」
「なんでこんな時に見張りなんだよ。」
「でも今回の獲物はお隣の国の貴族様だろ?なんでこんな所に来てたんだ?」
「どうやら王都に勇者が現れたって話だ。周りの国も無視する訳にも行かないから、勇者のお披露目会に合わせて偉いさんが集まってるらしい。」
バルド王国は勇者召喚成功を周知の事実として広め、魔物の王討伐の旗頭として歴史に名を刻もうと画策していた。もっともそれを嫌がった田口らが逃げ出した事実を隠ぺいしてだが。
魔物の大量発生や魔物の氾濫には各国、頭を悩ませている事案でもあるので、非人道的な勇者召喚については、友好的な勇者が、この世界のために召喚に応じた形として各国に通達し、各国の重鎮や高位の貴族などがお披露目に参加するために来訪している。
田口は面倒臭いと思いつつもここまで来たら助けないのも何なので、手早く事を進めることにする。
見張り2人の周辺だけ酸素の濃度を少なくする。やり方はいたって簡単。2人の周囲を空間固定し、その中の酸素を転移で強制的に減らしたのだ。
意外と知られていないが、酸素が足らないと人は簡単に意識を失う。空気中の酸素濃度は21%~程度と言われている。ここで13%程酸素が無くなるだけで一瞬で意識昏倒となる。毒ガスを使うよりも周囲に被害もなく、確実にヒトを無力化することが可能だ。
すばやく囚われている者の傍に寄り、縄をほどくと回復薬を手渡し「助けに来た。馬車のそばで待機していて欲しい。」とだけ伝え、洞窟の中へ入っていく。
洞窟の中はそれなりに広く、坑道跡といった感じは無い。【索敵】を使いながら、まずは人数の少なめな右側の通路を目指す。捕らわれた者を収容する場所であろう。牢屋の様に鉄格子で囲われた場所があった。幸い見張りは2名しかおらず、捕らわれた者は女性ばかりのようだ。女性達は衣服も脱がされて露わな姿を晒している。そこに耳を澄ましてみると、見張りの盗賊がしゃべっている言葉が聞こえてくる。
「こいつら結構レベルが高いが何人かは身代金目的に使うのか?」
「貴族さまは、そうなるだろうよ。なんせ貞操帯付けてるから、おれたちには使い道が無い。あー勿体ない。」
「でもそれ以外は、さっき捕まえてきた奴らも含めて今回は「おこぼれ」に期待しても良さそうだな」
と下卑た笑みを浮かべ捕らわれた女性を品定めするように見ている。
良くあることだが高位の者など、浮気防止や貞操や純潔を守るために貞操帯を身につける習慣がある。貞操帯を外すには、セットとなっている特殊な魔道具や登録してある魔紋(魔力)に反応するものなど様々だが、簡単には外せないため、奴隷として売っても性的利用については価値も使い道も少なく安くなってしまうので、身代金と交換したほうが実入りも多い。簡単に身代金と交換できるかは別だが、一般的には体裁の問題もあるため比較的、身代金と交換が行われる。もちろん特殊な仲介人を介してだが。
牢屋に囚われている者達は10名ほどか。グループが違うのか、何箇所かに固まって座っている。
田口は意を決して、【身体強化】を施して飛び出し見張りの2人の内、後ろ側に居た見張りを剣の鞘でのどを思いっきり薙ぐ。良く小説などでも鳩尾に一撃を当て昏倒させるシーンがあるが、実際では素人がやっても上手くいかない事がほとんどだ。なので喉を潰して声が出ないようにしてから、剣を首筋目掛けて振り下ろした。
見張りのもう1人が田口の存在に気づき振り向くと同時に左手で喉を掴み勢いを付けて地面へ叩きつける。どうやら殺さずに鎮圧できたようだ。
「助けに来ました。声を出さずに指示に従ってください。」と驚く女性達に素早く用件だけ伝え、静かにするように諭す。
通路に戻り気配を確認するフリをしながら女性達の見えない角度から体に纏う布を作成し、さも持ってきたように女性達に牢屋越しから布を配る。見張りの2人を縄で縛り無力化してから再度、牢屋に近づき扉を確認する。幸い牢屋のカギは単純なものだった為、女性達には分からないように空間断裂を使いカギを壊した。
「申し訳ありませんが、まだ敵は数多くいます。逃げている最中に見つかることも考えられますのでこのまま、静かに待機していてください。」
何名かは護衛の騎士なのだろうか?鎮圧に手を貸そうと言ってくるが武器も無い裸同然の姿では足手まといだ。
丁重にお断りし見張りの2人を見張っておくようにお願いした。
通路に戻り、動きを確認すると幾つかの部屋があったが【索敵】で確認すると寝室の様で、2段ベッドがいくつも並んでいた。ヒトの気配もないので、奥の部屋に集まっているのだろうか?
奥に大きな部屋があり【索敵】では、そこに43人の反応があった。
1人で何十人もの荒くれ者を相手に出来る訳もなく、その中に捕まった者もいるかも知れないので、迂闊に酸素濃度を低下させることも出来ない。
そもそもヒトを殺す覚悟も無いので、何か良い方法は無いか数瞬考える。
ふと、【時空魔法】や【索敵】で視覚や聴覚だけを転移出来るであろうか?と思い、【索敵】を使いながら空間を把握し五感の内、視覚と聴覚に意識をする。
上手くいったようだ。所謂、視覚・聴覚転移のやり方を会得する。
ガヤガヤとうるさい声が聞こえてきた。視覚を移していくと奥の方に1段高くなった所にふんぞり返る男と、傍に首輪を繋がれた3人の女性を見つける。中には若い女だけでなく、老婆の姿が見えた。
いきなりこの部屋の酸素濃度を下げなくて良かったと思った。幼い子供やお年寄りの場合、一般の成人と違って身体や脳にどんな影響があるかも分からない。
捕まった者たちと盗賊の寄り分けが終わったが、自分のスキルを知られたくはない。正直、殺すだけなら一瞬だ。しかし地球で過ごしていた人間が、いきなり人殺しはハードルが高い。まぁ誤魔化しながらやるかと、盗賊のいる部屋へ。
田口が入ったときには、盗賊たちは酒盛りをしている最中だった。とりあえず田口は入り口付近に居た10人を無力化するために酸素濃度を8%程にして一瞬に昏倒させる。続いて首輪をされている女性から遠い20名を同じく昏倒させる。やっと異変に気付いた盗賊たちが騒ぎ出す。
「毒物か?いや、毒ガスだ。野郎ども、敵だ!」
一斉に武器を手にする盗賊達。しかし侵入者が1人と分かると、途端に余裕が出てきたのか
「どうやって手下どもを倒したんだ?毒ガスか?だが少しばかり量が少なかったようだな。残念だがたった1人じゃ、この人数を相手するには無理があるんじゃないか?」
「そうか?残り10人だろ?」と余裕ぶったフリで空気を圧縮したものを手のひらに集め、近くの盗賊1人に当てる。圧縮された空気は盗賊を3人程巻き込んで吹き飛ばす。すかさず女性から離れたところで酸素濃度を低下。残り7人。
「野郎!」
残った盗賊が剣を手に俺を囲み、それぞれが剣を振りぬいた。流石にヤバい!出し惜しみしてる場合じゃない!
俺は短距離転移して輪を抜け出すと俺を囲んでいた5人の空間を固定し一気に酸素を抜く。
残り2人を睨みつけ、【身体強化】した力任せの踏み込みとともに繰り出した剣の一閃は、鞘に入っているにも拘らず、盗賊の革の鎧を引き裂き、10mほど向こうの壁まで吹き飛ばした。
俺は剣を抜き、残った首領のような盗賊の首に突き付ける。
「武器を捨てろ。抵抗すれば殺す。」
「…見たところ、誰も殺してないようだ。とんだ甘ちゃんだ。」
俺は黙って男の左肩を剣で突き刺す。男は「ぎゃあぁぁぁ!」と喚きながらも、やせ我慢して笑いながら「殺しも出来ねぇひよっ子にはこれが限界かぁ?」とのたまう。
確かに俺にはこれが限界だ。だがそれでもやらなくちゃいけないことがある。
「隷属の首輪の解除方法を言え。」
「おい、甘ちゃんよ!どうせ俺は捕まっても奴隷か死刑だ。だったら言いたいこと分かるよな?」
と男は奴隷紋を発動させようとする。奴隷を道連れにしようとするのか?どうする?このままじゃ隷属の首輪が!俺はとっさに覚悟を決めたその瞬間、男の首に剣が突き刺さる。
そこには、隷属の首輪をした老婆が、男に剣を突き立てた姿だった。
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