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色譚録  作者: 花咲詠香
紅と銀
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王女と世話係 2


      2






 朝から、ルディナス=マクファーレンは憂鬱だった。

 今日は久々に休暇がとれたので、城下町に下りて買い物にでも行こうと考えていたのだが………残念なことに、ルディナスは今、きっちりと制服に身を包みながら、朝食をとっている。

 今日も食堂はガヤガヤと騒がしい。何をそんなにお喋りすることがあるのかと、不思議に思うほどだ。ルディナスは騒がしい空気は好きではなかった。ゆえになるべく静かに朝食がとれるよう、今日も一人、食堂の一番端を陣取るのだ。

 「ん? おーい、ルディじゃねーか! 制服着て何してんだ? お前、今日非番じゃなかったのかよー?」

 「………………」

 一人静かな朝食をぶち壊したのは、そんな声だった。

 ルディナスをルディ、とくだけた愛称で呼ぶ者はそう多くない。一般兵としてほんの二年前に入隊し、以後瞬く間に出世した実力と、その性格ゆえの冷たい物言いに歩み寄れる度胸のあるものはいなかったのだ。一部の例外を除いて。

 にこにことうざったい笑顔で声をかけてきたその「例外」に、ルディナスは顔をしかめながらパンをちぎった。

 「うるさい。急な任務だ、仕方ないだろう」

 「世話係の出迎えと王の護衛だろ? 名誉なことじゃねぇか!」

 「………貴様、私が駆り出されたと、知ってて言ったな」

 「はんっ、あたりめぇだろ? 知らないやつの方がどうかしてらぁ」

 けらけらと笑いながら、例外の同僚、アルヴァンス=レーゼルは当然の如く隣に座った。ルディナスは冷たい視線を送った後、ため息をついて朝食の続きをとる。その視線もため息も、ものともせず、アルヴァンスも同じように朝食に手を付けた。

 「にしても珍しいもんだなぁ。悪い噂が広がったせいで、報奨金をどんなに上げても、ここ数年立候補者なんて出なかったのに」

 「その珍しいヤツのせいで、私は今朝三時に叩き起こされたんだ」

 そう。そこから準備のために駆けずり回って、今やっと朝食をとる時間ができた。

 「はははっ、そりゃご愁傷様。ちなみに俺はいつも通り朝までぐっすりだぜ!」

 なんて爽やかな笑顔だ。ぶん殴りたい。

 「喧嘩なら買うぞ」

 「そりゃねーよ、氷の戦士さま」

 「やめろ、その呼び方」

 ルディナスは声色を落としてアルヴァンスを睨みつけた。

 氷の戦士という、陳腐を貫き通したような二つ名は、いつの間にかルディナスについていたものだった。その鋭い目つきと冷たい態度、何より戦うときの相手への容赦のない冷酷さが由来らしかったが、ルディナスはその名を気に入ってはいない。初めに言い出した奴は絶対に頭が悪い、とまで思っていた。もっとこう、せめて気の利いたひねり方はできなかったのか、と。

 「おれは良い得て名だと思うんだけどねぇ」

 「お前の頭と感性は鳥以下だからな」

 「そうそう、三歩歩いたら忘れるし………って、うおぉい!」

 「吠えるな、犬か」

 「犬? 鳥よりはランク上がったな」

 「………………」

 なぜか嬉しそうにそう言ったアルヴァンスに、ルディナスは頭を抱えた。

 どうも調子が狂わされる。ルディナスの固い調子を狂わせるなんて、大したものだ。しかし、だからこそ彼とは屈託なく付き合えるのだろう、とルディナスは思っていた。

 アルヴァンスとは、ここに入隊してからの付き合いなので、出会ってから二年ほどしか経っていないが、何故かまるで旧友のように感じる。こういうのを馬が合うというのだろうか。まあ、何かとうざったいことには変わりないが。

 そんなアルヴァンスは、パンにかぶりつきながら、そういやぁ、と言った。

 「今日のお前の隊はどうすんだ?」

 「食いながら話すな。それは予定通り、イェランに任せる」

 「かてぇこと言うなよ。あぁそう、イェランに、ねぇ」

 ごくり。アルヴァンスの喉が上下して、パンが全て飲み込まれる。

 含みのある相槌が気になった。

 「何だ、イェランがどうかしたのか」

 「いやぁ、べっつにぃ?」

 「白々しいな」

 そういってやると、んーっと謎のうなり声をあげて、アルヴァンスは言った。

 「やけにイェランを信用してんなーと思って」

 「まぁ、お前よりはな」

 「まじかよぉ。アルちゃん泣いちゃう」

 「真顔で言うな、気色悪い」

 真顔じゃなけりゃいいの?と、途端に笑顔になって屁理屈を言うアルヴァンス。

 それをきっぱりと無視して、ルディナスはがたりと席を立った。イェランのことは気になるが、そろそろ行かなければならない。

 アルヴァンスも気付いたようで、腕時計に目をやった。

 「っと、もうこんな時間か」

 「じゃあな」

 「おう、国王様の前でこけるんじゃねぇぞ!」

 「………………」

 完全無視。全力で他人のふりだ。この距離ではあまり意味はないが。

 椅子にひっかけていたローブをばさりと羽織る。緋色が、鮮やかに広がった。

 この緋色のローブは、王の護衛兵の中でも選ばれた腕利きのみが羽織ることを許されている、特別なものである。入隊僅か二年でこのローブを羽織る権利を手に入れたのは、たった三人だけ。ひとりはそこで馬鹿をやっているアルヴァンス。そして先ほど話に出てきたイェラン。最後に、ルディナス。

 彼女(・・)は女兵士として、唯一緋色のローブを手に入れた、稀に見る本当の天才であった。


 そんな彼女、ルディナスは後ろで吠えるアルヴァンスを無視したまま食堂を出る。

 そのまま王城の正門を目指した。そろそろ例の『立候補者』がやってくる時間だ。王城はとてつもなく広いので、急がなければならない。

 アレミス城の内部は、大きく三つに分けられている。

 まずは本殿。国王が政治的な仕事や儀式的なことを催す際に使われる場所。ここは城というよりは、宮殿の造りに近く、きらびやかで、まさに豪華絢爛。奥には国王が生活する場も存在する。次に、本殿の向かって右側に位置するのは、いわゆる後宮と呼ばれるような場所だ。しかし今代の国王になってからは少しばかり「事情」が重なり、今となっては後宮としての機能はほぼ失っているに等しい。

 そして、本殿の向かって左側奥に位置するのは、アレミス城を護る兵士たちのための建物だ。彼らはここで生活し、訓練し、国を護る術を身に付ける。アレミス城がそのきらびやかな見目に反して、『宮殿』ではなく『城』と称されるのは、敷地面積及び国の費用の大部分を、その軍隊に費やしているからだった。それは、隣国ハルネールとの長年にわたる争いが生んだ悲しいシステムである。

 さて。このように、それぞれがその役割をきっちりと分けながら存在している中。本殿からさらに左奥に進んだその先に、三つのどこにも属さない離れの塔が、ひっそりと立っていた。

 ルディナスはなんとなく、歩きながらそれを振り仰ぐ。ここから、その塔はよく見えた。

 「………………」

 塔に「しまわれている」者。それは悪魔の血色と称される、紅い髪を持つのだという。そして、その世話役は、なぜか必ず数か月もたたないうちに、殺される―――。

 今日迎えに行くのは、はたして何人目なのだろう。どうして、殺されるのだろうか。塔にいるのは、まだ年端もいかない子どもだと聞いている。その子が殺したとは考え難いが、だからといって、他にあの塔に入れる者もほとんどいないはずだ。まさか、本当に、市民が騒いでいる『紅髪の呪い』などというものが、あるのだろうか………。

 色々と考えを巡らせていたルディナスだったが、やがて諦めて、考えるのをやめた。

 緋色のローブを許されたとはいえ、自分はまだ二年しかここにいない。それに、そもそも自分は、ただの近衛兵だ。政治や国事に口を出すべき立場ではないし、出したところで何にもならない。

 無駄なことは、すなわち必要のないこと。

 ルディナスはそう自分の中でけりをつけ、今度はしっかりと責務だけを頭に入れながら前を向いて歩いた。

 訓練場を抜け、本殿の前を横切らないよう裏手をぐるりと回り、やっと正門へとたどり着く。

 近づくと、二人の門番がルディナスに気付き、機械的な動きで敬礼をする。そして二人は声をそろえた。

 「「ご苦労様です」」

 「世話役候補は?」

 「はっ、門の外側に待たせております」

 「了解した。ご苦労」

 「はっ」

 また敬礼。規則的で、何の感情も伴わない動きだ。しかしこれが、正しい兵士のあり方なのだろう。ある程度の感情を考慮されたくば、そこから這い上がり、この緋色を手にするしかない。そこまでしても結局兵士など、どこまでも「駒」でしかないのだ。

 ルディナスは無意識にローブを握りしめていた。そのまま人一人が通れるほどの、門についた狭い通用口を通り抜ける。

 城の中から一歩外へ出るだけで、少しの開放感が得られる。

 それほどまでに、ここでは気を張った生活をしているのだ。故にルディナスは、戦い以外で城の外へ出るのは好きだった。

 ただ、今回は人を出迎えるという任務だ。すなわち仕事中。いつまでも開放感に浸っているわけにはいかない。

 視線を右へと滑らすと、背が高い、細身の男が立っていた。長いベージュ色のローブで全身を覆っている。

 男はフードをかぶったまま、じっと城を見上げていたが、ルディナスに気が付くとフードの下で小さく笑ってこちらを見た。

 ―――ぞくり。

 何故かその微笑に、背筋が泡立った。

 「おはようございます」

 男が胸に手を当て、正式な礼をする。

 「………、あぁ。話は聞いている。お前が………世話役の立候補者だな」

 「然様でございます」

 「………そうか、では、まずそのフードを取れ」

 「あぁ、これは失礼いたしました」

 男は不敬を詫び、そのままフードを外した。

 ぱさり。フードが後ろに落ち、中から端正な顔と、美しく艶やかな黒髪が現れる。

 一瞬だけ宙を舞った髪は、ストン、と素直に青年の周りに落ち着いた。

 思っていたよりもずいぶんと若い風貌だった。堅苦しい口調には似合わない。

 男、いや、青年といった方がしっくりくるだろう。きれいな青い双眸は強い意志を感じさせる。

 そして、そんなことすべてを差し置いて、ルディナスはある一点に目を奪われ、言葉を失っていた。

 「………………」

 なんという、目を引く髪だろう。思わず青年の髪に見とれてしまう。

 王城の中にはほとんど黒い髪の者しかいないため、見慣れているはずだったのだが、こんなにも人間離れした美しい髪は、見たことがない。

 ちゃり………と、青年の左横の髪だけをまとめるアクセサリーが、鳴いた。

 よく見ると奇妙な髪型だ。髪のサイドは胸まで届く長さだというのに、後ろ髪は、肩にかからない程度に丁寧に切られている。

 「どうかなさいましたか?」

 「………あ、いや。失礼。なんでもない」

 相手の顔をじっと見ていたことに気付き、はっとして詫びを入れる。たとえそれが、地位としては自分より下の相手であっても、礼儀を欠いてもよいという理由にはならない。

 ルディナスはこほん、と小さく咳払いをして空気を戻した。門の中に入れる前に、いくつか質問をしなければならないことになっている。

 「まずは、チラシと志願書を」

 「はい」

 受け取りつつ、そこに記載されたものも含め、間違いがないか照らし合わせながら聞き出していく。

 「名前と出身は」

 「ハルド=シュニヴァルトと申します。アレミスの、クランデーム地方出身です」

 「クランデームか………。ずいぶんと遠いところだな」

 「そうでもありませんよ」

 ハルドはそういって笑うが、クランデームは確か、首都リュシオンの真逆に位置する田舎の土地だ。森と山が多く、人口も多くはない。距離が離れていることはもちろん、クランデームは交通の便も悪いのだ。来るだけでかなりの時間がかかったことだろう。

 とりあえず名前と出身を頭に入れて、ルディナスは次の質問をする。

 「世話役に立候補した動機は?」

 「………そうですね」

 少しだけ言葉を止めて、ハルドはその美しい黒髪を風になびかせた。

 「まぁ、報奨金目当て………ですかね」

 「………………」

 無難な理由ではある。しかし、なんだろうか、何となく違和感があった。報奨金目当て、とは確かに言いづらいことではあるかもしれない。だから言いよどむことも不思議ではない。だが、どこか………わざと、無難な答えにしておいた、というような、そんな………。

 「なぜ金が必要なんだ」

 「ふふっ、それは愚問と言うものではありませんか? あるに越したことは無いでしょう」

 確かにその通りだ。何も間違ってはいない。やはり引っ掛かりは取れないが、これ以上追及するのも無粋だろう。ルディナスはまぁいい、と区切りをつけ、仕事の詳細に触れることにした。

 「この仕事のことは、知っているか?」

 「えぇ、ある程度は」

 「………命のかかった危険な仕事、と言うことは?」

 「勿論、存じております」

 「ならいい。自分の身の安全は自分で護ることだ」

 「承知いたしました」

 青年はにこりと微笑んだ。その美しい表情には、微塵の不安も見えない。妙なことだ。命が関わるとなれば、多少の不安や緊張をするのが普通の人間と言うもの。

 そもそも普通はいくら金が必要だと言っても、こんな仕事に着くことを覚悟することはなかなかできたものではない。………相当の覚悟と目的がない限り。

しかし、そんな何かを背負っているにしても、緊張くらいはするものではないだろうか。

 「この仕事に就くにあたって、何か質問は?」

 「そうですね………」

 言いながら、ハルドが口元に手を添える。数秒間何かを考えた後、その口元にまた微笑を浮かべて言った。

 「私が、彼のお方にお仕えする際、制限されていることは何でしょうか」

 「………基本的には必要性がない限り、塔から出ることは許されていない。そして、それさえ守れば後は自由だ。まぁ、とはいえ許可を取れば、外出も可能だから気にすることは無い。逃亡の可能性を鑑みて、監視はつけるがな」

 「逃亡………」

 クスッと、美しい口元が怪しく弧を描く。

 「ずいぶんと需要のない職業なのですね」

 何とも今さらなコメントだった。

 「………それは既に、承知の上だろう」

 「えぇもちろん、承知しておりますとも」

 なるほど。とするならば、今のは皮肉と言うことか。

 にこりと笑うその顔を、ルディナスは油断なく睨みつけた。

 こいつは、敵に回してはいけないタイプの人間だ。直感的に、そう感じていた。

 「――さて、今から国王陛下のもとへ連れてゆく。王に謁見した後は、すぐ世話係として仕えてもらうことになるだろう。現段階で条件に納得できると判断したら、私の後についてこい」

 「かしこまりました」

 ルディナスの言葉にハルドは一瞬の迷いもなく頷いた。

 改めてルディナスは思う。

 この男は、何かが違う。

 「私たち」とは、根本的に、何かが………。

 

 目の前にそびえたつ大きな城が、どうしてだろう。

 いつにもまして圧迫感のあるものに感じられた――。




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