―Ⅵ―
佐易は自分は救世主であると言う思い込みを振り払う事が出来なかった。それは自分自身振り返って奇異に思った。
あの時、通りすがりのみすぼらしい亜奴田という人に「あなたは救世主ですか?」と訊ねられた時はただの恐怖でしか感じなかったのに、なぜか自分は確信を得てしまった。
それはほんの一瞬の出来事であった。世界が突如黄金の光に包まれているように見えたのだ。それはこの世を滅ぼす不吉な光。自分はそれから救う使命がある。まるでそれが初めから分かっていたかのようだ。
鳩を飼いたい、と彼女は思った。白い白い鳩を飼う。気がついたらいつのまにか公園である。そこに白い鳩がいる。鳩は無邪気そうに、ただ餌を求めるためだけに歩き回っている。彼女はふんわりと鳩を包み込みそのまま歩き出す。
鳩を持ちながらビルの階段に登る。途中すれ違う人の自分を見つめる眼差しが妙なのは鳩のせいだけではない事がわかった。踊り場に窓があったが、窓に微かに映る自分が、見た事も無いクリーム色の絹のドレスを着ていたからだ。いつこれを着たのだろう、と佐易は考えたが、それは救世主の権威を持った服なのだ。
彼女は屋上に上がる。無機質な白い地面。地上を見下げると亜奴田がいた。非常に遠いはずなのになぜか見えてしまった。彼女は手に持っている白い鳩に魂を少し注ぐ。そうして右腕を伸ばし、鳩を放す。鳩は亜奴田に向かって飛んで行く。