―Ⅴ―
「で、スイッチを押したんだとさ。それからは記憶は無く、いつのまにか自分の家にいた。」
居酒屋で冨永は田中に話し続ける。
「奴は働きすぎておかしくなったんじゃねえのか。やつはそれまで無休だ。外国行く余裕なんてねえ。確かにこの国にそんな広大な砂漠は無いだろうが…。休暇なんて随分前だし、外国行ったのなら、何かしら話があってもおかしくないはずだ。ったく、何がなんだか俺にはさっぱりわからねえよ。」
冨永の話を聞いた田中もまるで意味不明であった。一体どういう事だろう?とりあえず、また佐易に会って、一部始終を話そう、と考えた。
佐易に電話をする。プルルルル、プルルルル。しばらくして電話に出た。
「…もしもし。」
躊躇うような佐易の声がスピーカーから聞こえる。
「もしもし、亜奴田の件だが亜奴田の同僚に聞いたんだ。やはりあいつ頭おかしくなったっぽい。うちゅうじんに会って救世主だが」
「あのね…」
「なんだ。」
沈黙。何があったのだろう。田中は先を待つ。佐易の息を吸う音の後に次の言葉が聞こえた。
「私、救世主なのかしら。」
突然の理解を越えた問いに田中は思わず激昂した。
「何を言ってるんだ!あれは亜奴田の妄想で」
「私、救世主かもしれない。」
「…え?」
「分かったの、いや、昔から分かっていたのかもしれない。私が私であるならば、私は救世主なんだ。」
「なに言ってるんだお前。亜奴田に言われて信じちゃったのか?」
「違うの、違うの…あの人は関係ない…」
「関係あるだろう。」
「違う…」
「ごめん、君が正直心配だ。ちょっとまた会って話しよう。」
「ごめんなさい…誰とも会う気分にはなれない。外が怖い…。」
「え、本当に大丈夫か」
電話は切れた。何故だ。彼女に何があった。田中は分からない。