5 指令
陣川達は一度退避していた神社付近へ戻る為の途中で、同じ学年の友人に出会い、ある話を聞いた。半分は知っている話だったのだが。
「あぁ、あの三人と一緒にいた変な奴?確かに居たきがするなぁ」
「そうか、今あいつらは神社にまだ居るんだな?」
「多分、そうだと思うけど、なんだか一生懸命何かしていた様だったからね」
「何かしてたって、何を?」
「それが・・・よくかわからないんだよね」
「どういうことだ?」
「なんか、探し物の手伝いをしているとか言ってたけど」
「探し物?」
「そう、探し物」
少年は続けた。
「神社の敷地内で無くした物を探しているのか、宝物でも探しているのか必死だったね。ただ、それをしてたのは彼らだけじゃないよ、何組かの小学生が一緒にやってるらしい。なにかのイベントなのかな」
彼は御祭りの出店で買ったであろう緑色の鮮やかな鼈甲飴を袋から取り出して口に咥えた。
「イベントって、祭り主催の何かか?そんなのあった記憶はないぞ」
確かにこの御祭りは神社で行われている神道祭であり、夏祭りのように花火が上げられたり、ステージに下積み時代真っ最中の看板を掲げた歌手や芸人を呼んで、通り行く人の冷たい視線がステージに集まるイベントは無い。神様を祭る催しとして相応しくないのだ。しいて言うなら神輿行列が終わった後の大人達の宴ぐらいだろう。
「うーん、イベントって言うと僕もよく知らないからね、なんとも言えないのだけど、確か小学生にいくらかミッションを与えている変な人がいるだとかって聞いたよ、言われた事をすると何か御褒美でも貰えるのかな?」
「そうか、ひとまず神社にもう一回行ってみないとわからなさそうだな・・・ちょっと面白そうな気もしないでもない・・・」
「そうだね、気になるなら境内にある神木近くにいる人だって聞いたから訪ねてみるのもいいんじゃないかい?」
「あぁ、ありがとう」
「そんなわけで僕はそろそろ家に帰らないと母親が五月蝿そうだから、ここでさよならさせてもらうよ。まったく、お祭りの日はみんな遅くまで遊んでも怒られないのに理不尽な話だよ」
そういうと少年はさっき口に咥えたばかりの鼈甲飴を奥歯で砕くと、あ、またやっちゃった。と後悔を口にし、一人家路に向かった。
陣川達が神社に着くと目的の四人を見つけるのに然程時間はかからなかった。というのも獅子と振り手の披露が境内中央の通りで行われていて、殆どの人がそれに釘付けの中で、境内の中を駆け回るグループが居たからだ。
「しかし、探し物を手伝っているって一体何のイベントなんだそれは」
中央通りに人が集まっている事以外には特に変わったイベントをしている様子は無い。翔達の行動は、三人で一枚の紙を覗き込んで頭を抱えているのかと思うと、神社の境界に並ぶ塀の下を掘り起こしたり、石を持ち上げたりと不可解な行動を取っていたのだ。
一先ず、彼らだけを見ていても話の全体は見えてこないので繰る途中に出会った同級生の言っていた変な人、という人物を探すべく、人だかりの喧騒とした境内を再度見回した。
目が合ったのは夕方に俺の頭の事を馬鹿にしてきた憎きあの少年だ。
「お前ら、また来てたのか、一体何しに来たんだい、モヒカン少年」
陣川にとって不名誉極まりない、髪形の事を突然指摘してきた。
この少年の名前すら陣川はまだ知らなかった。同じぐらいの年頃のはずなのに、何故か年上から馬鹿にされているような言い草は気に障る。何故、名前も知らない人間にそんな事を言われなくてはならないのだ。と先ほどの事をまた思い出す。
「なんだと、俺が来たら駄目だっていうのかよ」
「いやいや、そうは言ってない、言ってない」
「じゃあ、なんだってんだ」
「ただ、小さいとはいえ騒ぎを起しかけたのに、よく来たなぁっていうのが本音だね」
「余計なお世話だ」
陣川は目を光らせた。
「まぁ、落ち着いてくれ、君達は喧嘩しに来たのかい?といってもこんな人ごみの中で騒ぎを起せるほど君も馬鹿では無いと思うけど」
気の触る言葉を挨拶代わりに投げてきて、落ち着け、という少年の矛盾は喧嘩を売っているとしか思えないが、こんな所で事を起してもすぐに回りに止められて終わってしまうのは明白だった。陣川でもそれぐらいの状況は把握できる。
「とは言っても俺の人生経験から見た所、君達は少しばかりしつこそうだからね、どうせ何か企んでいるだろう?俺や翔くん達に何かしようって言うなら辞めときな。八つ当たりに人を巻き込むのはあまり関心しないね」
「わかりきったような口を聞くのも気に食わない野郎だな、いったいお前は誰なんだ」
「俺かい?俺は・・・芳朗。まぁ、覚えてもらわなくていいよ。どうせ、すぐ君達の記憶から抜けていくような人間だろうからね」
「芳朗か、しかしよ、なんでおめぇは俺がこんな頭だって知ってたんだ、俺はこの頭になってから、外ではずっとこいつを巻いてたんだ、どうもすっきりしねぇし、気味が悪い」
陣川が自分の頭を指しながら言った。
それに対して芳朗は達観したような顔をして答える。
「勘、って事にしといてくれ。少年にはわからない事が世の中には沢山あるのだよ。理不尽だと思う事も、信じられない事もね。まぁ、どうせこの話は少年には関係のある話では無いからそれも記憶から抜いてもらっていいよ」
何を言いたいのかわからない。しかし、何か除け者にされている様な事だけはなんとなくわかる。やはり得意ではないタイプの人間だ。
「まぁそれはいいとして、お前らは何をやってるんだ?」
「おお、それを聞いてくるだな。ふむ、まぁ、秘密でもないし、教えてもいいのだけど・・・」
そういって考えるような仕草をして続けた。
「・・・まぁ、あそこの人に聞けば早いんじゃないかな」
芳朗の目線の先には神木近くに座るなんとも言えない雰囲気の人が座っていた。ぱっと見た感じ占いか何かやってるのかという周りのトーンより一つ暗くなった雰囲気だ。
「あの人が君らを参加させるかどうかは知らないけど、まぁ、僕らの邪魔はしないで欲しいね」
芳朗がそういうとさっさと体を翻して露店の角を曲がって行った。
「ちょ、待てよ、わけがわからんぞ」
陣川が芳朗の後に続いて角を曲がると、さっきまで会話を続けていた少年の影は無く、祭りの光が境内を照らし、自分達と同じような年頃の子供達が楽しそうに、金魚すくいに励んでいる姿が見えた。
「・・・なんだったんだ、あいつ・・・」
***
翔達は陣川との揉め事があってから神社に戻り、芳朗に辺りを案内している時、案内といっても神社の鳥居前から並ぶ露店の範囲だったりとか、自分達が遊び場にしている神社の秘密とかを教えたりとか大した事をした記憶は無い。
芳朗という少年は翔の目からすると少し不思議で、何を見せるにしても冷静というか、達観しているというか、表情を大きく見せる事は無かった。だからと言って、詰まらない奴だとも思わないのだが、どうも学校の連中と一緒につるむのとは少し勝手が違う気がしたのだ。
ただ、夕方から話題になっていた幽霊の話しに関しては少し興味があったみたいだった。その話は始めて聞くのだけど。といった表情で翔達の話を聞いていた。
単なる噂話であってなんの根拠も無いし、十分な情報も無いので翔達にとっては本気で幽霊探しをしている、というより、この自由に出歩ける夜に肝試し的な冒険をしたかっただけというのが本心だった。
そうは言ってもあまり表情を表に出さない人間が興味を示すという事はその人間性を把握するための情報になりうる。思うにただのオカルトや心霊現象といった話が好きなだけなのか、自分達と同じようにただの好奇心なのかはわからない。
翔達に声を掛けたのは露店と露店が狭く立ち並んでいる間にひっそりと店を構える女性の店主った。女性といっても黒色のフードを被っていて、露店が立ち並んで、大型電球で明るくなっているといっても、はっきりとした顔立ちを見る事は出来なかった。
場所は神木の隣に座っていた。きっと、他の露店とは違いきちっと出店申請をしていなかったのだろう。店は簡易テントの中に暖簾を掲げているものではなく、学校にある学習机ぐらいの机に黒いクロスを掛けただけの店構えだ。ぱっと見た感じ手相占いでもやっているような印象で、正直、暗い雰囲気が漂っていた。
先に話しかけてきたのはその女性だった。
「君達、何か探し物でもしてるのかい?」
「ん?えぇっと何、おばさん。いや、別に探し物はしてないけど、ただ、友達と一緒に居るだけだよ」
「そう、君達、探し物を手伝ってくれない?でも、私はまだおばさんって呼ばれる年では無いのでそれだけ訂正させてもらうわ」
年齢を気にする年なのか、口を挟む。
「探し物を手伝ってくれって言われても・・・」
「そうね、探し物をするって言うと面倒事っぽいわね。ではゲームをしましょう。というのはどうかしら?」
「ゲーム?」
女性は机の下から枡を縦に伸ばしたような四角柱の筒を取り出すと机の上にそっと置いた。その中には紙を丸められた物が何本か刺さっていて、最初見たときにはおみくじの箱か何かだろうかと予想したが、違うらしい。
「この中に指令書が入ってるわ、といってもそんなに難しい事じゃない。簡単な事よ。あなた達子供ならね。私達大人にはちょっと難しいものだけどね。それの指示通りに進めていくだけ。どう?やってみない?」
フードから微かに見える口からは表情が良く読み取る事ができない。
「簡単な指令書って、よくわからないんだけど、なんで俺達がそんな事をしなければならない」
「言ったじゃない、これはゲーム、深く考える必要は無いわ」
今度は口しか見えない表情が微笑んだのが見えた。
横にいた大地が次に聞いた。
「えっと、大人には難しいってどういう事ですか?」
「なんてことはない、ただ大人には楽しめないだけ」
大人には楽しめなくて子供なら楽しめるって事だろうか。そんな子供扱いしているなら思春期に入るか入らないかぐらいの翔たちには侮辱と取られてもおかしくない言葉だ。
「それって大人には詰らない、子供の遊びって事?」
「そうとは言ってないわ、まぁ、このゲームをやってるのはあなた達だけではないし、折角の御祭りなのだから楽しんでみたらどうかしら?」
「そうか・・・、で、それを俺達がしたらどうなるんだ?」
「そう、確かに何も無いのじゃ面白くないわよね、最後までやりきる事が出来たらいいものを上げることになってるの」
「いいもの?」
その場にいた芳朗以外の三人が首を傾げた。
「まぁ、それは最後になってからのお楽しみって事ね。ちなみにこの指令書は他の何人の子たちにもやってもらってるの。ルールとしてはこの中にランダムで入ってる指令書を四つこなしたら最後の指令書、さっき言った〈いいもの〉を手に入れる手順が書かれているのを渡すわ。ちなみにこれは一枚だけしかない。つまり、最初に四つ指令をクリアした人に渡されるって思ってもらって構わないわ、どう?」
「まぁ、やってみてもいいけど・・・」
「そう、じゃぁ、最初の一枚を渡すわね、好きなのを一本引いて頂戴」
そういうと女性は翔の前に箱を出し、翔は一本引いた。
「ちなみに私はその指令が終わった頃にここに戻ってくるわ。逆に言うなら指令が終わらないとここに来ないからヒントとかは無しよ」
どこかに移動するつもりなのか女性は立ち上がって、一呼吸置いて続けた。
「しかし、なんだかこの辺りには不思議な気配がするわ。この今の時間にいてはいけないものがいるような・・・幽霊かしら?私、そういう分野でも知識が多少あるから感じるの・・・なんて」
翔は結の方に目をやると案の定反応している。今ある噂でこのゲームの雰囲気を演出しようとしているのか、分らないが、いまさら何を言い出すんだと思って女性の方を向くと、そこには、もう空っぽの机だけが残っているだけで女性は居なくなっていた。
「なんだ、ちょっと気味の悪い事だけ言って去っていきやがって・・・」
翔は受け取った紙を広げると何か書いあるようだ。その場所ではよく見えないので隣露店の光源に紙を照らし書いてある文字を読み取った。
「これってどういう意味だろう?」
「つまり、この文章から読み取れる情報から何かを探せって事かな?」
「だろうねぇ」