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タイムカプセル  作者:
十二歳
3/6

2 噂

「うわ!マジかよ!これで五連敗だよ!」


 小学生と思わしき少年の声が境内の端で上げられた。


「残念でした。まだ昼の運は俺の見方をしているようだぜ」


 真剣な目つきなのだろうか、今にも充血しそうなほど見開いた眼でそう口から発したのは翔で、この世の終わりかとばかりに肩を落としているのは大地だった。


「じゃあ、大地二等兵。姫林檎飴。よろしくね」


 賭け勝負のスーパーボール掬いで条件数を一番最初にたどり着き、一人悠々と二人の白熱した試合を楽しんだ結が大地に向かって笑顔を作ってみせた。


 それに大地は気の抜けた返事し、口惜しげに財布の小銭ポケットの覗いてため息を付くと、鼈甲飴の露店を探しに向かうのだった。



 翔達はそれぞれ親から貰ったお小遣いの半分くらいを使い、空も青空から少し山吹色が差し掛かってきた頃だった。


 三人で賭けゲームをしてゲットした姫林檎飴を嬉しそうに舐める結の姿を、翔はなんとも言えない気持ちで見ていた。周囲が少し暗くなり、露店の明かりも徐々につき始めてきて、蛍光灯でも太陽光でもない赤みの掛かった白熱球の光が周囲をを包みつつあった。


 この頃の翔少年は絵に描いたような砂利少年で、女の子と普通に遊ぶにしても恋のKの字も知らない。特に小学生に上がる頃からずっと一緒に遊んでいる結と恋仲になりたいとは思いつきもしなかった。年齢的にも仕方が無いが女の子相手でも手加減をしない、勝負事には全力でぶつかって行くタイプだったのだ。


 しかし、その時翔には、結が舐める姫林檎の覆う赤い着色料でキラキラした飴が結の薄い唇に残る姿を、露店の柔らかな光が包み、年齢より少しだけ艶っぽく見えた。勿論、その時は女性とは何か、男性らしさって何だ!という考えは持ち合わせていなかった。しかしそれは、女の子を意識し始める感情の予兆だったのではか、と今の翔には理解できる。


 確かな事は記憶に薄いが、あの薄い唇で舐める姫林檎飴はどんな味がするのだろう。去年も食べたはずの飴だったが翔にはもっと特別な、そんな味がするんじゃないか、そんな風に考えると自分の鼓動が少し早くなるのを感じたのだった。


 初めて味わう戸惑いにも近い感情、纏わりつこうとしてくる思考を翔は忘れようとしていた。



「飴、ほしいの?」


 翔の結に向ける眼差しはそんなに物欲しそうに結の眼には映っていたのだろうか、翔の前に結いは立つと先ほどまで舐めていた姫林檎飴を翔に向けて言った。


「いや、べ、別にいらねぇし。それに、結がもう舐めてるしな、それなら自分で買うよ」


 その時何故か結の眼を見る事が出来ずに地面に眼を向けて、まごつきながら翔は言う。


「ふふ、素直じゃないなぁ。まぁ、最初からあげるつもりはありませんけどね」


 結いは動じず、はお決まりの文句を楽しげに口にすると、また飴を咥え直した。


 その、幸せそうな結の笑顔は、やはり翔に今までに感じた事の無い気持ちにさせるのだった。



 五度に渡る賭けゲームで一度も勝利を掴む事が出来ず、先ほどまで大きな両肩を落としていた大地。賭けゲームをしようと言い出した張本人なのだが・・・


 そんな彼がそういえば、という顔をして話を持ち出した。


「ところでさぁ、二人ともあの噂、知ってる?」

「噂?なんだよそれ」


 翔は右手で、くじ引き屋のハズレクジで貰ったフリスビーをクルクル回しながら答えた。といってもこれもまた賭けゲームで大地から奪い取った一回くじ引き権利による物なのだが。どうも、神社に着いたときのパチンコの件から勝負事には風邪が向いているらしく、大地には微塵ほどだが申し訳ない気持ちもあった。


 くじ引きで大物を当てられなかったのは神様がどこかで人間の幸、不幸をあまりにも大きくなり過ぎないように調整しているのだろうと思うと悔しさもあまり無い。



 そのフリスビーを翔はフワリとパスをして大地は小慣れた手付きで受け止めた。


「ここ最近の事らしいんだけどさ、不思議な事がこの周辺で起きているらしい」


 そして一呼吸置いて大地が続ける。



「どうやら謎の子供霊が出るらしいんだ」

「ちょっと、あたしもいるんだから、そんな話はやめてよね!オバケの話は嫌いって大地、知ってるじゃない」


 嫌な表情を顔に浮かべながら、結は不満そうに言ったが大地は続けた。


「まぁ、話を聞くんだ。幽霊って言っても、一部の奴らが言ってるだけで怖いもんじゃないから。聞いた話だと外見は俺達と同じぐらいの年齢。そいつは別に悪さをするわけじゃない」


 大地は膝あたりから下を確認するように掌で叩きながら言った。


「しかも、ちゃんと触る事が出来て話すことも出来る。つまりだ、結が想像してるような、足が無くて宙に浮いてるようなものじゃない」

「それって本当に幽霊なのか?」

「大人も子供も何人か目撃した人がいるのだけど、全員この近所の住民でさ。誰もその少年の事は見た事ないらしい。確か三組の藤中だったかな。あいつも遭遇したらしくてさ」



 藤中と言えば、このあたりで餓鬼大将を張ってる隣クラスの男子だ。勉強はそれほど出来ないにしても、このあたりの子供達を引っ張って〈藤中軍〉とかいうグループを作っている奴だ。


 確かに時々、悪い悪戯を大規模の人数で企てて学校に迷惑を掛ける事もあるが、基本的には大らかでユーモアもあり、誰からも好かれている存在。


 本人自身もそのカリスマ性に対して自負があり、プライドも自分のポジションも気に入っているらしい。威張ること時々あるが、何故か、憎く思う奴が居ないのは彼の人望のためだろう。


 彼を中心にして集まる、この田野芳賀の男子児童コミュニティーのことは彼自身がかなり把握しているはずなのだ。



「あいつか、つまり、その藤中も見た来ない奴だったってことか」

「その通り。それに俺達と同じ年の子供だって話だから、藤中が見た事無いって言う事自体不思議なのさ」


 大地が両手を空の方向に開いて言う。


「確かに奴の情報力はすごい物があるな・・・」

「そうなんだよ、テストの点数は良い点取った所無いのに、周辺事情には詳しいんだよな、あいつ」



 藤中は人間を束ねるカリスマ性だけでなく、噂についてもめっぽう詳しく。この田野芳賀小学生社会で起きた大事件はもちろん、小さな出来事までも知っているという。


 事件というと少し違うかもしれないが、藤中軍団末端に所属する低学年の男子がこっそりゲームを買って貰った事があった時だった。


 それを藤中は誰から嗅ぎつけたのか、藤中の取り巻きたちは購入から一週間そいつの家に入り浸っていたという事があった。低学年の彼の買ってもらったのは一人でもくもくとレベル上げをするようなRPGではなく、何人かでプレイして楽しむというスタイルのゲームだったのだが、本人当初の持ち主のアドバンテージである、有り余る時間をつぎ込み友達の一歩二歩先のテクニックを鍛え、対戦時に優越感にどっぷり浸ってやろうという計画は丸つぶれになったそうだ。


 もし、この藤中が「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」とか言い出す餓鬼大将だったならそのゲームはどうなっていたか想像するのは難しいものではない。そうならなかったのは藤中の仲間で楽しむのが一番と時々口にする信念のおかげだろう。



「この大して広く無い町に、誰も知らない子供がうろついているっていうのは不思議だけど、この最近に引っ越しをしてきただけかもしれないじゃない。別になんでもないわ」


 結はオバケなんて居ないし、信じたくもないと言いたそうに話しに入ってきた。


「まだ、話には続きがあるんだ。そいつっていうのが、突然ふらっと現れてさ、わけのわからない事を聞いてくるんだ。そして、しばらく話すと御礼だけ言ってどこかに行くらしい。その時は変な奴もいたもんだなあって気になって別れ際に振り返ると・・・もう、居なくなってたって話だ、川沿いの一本道の曲がり角の無いところでだぞ」

「なんだか、うさんくさい深夜番組特集でひっそり放送されているような話だな」


 普段遅くまで起きてテレビを見てるところを親に見られると、すぐに寝仕付けられ深夜番組なんて見たことはないので、あくまでただの想像でだが、そう思いながら翔は続ける。


「けど、最近ってどれぐらいの間なんだ?」

「確か、この一週間ほどって誰かが言っていたかな、この祭りの準備が始まった頃から目撃されるようになったっていうからな」

「他に何か細かい情報はないのか?」

「そうだな、全員に聞いたわけではないから正確な情報ではないけど・・・夕方ぐらいに見かける・・・って言ってたっけな、あとは藤中にその話を聞いた奴によると、その川沿いの一本道って言うのが神社裏手から少し行ったところとも言ってたかな、ここから歩いてで行ける距離さ」

「ふぅむ、夕方にお祭りの気配と一緒に現れた謎の幽霊と思しき少年、ね。」


 翔はわざとらしく人差し指を夕焼け色に染まった空に差した。


「まぁ、ただの噂だよ」


 大地が右口角を上げながら言った。


「噂、ねぇ。でも、この夜にやる事は決まったって感じだな」


 息ぴったりな翔と大地がニヤニヤして肩を組んでいるその後ろで、結は付いて行かないからね、と小声でブツブツ結が言ったが2人に強制的に連れて行かれるのは明白だった。



 その頃には賭けゲームで勝ち取った姫林檎飴は支えに刺さっていた棒だけになって、彼女はその甘い味を楽しんだのであろう、飴の跡が結の唇を越えて頬にまで付いていた。


 翔はそれを見ると、数分前に感じた艶やかさにもにた結の雰囲気は消え去り、年齢相応の顔になった結に、その事を指摘すると、馬鹿な子供といった言葉通り、ケタケタ笑って結を赤くさせるのだった。


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