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81 くちづけ 2(ミカ)

ミカ視点です



 ガラガラガラーーッと大きなものが崩れていく音と共に、私は暖かい腕に包むように抱きかかえられていた。


 ドオォォォン

 ドオォォォン


 と揺り動き、その度に衝撃があり、崩れてゆく。

 何度か繰り返したあと、少しずつ静かになった。




 衝撃音にギュっと閉じていた目をおそるおそる開ければ、私とアランは倒れて崩れた棚と物の合間にできた隙間にいた。

 到来者たちのものを保管していた棚は異様に頑丈なのか、倒れてもその棚そのものは壊れていなくて、倒れた棚同士がかみあうようにして隙間をつくってくれていたのだ。

 しかも棚のぼんやりとした光は、まだついていた。

 その強さが異様に思いつつ、暗闇でないことにほっとする。


 私を抱きかかえたアランをのぞきこむ。彼の長いまつげがゆれて、瞬きを数度繰り返す。

 

 ――あぁ……生きてる。

 

 ほっとした。

 とはいえ、私を抱え込んでいるからアランは直に棚やモノが当たった衝撃を受けたはず。

 私はごそごそと彼の腕の中で体勢を替えて、アランに顔を近づけた。

 きちんと視線があって、彼の意識がはっきりしていることがわかり、再びほうっと息をつく。


「アラン、私のことわかる? いっぱい物があたってるでしょう? 痛いところとか、怪我とかは?」

「四肢の感覚はだいたい正常です。あってもかすり傷でしょう。美香こそ、痛いところは!?」

「私も大丈夫」


 互いに無事を確認しあったあと、二人で倒れた棚がそれ以上崩れないように慎重に隙間から身体をひねりながら出していく。

 棚から顔を出したとき、風が頬に当たった。

 澄んだ夜風の匂いだ。


 と、思った瞬間、目の前に見える風景に、身体の動きを止めた。アランもいっきに私を抱く腕に力を込める。

 目に映るものが信じられなかった。


「月……」


 宝物庫の扉がなくなっていた。

 その大きくひらいた宝物庫の入口から、のぼったフレアの二つの月が室内を淡く照らしている。棚が倒れ、さまざまな宝とされるものが散った部屋。

 入口から差し込む月光によって照らされる宝剣やらティアラがキラキラと煌めきをはなっている。

 

 あきらかにおかしい――。

 だって、宝物庫の壊れたのか無くなった扉部分が、まるでこれじゃ、窓のよう……。

  

 廊下は火を放たれていたと聞いてたなに、火なんて、どこにも――……。


「廊下のむこうが……ない?」

「廊下そのものもが崩壊したのか、確認してみなければ」


 棚の隙間から全身這い出ることができると、さらに宝物庫に吹き込む風の強さと冷たさを感じた。

 さっきずいぶんと長く階段を上ってこの階まで来た。つまり相当高いところにいるのだと感じて、ぞくりと背筋が粟立つ。


 アランがゆっくりと宝物庫の棚が倒れ物がちらばり荒れた床のあいまあいまに足を踏み込ませて開け放たれた入口の方へ行く。

 私はアランの背にしがみつようにしながらついていった。


 扉があったはずの近くまで来て、アランは私を背後に座らせて待つようにいい、扉の際まで進んでいく。アランの髪やブラウスが風ではためく。二つの月が光を放つ――夜空。


「ど、どうなってる?」


 扉があった部分の枠のへりをもち、アランが下を見下ろす。


「……崩れ落ちて、王城の中階にある中庭であるはずの部分に、瓦礫がつもっています。ちょうど、王城が上階部分が縦半分にわれ、半分が崩れおちたようです。王城の下に松明をもった者たちが行き交うのがかすかに小さく見えます。……私たちのいるこの上階部分に人がいるかどうかはわかりませんね」


 建物の建築や工学的なことはよくわからないけれど、そんなちょうどこの宝物庫の部分が綺麗にのこって、その向こうが崩れ去るなんてありえるんだろうかと思う。

 いや、ありえたからこうしなってるんだけど、受け入れることがすぐに出来ない。


「か、火事はどう?」

「この扉のへり、外側は焼けています。けれど、下の方にも炎や火事の様子はみあたりません。地震で扉が崩れ去るときまで結界が保持していて、ここが残ったのかもしれない。燃えていた廊下は、崩れ落ちたときに一緒に火が消えたのか、それとも何か外で起こったから消えたのか――……それはよくわかりませんね」


 アランは考えるそぶりをして、また私が待つところまで戻ってきた。

 屈んで私の顔をのぞきこむ。


「美香は今は息苦しさや圧迫感はないのですね」

「うん、今はふつうに呼吸できてる」


 棚の隙間から這い出て以降、あのバレシュ伯の魔力による圧迫感というは綺麗になくなっていた。

 私の答えにほっとしたような表情を見せたアランは、すぐさままたちょっと眉を寄せた。

 

「火は瓦礫とともに消えて、今のところ見た状況では焼け死ぬ心配はなくなりました。バレシュ伯の魔力もあの地震を最後に消えたのかもしれません。ただ、まだ問題が残っていますね……。廊下ごと城の向こう側がなくなったので、階段も崩れおちました」

「え?」

「廊下の向こう側部分に階段があったのです。私たちが昇ってきたものも、また公けの階段も……」

「そんな、じゃあ、降りるためには……」

「王城の最上部、ここから下に降りるには崩れおちたこの壁面を伝いながら移動するしかない。ただここは相当高い場所なので……縄梯子も綱もありませんから、どうやって降りようかと悩みますね」

「助けを下に向かってよぶとかはできないのかな」


 私が言うと、アランが少し考えるように手を組んだ。 


「王やセレン殿下が今どうなっているかによって、救援を呼ばない方がいいかもしれない。もし王が今もなお私たちを殺めるつもりならば、私たちは姿を隠しながらここから降りなければならないので……」

 

 くらっとした。

 火は免れたけれど……高いところから梯子も命綱もないところを下りていくなんて。そんなの出来るだろうか。もし怖くてアランにしがみついてしまって、自分だけじゃなくて彼まで落としてしまったら――……。

 

 私が不安そうな顔をみせたからだろう、アランが安心させるように微笑んだ。


「美香、炎がなくなったので先ほどよりも時間がある。もちろん、この残っている部分もいつ崩壊しはじめるかわからないのではやめに移動すべきですが……。まずは、何か下に降りていくために使えそうな綱や紐がないか探してみましょう。」

「……うん」

  

 アランは私を励ますように私の背をぽんぽんと軽くたたいてから、棚が倒れ物で散乱した部屋をぐるりと眺めた。

 私もアランに寄り添いながら、周りをみわたそうとした頭をぐるりと上にむける。その拍子に自分の髪がばらっと落ちてきた。慌てて髪に手にやると、アップしていた髪がずり落ちている。かろうじてまとまっているものの、髪飾りはすでにはずれているし、鏡がなくてもぼさぼさなのは予想がついた。

 すぐさま髪に指をいれて、髪留めのピンやリボンをはずしていくことにした。

 私の身動きにアランが気付いたのか、


「髪をおろすのですか?」


 と聞いてきた。


「うん……。はずれかかってると、何かと邪魔だし、一つにまとめなおす」


 私はいったんピンや留め具をはずし、髪をおろした。手櫛で簡単に髪をすき、うなじあたりで一つにまとめ、はずした留め具の中にあった髪用の紐を取り出してくるくるっと巻き付けて結ぼうとした。

 でも、すぐにスルッとはずれてしまう。


「あー……紐だけだと、難しいか……。髪ゴムがあったら……」


 と呟いたときだった。

 ふとひらめく。先ほどトートバッグに詰めた――日本の私の服や持ち物。


「美香?」

「うん、ちょっと待ってて」


 私は先ほどはいずりでてきた棚にもう一度戻って、隙間に手をのばし、トートバッグをひきずりだした。バッグは少々汚れてしまったけれど、中身は飛び出していない。

 手を突っ込み、さぐるとポーチがあった。

 一年半ぶりのジッパーを開ける。


「これ、私の――ここに落ちてきたときの持ち物とか服なの」


 そばに来たアランにそう説明しながら、ポーチの中から黒の髪ゴムをだした。髪が長めだった私は、学食で麺類を食べるとき用にいつも髪ゴム一つはポーチにいれていた。あとは櫛とミニのミラー、カラーリップ。他愛もないポーチの中身だ。

 私は髪ゴムを片手に軽くはめ、もう一度髪をまとめる。髪ゴムなら少し上で結んでも大丈夫だろうと、後頭部の真ん中あたりで一つにまとめる。

 久しぶりのゴムを指で伸ばす感覚。指でくるりくるりと髪に二回ゴムを巻き付ける。


「器用なものですね」


 アランがびっくりした表情で私の顔と、結ったばかりの髪をみる。

 マーリがいつも手入れしてくれて、今日も髪結師が丁寧にオイルを塗り込んでくれたおかげでまとまりやすい髪になっているのもあるけどね。


「ありがとう」


 そう答えて、それから私はトートバッグの中の服や携帯をアランに見せてみた。


「この中で脱出に仕えそうなものはないよね……?」

「……そうですね。それにこれらは美香にとって大切なものでしょうから、きちんと持っている方がいい――……あなたの故郷につながるものだから」


 アランはそう言って、バッグを私に返した。

 それから、


「ただ、たしかに到来者の品にはなにか丈夫なものや活用できるものがあるのかもしれません。脱出に仕えそうなものをもっと探してみましょう――……」


と言った。


 その直後、扉のあった方向から、ガサリっと音がした。

 私とアランは即座に振りむく。

 するとそこに私たちは、月明りで煌めく銀糸の束をみた。風に吹かれてキラキラと夜空に待っている、銀の糸。


「――……何か探す必要はありませんよ」


 銀の髪を風に揺らめかせてつつ、その男は宝物庫の入りぐちの床にぐっと手をついて、身体を持ち上げた。

 

「この体力のない私が身体を張って、上ってきたんですから」


 そんな風に淡々といいながら、その男は片足を床に付いたかと思うと、ぐいっと上体をこちらに押し入れて宝物庫の中に入って来た。

 かすかに息を乱しているものの――その黒づくめに銀の髪、眼帯の姿は――……。


「リード!」


 呼びかけると、膝についた埃をはらった後、立ち上がった男――リードは、にこりともせず淡々といつもの平坦な口調で言ったのだった。


「生きてるようで良かったですよ、ミカ、アラン騎士団長」



 

 

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