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77 狂宴 8(ミカ)


「……懐かしい名を聞いた」


 キースの姿をしたその男はそう言うと、ふわりと両腕を上げた。

 一気に周囲に落ちていたはずの窓の木枠の破片が浮かび上がる。さらに指をひねると、破片の鋭く割れた部分が一斉にアランと私の方を向いた。

 飛ばしてくるのかと身構える。

 けれど、キースはそのまま腕を止めて、ただ少し首を傾けた。


「せっかくさっきは、その剣から矛先を変えてやったというのに。のこのこと王城まで死にに来たか」

「……お前はバレシュ伯なのか」


 アランの言葉をキースは鼻で笑うようにして、顎をあげる。


「さあ……。死ぬ間際、魔術を幾重にも込めてミシェルに魔力を込めた……その記憶はあれど、今、この肉体が誰であるか……名など、なんの役に立とうぞ」


 突如、キースがピッと腕を振るった。瞬間、アランもがっと剣を数度振る。

 飛んで来たらしい木枠の破片がバラバラバラッと回りに落ちる。


「ははは、さすがに木の破片程度の攻撃は防ぐか。では、次は何を飛ばそうか」


 キースが面白そうに肩を揺らして笑った。

 姿かたちはキースなのに、ゆらゆらと彼がまとう靄のような光が揺れて、その顔がキースでない者にも見える。

 私は息をつめた。魔力の圧なのか、息が苦しいままだ。


「……なぜ王都を、王城を巻き込む」

「なぜ? なぜとは滑稽だな。この国の所業を考えれば、亡べばよいとしか思えんだろう」


 低く唸るような声に変わった。


 ドオォォンーーッ


 王城の何処かで大きな音が鳴った。

 ゆらゆらとキースの周りの靄が揺れる。


「……王都は着々と燃えているようだ。あとは……その宝物庫と、王と王に連なる者たちの始末。フレア王の血筋など絶えてしまえ……。騎士よ、お前は邪魔だ」


 キースが腕を再びふるった。

 アランが私を抱えて横に飛んだ。

 今さっきいた場所の床に大きなヒビが入った。


「逃げ惑っていても仕方なかろう。お前も近衛を名乗るならば、その剣で戦ってみろ――」


 煽るようにキースが言った。

 アランが剣を構えながら、私を守るように自分の背後に置く。

 そうして少し後退ってゆく。私に耳打ちするようにアランが口を開いた。

 

『三秒数えたら、あの宝物庫の扉を開けます。中に入って、扉を閉めてくさださい。結界があるので、一気にくずれることはない』

『アランは……』


 アランがふっと笑った。


「キースを捕らえられるように祈っていてください。では……三、二、一!」


 アランが私の手を引いて宝物庫まで走り抜ける。私たちの足元に、シュンシュンシュンッと木切れが飛んでくる。本格的な攻撃ではなく、キースは私たちをもてあそぶように飛ばしてくる。


「はははっ! その宝物庫に逃げ込むのか――そこはこれから破壊するつもりであったから、まとめて始末できるというもの! そもそも――その宝物庫に何があるのか、お主たちはわかっておるのかな?  はははっ、貴重なものを目にしようぞ!」


 高笑いでキースがゆったりとこちらに進んでくる。

 アランが宝物庫の閂をはずした。ダンッと勢いよく扉を開けて、私を押しこむ。「閉めて!」という鋭い声と同時に、半ば勝手に扉が元の位置に戻る。


「アラン――ッッ」


 私の叫び共に扉が閉まってしまった。

 すがりつくように扉を叩く。耳を当てるものの、なぜか音が聞こえなくなった。

 

「アラン……! アラン!」


 ドンドンドンと扉を叩く。なのに、扉自身は揺れもしない。

 結界のせいだろうか、音も吸い込まれるように響かない。

 

 なんどか扉を叩いているうちに、だんだんと膝の力が抜けてきた。

 悲しくて、やりきれなくて、扉に頭をぶつけるようにしたまましゃがみこむ。


 あぁ……。

 私……私、ただの足手まといだった。なんの役にも立たなかった……。

 アラン――……。  


 あんな壮絶な魔力を使う状態のキースと、剣のアランが互角に戦える?

 だって……だって、映画でみるバトルシーンみたいな状況。モノが浮かんだり、飛んできたり、だよ?


 この扉の向こうで起こっていることを想像して、全身が震えた。

 さきほどは、額の傷だった。

 だけど――次は。


 脳裏にアランの身体に傷がつく姿がよぎって、ぐっと頭を扉に押し付けずにいられない。


 ――アラン! あぁアラン、大けがをしていたら。命を奪われていたら!?

 剣術は強いかもしれない、だけど、キースが使っていた魔術はわけがわからないほど威力があった。

 

 そうだよ、あのバレシュ伯の……あの力だったら殺されちゃうかもしれない――……


 ぎゅうっと手を握り締める、自分の爪が手のひらに食い込む。だけど、そんな痛さ、ぜんぜんアランに向けられる痛みにくらべたらなんともない。


 あんな、化け物の力を向けられたら。

 あんな、怪物みたいな魔力、人間だなんて思えない力――あんなのじゃ、アランが殺され……


 そう繰り返し思った瞬間、はっとした。

 

 ――今、私。

 

 『化け物』

 『怪物みたい』

 『人間だなんて思えない』


 化け物って……私、いま、思った。

 あれは、……キースなのに。

 あれはキースで、バレシュ伯の力はもらったけれど、キースもバレシュ伯も人間なのに――。

 今、私、人のことを化け物って思った。

 心の中で罵った。


 自分の心がぎゅぅと縮こまる。――あぁ、私、私は。

 異世界から来たと監視されて異様なものと見られて、そういう自分の立場にあった時、それが辛かったのに――……。

 聖殿の魔術師がリードを化け物呼ばわりすることに反発を覚えたのに――……。

 

 なのに、私は今、キースやバレシュ伯を化け物だと思っている。

 だって……アランを傷つけるのが憎いもの!

 攻撃してくるのが憎い。私たちのことをもてあそぶみたいに、力の差をあざ笑って手出ししてくる、そのどれもが憎い。

 こうしているうちにも、アランは血を流しているかもしれない。命が失われているかもしれない。それを行っている者が、化け物じゃなくてなんだというの!?


 そんな気持ちがあふれ出る。

 

 でも、それでも、相手はキースだということをすべて忘れ去ることもできなかった。

 彼はここに来たかったわけでもなく落ちてきてしまった人だということ。

 そして彼が今おかしくなってる状態のその元凶のバレシュ伯も、キースを拾って世話をしてくれた人でもある。

 

 あの魔力、攻撃、それは化け物だって思う。罵りたくなる。

 だけど、私の頭の半分は、本当はキースもバレシュ伯も化け物じゃない。力が異様に大きくたって、怪物じゃないってことも知っている。

 人間として生まれ、大切に思う人がかつて存在して、慈愛の気持ちを持ってて――でも、それが崩されて失って……。支えがなくなって……。

 今の彼らになっているということを。


 だけど、それでも、あんな大きな途方もない力で痛めつけてくるのは、憎いという気持ちもあふれてしまう。


 ――そして、それに抵抗できない、対等にわたりあっていけない自分もとても情けない。



「もう……やだ」


 大事なアランが傷つくのも、自分が役立たずなのも、誰かを憎む自分自身も、暴力や嘲りを向けられるのも――この扉の向こうで戦っているだろうことも。



「苦しいよ」


 小さく言葉にした。

 苦しいとしか言えない。それ以外になにも形がでない。


「苦しい――どうしてこんなことになってしまったの」


 どうして、生活が脅かされないといけないの。

 どうして、不自由な生活を送らないといけないの。

 どうして、大事な家族から引き離されてしまうの。

 どうして、痛めつけられないといけないの。

 どうして、蔑まれないといけないの。


 ――どうして、穏やかに暮らせないの――……

 どうしてアランは危険にさらされているの――……。

 

 扉に額を押し付ける。

 答えなんかないんだ――ということも、わかっている。

 

 どうして理不尽なことがおこるのかっていくら考えたって、答えは一つにまとまらない。

 もしかしたらコレが原因かもしれないし、アレが理由かもしれないしと並べることはいくつかできたって、責任がどこにあるのか探したって、救われない。


 穏やかに暮らしたい、その希望を叶えたいんだったら、できないそうならないと嘆いてばかりじゃなくて、そうできる叶えてゆく方法を探してゆくしかない――……。



 アラン、無事でいて――どうか、どうか無事でいて。

  


 目元をぐっと手の甲でふいた。


 ――アランが扉の向こうで戦ってくれている。

 ――ならば、私もこちらで出来ること、考えよう。


 聖晶石の宝物がこの宝物庫にあって、それを使ってキースがフレアを破壊しようとしているんなら。

 例えばそれらを隠しちゃうとか……何か、破壊を止める手立てがあるかもしれない。

 もしキースがこちらに押し入ってきてしまったら。

 せっかくアランが守ってくれた命だもの――キースを止める方法を私が作っておけないか、考えよう。調べよう――。


 嘆いてたって、何も変わらない。


 私はもう一度目元を拭った。そして、膝のあたりをパンパンとはらって、ぐっと立ち上がった。



 

 

 冷静になって室内を見上げてみる。棚があり、不思議な事にその棚ひとつひとつがぼうっと明るい。まるで蓄光テープでもはっているかのようだ。日本だったら、蓄光のシールや夜光ステッカーかなと思えるけれど、こんなフレアで「火」を使ってない灯りを見たのは初めてだ。何かの魔術なんだろうか。

 ランプを失っているのでとりあえず真っ暗闇でなくすんでホッとする。

 息をついたとき、さっきよりも胸が楽になっているのに気付いた。

 宝物庫の結界の中だからうか。キースが持つバレシュ伯の魔力の圧迫感がなく息がしやすいのかもしれない。

 

 宝物庫はさすが王族だから、広いフロアに棚が続いている。そこにひとつひとつさまざまな者が置かれているようだ。

 光を放つ棚に寄って並んでいるものを目を凝らしてみていく。

 最初の棚には、きっと王族の歴代のお姫様がつけたりしたのか、キラキラしたティアラやアクセサリが光沢のある生地の上、一つ一つゆったりとした間隔で置かれていた。

 綺麗だけれど、キラキラするものが宝石なのか聖晶石なのか見分けがつかない。これではアランの物団長の剣の聖晶石の変わりにされるようなものがどれなのか私には判別がつかないと気づき、落胆した。

 でも、何か手がかりがあるかもしれない。

 ゆっくりと棚に置かれているものを見てゆく。

 次の棚は大きく、大小さまざまな剣が並べられている。盾や槍の大きなものは壁にかけられているものもある。

 それを見終えると、次の棚に行く前に、仕切りのように天井がカーテンが降ろされている。

 うすぼんやりと明るい棚に照らされて、絹のように光沢を見せるカーテンは透けておらず向こうが見えない。


 ……まさか、誰もいないよね。


 緊張しながら、そっとカーテンをめくってその向こうを覗いた。

 人の影はなく、ここまでと同様の棚があるだけだった。


 ……なんだ、同じような棚があるだけか――……


 そう思ったとき。ふと視線が棚の一つに行った。

 刹那。

 飛び込んで来たのは、懐かしいなつかしい――……文字。


 息が止まる。


 ……どうして……。


 『薔薇栽培法』と古めかしい文字で書かれた、掠れたように傷んだ背表紙を持つ本に、私の目は釘付けになったのだった。


 しばらくしてやっと息をつけた。

 ……すくなくとも、私が異世界に来たときに持ってた本ではない。

 ということは――本当に……誰か、昔にだれか来たんだ。そして、それは日本人で……バラを育てた人で……。


 信じられなくて、でも確かめたくて、おそるおそるその本の前に立った。

 傷んだそれは、何度もページがめくられたのか指の痕がついている。

 明らかに古いものだとわかる状態で、手にとるのは憚られた。

 その本の隣には、フレアでは見ることがなかった鉛筆が置かれていた。小さく小さくなった短い鉛筆。黄ばんだノート。


 ……どうして、どうして。


 棚をどんどん見る。見上げてみる。


 目に入ってくる物の姿に、自分の胸がどくんどくんとどんどん跳ね上がっていく。

 そこには、知らない横書きの文字の本もあった。フレアの言葉ではない文字たち。

 本だけではなかった。ペーズリーのような模様の布を見つけた。民族衣装のような細かな染め模様が入った華やかな布も。

 フレアでは見たことがない模様だ。もしかして、地球の別の国の? それとも別の世界の……。


 何人の物があるのか私にはわからない。

 けれど、とにかくそこにある布や服、本は文化さまざまだ。

 目を奪われたまま並んだものをどんどん見て歩く。

 そしてとうとう一番奥の棚に――見覚えのある服があった。


「私の服……」


 ここに落ちてきたときのものだった。服だけじゃない、愛用してたトートバッグも、携帯電話も、財布も並べて置かれていた。

 ――没収されていた。探しても無駄だと思うから考えないようにしていたものたち。


 私のものがここに納められていいるということは、この棚に並ぶ他のものたちも――……きっと異世界から来た人のものなんだ。


 聖殿で、キースが話してくれたバレシュ伯の考え――……。何年も前から、到来者はきており、フレアは内密に、状況によってはバラやヴィオリノみたいな技術だけは取り入れて監視下においている。

 貴族にすら明かされず。

 それは真実なのかもしれない。

 

 さらに、フレア王国――フレア王は。

 私も会ったことのないその人は、この王城のこんな奥に、異世界からの到来者の持ち物を貯め込んでいる――……。


 異世界から到来者が来るのは稀なのかもしれない、数年おきのことなのかもしれない――だけど、すくなくともここに並ぶものは、一つ二つではない。ここを見れば十数個のものが並ぶのだから、すくなくとも十数人…、いや二十人近くは引きずり込まれてしまったのかもしれない。

  

 いったいどれだけの人が、いろんな時間、いろんな場所からこの国にひきずりこまれたんだろう。

 どれだけの人が悲しんで――どれだけの人が苦しんで。

 私はキースのおかげで言葉がなんとかなった。

 でも、言葉も文化もなんにもわからなかった人だって、きっといた。年齢だって性別だってわからない――もしかしたらフレア国の人に見つかる前に野垂れ死んだ人だっていたかもしれないんだ。

 

 そして、キースが「帰還の術」をバレシュ伯が研究していたと言っていたけれど――もし、もしもフレア国がもっと本格的に調査に入っていたら、こんなに到来者はこなかったんじゃないの?

 帰還の術はないってセレン殿下は言ったけど。

 そんなことなかったんじゃないの――??


 ひきずりこんでおいて、いったい何がしたいの?


「フレアは……フレアの王は、こんな状況を放っておくなんてっ」


 思わず口に出た。

 身体がわなわなと震えてこぼれるように言葉が出た。


「いったい到来者をどうしたいの!?」


 行き場のない想いが吹き出すように言葉となって口から出た。

 やるせない想いで私の胸の中はあふれかえっていた。


 


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