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71 狂宴 2(ミカ)




「リード!」 


 思わず立ち上がり声をあげてしまった。リードが静かにというように人差し指を唇にあてる。

 扉を閉めて部屋に入ってきた彼を警戒するようにマーリは私の前に立った。


「リード様といえど突然入ってこられるなど……」

「失礼。ミカに伝えることがあるのです」


 マーリの抗議の言葉に対し、リードは淡々と返し、私の方を見た。

 眼帯のない方の青緑の瞳が私の目を射貫く。


「……マーリごめん、すこしリードと話す時間が欲しいの」


 マーリの前でキースの話をどれだけしていいかわからない。

 リードとは二人で話したほうがよいと思い私がそう言うと、マーリは少し困ったような表情になりつつも「少しの間だけですよ?……お茶の用意をしてまいります」と言って、退室した。


「帰ってきていたの?」

「今戻ってきたところです」

「何か聞けた? キースの体調は?」

「キースは、聖殿の結界の中で眠っています。私はここ数日いくつか場所を移りながら、調べ物をしていました」

「調べ物? 調べ終えたの?」

「はい」


 彼はじっと私を見つめた。

 沈黙の間合いに私はわけもなく背筋が伸びる。  

 しばらくして、リードが「一つ確認しておきたいのですが……」と前置きのような言葉を口にした。

 無表情なのに、どこかリードも緊張しているかのようなピンとはりつめた空気になったように感じた。

 私もすこし身構える。


「なあに、リード」

「ミカ。あなたは、この国に留まりたいのですね? アラン・ソーネットと共にここで生きたいと思ってるのですね?」


 リードの確認するような言葉に最初はドキッとした。けれど、アランと共に生きたいのかと問われ、少しホッとした。

 それならば、もう私の心は決まっているから。


 アランと共に生きたい。

 そして、アランに何も失って欲しくない。

 この国のやり方の元で……私は……私たちは、静かに生きていけたらいい。 


「もちろん。アランとここで生きていくって決めた。フレア国にも逆らわない」


 そう私がきっぱりと返事すると、リードが眼帯のしていない方の青緑の瞳で私を射抜くように見た。

 そのあまりの強い瞳の輝きに、肌が粟立った。

 同時にふいに一瞬ミントの香りが漂う。

 その香りにのるようにして、耳にふわりと声が届いた。


『ミカ、それは……』


 まるで私にだけ聞こえる魔術のように。


『元の世界に帰る方法があるとしても言えることですか?』

「……っ」


 ミントの香りが魔法のように消える中、知らずしらずのうちに息をのんでいた。

 意味がつかめなくて、何も次の言葉が浮かんでこない。ただ私にできるのは呆然とリードを見つめるだけ。

 彼はそんな私の前で今度は小さく声を発した。


「キースの話から、バレシュ伯の研究を遡れないかとバレシュ伯の館の書庫に潜入しました。バレシュ伯が調べ上げた文献を探すなかで、長年彼が構築しようと研究していた魔術式をいくつもみつけました。彼は本当に稀代の天才だったようです。そして、身に滾ってやまない溢れんばかりの魔力をもてあましていたらしい……少しずつ狂いながら」


 リードが見たもの知ったものがなんだったのかわかるようでわからない。けれど私の見つめる青緑の瞳は、まったくの無表情ではなくなったように見えた。

 片方だけさらされたその瞳が揺れているように感じたのだ。


「リード……」

「バレシュ伯は、キースの望みを……いえ、そのときのバレシュ伯のとっては息子ミシェルに見えていたのかもしれませんが……その愛する者の望みを叶える術まで編み出していました」


 キースの望み。

 突然、大切な家族から引き離されたーーキースの望み、それはーー元の世界への帰還。


 ――……まさか、帰還の魔術があるということ?

 

 私が理解したことを読み取ったのか、リードは話し続ける。


「バレシュ伯は理論上までは術式を編んでいました。ただ、実行に移すには聖晶石が足りなかった」

「聖晶石が足りない?」

「異世界を渡るには聖晶石を消費することが必要になるようです。純度が高い聖晶石の力を消費することでこの世界と別の世界を結ぶ接点に歪みができる。バレシュ伯の研究結果です」

「純度が高い聖晶石ってまさか……」

「現状でいうならば近衛騎士団長の剣――つまり、アラン・ソーネットの持つ剣にはめ込まれた聖晶石はそれに値します」

「アランの剣の聖晶石を使うっていうこと!?」

「はい。あとはバレシュ伯相当と言われる私の中に溜まるすべての魔力を源にします。あなたの元の世界に結び付ける方法として、王城に保管されているだろうあなたの元の世界での衣服や持ち物があれば、”空間”と”時”を結び付けられるはずだ」


 そこまで言うと、リードは私をじっと見つめた。

 答えを、私の考えを求めるかのような沈黙。

 

「……私は……」


 小さくそこまで言って、次の息がうまくつげない。

 迷っているわけじゃない。

 アランと共にいたい。

 だけど……元の世界にたった一人になった母、そのままにしてきた世界……。

 戻りたいというよりも、伝えたい。私が生きているということ……。

 いや、でも戻ってしまったら、また別の気持ちが湧いてくるのかもしれない。平和な日本で……暮らせるならば、と。

 頭の中がまとまらず、私はあがくみたいにしてリードにたずねた。 


「それは、一方通行なの? あちらとフレアとを行き来ができる魔術ではないの?」

「現段階では何もいえませんが、力の消費量を考えると行き来は簡単にできることではない」


 それを聞いて、私は首を振った。胸の前で手をぎゅうっと握る。

 ……お母さん、ごめんなさい。


「リード、私……心にたくさん残したものがある。元の世界にたくさんの想いがある。……だけど、だけどね。アランを選びたい」

「……」

「アランは変装してここに来てくれた。そのために、きっと彼は何かを捨てようとしてくれた。……おそらくは今まで築いた信頼を裏切る形で。ディールにつかまるくらいに今までの秩序に反して、私の元に来てくれた」


 さきほどメイド頭が伝えてくれた手順――アランは、表向き近衛騎士団長のままだった。だけどあの夜、私を連れ出そうとしてくれたとき、長剣を持っていなかったことが指し示すこと。ディールに拘束されていたこと。窓のない部屋に一週間以上も入れられている扱い。それらから、もう今までの彼の立場とは違うことがわかる。それは彼があのときまで持っていたモノを捨てて私のところに来てくれたからだ。

 胸が痛む。

 彼は彼なりに私の幸せを考えてくれて、来てくれたのだ。だけど、それ以上を失おうとする彼を私は見ていられなかった……。


「十分なの。もう、十分。きっとアランとならやっていける。私もアランも不器用な部分が多いかもしれないけれど、フレア国で、王に仕え支配される中で生きていける」


 リードにそう言うと、彼は私の顔を見ていた。

 それから小さく息をついた。


「……わかりました」


 リードはしばらく何かを考えるそぶりをしたあと、私の目をまた直視して言った。


「ある意味、アラン・ソーネットにしてもあなたにしても互いのことを思いやりすぎてしまうんですね」

 

 リードの言葉に驚き見返した。

 その時になってはじめて、アランもこの帰還の魔術というものがあることをリードから聞いて知っていることに思い至った。


「アランは知っているの? このこと……」

「はい。術を実行には剣の聖晶石が必須なので、術を完成させる前にたずねました」

「……アランはなんて……」

「あなたが帰るというならば協力するそうです」


 ――それは、予想がつくといえばつくことだった。

 私の想いを、願いを、希望を大事にしてくれようとするアランだから。

 私が帰りたいと願うならば「協力しよう」って言ってくれる――それくらいだからこそ、あの夜だって助けに来てくれた。

 私の気持ちを優先してくれるから――……。


 わかっているけれど。彼の思いやりがすごくわかるけれど。

 だけど、胸がズキンとした。


「あなたが帰還を望まないのであれば、彼の協力も不要。今日は人通りが多いですから、夜会が終わってから、バレシュ伯の研究の一切を封じます」


 リードはそう告げると、部屋を去った。


 帰還の方法――……あんなに望んだものなのに。

 今は、アランを選びたいと思っている。

 だから……心のどこかで。

 アランにも、私にここにいて欲しいと、言って欲しかったと思ってる。

 帰還の魔術になんか協力しないで――帰るな、と、言ってほしかったって。


 ……アラン、会いたいよ。

 離さないでよ。

 ぎゅっとぎゅっっと、私を閉じ込めてしまってよ――……。

 元の世界なんて忘れてしまうくらいに。

 強く。



 

 




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