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70 狂宴 1(ミカ)

ミカ視点になります


 


「まぁ、ミカ様とってもお似合いです」

「ありがとう」

「後ろの編み込みがどうなっているか、鏡でご覧になられますか?」

「うん、お願い」


 マーリが鏡台の前に座る私の背後に周り、手鏡を照らし合わせてくれる。

 青碧のリボンを編み込みながら巻き上げられた黒髪は、つやつやとまとめられパールと金細工の飾りで彩られている。


 今、私は今夜の夜会のための最終の準備をしていた。準備といっても、私はただマーリや、ソーネット家のメイドや髪結師のことば通りに立ったり座ったり衣装に袖を通したり……と謂われるがままに動いているだけだけど。


 ディールの屋敷に来て、アランと引き離されて、もう10日も経っている。

 今夜私はフレア王国の貴族たちに、正式に紹介される。ディール・ソーネットが後見人となり立場的に社交界にデビューする。


 鏡にうつる私。

 髪を豪華に飾られ、レースやリボンや刺繍をたっぷりと施された上質なドレスを身に着けている。もう日本で大学生をしていた私とは程遠い姿だ。

 フレアでは珍しいというこの黒髪で私は生きていく。

 窓からの光を上品に照り返す青碧のドレス。採寸してあつらえてもらった私の体にぴたりとあっている。そのドレスの色の瞳――青碧の瞳を思って、胸がキュッとなる。


 アラン……どうしてる?

 今日こそは絶対に会えるはず。

 元気にしてる?大丈夫?

 マーリとは会えて話を聞けて、アランに花を持っていってもらえた。ちゃんとご飯も食べていると聞いている。

 今日の披露にあたり、さすがに私の付き添いは気心のしれたマーリのほうがよいと判断されたのか、今朝からは久しぶりにマーリがそばにいてくれる。

 アランはアランで今日の夜会に出るのだから、準備をしているのかもしれない。


 さまざまに気にかかるけど、押し殺して笑顔をつくる。マーリがそばにいてくれるけど、背後ではメイドも出入りしている。


「うわ……綺麗な編み込み」

「さすがソーネット家、髪結いの方の腕前まで一流ですねぇ」

「マーリのオイルマッサージのおかげもあって、髪の艶もよくなってるの」

「そう言っていただけると嬉しいです。ミカ様、ずいぶん髪も長くおなりですもの、気合も入ります」


 フレアに来て、もう一年半以上経つ。そのあいだ、毛先を揃えるだけで伸ばしてきたから、今まとめられている髪も下ろせばかなり長い。

 アランが時々髪先を指先で梳いてくれるときがあったのを思い出す。

 剣の訓練を重ねてきたからだろう、節々がごつごつとしている男らしいアランの長い手指が、丁寧に私の髪先に触れた日。そばにいたアランの館での日々。

 はやく会いたい。

 

 髪の確認を終えると、メイド頭が「装いが仕上がったようですので、では、執事から預かりましたので段取りの確認を……」と声をかけてきた。

 頷くと、メイドは私の傍で、今夜の流れを説明し始めた。

 聞きながら、私も頭の中で必死に流れを覚える。

 

 まずはディールがホールにてこちらにいらっしゃるお客様を迎える。来賓の方々は、すでに数日前にお客様用の別館にいらして滞在なさっている方、また今夜馬車でいらっしゃる方と貴族の格や付き添いの人数などさまざまらしい。

 来賓が出そろうまで時間がかかるそうなので、その間私は別室で待機。

 

 夜会がはじまる時間に私がホールへ移動、ディールと共に立ち、ディールが私を後見し貴族界へとデビューさせると紹介。後見人になることの認可も降りていることも示す。

 これより私は形式的にフレア王国の貴族社会に正式に招き入れられた形となるらしい。またこの時間帯のみディールは私のエスコート役をしてくれるとの説明を受ける。

 とっさに私はメイド頭の顔を見た。

 

「あの……アランは?」


 私の問いにメイド頭は小さく息をついた。


「開かれてから一時間ほどして、セレン殿下が夜会に立ち寄ってくださいます。そのセレン殿下と共にアラン様はいらっしゃいます」


 この館にアランはいるはずなのに……と一瞬思ったけれど、すぐにメイド頭は説明してくれた。

 アランはソーネット家の次男ではあるけれども、立場的にはソーネット家から独立し近衛騎士団長になっている。いずれ母方の侯爵位をディール様が継げば、ソーネット家の伯爵位はアランに回ってくるかもしれないけれど、ひとまず今はアランはソーネット家と独立した扱いになるらしい。

 ゆえに公けには、ディールの弟ではなく、セレン殿下に付き添う近衛騎士団長として来場することになる。フレア王国なりの仕来りがあるのだろうし、これらのややこしさは、リードから貴族の人間関係を教えてもらったときに感じたことでもあった。

 さらに、フレア王国の慣習として、セレン殿下は王族であり立場があまりに上なので、招待状を出して「招く」などはできないらしい。

 王族を他貴族の来賓者と同列に「来賓扱い」にするわけにはいかないらしいのだ。

 ゆえに、形式的なことではあるけれど、フレア国で王子たちが夜会や宴席に出席する場合は、途中で夜会に「寄った」「たずねた」という形にするらしい。前もって段取りしていたとしても、形式的には殿下の意志で貴族の家に「立ち寄った」という流れにしなければいけないなんて、なんて茶番なんだろうと思うけれど、しきたりというのはそういうものなんだろう……。


 面倒だなって思いつつも、その時点になれば、アランと会えるんだと思うと嬉しい。

 はやく会いたい。

 そう思っていると、メイド頭は「これからは少し手順がありますので、よく聞いてください」と注意された。 


「セレン殿下がいらっしゃいましたら、フレア王からの婚約の正式な許可が通達されます。今回パートナーを伴わずにセレン殿下はいらっしゃるのですが、それは王からの『婚約許可』をお知らせくださるからなのです」

 

 わかるようなわからないような説明にこくんと頷くと、メイド頭は「ここからが特に重要です」と前置きした。


「セレン殿下は近衛騎士団長の剣をミカ様の手にお渡しします。婚約のお祝いにあたって、特別な計らいで、聖殿の魔術師長からあらためて守護の魔力をこめてくださったそうです。そして、ミカ様からアラン様へその剣をお渡しするのです……」


 メイド頭の言葉に、私は一瞬息が止まった。

 セレン殿下から私に剣が渡されて、それをアランへ渡す……?

 つまり、今、アランは剣を持っていないってこと。

 そう思った途端、違和感がかけめぐり、自分の記憶のアランの姿にあてはまった。


 変装して忍んできてくれたあの夜――……アラン、帯剣していなかった。



 アランが剣を持っていないということ。

 ディールがアランのことを拘束したということ……。

 あの夜のシーンが思い浮かんで、私の中に一つの答えがはっきりと浮かび出る。


 アランはセレン殿下の元に剣を置いて……すべてを置いて、私の元にきてくれたのね? それは、おそらく――殿下を、王城を裏切るに近いことで……。

 だからディールは拘束で、私と合わせなかったんだ。

 ただ、大きな事件になっていないのは、アランの出奔を公けにせず、何事もなかったようにアランを近衛騎士団長のまま私と婚約させるつもりだからだろう。


 アランの決意が伝わってくるようで、胸がきゅっと締め付けられる。


「ミカ様? いかがなさいました?」

 

 メイド頭に声をかけられて、慌てて顔をあげる。


「ううん、いろいろ緊張してきて、頭の中で整理しなおしているところ……。大丈夫、セレン殿下から剣を受け取り、それをアランに渡すのね」

「そうです、ご存知かと思いますが、セレン殿下の前では膝をかがめ……フレア王国の第一の礼をふるまわれますように」

「ありがとう。練習してきたから……できると思う」


 そう答えて笑みを見せると、メイド頭はホッとしたようすを見せた。それから背筋をしゃんと伸ばすと、


「私たちも屋敷内に控えてはおりますが、なにぶん表にでることはできません。マーリさんも、脇の部屋までの付き添いとなりますので……どうぞお気をしっかりなさってくださいませ。これからは会場の方の伝達事項をこちらのメイドたちに伝えますので、少しの間おかりします」


と一礼をして、他のメイド達をつれて退室していった。

 マーリと私だけが残される。


「マーリは準備は大丈夫?」

「えぇ、こちらの方々にこうして着付けていただいておりますし……」


 と、マーリが話しかけたところで、衝立のむこうの突然扉が音もなく開いた。

 

 そこには、銀の長い髪を風にゆらめかせた、眼帯姿の細身の男――リードがいたのだった。


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