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67 花びらの手紙 1(アラン)

アラン視点です


 ノックの音に返事をすると、マーリがトレーを持って部屋に入ってきた。


「アラン様、朝食をお持ちしました」

「ありがとう」

 

 扉を開けたまま、マーリからトレーを受け取る。マーリの背後にちらりと警備の男の姿が見えた。

 マーリは後ろの警備を気にするふうでもなく、気丈に私に笑顔を向けた。


「今日は晴天ですよ。ミカ様は夜会用のドレスと髪型の打ち合わせです」

「夜会のドレス?」


 聞き返すと、マーリは嬉しそうに眼を細めた。


「アラン様の瞳のお色のドレスですよ。お二人でお選びになったドレスです」


 言われて、懐かしく思い出した。

 美香と繰り出した街での出来事。彼女のドレスの採寸に付き添ったこと。

 うまくエスコートできなかったこと、美香の戸惑った顔ややわらかな笑顔。


「そういうこともありましたね」

 

 そんなに遠い出来事ではないはずなのに、とても懐かしく感じた。

 あれからさまざまなことがあり浮かれているだけの日々から大きく見えるものが変化した。

 いや、国も体制も美香を取り巻く監視の状況もそう大きく変わってはいない。

 私自身の意識が変化したのだ。


 ただ可愛いくて守りたいと美香のことを思っていた頃、私は自分が強くて彼女を「守れる」と思い込んでいた。

 その後、明るくて真面目で気の強さをもった美香という少女の、他のさまざまな面を知った。

 話をする時間をとるようになって、彼女がこのフレアに来たことによって背負った悲しみや喪失を思うようになった。

 そこでようやく私は、自分の無力さを悟った。

 剣はたしかに誇れるように邁進してきた。けれど、剣だけで守れるものは、人の一面でしかない。

 人が生きる中での「守ってほしいもの」「守られるべきもの」は多々あるのではないか。

 身体も心も、記憶も、やすらかな想い出も。

 尊いものはたくさん詰まっていて、剣で守れるものは人の人生のほんの一部分なのだ。

 権力や戦闘力や経済力、魔力……兼ね備えることで、たしかに守れる部分はあるだろう。助けになることはあるだろう。けれど、いくらそれらをもちいても、たとえば理不尽に奪われた美香の元の世界での生活や未来、彼女の家族や友人とのつながりを私の”力”で補うことはできない。

 無力さは常にありつづけるだろう。

 同時に、無力であっても役立たずであっても、たった一瞬でも彼女のために何かひとつでもできることがあるのならば、彼女の幸せのために差し出せるものが自分の中にあるならば……それを差し出したいと思う。

 彼女が幸せであって欲しいと願う。


「きっととても似合っているでしょう」

「えぇ。アラン様もすぐに会え……」


 マーリが言いかけたところで、覚えのある足音と気配が近づいてきたので目を扉の外に向ける。警備の男たちが廊下の脇に位置を変えた。

 廊下の中央を歩き、堂々と部屋に踏み入ってるのは館の主であるディールだった。


「朝食の時間に失礼するよ」


 マーリは慌てたように、一礼し脇に控えた。

 ディールは慣れた身振りで警備の人を払い、扉を閉めた。

 マーリとディールと私の三人だけの窓のない空間はしんと静まり返る。


「何用です?」


 私が問うとディールは肩をすくめた。


「可愛い弟の様子を見に来ただけさ」 

 

 いつもの軽口にため息をついて返すと、ディールは私の顔面をまじまじと見つめたあと、頭部に目をやった。


「傷跡の化粧は取れたようだが髪の染め粉の色がまだ若干残っているな。マーリ、これはいつ頃消える?」


 突如話題を振られたマーリが伏せていた目をあげるのが見えた。


「三日くらいで消えますが……」

「もっと強い薬を使うほうが色を落とせるんじゃないか?」

「ディール様、これ以上強いものを使ったら髪も地肌もいためます。三日後あたりには元の金色の髪にきちんと戻ります。お待ち下さい」

「夜会にはギリギリ間に合うという時期だな……」


 ディールは私の髪を見つめたあと、息をついた。


「きれいな金色をしていたのに、もったいない」


 ぶつぶつと愚痴を連ねそうだったので、私は再び「何用でいらしたのです?」と尋ねた。

 ディールは私をちろりと見てから、手にもっていた花を私の目の前に差し出した。  

 淡いピンクのバラだ。


「このバラをアランに」

「薔薇?」


 話がとらえきれず思わず問い返すと、ディールはにやりと笑みを見せた。


「ミカからだよ」


 思わぬ言葉に息をのむ。そして、ディールが差し出した花をもう一度見た。 

 淡いピンクのバラ。漂う香りに今更ながら気付く。

 受け取る手が自然に慎重な動きになるのが自分でもわかった。

 

「美しい香りだから、アランのそばにあったら良いと思ったそうだ」


 美しい香り……ミカ……美香。

 ディールの示した言葉と目の前にあるバラから漂う香りから、私は美香が教えてくれた名前の由来を思い出した。

 しばらく見ていると、ディールがマーリに「ミカからのバラ。一輪挿しの用意をしてあげて」と言っているのが聞こえた。

 顔を上げて、マーリにバラを預ける。そっと大切そうに受け取ったマーリは一礼して部屋を退室した。



 二人になり、扉がかっちりと閉まったのを見届け、ディールはふっと笑みを消した。こちらの表情を伺うような目を向けてくる。


「知ってるだろうけれど、お前の住む館に仕える庭師キースを捕らえたよ」

「理由をお聞きしたい」

「ミカに流れる魔力はキースのものと同じだった。キースも自分がミカに微量の魔力を流したと自白した。そしてね、なんとまあ驚いたことに、キースもまた異世界から落っこちてきた者だそうだ」


 ディールがおどけた風に話したことの、その意味の深さに、一瞬言葉を失った。

 さらにディールは続けた。

 

「ミカのように空から落ちて来たらしいよ。ただし、受け止める者はおらず、バレシュ伯が引っ込んでいた森の奥のはずれに落ち、幸運にも木に引っかかっていたらしい。怪我を負っていたのをバレシュ伯が拾い介抱した。バレシュ伯は知ってのとおり、意識が夢と幻の間を行き来する状態だったからね。キースが自分の死んだ息子が生きて帰ってきたと思い込んだらしい」


 説明を聞き、頭の中で情報が結びついていく。思わず問う。


「まさかキースはバレシュ辺境伯の魔力を引き継いだ?」

「キースの話を信じるならば、そんなところらしい。受け継いだと同時に、キースの身の危険が及ばないかぎりは、通常の人間程度の魔力だけが表てにでるよう、念入りな魔術が施されていたらしい」

「つまり、バレシュ伯の膨大な魔力はキースの中に抑え込まれ圧縮された形で彼の奥に眠っていたというのですか?」

「あくまでキースの話を信じるならね」


 すぐには信じがたい。魔力の受け渡しができるのであれば、私のように魔力のない人間は、リードから魔力を分けてもらえるという形だってありえたはずだ――。だがそれは無理だった。ありえないことだったはずだ。

 ミカのように微量の魔力を流し込まれたり、癒しの魔術をかけたりすることは高等な技術でありえる。だが、キースはバレシュ伯から受け継いでさらにそれをミカに分ける魔力があった。ありあまるほどの力をキースは誰にも悟られず押さえてこめていたということになる。

 

「信じ難いだろう。だが、すくなくとも微量とはいえミカにはキースと同質の魔力が流れ、しかもそれが古語を理解するというごくごく限られた魔術として働き続けている。バレシュ伯はすでに亡くなっているというのに魔術式が動き続けているということだ。しかも、ミカはこちらに落ちてきた当初の段階での審問では魔力が流れているなんて誰にも悟られない。バレシュ伯は、とんだ異能の持ち主だったわけだ」


 ため息まじりにディールはそう言うと、部屋にあった簡素な丸椅子を引き寄せ腰をおろした。


「亡きバレシュ伯が森の奥に引きこもったのは、表向きは病のせいだとされているが、現フレア王国に対し失望したからだと言われている。それに関わっているとなると、何が仕込まれているかわからない。だから拘束したんだ」


 ディールは足を組み替えながら腕を軽く組んだ。座った位置から私を見上げてくる目は笑ってもいず、おどけてもおらず、怒りなどもみえなかった。ただ、静かな目をしていた。


「ミカだけならまだしも、異世界から来るものが複数となってくると話は厄介になってくる。すくなくともソーネット家の当代の私は、違う世界から来た人間はミカしか知らない。そして我々はセレン殿下を通じた王命で、異世界から来たミカを異国からのお姫さまとして扱い、かくまってきた。そしてアランと婚約させ……まぁいわば監視していくわけだが、それは一斉浄化の魔術の失敗ゆえの結果と思ってきたわけだ。だが……キースのように他にも異世界から来た場合があるとしたらどうなると思う?」

「他にもミカのような者がいる、と……」

「ミカの場合は我々ソーネット家がかくまっていた。キースの場合は、バレシュ伯が助け、経歴を詐称することを手助けした上で社会にとけこませ、結果的にアランの館で雇った形になっている。二人いるならば……三人いてもおかしくないんじゃないか、そう私は思うね」

「……」

「今回の我がソーネット家のように、過去、他の貴族も国家機密の一端として、異世界人をかくまったことがあったとしたら? 普通に婚姻してこの世界に溶けこんでいるのか、もしくは……消し去ってきたか。なんにせよ、それを把握しているのはフレア王国を統べる王だろう。聖殿も一枚噛んでいるに違いないが……セレン殿下を通じて『我々も』監視され知らず知らずのうちに手の内に踊らされているのかもしれないな」


 ディールが花を理由にマーリを人払いさせた理由がわかった。

 淡々と話しているが、ディールの言葉はフレア王国への疑問を口にしているのだった。それは兄にしたらあまりに珍しい姿だった。

 私は今まで聞いた話を頭の中で整理しながら、問いかけた。


「王室には他にも異世界人についての情報があるというのですか? 政策に関わるあなたも、近衛騎士団長だった私も、稀代の魔術師と謳われるリードも知らないほどの極秘で、このフレアは異世界とのつながりがあるとお考えですか」


 私の問いを最後をまで聞いて、ディールはしばらく黙って虚空を見つめた。そうしてすこしの後、深く息をついた。


「……あくまで憶測だ。……憶測は不安を呼ぶ。ここで切り上げよう」


 ディールはそうつぶやくと、「あぁそうだ」とまるで調子をかえて私を見上げた。

 これまでの静かな瞳と違い、どこかいつものキラキラとした笑みを湛えている。

 一瞬警戒して眉を寄せると、ディールはにんまりと笑った。


「今の言葉で思い出したんだ。アラン、お前はまだ近衛騎士団長だ」

「え?」

「セレン殿下の元を去りこちらに来たつもりだろうけれどね。すべてを捨て去ってミカの手を取り、駆け落ちでも演出したかったんだろうけどねぇ」

「……」

「残念! 表向きには特別任務で離れたことになっているよ。殿下をはじめ、王城はアランを近衛騎士団長として手放したくないらしいね」


 通常見せる軽口に変わったと思うと、ディールはさっと立ち上げり、軽く伸びをした。紳士然としたいつものに彼にはめずらしい振る舞いを目で追っていると、ディールは扉を開ける前にこちらを振り向いて言った。


「異論はあろうが、お前はソーネット家に属する者だよ」


 黙っていると、ディールは口角をあげて言った。


「ミカとの婚姻はあと六日後。近衛騎士団長とミカを結婚させたいという意見では、セレン殿下と私は一致している。……逃げてはいけないよ。フレアの平和のためにも、ミカのためにも」


 彼の言葉が狭い窓なき一室に響いたのだった。



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[一言] こんばんは。 初めまして。 続きが読めて幸せです。 ありがとうございます。
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