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66 捕らわれた者 11 (ミカ)



「魔術師殿、ミカに付き添ってくださったことを感謝いたします。よろしければ我が館でごゆるりと休まれてはいかがでしょう」

「い、いえっ! 結構ですっ! リ、リード殿の指示は完了しましたので私はこれにて失礼いたしますっ」


 ソーネット家まで馬車で送ってくれた魔術師レイは、わざわざ迎え出たソーネット家当主のディールの挨拶を恐れるかのように、また女の私を退けるかのように後退りしながら返事し、大きな白い布地の衣服を翻してそそくさと戻っていった。

 

 来た道を速攻で戻ってゆく馬車の後ろ姿を見ながら、あまりのあからさまな避け方に呆気にとられていると「相変わらず聖殿の者たちは愛想が無いね」と苦笑まじりの言葉が響いた。

 ディールの声だった。


「魔術師達は、本当に聖殿から出たがらないからねぇ。リードのふだんの様子でも聞きたいものだけど、魔術師が雑談につきあってくれたことはほぼないね」


 ほんの少し後ろを振り向くと、予想通り、このソーネット家当主であるディールと目があった。

 ディールは難癖のつけようがない卒のない品のある穏やかな笑みを浮かべている。私は自然と自分の頬が強張るのを感じた。けれど、彼はさも気付いていないかのようなそぶりで自然な笑みを浮かべて言った。


「弟の婚約者が無事に帰ってきてなによりだよ。おかえり、ミカ」

 

 私は返事をせず目をそらした。

 周りを見れば、いつのまにかレイを見送るためにエントランスに控えていた使用人達も人払いされていない。

 広く静かな屋敷。

 美しく整えられた映画のセットのような、夢のような場所。

 でも実は貴族たちの監視者が私を見張っていて、アランはそんな不穏なこの屋敷のどこか窓もない一室に入れられている。

 決して平和とはいえない場所だ。

 そもそもキースの話まで聞いた今、ここに、このフレアに異世界から来たものにとって平和で安全な場所なんてあるのかすら信じられないけれど――……。

 俯き加減に目をそらした私に、ディールは穏やかな声音を変えないままに言った。


「リードがミカだけを帰したことには理由があるんだろう。聖殿でキースがどんな状態だったのか話しを聞こう」

 

 私はリードから託された手紙を持つ手指をほんの少し上げた。


「リードから手紙をあずかっています」

「では、私の執務室へ」


 リードがなぜ残ったのか、これからどうなるのか、アランのことも私のこれからも――不透明なままだ。

 そしてキースの話だって、まだ私の中で整理はついていない。このままディールとどう話せばいいかなんてわからない。

 不安だらけ。でも、しっかりしないといけない。

 私はぎゅっと足の指に力をいれてディールの促す方へと一歩を踏み出した。





 

 手紙を読み終えたディールが顔をあげた。


「リードは、キースの審問は聖殿の魔術師達では制御できないゆえに聖殿に残るとあるけれど、さてキースの何が気になるんだろう? ミカは何か聞いているのかな?」

「リードはその手紙を書いて、私に館に戻るように言っただけです。私にはわからないです」

「そうか……。まぁともかく、キースが異世界から来たのは真実だと見ていいわけだね」


 執務机をはさんで彼と向かい合って座っていた私は、彼の言葉に頷いた。


「キースの話が本当なら、私と同じように突然別の世界からこのフレアに来たことになります。彼の元いた世界というのがどこになるのかわかりませんけれど。少なくともフレア出身ではないし、連れ去られた記憶もない。生活していたところから、突然、このフレアの空に”移動”した」

「で、その元の国の場所は、ミカの出身の地とも違うんだね?」

「たぶん。言葉も違いましたし、文化も、もしかしたら時代も違うみたいでした」

 

 私の言葉にディールは少しだけ困惑したように眉を寄せた。


「時代か。時の流れは実際には見えない。だが確実に過ぎてゆく。それすらも歪めて今と昔が交わるなど……ありうるのか?」

「わかりません。でも私は彼の話が嘘だとは思いませんでした。でも真実かどうかなんて、それこそ魔術師の行う”審問”で記憶をこじ開けないとわからないでしょう?」


 ――私にしたみたいに。

 と思ったけど、口には出さなかった。

 けれど、ディールには私の言外の思いが伝わったのか、少し肩をすくめ、


「まぁ、たしかにそうだね。こじ開けない限りわからないことだね」


 と苦笑を浮かべた。


「魔力はキースがミカに流したというのも確認できたみたいだね」

「はい。キースは興奮状態でしたけれど、少し落ち着きを取り戻して、こちらに落ちてきたときのことを話してくれました。キースはたしかに異世界から来てバレシュ伯に拾われ、息子の代わりとして面倒みてもらったそうです。そして、またいずれキースのようにどこかから落っこちてくる人間が現れるかもしれないから、だからその時に言葉がわかるくらいの魔力を流せるようにとキースに分け与えてくれた、と。それが私に流れる、魔力の理由です」


 私がそう話すのをディールは黙って聞いたのち、ほんの少し目を細めた。


「バレシュ伯か……。キースを亡き息子のようにかわいがり、死の間際に自分の魔力をキースに与えた、と」

「はい」

「魔力を流し込み、それが何年もの長い間相手に留まるようにするのにも相当の魔術の力が必要なんだけど……バレシュ伯ならそれもありうるか。もしくはキースの器が偶然にも適していたか」


 ひとり呟くようにディールは言うと、また少し考えるように目を伏せて息をついた。


「こちらで生前のバレシュ伯についても調べさせた。たしかに年のせいか病のせいなのか、周囲の人間を別の誰かと混同したり、記憶が過去と最近が混ざったりしていたから、キースの話と内容は一致するね」

「これで、私になぜ微量の魔力が流れているのかわかったし、キースと元々つながっていたというような疑いは晴れましたよね……?」

「つじつまは合ったね」

「もう問題はないでしょう? 他の貴族にも私の微量な魔力のわけは示しがつくでしょう? アランに会わせて」

 

 私が持ちかけると、ディールは軽く首を横に振った。


「それはまだ駄目だね。婚約披露をして、二人の立場をフレア国ではっきりさせねば、いつ逃げられるかわからない」

「私は逃げませんっ!」

「アランがまた逃がそうとするかもしれないし、その隙きをねらって、ミカを誘拐する輩がでないとも限らないだろう」

「誘拐?」

「そりゃ異世界から来た珍しい人間だもの、珍しいというだけで欲しがる輩もいれば、取引きに使えると考える者もいるさ」


 絶句していると、重ねて謂われた。


「アランと結婚すれば、近衛騎士団長と大切な妻として拐われる可能性はあっても、同時にその人を攫う罪の重さもずっと重くなるし、そもそも警備だって今以上につく。君を狙う者たちも今よりも手出しをしにくくなるさ。婚約を正式に発表するまでもう数日だよ、それまで待ちなさい」

「でもっ」

「アランは元気にしているし、マーリもついている。駆け落ちを断ってそのまま離れたから、ミカは話し足りなくて不安かもしれないが、アランはそれくらいで君を嫌ったりしないから大丈夫だよ」


 さも私を思ってかのような説明をして、ディールは私の言葉を塞ぐかのように立ち上がった。

 

「今日はもう遅い。明日からは、また婚約披露の夜会までの準備がはじまる、話はこれくらいにしよう」

 

 ここでもう一度アランのことを話題に出してもディールは話を聞いてくれそうにはない。

 かといって、バレシュ伯がキースに話したという「今まで何人も異世界から人がこちらにきている」「原因はフレアが表向きは敵国ガタールのせいにして、実はフレア国が聖晶石を大量に消費したせいだ」ということをディールに尋ねるのは、今はまだまずい気がした。

 リードの手紙にそこまで書いていたかはわからないし、そもそもディールが国の実情をどこまで知っているかわからない。もしキースの話が本当なら、フレアの知ってはならないことを私とリードは知ってしまったことになるから、国がどう動くか予想もつかない。


 結局黙ってディールに促されるようにして、執務室を出ようとした瞬間、ふっとバラの香りを感じた。

 顔をあげると部屋の扉の脇に飾られた華やかな淡いピンクのバラが目に入った。

 大きな花瓶に豪華に生けられたバラだ。

 この部屋に来たときは緊張で気づいてなかったんだろうけれど、なかなか立派に生けられたバラはいけてまもないのか良い香りも残っていた。 


 ……アランは窓もない部屋にいるかもしれないんだよね。


 淡い透き通るような花びらをみて、ふとアランのきれいな唇を思い出す。

 一緒に逃げようという誘いを断り、言葉も交わすことなく、離れてしまった。最後に見た彼の広い背中が心に浮かぶ。

 私のために髪を染め、顔に傷跡の偽造までして来てくれた彼の、孤独な背中。


「ミカ?」


 立ち止まった私を怪訝そうに見たディールの目を見つめ返した。


「……このバラ一輪、くれませんか?」

「バラ? あぁ、この生けられているバラね。もちろんプレゼントするよ、一輪といわず花束にしようか?」


 微笑んで了承したディールにわたしは重ねていった。


「一輪で良いので……アランに届けて欲しいんです」

「アランに?」

「……美しくいい香りなので……アランのそばにあって欲しい思って」


 私がそういうとディールは少し不思議そうな顔をしたが、頷いた。


「わかった。アランに届けよう」

「おねがいします」


 本当に届くのか信じていいものかわからなかった。ディールに素直に信頼してありがとうと告げることもできなかった。

 ただ、もし彼に届くなら、嬉しい。


 アラン……。

 アランが守っている国は、私みたいな異世界から来た人が他にもいたよ。

 キースも、そしてあのアランの館にも咲いていたバラも昔にもしかしたら私と同じ「バラ」という日本語をつかう人がもたらしたものかもしれなくて……。フレア国の日常にとけこんでいる弦楽器だって。もしかしたら他の技術や品物だって、もしかしたら……。


 わからないことが多すぎる。

 わかってることは一つだけ。

 あなたに会いたいということ。


 バラの香りがあなたの元に届きますように。




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