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58 捕らわれた者 3 (ミカ)



 メイドに着替えを手伝われる間、リードもまた少しの間、部屋を離れた。

 アランの館から持ってきた着慣れた服に身をつつむと、少しホッとした。それから、部屋で摂るようにと運ばれた朝食を、室内のテーブルに移動して摂る。

 マーリの代わりに来たメイドはほとんど口を開かなくて、とても静かだった。


 食後をみはからうようにリードが戻ってくる。黒ずくめの衣装に黒の眼帯、動きやすいようにか銀の髪をひとつくくりにしている姿は、何度みても、「魔術師」というイメージではなかった。

 

「今日、私はキースのところに連れていかれるわけ?」

「いいえ。今日は、聖殿の魔術師がキースを取り調べるそうです。あなたが呼ばれるのは明日以降になるかと」


 リードの言葉のなかの「取り調べ」という言葉に、一瞬胸がどきっとした。キースも昨日わたしが受けたような、記憶を探られるような審問を受けるんだろうか。自然と眉がよって顔がしかめっつらになった。


「あなたは、その取り調べとやらに行かないの?」


 リードは私の方をちらりと見て、口を開いた。


「キースの方は、聖殿の者たちで今は事足りていますから。今日はここにいるように言われています」


 ここにいるって、つまり私を監視するってことだ。

 堅苦しい時間がこれから一日続くと思うとぞっとした。マーリもいないし、アランのことを聞きたくても聞けない。

 そんな戸惑う私をよそに、リードは淡々と言い放った。


「ソーネット伯より、ミカは来賓者を覚えるのを手伝えと言われています」

「来賓者?」

「そうです。名だたる貴族を招く夜会となりますので、貴族の名前と立場の把握は最重要項目でしょう。特にあなたは、アラン・ソーネット団長の館でこもりきりの一年半を過ごした。社交の場としての経験がないのは仕方がないにしても、来賓者を覚えておくのは当然のことです」

「当然のことって……」

「騎士団長の妻となり、ソーネット伯の義妹となる。社交において”当然”ということです」


 淡々と、けれど厳しい内容が胸に突き刺さる。

 いつもマーリに守られて、グールドさんが助け舟をだしてくれた「アランの館」ではないことを思い知る。

 リードは黙々と、テーブルに来賓リストが書かれているらしい紙を広げた。

 そして椅子を引いて私を見た。


「アラン・ソーネット団長は、きちんと朝食をとったようですよ」


 思わぬことばにハッとリードの方をみる。


「朝から室内でできる身体の鍛錬を行い、着替え、運ばれた朝食をとり、あとは静かにしているようです。反抗する様子は今のところないらしい」

 

 アランの様子が聞けた。それが真実かどうかはわからないにしろ、ひとまず元気そうな様子にほっとした。捕まえられてさえも、朝の鍛錬を怠らないアランがあまりにアランらしすぎて、切なくなった。

 

「またアラン・ソーネット団長の様子がわかれば、お伝えしましょう」


 思わず頷いた時、リードが続けるようにして言った。


「それまでは、座ってください。……あなたはディールの元に残ることを選んだ。この覚えるべき来賓者名簿も、その選択の結果の一つです」


 当然ともいえるリードの言葉に、私は言い返すことができなかった。



 *****



「もう……無理。頭からこぼれ出る……」


 お昼の休憩中、情けない呟きが出てしまった。

 リードに従ったものの、あまりに覚える量は膨大。

 フレアには写真技術はないから、顔と名前を一致させながら暗記するわけにはいかない。来賓リストの文字とリードの説明から、名前と立場を覚えて、その人のだいたいの外見や特徴を覚えていく方法になる。ただ、なんとか一人ひとりの情報は覚えていっても次にくるのは、人間関係に姻戚関係だった。

 貴族というのは姻戚関係が複雑すぎて頭を抱えるレベル。他家の次男や三男を養子にするやら、家督を継がせるやら、分離するやら……。

 家系図みたいなものを書き出して、人物相関図を作りながらリードの説明を頭に叩き込んでいくものの一苦労。

 リードは余談をしたり冗談を言ったりしない。必要な情報だけを説明していくから、ある意味淡々としてわかりやすいのが救いだった。


 ただ、リードは人物の名前からよどみなくその人の情報を話すけれど、そこに、感情を感じ取れとことがなくて、なんだか本当に「人が人の説明をしている」と思えないことがあった。


「リードは、ここで説明している人たちとの面識はあるの?」

「はい、ここまでの名簿でしたら、幼い頃に父を通してお会いしたことがありますね」


 ちょっとだけ心が冷えた気がした。

 知っている人を、こうまでして突き放して、まるで観察記録をどこかに報告するみたいに説明するなんて、私にはなかなかできない。思い出とか、好き嫌いとか、なにかまじたっりしないだろうか。

 なんだか信じられなかった。


 不可解になりながらも、リードの説明をとにかくメモしたり暗唱したり、時にはリード相手に貴族との挨拶を練習したりして、午前中が一気に時間が過ぎた。

 昼食を挟み、「すこし休憩しましょう」と言われたときには、もう私は頭の中はパンク状態だった。


「でも、まだこれで半分も進んでない……」


 リストに書かれた名前の多さにため息をつきながら、同時に、フレア国の貴族の複雑さに辟易した。

 


 休憩といっても、名簿の読み上げが止まっただけであって、リードが部屋から出て行ってくれるわけではなかった。

 豪華で広い部屋には、いま勉強をしているテーブルとチェア、長椅子もあって充分に余裕はある。最初は私も、リードを無視して、伸びをしてゆったりと姿勢をらくにして長椅子に腰かけたりと、くつろごうと頑張ってみた。

 でも、結局だんだんと二人きりで息がつまりはじめた。

 

 ……ちょっと庭にでも出られたらいいんだけど。


 リードの視線にさらされるのが辛くなってきて、ダメ元で「中庭を散歩したい」と言ってみた。

 するとリードは長い銀髪をさらりとなびかせて頷くと、


「そうですね。行きましょう」


と、少しの抵抗もみせずに私の提案にのった。

 思わぬ返事に、驚きで「いいの!?」と大きな声で聞き返してしまうと、無表情の顔がほんの一瞬不思議そうな顔になり、ちろりと私を見た。

 合った視線に、何か言われるのかと身構える。

 けれど、リードは無言のままにテーブルの上を片付けたかと思うと、立ち上がった。


「中庭までの道はわかるでしょう。……行かないんですか?」


 そう告げるリードに、私が慌てて立ち上がると、リードはすっと身を引いて私の後を歩きはじめたのだった。




 部屋からでると、リードは完全に私の後ろを歩いた。少し距離を取って後ろからついてくるようだ。

 まさかアランやディールのようにエスコートしてくるとは思っていなかったけれど、背後を歩かれるのも少し動揺する。

 けれどそれも最初だけだった。

 思ったよりも、圧迫感がなかったのだ。というか、リードには存在感がなかった。

 振り返ってその姿が目に入るから「いる」とわかるだけ。前を向いて歩いていると後ろをついていることすら忘れてしまうほどの気配の無さ。

 そういう圧迫感がないのも手伝って、私は歩きながら廊下の奥や角、並ぶ扉を見回した。

 

 アラン、どこの部屋にいるんだろう……。


 どこにも、あの金髪碧眼の彼の姿は目に入らないまま、探しているうちに中庭に出てしまっていた。

 昼ということもあって、太陽の光がさんさんと降り注ぐ庭はまぶしいくらい。

 マーリがいれば日傘を用意してくれるような日差しだけど、もちろんリードは日傘なんて持っていないし、私も持ってなかった。

 暑いくらいの中庭だけれど、その陽光に照らされた緑は色濃く美しかった。日本と違って蒸し暑くないのも良いのかもしれない。

 私はどんどん石畳を歩く。

 中庭からも館を眺め見上げてみたけれど、アランらしき人影はなかった。 

 

 昨日も見た、薔薇が咲くゾーンに入っていく。

 アランの館のすでに、見頃を終えた初夏の薔薇を思い出した。

 赤い薔薇の花びらでジャムを作って館のみんなが驚いたこと。甘い薔薇ジャムをアランの口に運んだこと。

 少し前のことのはずなのに、ずいぶん前に感じてしまう。

 そして、アランのこと、キースのことを思って、また気が沈む。

 あの薔薇を手入れして用意してくれたのは、キースだった。あのキースが私と同じこことは違うところから来た存在だなんて……ほんの少しも気づかなかった。

 キースの印象といえば寡黙な人、懐かしい黒髪と黒い目、いつも薔薇を世話している……そんな感じだ。


 異なる世界……。このフレア以外にもいくつかあるんだろうか。

 黒髪と黒目とはいえ、彫りの深い顔立ちやあまりに逞しく大きな体つきは、よくある典型的な日本人男性からは外れている気がした。地球の他の国だろうか、それとも別の世界から来た?

 それとも、ただそういう疑いがあるだけで、ほんとうはフレアの人なの?

 わからないことだらけのまま、たった一日で、キースもアランも私もさらに先の見えない状況に置かれてる。すごく不安だった。

 


 中庭を歩いていると、昨日、リードから記憶をこじ開けられたベンチが目に入り足を止める。

 そのベンチが目に入った途端、昨日の記憶をこじ開けられた気持ち悪さがまた軽くよみがえってきた。

 私は逃げ出して駆け出したくなるような気持ちを深呼吸で抑えてから、後ろのリードに思い切ってたずねた。


「朝のことだけど、昨日、あなたが私の中で見た記憶って、音や声って言ったよね」


 振り返ると、リードの片目と目があった。


「えぇ、そうですね」


 肯定の返事に、畳みかけるように尋ねた。


「それって、過去の私の言葉や、私が誰かと話している会話を聞いたってことなの?」


 私の質問にリードはしばらく答えを探すように黙ったあと、


「より正確に言うならば、あなたの、耳が捉えたことを、私がつかんだといえます」


と説明した。


「つまり、私が聞いた友達や家族の言葉をあなたが聞いたってこと?」

「そうです。あなたの記憶を探ったので、あなたが聞いたことを私の中の魔術がとらえたことになります。朝もいいましたが、強烈な印象だと”見たもの”も私の中に色の波となって押し寄せますが、緻密な絵姿が捕らえられるわけではありません」


 リードはゆっくりと説明した。説明された内容はわかったけれど、わかればわかるほどさらに気持ちが悪くなった。

 それでも、聞かずにいられなかった。

 悔しかった。


「あなたは何を聞いたの? 私をこじ開けて見た”色”は何色だった?」


 問い詰めるようにたずねれば、リードはしばらくだまっていた。

 私は詰問しているのに、リードの表情は相変わらずの無表情、悪びれもしないし、恐れもしない。

 ただ、淡々と考えるような間を持ってからぽつりと言った。


「……海の青碧、赤味の華やかな色。海よりも少し濃い青碧に、淡い金」


 リードがなんの興味もなさそうに、まるで実験結果報告みたいに言った色を聞いたとたん、たずねなければよかったと瞬時に悔やんだ。

 ……父との海、薔薇の想い出。それから私の好きなアランの色――……。

 リードは色だけでなく、音声も聞いている。それなら、きっとその流れ込む色あいが何を想い、何を感じてるのかも読み取っているのかもしれない。

 ……気持ち悪い。聞いた私が悪いけど。でも、それを淡々と説明できるリードも、相当、冷たい気がする。

 心の中で悪態ついて、そういう自分にも結局つらくなってきてしまい、私はまた中庭を引き返した。




 部屋に戻ると、しばらくしてディールが顔を出した。最初警戒したけれど、執事が控えており、仕事の合間に私の部屋をのぞいたという程度のようだった。

 部屋の入口のところで立ったまま私に声をかけてくる。


「こんにちは」

「……」

「来賓名簿、進んでるかな?」


 表情だけみれば、とても穏やかなものを浮かべて、ディールは私に話しかけて来た。いちおう立ち上がろうとすると、「あぁ、そのまま座ってて。すぐに行くから」とディールは言った。

 何しに来たのかと家主に問うわけにもいかず、私は黙って言われるとおり、あげかけていた腰を椅子におろした。


「中庭、薔薇も綺麗でしょう」


 嫌味なくらい品の良い笑顔をうかべてディールはそう話しかけてくる。私は「アランは?」と言いかけようとしたけれど、まるでそれを察知したかのようなディールに遮られた。


「明後日には、キースは聖殿から戻ってくるだろうから、ミカの出番になると思うよ」

「明後日……」

「大人しく、来賓客の名前と情報、覚えることに専念するように。もちろん中庭の散策くらいいいよ。気分転換は必要だ」


 アランのことを聞く暇を与えないかのように、ディールはさらさらと流れるように話し、ふっと思いついたようにリードの方に目を向けた。


「そうだ、リード。楽器でも弾いて聞かせたらどうだ。弦楽器も木管も、リードは得意だろう」


 突然話題をふられても動じることなく、リードは「楽器ですか」と問い直している。

 ディールはうんうんとひとりで頷き、リードと私に順番に微笑みかけた。


「あとでいくつか部屋に運ばせよう。ミカ、リードはなかなか表情豊かな演奏をするんだよ。じゃあね」


と言い放ち、ディールはまた部屋から去っていった。


 扉を閉めて、私の口からは大きなため息しか出なかった。

 何をしに来たんだろう。私の顔をみて、他愛ないことを言って。かといって、アランのことを教えてくれる様子もないし。しかも、リードに楽器って、ほんとうに意味がわからない。

 そういう気持ちがついつい言葉になった。

 

「……あの人、なんのために顔だしたの?」


 馬鹿みたい……と呟きかけたときだった。

 

「いちおう気にかけてるんでしょう」


と、予想しなかった言葉が隣から聞こえた。

 顔を向けたら、リードは扉を向いたまま私に横顔を見せている。


「気にかけてる? 誰が誰のことを?」

「ソーネット伯が貴女のことを」

  

 ……気にかけてる? ディールが私を?……まさか!

 

 長い間沈黙が漂う。

 私が横で明らかに眉根を寄せて不可解極まりない表情を浮かべているのに、リードは気にする風でもない。

 ふと、今度はディールが出て行きざまに言った「リードはなかなか表情豊かな演奏をするんだよ」という言葉も頭をよぎった。


 ……表情豊か? この人が?……まさか!


 ディールが私を気にかけてるという言葉にしても、リードが表情豊かな演奏をするっていうことも、どちらも、まったく、私は信じることができなかった。


 ただ、午後には来賓名簿に格闘している私の部屋に、リードが弾く用であるらしき楽器がいくつか運ばれてきたのだった。






 


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