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06 侍女と執事(アラン)

アラン視点です。



「アラン様、あんまりでございます!」


 城から館に戻り、居室に着替えを持ってきたのは普段の侍女ではなく、ミカに付いているはずのマーリだった。

 何か私に伝えたいことがあったから、担当を入れ替わったのだろうが……。

 顔を見せた途端、礼もそこそこに口を開いたマーリの雰囲気は、いつもの賢明さと可憐さをもった才女マーリといわれるものではなかった。


「……ミカになにか?」


 私がたずねると、マーリは何かを押し殺したような低い声で、


「アラン様は……ミカ様に求婚されておられないのですか」


と、さらに詰問してきた。いつものマーリの態度ではないものの、彼女の言葉から、なんとなく話の方向を理解する。


「求婚は、していませんね」


 脱いだ騎士服をマーリにわたしながら答えると、マーリは着替えのブラウスを私にわたしてくれながら、


「ミカ様との婚約が発表されておりますが?」


と、さらに尋ねてきた。その顔は険しい。


「『婚約者』ではありますよ。広くは明かしていませんが、王命によっての婚約です」

「決められたものだから……求婚の言葉も必要ないと?」


 ベルトや上着を順番に的確に渡しつつも、マーリは追及をやめない。


 ミカにでも聞いたのだろう……求婚の言葉はなかったと。

 それでミカが残念に思ったわけでもないだろうが、ミカを大切に想っているマーリには形式だけのような婚約に腹がたったのかもしれない。

 私が何も答えなかったことをどう思ったのか、マーリがぐっと眉を寄せてこちらをにらんだ。


「……ミカ様がお可哀そうです」


 マーリの言葉に、少し反応する自分がいた。


「ミカが可哀相?」

「そうです。……しかも、この婚約を『厄介払い』だとおっしゃったそうではありませんか」


 マーリは、キッとこちらを見てきた。


「あぁ、それですか。ミカは落ち込んでいましたか? 私の言葉くらいで、落ち込んでなかったでしょう」

「……たしかに落ち込んでいるご様子ではありませんでしたわ。ですが、求婚もなく突然の婚約発表、さらにその婚約理由が『厄介払い』と言われて嬉しい女性はいません!」


 ……まぁたしかに。


「それに、ミカ様とのご婚約、アラン様にとっては『厄介ごと』のはず、ございません!」


 マーリは強く言った。


「なぜそう思う」

「確かに、聖殿と王侯貴族にとっては、未知なる世界からのいらしたというミカ様は扱いづらいお立場。厄介事ととらえる向きもありましょう。体よくアラン様に押し付けた流れと受け取る貴族連中もございましょう! ですが、アラン様にとってはまさに好都合、ミカ様をこれからもお傍にお置きになる良きチャンスでしたでしょう!」


 マーリはまくしたてるように言い放った。

 私はボタンを留め終え、軽く髪を指で流してから、ソファに腰をかける。背もたれに体重をかけながら、目の前のマーリを見上げた。


「好都合、ね……」

「そうです! アラン様は、ミカ様のことを特別に想われていらっしゃるではありませんか!」


 マーリは、はっきりと言い切った。

 ミカを守るためにこうして私に詰め寄ることができるのだから、マーリは相当ミカを大事に思っているんだろう。

 ほっとするような、うらやましいような気がした。


「マーリ。私がミカを『特別に想っている』とどうして考えましたか?」


 私の質問に、当たり前のことを聞かないでくださいって顔をして、マーリが答える。


「それは、もう、いたるところで、ですわ。この館で、アラン様に仕えてきた者にとっては、明らかです。」

「たとえば?」

「ミカ様に、とても丁寧に接しますわ。ミカ様からアラン様にかかわろうとしなくても、アラン様からミカ様に近寄っていかれますでしょう? これは他の女性に対してなかったことです。それに、ミカ様の家庭教師と選ばれた者たちは、皆一流。大切でなければ、そこまでなさらないでしょう」


 マーリの返事に、私はすこし意地悪く笑う。


「それくらいなら、古語をあやつる異世界からの到来者を、軽んじて扱うわけにいかなかったから……といえませんか?」


 私の言葉にマーリは首をふる。


「いいえいいえ! アラン様は、いつもミカ様の姿を追っておられます。そして、ミカ様が少しでも危ういと、助けに向かわれますし……それに……」

「それに?」

「よく、触れるように…思います。」


 最後の言葉は、いいながらマーリ自身がちょっと顔を赤らめた。


 触れる……ね。

 私はマーリの答えに内心苦笑しつつ、黙った。

 その沈黙に、マーリはちょっと焦ったのか、あわてたように口を開く。


「あ、あの触れるといっても、髪をすこしいじられるとか、肘に手を添えられるとか、耳元でささやかれるとか……ほんのちょっとしたことですわ! で、でも、それは今までにどなたにもなかったことで……」


 自分の姿を他人の口から告げられるのは、面白いように思う。

 私のミカへの想いは、行動により漏れているということなんだろう。

 愚かしいくらいに。


「わかりました」


 私が了解の返事をすると、マーリはさっきの勢いを失い、今度は戸惑ったようにこちらの顔を見つめてきた。


「ミカ様への想いがあると、お認めになるのですか?」

「認めるもなにも、否定したことはありません」


 私の言葉にマーリが怪訝な顔をした。


「求婚の言葉をいわなかったのは……」


 私はそういいかけて、続きの言葉が言いづらくて、少し言葉を留めた。

 自分でわかっていても、口にするには苦い言葉というものがある。

 それでも、これほどまでに怒っているマーリをはぐらかしておいてもあまり意味がないんだろうと思い、口を開いた。


「正式な求婚をしていないのはね、ミカが……私を男と思っていないからですよ」

「……」

「『拾ってくれた恩人』もしくは…せいぜい『保護者』くらいにしか思っていないでしょう。かといって、兄や親といった家族ほどの親しみも、もってくれているわけでもないようです」


 私の淡々とした言葉にマーリは返事しない。合致するところがあるからだろう。

 私は少し、哀れな男の笑みを浮かべた。


「想いを募らせて伝えたとして……、ミカは受け止められないでしょう? こちらに来てたった一年です。私の強い想いをぶつけたら、戸惑って苦しむかもしれない」

「アラン様……」

「彼女が苦しむのは、望んでいないのです。想いを告げるのは、もっとミカの心が安定してからで良いでしょう」


 マーリの気持ちが、私への同情につながったのを雰囲気で感じ取る。マーリは人の気持ちに寄り添いやすいゆえに、逆に人の気持ちに動かされやすいところがある。


「マーリ。ミカは……私より……」


 言葉をきって、すこし間をおく。

 マーリが私の次の言葉を待つことで、耳を傾けよりいっそう集中したのがわかる。そこを押さえるようにして、私は言った。


「ミカは、私よりも、やはりミカと同じ黒髪黒眼を持つキースの方に親近感がわくようですね」

「!」

「だから、急がずに、ミカの気持ちを私に向いてくれる方法を探しているんですよ…」


 私が微笑を浮かべなおすと、マーリの瞳が、哀れな男への同情でうるんでいるのがわかった。


 寡黙な庭師キースにミカが話しかけている姿は、この館ではよく見かけることだった。

 ふたりの間にそれ以上に何かあるような雰囲気ではない……それも周知のことだったが、マーリにしても、ミカが私よりもキースの方に親しみを持っていると、わかっていることだろう。


 だから。

 

 才女だが、純情なマーリに、私は最後の誘いをかけた。


「だからね、マーリも協力してくださると、嬉しいですね。ミカが私を愛してくれるようになるために」


 マーリは、私の誘いに……こくんと頷いた。

 ……ミカをつなぎとめるための強力な味方を得て、私はマーリにほほ笑んだ。


「ありがとう、マーリ。」




 ****




 マーリが退出した後、いれかわりに執事のグールドがティーセットを持ったワゴンをもって入室してきた。

 ワゴンを運び入れるグールドの姿に、


「なぜ、こちらに?」


と声をかける。


 王城から早めに帰宅したときは、着替えた後はミカとともにお茶の時間をするようにしていた。

 それをわざわざ私の居室にティーセットを持ってくるということは、グールドは、私にだけ何か言いたいことがあるのだろうと察する。


「ミカ様は、地理の勉強が長引いていますゆえ、アラン様のみの分をお持ちいたしました」


 グールドはしらっと答えて、テーブルに一人分の茶器をそろえてゆく。

 説明しないグールドに私の方がじれて、自分から、


「……どうかしましたか?」


とグールドにたずねた。

 私の言葉にグールドはようやく手をとめて、こちらを見た。


「ミカ様に贈り物が届いております」

「あぁ、婚約の祝いだろう。婚約発表を知った貴族連中からだろう……ここ数日続いているようだったが、今も?」

「はい。途切れることなく、貴族をはじめ、今や街の少女たちからも届いております」


 私の耳にも、宰相が流した噂は入ってきているので、軽く頷く。

 私の立場からすると、貴族たちからの贈り物も妥当といえるだろう。

 兄の伯爵位、私の騎士関係、弟の魔術師団関係……と、家系のせいもあり、取り入ろうとする者は多いし、つながり複雑で、慶事には贈答品は絶え間ないのが常だ。


「量が増えて置き場に困っているのか?」

「それについてはなんとかなりますが。内容で少し。少女たちの贈り物は、ささやかなものでございますから良いのですが……」

「貴族からのもので、何か難点があるのか?」


 いやがらせでもあるのかと、すこし身構えてたずねると、グールドは茶を注ぎながら言う。


「ドレスや靴が多いのです」


 グールドの返答に私は首をかしげた。


「それが問題? ミカ宛てのものにドレスや靴があるのは当然では?……私の婚約者に取り入って名を上げるようとするのは考えものとはいえど、女性への贈答となれば普通なのだろう?」


 私がグールドの答えの意図するところがわからず呟くと、グールドは重ねていった。


「ドレスや靴が多いのです」

「たった今、それは聞いた」

「……今はミカ様も多数の贈り物に驚き、まだ貴族からのものは箱すら開けていらっしゃいません。ですが、さすがに多くなって参りましたし、箱をお開きになるでしょう」

「何が言いたい?」


 私は重ねてたずねると、グールドは無表情ながら迫るように言った。


「アラン様、よろしいのですね?」

「なにが?」


 小さな頃から私を見ているグールドは、いつもなぞかけのような言葉を吐く。

 私自身に考えさせ、つねに命令し指示するのは誰なのかを教え続ける……有能な執事。


「……では、メイドに伝えておきます。贈られたまばゆいばかりのドレスや靴を、クローゼットに並べておくように」

「……」


 意味がわからず返答につまると、グールドはさらに言葉をつづけた。

 

「ちなみに今までは、すべてアラン様がミカ様のためにご指示なさいました色味とデザインで手配したドレス、もしくはミカ様ご自身のご要望によるドレスだけを、お召しになっておりました」

「……」

「これからは、ミカ様がその御身をお包みになるドレスに……アラン様がご用意なさったもの『以外』のドレスが加わるわけですね。それをお許しになったと、一同受け止めて構わぬのですね」

「ゆる、す?」 

「ミカ様が、『どなた』のお選びになったドレスをお気に召して身にまとわれるのか…、このグールドも興味がございますな」


 私がグールドの顔を凝視しても、完璧な執事は素知らぬ顔をして、お茶を注ぎ足す。


 ……ミカが他の者が選んだドレスを身につける?


 言われて初めて、その事実に気付く。

 同時に、そんなことを許すことはできないという強い気持ちもあふれてくる。


「……グールド」


 思わずそばに控える執事の名を呼ぶ。


「はい」

「まだミカはどれも箱を開けておらぬと言ったな」

「はい」

「……うまく理由をつけて、ミカの手に渡らぬように手配を」


 私が指示を出すと、グールドは『おや?』というように片眉をあげこちらを見た。


「街の少女からの菓子やらリボンやらのプレゼントも同様で?」

「……いや」

「では、貴族からのドレスや装飾品などの贈り物のみ、ミカ様の手に届かないようにすると考えていいわけですね?」


 確認するようにグールドは続けるので、私は頷く。

 私の返答を確認すると、グールドは表情をかえずに呟くようにいった。


「では……ミカ様はこの先お困りになるでしょうな」

「な、に?」

「アラン様の婚約者とお過ごしになるにしては、今のままでは装飾品や華美なドレスは足りますまい? 今までこの館でご用意してきたものは、たしかに品質はすべて最高級。ですが、活発なミカ様に合うようシンプルなドレスばかりでございますから……」

「……」


 私が一瞬黙りこむと、隙を与えずにグールドが言った。


「今から独り言でございます」

「……」

「我が館でも出入りしております、王城南区の衣装屋が新柄の織物を仕入れたと聞きました。その織物、たいそう若者に人気だそうです」

「……衣装屋……」

「恋人たちが、一緒に店で布とデザインを選び、針子がそこで採寸してドレスを仕立てて、後日に贈ることが流行しているとか……」


 そこまで言うと、グールドはまるで「ひとりごと終了」とでもいうかのように、口を引き結び、黙って立っていた。

 しばし考え、私は結論を出す。


「……グールド」

「はい」


 私はため息をついた。


「……私は優秀な執事をもったものだな」

「勿体ないお言葉でございます」


 執事グールドは一礼した。

 そのグレーの落ちついた髪をみながら、


「次の休日に、ミカとその衣装屋をたずねることとしよう……予定の調整を」


と、頼んだ。


 グールドは、「御意に」と礼をしてから、空いた茶器を静かに片づけ始めた。

 そのグールドの背をみながら考える。


 ……衣装屋、か。


 ミカと外出するのは、調査のために王城と聖殿に出向いた以外、初めてのことになるだろう。

 しかも、その時はミカの処遇も確定していない段階だった。道中の馬車はカーテンをしめ、街を見せることもなかった。もちろん他の場所を歩くこともなかった。

 自由の無い、いわば拘束状態のようなもので、外出といっていいかわからないものだった。


 今回は違う。

 私の婚約者という立場がある。

 そして、フレア王国を自由に眺め、出歩く権利も。


 二人で、街を歩き、恋人たちのように衣装屋に赴く……。

 そこまで考えて、ミカの表情が想像できなくなった。


 私自身はきっと、ミカと歩くことが楽しくて仕方ないだろう。そして、またいらぬからかいをするんだろう。そんなことは簡単に想像できる。


 けれど、ミカは?


 ……もし普通の令嬢のように館から外出できると聞いて……ミカは喜ぶだろうか…?


 彼女の黒い瞳を思い出す。


 正直なところ、彼女がどんな表情をするのかわからなかった。

 本当に喜ぶだろうか。このフレア王国を眺めて、本当に喜ぶだろうか。



 ずっと以前は、私の婚約者として立場が落ちついたあかつきには、外に連れ出してやろうとは思っていたこともあった。

 あの元気なミカのことだ。街に連れてゆけばとても喜ぶだろう。無邪気な笑顔を私にむけてくることだろう……と。


 だが今は、なんとなく不安が勝る。


 あの黒き瞳が……。

 私を見つめてくれるなら、安心もできるだろう。

 私を頼ってくれるというなら、手を差し伸べ、もう離しはしない。

 私の元から離れないと確証があるなら、少々ミカが外を見ても……優しく見守れる……努力をしよう。


 だが。

 あの黒き瞳は、同じ黒き髪と瞳をもつ男の姿に、安堵の笑みをうかべ。

 あの黒き瞳は、庭でバラの手入れする男に親しげに話しかける。


 ミカは……いつ私の元を発つかわからない、つかみきれない心を宿している。


 だから、つい私から逃げ出さないように囲い込みたいと思ってしまう。

 でも同時に息が詰まって萎んだ花のようにもなって欲しくないのも本当で。


 ミカの元に殿下からの言伝がとどいてからはまだ七日だが、実は婚約発表から実際には十日近くは経っている。

 なのに、ずっと外に連れて出かけるのを避けてしまっていた。

 今日のグールドとの会話がなければ、どんどん後回しになっていたことだろう。


「……衣装屋、ね」


 つぶやいて、再び息をつく。


 今や、婚約者という立場も、マーリからの応援すらもある。数えきれないほどの婚約祝いも。

 二人で衣装屋に並んでも、何も不都合もない。

 

 なのに。

 どうやってミカをつかんでいけばいいのか……私は答えを出せないままでいる。



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