49 強くなる日差しの下で 4 (ミカ)
白の長衣に身を包んだリード様の前に立たされる。
晴れた空から降り注ぐ陽光で、リード様の白に近い銀の髪がきらきらと光り、白の長衣とあいまって、リード様そのものが光りをまとっているかのように見えた。
そんな中、リード様の整った顔立ちに斜めにおおわれる黒い眼帯だけが、何か異様なほど黒く見える。
眼帯に覆われていない方、右目の青緑の目は、私の方に向けられている。
アランの瞳よりも青系が強く見えるからか、いっそう冷ややかに感じた。
私が見つめているまえで、リード様の形の良い口が開いた。
「……ミカはそちらのベンチへ。ソーネット伯は少し離れてください。力が干渉してしまう」
淡々とした声が響くと、ディール様が軽く息をついた。
「あまりミカから離れたくはないのだけどね」
そう言いつつも、彼はリード様の指示通り、私をそばにあったベンチに腰かけさせてから、私から数歩離れて距離をとった。
身体が強張っているのに、リード様とディール様の言葉や態度に逆らえないのは、私の中でここで逆らうとアランや館にいる人たちがどうなるかわからないっていう恐れからだった。
もちろん私自身のこれからも……。
ここで逃げだすような態度をとれば、私は自分に流れる魔力を調べられたくなくて逃げ出したとみられてしまう。
悔しいけれど、今だけだと思って、私はぎゅっと手に力をこめてベンチに座った。
大きな木の陰におかれたそのベンチは、きっとピクニックだったら気分の良い椅子なはずなのに。
なんて気が重いんだろう……。
ディール様が私たちから離れたのを確認してから、リード様が私の隣に腰かけた。
ふっとミントを思い出すようなスッとした香りがした。
……薬草?
そう思ったとたん、
「はじめます」
と唐突に話しかけられた。
何をどんな風に……と説明もなかった。
あまりに前置きがなくて、「え?」と聞き返そうとしたときには、リード様の長衣からのびた両手がそれぞれ私の手首をつかんでいた。
逃げることもかわすこともできなかった。
あまりに自然に、あまりにすばやく私の手首はつかまれていた。
……な、なに……。
ドクンと胸がなった。
それは決して恥ずかしいとか照れとかの胸の鳴りじゃなくて、鼓動がまさにはねるみたいにして、私のなかでドクンドクンと何かが響き始める。
手首が異様に熱くなってくる。息が苦しくなるくらいに、ドクドクと何かが身体の中でめぐりはじめるのを感じる。
思わずリード様の顔を見た。
「……っ」
眼があって、背筋に一気に寒気が走る。
青緑の右の目でなくて、黒の眼帯をしている方の目と「目が合った」のだ。見えないはずの隠された左目、「そこにある」とわかる。
見えないものから見られているという感覚に、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
「あ、つっ……」
鳥肌が立っているのに、手首がやけどしそうなくらい熱い。
力は込められていないはずなのに、つかまれているところがヒリヒリとしてくる。
思わず抗おうと身体をひねる。
なのにそれを抑えるかのような力が身体にかかって、私は倒れこみそうになった。
腕でくすぶっていた熱さが、ざあああっ、と波が押し寄せるようにして私の中を巡ってくる。
同時に頭の中に押し寄せてくる光の波。
痛みなのか苦しさなのかわからない、ただ光と熱の勢いへの恐れで、思わず目をつぶる。
身体に力がはいらず、掴まれている手首と背もたれだけで支えられているような状態。
なにかが身体の中を染みてゆき、波うち、私の身体のすみずみまでくまなく調べてゆく。
洗いざらい、襞の裏まで。
さきほど鼻をくすぐったミントのような香りが濃くなる。そのスッした香りのせいで、我を失えない。熱くなりすぎてゆくのに、香りで冷やされて……逃げられない。
「や……め……」
口から漏れでてしまう。
私の中が荒らされる。
い……や……。
光と匂い、手首の熱が最高潮に達したそのとき。
目をつぶった向こうに、ここには無いはずの海が広がった。
……眩しい!
これ……青碧の――……父さんがまだ生きていたころの……海。
その海が光によって、アランの瞳、まなざしに変化する。アランの金の髪があらわれて、海の光とあいまって、マーブルもようみたいにまざっては消えてゆく。
次に現れる像。頭の中、眼裏にすぎてゆく、それは母の痩せた背中。……あれは父の墓標。ううん、それとも、アランのご両親の……?
夕暮れ。
静かな茜色のそら。
あれはどこの記憶……いやだ……
強い力が頭にかかる。
ガンガンする。痛い。
いやだ、これは何。
光?
違う、私を……暴く……
止めたい……さらに力がつよくなり。
また濃い映像が頭の中に現れる。
転がってくる、それはレモン……ううん違う……クオレの果実。
フレアの国の果物。そこに伸びる、アランの大きな手、差し出される指先。甘酸っぱい……
口内に唾液がわく。
酸っぱい。
なのに飴の甘い記憶が混じり始める。
ふっと記憶に薄紅色のベールがかかった。
やさしくてやわらかな赤がぽっぽっと花咲くように頭の中に生まれる。
そして、唇に落とされる熱いアランの唇の記憶が横切る。
恥ずかしい。
「いや……やめ、て……」
暴かれてゆく。
感覚で、今こじ開けられているこの頭の中に怒涛によこぎっていく渦が、誰かに……リード様に見られているという感覚がある。
自分の目がどこにあるのかわからない。
たくさんのものを見ているのに、今、ここにいる感覚があるのに、リード様もディール様のお屋敷も中庭も見えない。
見えているものと、ここにいる現実の差異に狂いそうになる。
私は、私は、どこにいるの。
怖い、やめてほしい。なのに止められない。……無力。むなしさがわく。
抗う力がどんどん弱くなる。
「……い、や」
熱い。
内側から熱くなるのか、掴まれているから熱くなるのか、もうわからなかった。
ただ……浸食されてゆく。
暴かれてゆく。
映像がものすごい勢いでさかのぼってゆく……あれは私が見たモノ、それはバラ……?
酸っぱい果実の香りから、私の鼻腔はバラの花の香りに変わる。
そして目の裏にうつるのは、バラ園の中にある黒髪……黒の瞳。
胸がかすかにいたむ、なつかしさで。そうだ、私はこの一年、あの黒髪を見るたびに、懐かしいと感じてた。……あぁキースを見る食びに、黒髪、黒い瞳、懐かしい……
それ以外に見るものといえば、部屋の壁。慣れないちょうど品。厄介なドレスのフリル。
外に出ることがかなわなかった頃。
生き抜かないと……
混じりあう記憶。
足が痛み始める。
これはダンスの足の痛み。筋肉痛……踊っていれば楽しかった、それはどこの思い出。バレエ?それともフレアでのダンス?
突然、また頭の中に一つの色が大きく広がった。それは、青。……海じゃない。
空だ。
青い空の色。
この記憶……あぁ、これは……
見上げて、そして、一気に急降下する……身体が風を切っていく、痛み。なびく、自分の黒髪。
目をつぶる。
もう……ダメ、何がなんだかわからない、ただ、とにかく……私、落ちている……
突然どこかに落ちてゆく感覚。
つかむものがなにもない感覚に思わず目を閉じて、青い世界を遮断して……
次に来たのは、身体を包み込む何か。
……まさか、誰かが受け止めてくれた?
……あなたは……誰?
今の私は答えを知っている。
「……ア、ラン……」
青碧の海を瞳に見て。
助けてくれた?
『助けて』
今の私と過去の私の言葉が交差する。
その中で、一気に闇に落ちた。
 




