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48 強くなる日差しの下で 3 (ミカ)

 

 覚悟はしているつもりだった。

 でも、その使者は突然に来た。



 *****



「え、今日なんですか!?」


 驚きの声をあげたのは、私よりマーリの方が早かった。

 アランに言われていた通り、ディール様からソーネット伯の本邸へ招かれて馬車が寄越された。

 

「夜会の日まで、まだ十日もあるというのに……。アラン様がお帰りになってからではいけませんか」


 マーリとグールドさんがソーネット伯からの使者に交渉する。

 それもそのはず、アランが今日はいないのだ。しかも、通常の出仕ではなく、皇太子殿下の視察に同行していて、帰りは明日になるのだ。


 マーリとグールドさんは何度も使者に後日にしてもらえないか、ディール様にそう伝えてもらえないかと頼んだけれど、使者は「今日お連れするようにとのお話でしたので」の一点張りだった。


 アラン様のご不在時にミカ様がお出かけになるなんて……と焦るマーリだったけれど、ディール様が寄越した使者を長々と待たせてないがしろにするわけにもいかない。

 館のほかの使用人も、どうしたらいいかと困惑していることが、雰囲気からも伝わってきた。


 寄越された従者や御者の身元は、グールドさんも確かであるとを確認できている。この使者は本物で、ディール様がこんなに早くに招いているのは間違いないんだろう。 


 あのディール様がアランが皇太子殿下の視察に同行していることを知らないはずがないわけで……。

 今日、この時に招くのは、何か理由があるの? それとも、単なる偶然? ちょっと弟への意地悪?


 わからないことだらけだった。


 ……でも、もしあえてディール様がアランの不在である時間を選んだのだとしたら……。

 

「ね、マーリ。私、ディール様のところへ行こうと思う」

「ミカ様!」

「たしかにアランはいないし、不安はあるよ。でも、婚約発表して、今は私の後見人にもなってくださってるディール様からの招きだよ。無視するわけにもいかないでしょ?」


 私がそういうと、さすがに「そうですけれど……」と頷いてくれる。それからマーリはぐっと顔をあげていった。


「もちろん、私もご一緒しますからね!」

「ありがとう、マーリ。グールドさん、アランの方に連絡をお願いいたします」


 それから私は大急ぎで準備して、ディール様が寄越してくれた馬車にマーリと乗り込んだ。  グールドさんに見送られ、マーリと私、そして大量の荷物と共に出発することになったのだった。




 馬車で揺られ、そろそろ腰も痛くなってきたという頃、やっと馬車が着いた。

 御者に導かれて馬車から降りる。

 その時目の前に広がった光景に、大きな声をあげそうになった。

  

 ……うわぁ、広い!


 従者がそばにいるから必死に心の中だけにとどめたものの、目の前に広がるお屋敷のまばゆさに歓声をあげたくなる。

 ソーネット家の屋敷は、アランの館の何倍もの大きさで、造りも豪華絢爛だった。

 門が開かれてからお屋敷にたどり着くまでも距離があるなぁとは思っていたけれど、それもそのはず、本邸となる館までが一つの立派な植物園みたいに、花満開の庭が広がっていたから。

 美しく手入れされた庭園は木々の高さが統一され、咲く花の色合いも花壇によって秩序ただしくそろえられていて、格調高いといった言葉がよく似合う庭だった。

 馬車から降り立つ私とマーリを館に促す使用人たちや、荷物を馬車から運びだしてゆく使用人たちも、動きが洗練されて無駄口ひとつたたかない。

 気おくれして、もうすでにアランの館に戻りたくなっている私の前に、ディール様が姿を見せた。

 ゆったりとバルコニーから階段を降りてくる姿がまるで絵物語の王子様のようだ。

 城下で出会ったときと違う、いかにも上質そうな上着。その衣装にふさわしい優雅な雰囲気。

 アランの面影を感じる目元を笑いでにじませて、ディール様が私の前に立った。


「ようこそ、ソーネット家へ」

「お招きありがとうございます」

「馬車は疲れなかった?」

「いえ……送ってくださいました馬車は、とても乗り心地が良いものだったので、疲れることなく来ることができました」


 スカートを軽くつまんでフレア式の礼をとって返事した私に、ディール様が苦笑した。


「そんなにかしこまらないで欲しいな」

「そんなわけにはいきません」

「私はミカの後見人だよ。ここを我が家のように思ってくれたらいい」


 そう言って館に招きいれられるものの、さすがにこんな豪華なところでくつろげそうにない。

 そんな私の気持ちをまるで予想しているかのように、ディール様がさらに言った。


「ミカに付くメイドには古語がわかる使用人を配置したから、無理に一般共用語を話そうとしなくていいよ」


 さすがに驚いた。


「……言葉のことまで配慮してくださったんですか」

「まぁね」

 

 身の回りの世話をしてくれる人たちに古語で話しかけても通じやすいのは、正直いってうれしかった。


「ありがとうございます」


 私が再度お礼を言うと、ディール様はうなづき、私の後ろに控えていたマーリに目を向けた。


「マーリ、お久しぶり。お父上の研究は進んでる?」

「おかげさまで、また来年には新たに研究報告書を出せるようです」

「それはよかった。マーリもゆっくりするといい。できれば侍女の真似事などやめて、ミカと同等、我が家へのお客様として」


 ディール様の言葉に私がドキッとしたときには、背後からマーリがきっぱり言っていた。


「侍女の真似事をしたことはありませんわ。私はミカさまのお傍にいることを楽しませていただいているんです。私がここに立っているのは、ミカ様にお付きの者でありたいという私の願いです」

「そうか。……昔からの知り合いだからだと、アランのわがままで付き合わせてしまい申し訳ないと思っていたけれど、そうでもないのだね」


 ディール様がそういうと、マーリは「もちろんです」と即答した。

 はっきりと言い切ったその言葉に、感謝の気持ちでいっぱいになる。

 そんな私の横で、ディール様がふっとつぶやくように言った。


「ミカに味方がいるようで良かったよ」


 ほっとしたような、不思議な声音で響いた言葉に、私は顔を上げる。

 けれど、すでにディール様は踵を返していた。

 私に向けられた背中は、歩みだしても毅然として揺るがない。そのピリッとしたブレない立ち姿は、どこか、騎士見習い寮のアランを思い出させた。


「ディール様?」

「ついておいで。中を案内しよう」


と歩きだしてしまったのだった。


 

 *****



 マーリが私の傍に控えてくれるなか、ディール様について私は広い屋敷の中をめぐることになった。


 先ほどのつぶやきのような声音と違って、ディール様は明るく私をエスコートしながら、いろんなアランの子どもの頃の話しも混じえながら館の中を歩いてくれた。

 アランのちょっとぎこちない歩調の合わせ方と違い、さすがディール様は完璧に無理なく私の歩幅に合わせ、私がふと気になるものに目を留めると、自然な形であゆみを止めてくれる。

 時にマーリにも話を振り、場をなごませてくれる話術も不自然さがなくて、つい私もディール様の思い出の中の、微笑ましい幼い姿のアランに自然と笑みが浮かぶ。

 

 日当たりのよい部屋の窓辺では、

 

「小さなアランはね、この窓から見える景色が好きだったよ。それで景色を眺めているうちに、眠り込んでしまうんだ。天使がお昼寝してるかのように可愛かったんだよ」


と話してくれたり、


「目覚めるといたずらっ子でね。虫が好きで……一度花瓶のなかにヌメ虫をいっぱい集めて部屋に持ち込んでいてね。布で巻いて蓋をした気になっていて……そう、もちろんヌメ虫だからね、夜に這い出してね、アランの部屋がヌメ虫だらけで悲惨になったこともあるよ」


と、想像するのが怖いような思い出話もあったりした。

 

 案内といっても、広い屋敷内をすべて歩き回るわけではなく、あくまで私が利用しそうな客間周辺と、ソーネット家の当主代々の肖像画が飾られる広間や、夜会が行われる予定の特大の大広間みたいなところに限って案内してくれる。

 そうして通される部屋は、どこをとっても壁紙やじゅうたん、調度品ひとつひとつが豪華でまぶしく映った。


 ……本当にアランってお坊ちゃんだったんだなぁ。

 

 そうして見上げていると、ディール様が、


「そろそろ庭を案内しようか。馬車が通ってきた表玄関からの庭も自慢の庭だけどね、それよりもお気に入りは中庭の方なのだ」


と言った。

 まるで図ったみたいに、ディール様の言葉の直ぐあとに、廊下で頭をさげてディール様のそばにメイドが寄った。

 ディール様が声をかけると、


「お話中、申し訳ありません。ミカ様のお召し物のことでお話があり、お付きの方とご相談したいのです」


と答えた。ちらりと寄越された視線に、私は頷くしかなかった。


「マーリ、行ってきてくれる?」

「まぁ……ミカ様は……」


 呼ばれて戸惑うマーリに、ディール様が「私がいるからね、庭を歩くだけだし、そこまで警戒しなくてもいいと思うけどね。マーリ、過保護だねぇ」と笑う。

 私も「大丈夫だよ。それにドレスとか準備のことを把握してもらってる方がありがたいし」と答えると、マーリは一礼して、呼びに来たメイドと共に下がった。


 ディール様と私の二人だけになる。

 廊下がすっと静かになった気がした。

 ディール様がまた歩き始める。

 きっと中庭にでも行くのだろう。

 その迷いない足取りを追う。

 

 廊下から渡り廊下へ、そして、中庭に続く石畳が見えた。

 そしてその石畳の道沿いに植えられているのは、バラの木だ。

 花の頃は過ぎているけれど、枝葉を伸ばすそれらは、アランの館で見るものと似たものだ。

 

「バラ……」


 つぶやくと、ディール様が足を止めた。


「あぁ、先に来てたみたいだ」

「え?」


 ディール様の腕が、私に指し示すようにして上がり、バラの木々の小道の先にある常緑樹の低木のあたりを指した。

 指先が示す木陰に、白色のたっぷりと布をとった魔術師の服に身を包んだ人が見える。

 遠目でははっきりとは見えないけれど、その服の周りに風に揺れるのは長い白銀の髪にはっとする。表情までは伺えないものの、片目に黒い眼帯をしているのが遠目でもわかった。


「……リード様」

「正解。私のもう一人の弟だ。知ってるかと思うけど、彼は魔術師だからね」


 前に会ったときはリード様は全身黒色とはいえ普通のこちらの衣服を身に着けていた。今日は明らかに魔術師としての長衣。

 上級魔術師だと説明されていたけれど、魔術師としての衣服なのは初めて見る姿だった。

 

 ……彼がどうしてディール様の中庭で、まるで私たちを待っているかのように立っているんだろう。


 ディール様の顔を見上げると、彼は口元は笑みをたたえているけれど、その目は決して笑ってはいなかった。

 

「ミカ」


 低い声で呼ばれて、その声に思わずビクッと身体を揺らしてしまった。


「薄々気づいていると思うけれど。今日はアランがいないのを承知で、呼んだんだよ」

「……どうしてですか」

「リードに調べてもらいたいことがあったから。ミカ、あなたのことでね」


 静かにそう告げられて、私は不安に駆られながらも、負けたくなくてたずねる。


「何を調べたいんですか?……魔術師からの審問は、すでに終えていると思いますけど」


 強い気持ちでそう聞き返したというのに、ディール様は軽く肩をすくめて、


「アランから、聞いているだろう? あなたに流れるという微力の魔力のことを」


と、逆に問い返してきた。その物言いに、私は一瞬息をのむ。

 ディール様は私の心の動きを読むようにして、今度は諭すような口調で言った。


「怯える必要はないよ。ミカを疑っているわけではない……今は、ね」

「……」

「今後も疑う必要がないように、調べたいんだ。だから、リードを呼んだ」

「どうしてアランがいない時なんですか……私に流れるという魔力のことはアランも知ってるのに……」


 おなかに力をいれて、一生懸命言い返すと、ディール様は少し目を伏せた。


「今、……ミカがこちらに来ている間に、アランの館の方にも調べを入れている」

「え?」

「できれば何もなく、穏便に済ませたい。疑われたままでいるのは、ミカもいやだろう?」

「ちょっと……ちょっと待ってください! 館の方にも調べを入れてるって……それってどういうことですか?」


 グールドさんやドーラ、キース達の館にいるみんなのことが一気に思い出される。


「館のみんなを疑ってるんですか、何かよくないことを考えて私に魔力を注いだとでも!?」

「疑いたくないから調べるんだ」

「最初からだれか悪意を持った人間がいると決めてかかってるから、アランのいないときにそんな調べる真似をするんじゃないんですか!」


 私が抗ってそう言い返そうとすると、ディール様が首を横にゆっくりと振った。

 そうして静かに言った。


「ミカ。君次第なんだよ。たいして時間はかからないらしい……その身体に流れる魔力の出どころを突き止めるために協力をしてくれ。そうでなければ、疑いが晴れない。魔力が誰に注がれたのか、その者がどういう意図であったのか明らかにされなければ、ミカの存在を否定をする貴族連中に『ミカは他国からの間者だろう』という疑いの餌を与え続けてしまう……それは結局、ミカ、そしてアランの破滅につながるんだよ」


 息をのむ。

 ディール様のまなざしが私に注がれた。


「すべての可能性について調べる必要があるんだ。アランが不在のときに洗いざらい調べ上げている結果でなければ、今度はアランが隠蔽を疑われるだろう。館の者やミカをかばったと」

「かばう……」

「そう。だからあえて、アランがセレン殿下の視察に同行していて不在であるという公けの場を作ったうえで、こうしてミカを呼び、アランの館にも取り調べの者を今入れているんだ――……。今、私たちと、あそこに見えるリードだけのように思えるこの場所は……」


 ディール様がそこで少し言葉を切った。その目が少し細められ、私から視線をそらしたように思った。

 これから言いにくいことを告げることを示すような表情に、私は身構える。

 

「……今、我々は、幾多もの監視の者、貴族たちが入れた間者に見られている」


 ぞくっとした。

 強くなってきた日差しの元で生き生きと枝葉を伸ばす緑、手入れされて美しく咲き誇る花々、意匠を凝らした石畳やお屋敷の風景――綺麗で美しいこの場所なのに。

 この光輝く場所の、その隙間、その陰、館の窓々……影と闇から数え切れぬ視線が私に注がれてるのを想像して、鳥肌が立った。

 たくさんの、目。目。目。目―――……


「当主として、屋敷に立ち入ることを私が認め、結界を特別に解いて、『招いた』者たちだ……証明するために」


 立ちすくむ。震えそうになる身体を、自分で自分を抱きしめるようにして腕を組んだ。


「ミカ……」

 

 呼ばれて顔をあげると、ディール様の目が一瞬痛ましげに私をみた。


「……マーリは、何もしらない。純粋にミカのためについて来たんだろう」


 その言葉を聞いて、先ほどのディール様の「味方がいて良かった」という呟きが思い出された。

 そうして、気づいた。

「味方がいて良かった」ということは、つまり、この人は……私の味方にはなってくれないということでもあるんだ。

 

「ミカ、了承するね? 館の者のために、アランのために……わかるね?」


 ディール様は確認するように問うたけれど、私の返事を待ちはしなかった。

 そのまま、優雅に優しく穏やかに……紳士がエスコートするように私の背中に手を軽く添えて、リード様が立つ木陰の方へと押し出したのだった。

 

 

 強くなる日差しの下、木々は濃い影をつくりあげていた。

 それは、きっとアランとであれば涼やかな場であったのだろうけれど――……今は、とてもひんやりとしていた。


 

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