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46 強くなる日差しの下で 1 (ミカ)

ミカ視点。

久々の更新になります。第三章と第四章のあいだに「第三章までのあらすじと人物紹介」があります。

参考にしていただけたらとおもいます。

 

 誰かを好きになって思いを告げる……日本でも経験したことがなかった。

 好きだなって思う男子がいても、ちょっとドキドキして目で追うくらい。

 そんな私からすれば、漫画や映画の恋愛モノを見聞きしたり、それこそ友達から聞かされる惚気だとかから想像してたのは、思いを告げ合ったら、いっきにいろいろ親密になるんじゃないかなってことだった。

 

 でも実際はもっと静かだった。


 私の気持ちを伝えて以降も、アランは変わらず食後にお茶の時間をとり、夜が更けてくると私の部屋まで送ってくれた。

 そして、一歩も部屋の中に足を踏み入れることなく、ただ開いた扉の前で私にそっと軽く口づけを落とした。

 夜によっては、切なさを含んだ目で見つめてくることがあったれど、彼が紳士的な態度を崩すことはなかった。

 だから私はそこに漂う熱に気付かぬふりして、ただ彼の優しい口づけを受けて、「おやすみ」と挨拶し扉を閉めつづけた。

 朝がくると、身支度を終えた後に朝日の差しこむ食卓で食事をし、マーリやグールドさんや他の使用人と共に、馬上のアランを見送る……そんな穏やかな日々。


 アランも私も眼差しをかわしあうたびにぎこちなく微笑んで、でも互いのそのぎこちなさにさえ照れてしまう具合だった。

 口元がほころんでしまうような甘い香りが、たえず私たちの間に漂っているみたい。

 でもこんなに親密なのに、聖域の岩壁で海をみながら語りあった、存在と未来を危ういものとするような話は一切しなかった。

 


 フレア王国に自分がいることを受け入れられなかったときは、あんなに長く感じた一日一日が、自分の今を受け入れて、ここで生きていこうと思ったとたんに、一日があっといまに過ぎると感じるようになった。


 毎日毎日が、指の隙間から零れ落ちる砂のようにするすると過ぎ去ってゆく。

 爽やかな初夏の風から、日差しはますます強くなってゆく。


 初夏の頃のバラの見頃は終わりを告げた。

 遅咲きや四季咲きのものは花をつけているけれど、私の部屋から見下ろすキースが手入れするバラ園の花は、だいぶひっそりしたものとなった。

 懐かしい日本のような湿気や梅雨はないものの、日差しだけは強くなり気温も上がってきて、「夏」だと感じる時期へと変わっていく。

 

 それとともに、アランのこの館の中が少しずつ、手が加えられていくのにも気付いた。

 上階のカーペットだとか、調度品だとか……。

 日を追うごとに、少しずつ整えられていく館の内部。

 私がたずねると、ドーラが豪快な笑いと共に、「ミカ様とアラン様が晴れて夫婦となった時のために、夫婦としての揃いの夜具やリネン類などが仕上がりはじめているんだよ」という話してくれた。


 婚約者としての立場と共に、私とアランが共に生きていくと――結婚する未来。

 そんな未来にむかって、確実に進み始めていた。


 

 ***



 心地いいブラシの感触。

 毎日マーリがブラッシングしてくれる、夜のひとときだ。

 特に今晩は、アランが王城に宿直ということでおらず、夜のお茶の時間がなかったため、久しぶりにマーリが髪や身体全体を香油で揉んでくれることになった。

 先ほど髪をブラシしてくれ、次は香油を塗り込んでくれる。


 とはいえ、今まで手先や足のかかとなどの手入れで、さすがに身体はなかった。でも今日は寝台に横になるように言われ、最初は躊躇した。

 するとマーリは目を潤ませて、

「婚礼まで数カ月から一年かけて、花嫁は肌を準備するのが通例です」

と訴えてきたのだ。


「マーリって学者さんの娘で……侍女というわけではないんでしょう?なのに、どうしてこんなに私にいろいろ尽くしてくれるの……こんな肌を整えることまで気にかけてくれて……」


 身にまとうのが薄布の下着姿になり、マーリの誘導によってうつ伏せになりながら、私はたずねた。すると、軽装にエプロン姿になったマーリが私の背に香油を垂らしながら、笑いつつ背をさすってくれる。


「最初は……古語を話す女性ということに興味があって、侍女をお受けしたんです。古語を扱う女性なんて少ないですもの。お会いしてみたくて」


 そこまで言うと、マーリは語気をつよめた。


「でも、今はミカ様の必死にこの館で居場所を作っていく態度に魅かれているんです」

「居場所は……アランが作ってくれているだけだよ」

「そんなことありません!ミカ様」


 マーリが優しい手付きで、私の背から肩にかけてに香油を広げながらすりこむようにマッサージしてくれる。花の香りが広がる。

 その時、マーリが声をひそめて言った。 


「私、何度も想像したんです。ミカ様と同じような状況に自分がなったらどうなるんだろうって――……」

「マーリ」

「私にもすべて知らされているわけではありませんので、よくはわかりませんけれど……ミカ様は私の想像もつかないような、このフレア王国の歴史とはまったくちがったところからここにいらしたのでしょう?」


 マーリの声がひっそりとしたものになった。私は返事ができずに詰まる。

 そんな私をおもいやってくれるように、マーリの手がゆっくりと私の背を撫でた。 


「お答えにならなくて構いません。私にとってもそれを探求することは禁忌にあたりますし、ミカ様のおかれている立場を解明する魔力もありませんから。ただ……遠くの地からここにいらして、それで誰も知る人のいない中でこの館で暮らすことになって、言葉も古いものしか話せなくて――……そんな状況でも、本当に明るくて、いつも背筋をのばしているミカ様を、応援したくなりました。こうしておそばにつかせていただくうちに、誇らしくなったんです。それは真実、本当のことです」


 私が少し顔の向きをかえると、マーリが私を覗きこむように顔を近づけてくれた。そうして微笑んだ。


「それに髪へのブラッシングとか肌の調子を整えるようにするのは、単に私の趣味で特技なんです。こうして香油を塗りこんでミカ様が気持ち良さそうにしてくださいますと、嬉しいんです」

「……うん、ありがとう」 

「アラン様のお立ち場とフレア国の通常の流れを考えると、もうしばらくするとまず婚約披露の前にミカ様のお披露目の夜会がもたれることになるはずです。いろんな準備が行われていくと思いますけれど、ミカ様は、アラン様との仲を深めること第一に考えて、その他のことについては悠然と構えてらっしゃればいいんですよ!」


 マーリは励ますように、ちょっと声を強めてそう言ってくれた。


「うん、そうだね」


 悠然と構える、それが難しいんだけど……。

 すべて準備してもらって、仕えてもらって、でもおどおどせずに堂々と与えられるものを受け取ってゆく。そういう立場に慣れていかないといけなんだよね。

 自分の生まれ育った日本での暮らしとどんどんかけ離れて、それを「受け入れて」いけるんだろうか。そんな不安が広がって、私はそれを吹き飛ばしたくて無理に口角をあげ言った。


「マーリ、この香油の香り、好きだなぁ」


 甘えるようにそう言うと、マーリが「ミカ様のお好みに合って、良かったです!」とはずんだ声が響いた。

 ……そう、こうして今を味わっていかないと、ね。

 私は香りに身をゆだねるようにして、目を閉じた。


「今日はアラン様が宿直でおられませんからね。ゆっくりと時間をかけてお手入れできます」

「最近、毎晩、お茶の時間つくってくれてるから」

「アラン様はミカ様との時間が楽しくて仕方ないんですよね」

「そうかな」


 マーリの言葉になんだか恥ずかしい気持ちになり頬が熱くなってくる。


「そうですよ、アラン様ったらご帰宅したら真っ先にミカ様のご様子を気になさいますし。ミカ様が中庭にいたりしたら、ちょっとご機嫌ななめになられたりして」

「私が中庭にいたら、不機嫌になるの?」


 たずねれば、マーリがふきだした。


「いえ、中庭のせいではなくて、キースと話してたらってことです。ほら、ミカ様はキースとよくおしゃべりされてるでしょう?」

「え、キース? あぁ、古語が話せるから……つい話しやすくて」


 私がそう答えると、マーリは驚いたかのようなうわずった声をだした。


「そんなにキースは古語が上手なんですか? 私は、一度も彼が話してるのを聞いたことがないんですけど」

「凄く上手いというか、マーリみたいに普通に話せるよ。あ、でももともと寡黙だからね」


 わたしは笑いながらそういって、背後のマーリに顔をむけた。私は自分の目に飛び込んできたマーリの表情に思わず息を止める。


「どうしたのマーリ。すごく真剣な顔して……」


 私が声をかけるとハッと我に返ったように瞬きしたマーリは、取り繕うかのように首を振った。


「いえ……。古語をそんなになめらかに話せる者は希少なので……驚いてしまって」

「マーリもアランもスラスラ話してるけど……」

「それはアラン様は貴族様ですし、わたしも育った環境のせいですわ。通常はなんとなく意味がわかるくらいなんです」

「そっか。キースも実は貴族の生まれだとか何かあるのかもね。もし気になるなら、どこで習得したか聞いておこうか?」


 私がそう聞くと、マーリはいっかに首を横に振った。


「そんな、キースと一緒に話す時間を増やしたとなったら、アラン様がどんなに焦った顔をなさいますでしょう!」

「大げさだよ」

「忘れてください、きっと貴族につかえるに当たって猛勉強したかなにかですわ。キースについてよりも、ミカ様はアラン様との御時間を大切になさってください」


 勢いよくマーリはそう言って、香油でマッサージする手に力を込めた。ちょうど肩のところを揉まれて、ツボにはまって気持ちいい。


「そ、そこは気持ちいいかも」


 ついそう口にしたら、マーリは明るい声で、


「ここですね」


と力を入れてくれて。

 そのまま、話題はマッサージの話になっていったのだった。



 ***



 数日後、マーリが婚約披露の夜会や私のお披露目ががそろそろと開かれるはずと予想したとおり、アランが私にディール様から手紙が来たと告げた。


「ディール様のお屋敷の夜会?ここじゃないの?」

「えぇ。あなたの後見人が兄のディール・ソーネットとなりますから、形式的にソーネット家本宅であるディール・ソーネットの屋敷で夜会を開かれ、あなたが招待されている貴族方に紹介される形になります。同時に私と美香の婚約披露を兼ねるということです」


 アランの言葉に、私は不安を感じつつ頷いた。アランはそんな私をみつめ、


「何か、気にかかりますか」


と優しくたずねてくれた。

 すっかり私の表情に敏感になってしまって、ちょっと申し訳なくなるくらいだ。でも、隠すと余計にこじれるのもわかっているから、私は素直に話すことにする。


「もし夜会があったとしても、ここで開かれると思ってたから、ちょっと不安で。他のお屋敷なんて行ったことがないし……」


 私の言葉にアランは否定することなく頷いてくれる。


「そうですね。行ったことがないところは不安でしょう」

「ん……でも、きっと、貴族を迎える夜会となると、ここじゃ開くことができないんだよね?」

「えぇ、ここはもともとソーネット家の別館で、規模も貴人を多数お迎えできるほどに整っているわけではありませんから……。開けるとしても内輪の夜会程度なんです」


 アランの説明に、私は頷く。

 私だって、騎士見習い寮の見学をさせてもらって、アランの「近衛騎士団長」としての位の高さや規模もほんの少しだけど想像できるようになったつもりだ。今まで外出といっても街にでただけの私が思うよりも、もっと「お貴族様たち」は豪華で立派な暮らしがあるんだろうと思う。

 その貴族に連なる「ディール様」に後見人にしていただくということは、本当に国の中でも注目されるイベントになるはず。

 私はアランに笑みを浮かべてみせた。  


「大丈夫、まだそんなに自信はないけれど、お披露目してもらう一夜くらい、なんとかダンスも所作も貴族らしく恥ずかしくないように……頑張る」

「私がずっと隣にいますから」

「うん」


 アランの言葉に私は頷く。アランが「隣にいる」といってくれるなら、本当にそうしようとしてくれるんだろう。前にずっと手をつなぎつづけようとしてくれたみたいに。

 なんとなくくすぐったい気持ちでアランの目を見返すと、彼の表情がなんだか引き締まった気がした。私がどうしたんだろうと思っていると、アランがかしこまった口調で言った。


「……これは内々に決まっていることですが、この夜会が婚約披露も兼ねており、この夜会が過ぎれば王から正式な婚姻許可が降りるかと思います」

「婚姻……」

「はい」


 思わず呟いた私、アランがはっきりと頷いた。

 婚約して結婚という流れは当然のことだけど、アランの口から聞くと、本当に間近にせまったもののような気がしてきた。

 

「王から許しが出たあと、様々な準備が必要となり、結婚の式となるまでには短くても一月は必要になります。フレア王国では婚約披露、王の許しが出た後、聖殿から聖魔術の施された石をもらいうけ夫婦揃いの飾りにはめて、婚姻後はそれを身につけるのが通例ですね。形式的なお守りみたいなものです。指輪か腕環、耳飾りにはめこむことがおおいですね」


 結婚指輪のようなものなのだろう、私は頷いて返事をする。


「じゃあ、夜会が終わったら王からお許しがでたら、その飾りの注文をするってことね」

「そうですね。……いろいろと美香と共に決めていくことが増えると思います」

「うん」


 アランがそっと私の髪に手をのばした。黒の髪先をさらりといじる。


「アラン?」

「……無理させているような気がして」


 アランの気遣うような声が私にすっと優しくしみわたる。


「そんなことないよ」


 私がそう言うと、アランは私の髪をそっとそっと切なくなるくらいに柔らかな手つきで二度撫でたのだった。

 


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