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44 青碧の海 4 (ミカ)

 

 馬車が停まったのは、城下の街並みから離れ、人家もまばらな畑地を過ぎた、緑の木々が生い茂る林の入り口といったところだった。

 降り立った前には、蔦の青々とした葉を絡ませる白い大きな門がある。

 空の青さと夏に向かう木々の緑、遠くに見える白い鳥の影。

 門の向こうにも緑の木々が続いているらしく、清涼な空気が満ちていた。

 

「聖地はもっと奥になりますが、この門からはその周囲を守る区域になります。聖域ともいわれますね。広大な土地なので、すべて囲えるわけではないので、形式的な門ですが……」


 アランと私が門に近づくと、不思議なことにギギィと木の軋む音がして、門が開いた。白い長衣をまとった男が一人、門の向こうに立っている。

 暑い日差しなのに、大きな布で身体を覆うように着こんで肌をほとんど露出していないこの姿、たぶん魔術師だろう。

 魔術師について、その実態は私はほとんど知らない。私が接触したのは、フレア王国にきた当初に審問されたとき、魔術師とよばれる数人と何度か顔をあわせて、じっと見つめられたくらい。ほとんど必要最低限しか話さなかった。

 アランの弟のリードが上級魔術師だと聞いてるものの、実際に魔術を見たわけじゃないから、これまた実感がわかない。

 そもそも、魔術師が身に宿す魔力を利用して魔術の術式を編み、なんらかの現象を引き起こすことができる人――とこちらに来た当初に説明されたけど、まずそれがピンとこない。

 

 でも、以前の私は、魔術師や魔力の実態をよく知らないからこそ――日本に帰ることができる可能性であり、希望の存在と思っていた。不思議な力を持つ「魔術師」だとか「聖殿」だとかの人であれば、私を日本に返す方法を編み出してくれるんじゃないかって密かな期待を持っていたから。

 その期待は、皇太子殿下の宣告によって壊されてしまったけれど――。


 少し苦い様な寂しい気持ちを抱きつつ、私は長衣をまとった魔術師を見た。

 魔術師はうつむきかげんのまま、一言も発さず門扉をひらいて私たちが通り抜けるのを待っている。

 魔術師が黙っているように、アランも使用人にいつもいうような挨拶を魔術師にしない。魔術師は黒眼黒髪の私の方もちらりとも見ることがなかった。

 私とアランが通ると、すぐに後ろで門を閉める音がした。

 背後を見ると、もう長衣の姿はすでに消えている。

 あまりの素早さに驚いて、思わず私はつないでいるアランの手をひっぱった。


「今の魔術師さん、もう姿がなくなってるけれど、一瞬で移動できる魔術とかがあるの?」

「転移の魔術はあることにはありますが、前の戦いで禁止された術式になっています」

「あ……たしかガタールという国が転移する魔法で騎士をフレア王国に送りこんできて戦争になったって……」

「えぇそうです。ですから、今は、フレア、ガタール、その他周辺の国々においても、転移の魔術式は封印されています。もともと、膨大な魔力を消費する術なので、そうそう使いこなせるものではないそうですしね。――ですから、開門してくれた魔術師は、ちょうどこちらとは逆方向にある聖殿の方に戻っただけですよ」


 私が「聖殿?」と小首をかしげると、アランは説明をつけ加えてくれた。

 

「聖地を守る魔術師は、この聖域の中にある聖殿と呼ばれる建物で暮らしています。今のは門係で、私たちが馬車で近づいた時点で到来を感知して、ここまで出て来てくれたんでしょう」

「……感知ってすごいね」

「えぇ。でも私の館にも、弟リードの魔術が施してあるんですよ。美香が私の館に住まうことになったので正式に緻密な術式で張っているそうです」

「え?」

「異質な到来者が敷地内に入ると、リード本人が離れたところにいても感知できるそうです。鈴やドアベルのようなものだと、リードは言っていましたが……」


 ドアベル?あの銀髪で片目眼帯、鉄面皮のリード様が、ドアベルって説明している姿が想像つかない……。

 でもそっかぁ。私がどうしてアランの館に謹慎していたのかなぁとも思っていたけれど、そういう魔術がかかっているからなんだ。 


「まぁ、異世界から来た私を狙う者もいるかもしれないし、フレア王国にとって不審人物そのものの私が勝手に消えるのを防ぐためにも、見張り番の『ドアベル』は必要なんだろうね」


 私が苦笑してそう言うと、つないでいるアランの手がぎゅっと力を込めてきた。


「――すみません」

「アランがあやまることじゃないよ。アランは、あの館で、まったく正体がわからない状態のときから、本当にできる限り大切に扱ってくれたと思ってるもの」


 そう答えたけれど、アランの手の力はゆるまず、それからは互いに黙ったまま歩み続けた。

 

 林の小道は少し上り坂となっている。

 頭上は木々の枝が重なっているけれど、そのあいまから木漏れ日が差し込み、歩く道は明るい。

 アランとその淡い光を頼りに坂をのぼっていると、沈黙がだんだんと気づまりになってくる。

 何か話しかけようと思った、その矢先、ふっと私の鼻先を潮の香りが微かにかすめた。


「潮風……?」


 私が呟くと、アランが少し目を細めて遠くをみるような仕草をした。


「えぇ、潮風です。美香、もう少しですよ」


 アランの言葉に、私もアランの見ている方に目を向ける。

 林の先が光に満ちている。どうやら林の端まで歩いてきたらしい。


「あの向こうに、海が見えます」


 アランにひかれて歩いていく。

 林の木々が低くなってゆき、小道に差す光の量が増えて行く。それと同じくして、微かだった潮の香りがだんだんと強まっていくのを感じた。

 陽光の眩しさに少し目を細めながら林の外にでる。

 いっきに視界が広がった。


「海!」


 私は声をあげた。

 林を抜け出たそこは、ところどころに低木がある草地になっていた。そして、草地は岩場に続き、その岩場の向こうは崖となっている。その下に広がるのは水平線――青い海。

 ――林の坂道は、この崖に続くものだったんだ……。

 

 晴れ渡る空と空の水色をもっと濃くした海の色が私の目の前にどこまでも果てしなくつづいている。

 海は夏の陽光がキラキラとはねかえし、林の中よりもずっと濃い潮の香りと強い風が私の髪やドレスの裾をパタパタとゆらす。

 砂浜や港からの眺める海と違い、高い崖やその岩場に続く高台から眺める海はどこか厳しさを感じるような深い青をしている。なのに見下ろすように海を見てみると、崖のまわりに広がり、打ち寄せる波しぶきのまわりに広がる海の青は、うっすらと緑がかったアランの瞳のような青碧の色をしていることに気付いた。 


「綺麗――……」

 

 続くはずの同じ海なのに、見える色が違う――。青にも群青にも青碧にもその色味をかえる海に、私は思わずそう呟いた。

 声が聞こえたのか、アランがすこしかがんで私の顔をのぞきこんできた。アランの金髪も海からの風に吹かれてサラサラとなびき、光を返している。青い空に金が舞う、その煌めきに私は一瞬息をのんだ。 


「ずっと先に島が見えるのがわかりますか」


 アランの指先が海の方向にのびる。

 その声と仕草にはっとして、私はあわててそれに添うようにして視線を向けた。

 水平線に島がみえた。

 先ほどのユージンのガタール国との戦いで、聖地の島が最初に奪われた話を思い出した。


「もしかして、あれが、ガタールに奪われたっていう聖地の島?」

「えぇ、今はフレアに返還されていますが……。もう聖晶石はとれず、魔力も満ちていない廃墟の島となっています」

「住む人もいないの?」

「フレア王国に返還されて以後、幾人かは警備のために騎士と魔術師が派遣されているぐらいです。もともと聖地の島として、聖殿と選ばれた数人の魔術師しかいませんでしたし」 


 海に見える島を説明してくれた後、今度はアランは私の肩に軽く手を添えて言った。


「振り返ってみてください」


 アランに言われて振り返る。

 すると、振り返った先は、今歩いてきた林の緑や野原――。フレア王国の大地がひろがっていた。

 林に添うようにしてひときわ高くそびえたつのは、白い王城と塔。城壁までは見渡せないけれど、きっとその向こうに城壁があり、さきほどまで私とアランが歩いた城下の街も広がっているんだろう。 

 私の前にひろがる大地は、王城を境にして、片側は緑広がる林や森、その向こうにはかすんで見えるが岩山がある。そして王城と塔の向こう側からは街や田園、ぽつぽつと建物がみえる人の手が入った風景が広がっていた。

 

「ここがちょうど聖域の海側の端に当たります。ここから見える林、その向こうの緑の丘、そして遠く、かすんで見えるのが、聖晶石が発掘される岩山ですね……。この王城からこちらに広がる地が聖域です。聖殿は塔を持たない建物なので、ここからは見つけにくいですが、あの木々が特に茂るあたりでしょう」


 アランの指先がさす方向は、私たちが今歩いてきた道とは逆にあたり方向だった。


「王城はまるで聖域を守るように建っているんだね」

「はい。この聖域による聖魔力が大地の恵みをより豊かにするそうです。この地が汚れれば、結果的には大地に干ばつ、不作が続きます」

「そっか、魔力って形に見えないけれど、すごく影響があるものなんだ……」


 私が背後を振り返るようにしてアランを見上げると、アランは頷いた。

  

「見えずとも音や匂いや風のように重要な存在です。それでも、今、この聖域も魔力が弱まりつつあって、数年に一度、上級魔術師を集めて聖域全体を一斉に浄化する大魔術を行ってなんとか保っている状態です」

「弱まる――?」

「えぇ。さきほど見えたあの島がガタールに奪われ、聖晶石を乱獲されて廃墟と化してから、連鎖するようにこちらの聖地も聖晶石が採れにくくなり、魔力の密度も弱まったそうです」

 

 聖地の島が荒れたら、こちらの聖地も力が弱まった――……。

 その話に、なんとなく私は日本にいるころの、自然環境を破壊することによって地球温暖化が進む話を思い出した。環境破壊って、一つの行動が一つの結果をもたらすのではなくて、自然の恵みの伐採や乱獲に加えて、それを利用する方法が大気汚染や水質汚染をもたらして――……と複合的、連鎖的に進んでいくという……そんな話。

 フレア王国の聖地に満ち溢れている自然の恵み。見える恵みも、見えない魔力という恵みも――一部を乱獲したりすることで、均衡が狂って、全体に満ちていた力が弱まっていくというのはあるのかもしれない。

 

 私がしんみりした気持ちでアランの話を聞いていると、アランはふっと私とつないでいた手をはなした。


「あ……」


 思わず私が呟いたときには――。

 アランの両腕がふんわりと後ろから回されて、私は後ろからアランに包まれていた。

 抱きしめるというほどに力はこめられていない両腕。背にあたるアランの広い胸板。

 林を抜け出てから晒されていた海風が突然止み、アランのぬくもりが背から私をあたためる。

 

 アランが私の耳の傍に頬を当てた。

 柔らかくつつみこむように近づくアランに、私は胸がきゅっと痛くなる気がした。

 甘くうずくような、痛み。


「……どうしたの」

「ときどき美香が――遠くを見つめるような、どこかに消えてしまうような目をするので」


 アランの言葉が囁くように落とされる。

 甘い囁きというよりも、少し辛そうな寂しそうな囁き。

 後ろから包まれて、顔は見えなくても、その声音で伝わってくる――。アランの心が静かに流れてくる。

 いつのまにか、私はアランの声の色ひとつひとつで、こんなに胸が痛くなったり高鳴ったりするようになってる――……。

 

「ここにいるのに」


 私がそう言うと、背から回された腕に少し力がこもり、私の背とアランの胸板が密着した。

 私の鎖骨の少し下に回されている黒い上着のアランの腕に、私は手を添えた。


「美香は、空から落ちてきました――突然でした。それは貴女の意志によってでもなく、本当に偶然に」

「うん」

「おそらく、今、眼下に広がる、あの聖域の浄化をする魔術の失敗で、魔力が暴走し貴女が遥か遠くから引きずり込まれたんではないかと言われています」

「うん――……そうだったね」

 

 私が手を添えているアランの腕が、さらに私を掴むように肩にまわされる。

 まるで、離さない――どこにもやらないとでもいうように。


「なのに――今さら。本当に、今さら、美香にほんのわずかながら魔力が流れていると判明しました」

「え?」

「それが元からあったのか……異世界の人間のことはわからない。けれど、少なくとも、このフレア王国の中枢部は、貴女に誰かがごく微量の魔力を流しこんだと見ています」

 

 中枢部という言い方をしたけれど、それが十中八九、和平の殿下であるセレン殿下……つまり、私に帰還はないと宣言したあの殿下であることは間違いない気がした。


「わたし、そんなの流しこまれた記憶ないよ……」

「わかっています。貴女が偽りを言っているとは思わない――。そもそも異世界人にもともと魔力が備わっているかもしれないともいえるのです――けれど、それは聖殿はじめ皆、わざと指摘しません。異世界があるということそのものを禁忌としているからです。ただ、万が一、誰かが美香を利用するつもりで魔力を流し込み、フレアに送ったのだと断定する者が現れてしまえば――」


 アランの言葉が一瞬途絶えた。


 私は自分に回されているアランの腕をそっとさすった。

 黒い上着――私の瞳の黒色。

 そしてその腕の下には私が来ている青碧色のスカートが海の風に裾をはためかせている。


「私、何か疑われていて……つかまるの?」


 私がぽつりと言うと、アランは首を横にふり、私の耳もとにアランの髪がくすぐるようにこすられる。


「今のところ、魔力といっても微量なので、美香が古語が話せるようになるために誰かが魔力をほんの少し分けたのだろうか……と考えられています。もちろん、ガタールの動きもなく、その周辺の不穏な動きもない。また国内の反乱の話もなく、美香にそれらの類の接触者もいないので、美香がつかまるわけではない」

 

 アランの言葉に私は心の半分ほっとしつつも、では私に他国からの接触があれば、容赦なく捕まるのかもしれないと思った。 

 今、アランの婚約者として立っている私の居場所はすごくあやうい――それは、アランがいくら私を大切に思ってくれて、私がアランのことを好きになったとしても――私が異世界から来たという時点でフレア王国にとって厄介者だから。


 私は後ろから包んでくれる腕を、そっと撫でた。逞しい腕。私を守ろうと精一杯つつんでくれる腕。


「――ねぇ、アラン」

「……」

「私、自分の立場がいつも揺らめいた場所にあるっていうのは、わかっているの。もちろん怖いよ。実際、自分が捕えられたりしたら泣くしわめくし、冷静でいられないと思う。でもね、フレア王国が私の味方でいてくれるとは、正直、思ってないの」


 そう言いながら、私はこの言葉も何らかの魔術で聞かれてるんだろうか、なんて思う。

 きっと疑い始めたら、すべての周囲が疑うべきものになってしまうんだろう。

 私を大切にしてくれたアランの館の使用人たちですら――あの中で王や殿下の命令で私を監視している人間がきっといたに違いないって……疑いはじめたら、きっときりがなくて、顔をあげてるのも辛い世界になってしまう。


 私は一度息を吸った。


「だから、フレア王国が私を監視しても閉じ込めても、日本に返すすべを与えてくれなくても、怒りはあるけれど、裏切られた気持ちにはならない――結局、私は突然現れた異端者にすぎないから」

「美香」

「だけどね。だけど……アランには――……」


 私は言葉を切った。

 これ以上告げることは、アランを縛りつけることになるんだろうか。


 私は目を瞑った。

 昼前に寄った騎士見習い達の整列、アランに向けられる尊敬のまなざし、大きな組織、立場、世界。

 アランの背負っている――……この国においての立場。

 

 続きは、言えなかった。


 ――アランには、私を受け入れてほしいの。

 ――ずっと、寄りそっていいって……頼ってもいいよって言ってほしい。何もかもから、守って欲しい――……。



 アランのぬくもりが私の背をあたためる。

 包んでくれるぬくもりは、あのアランの館のあたたかさそのものだ。

 海風をさえぎってくれるように、本当なら王城や貴族からもっと冷遇されていただろう私の立場を――守ってくれた。そこに、もしかしたらアランなりの身勝手さもたしかにあったのかもしれない……だけど、彼なりに懸命に私のことを考えようとしてくれた。

 そして今、黒眼黒髪のままの私を、すべて受け入れてくれる気持ちでいてくれる――アラン。



 私は、耳元に擦り寄せられるアランの頬を感じて、瞑っていた目をそっと開けた。

 視界に入ってくる――フレア王国。白い王城。緑の聖域。

 アランが騎士として、守る国。


 気持ちが固まった。 


「ねぇ、アラン。お願いがあるの――叶えてくれる?」

「なんですか」

「叶えてくれる?」

「……私の力が及ぶことであれば」

「うん、ありがとう」


 つないだ手を放して――指先がさびしい。

 さするアランの腕は、布越しで。

 さっきの汗ばむくらいの絡んだ手が。

 恥ずかしいのに――すごくすごく、恋しい。

 恋しいよ、アラン。


 ――本当は、もう、大好きになってる。


「もし万が一、私を捕まえなければいけない時が来てしまったら――私を守ろうとしなくていいから」

「み、か……」


 眼下に広がる広いフレア王国の大地を見つめた。

 青碧の海に背を向けている私は、今、私自身が青碧に包まれている。青碧のドレスに。

 亡き父との思い出の青碧の色であり、私を守ろうと心がけてくれるアランの瞳の色に――……。

 私は身も心も包まれてる。


 ――安心できる居場所。

 ――アランの腕の中は、安心していい場所。

 だからこそ。


 私はそっと、もうためらわずに口を開いた。


「もしその剣を私に向けるように命令される時がきたら、迷わないで」


 今はフレア王国にとって邪魔者でない私だけど、もし万が一、そんな疑いがかけられてどうしようもなくなった時が来たら。

  

「私は――近衛騎士団長のアランに拾われたんだから……あなたの手で、私を捨てて。あなたの団長としての使命をまっとうして。これが私の『お願い』」

「美香っ!」

「でも、できれば――何も疑われず、このまま幸せな時が続けばいいよね」


 めずらしく声を荒げかけたアランの腕をさすりながら、私はそっと目をつむった。


「――アラン、好きだよ。不器用なところも――……そうじゃないところも」


 耳元で息をのむ気配がした。

 その細やかな息づかいさえも、いま、私の胸を甘くつつく。

 

 ぐっと一度後ろから抱き締め直された。

 そして、私の鎖骨あたりに回されていた腕が動き、私の身体はぐるりと反転させられ、今度は、アランの胸に今度は顔をうずめさせられるように――強く激しく、抱きしめられていた。

 

「私は――……私は、あなたを守りたい」


 抱きしめて私の身体を抱きこむようにして、絞り出すように言ったアランの震えるような言葉に、私は目をつむった。

 

 ――もう十分、守ってくれてるよ。

 ――私に居場所をくれたじゃない――……。


 だから。

 私がアランの場所を奪うわけにはいかない。

 もちろん、このまま何も疑われなければそれがいいけれど……もしものとき。


「アランが私を守りたいって思ってくれるように……私も、アランを傷つけたくないの」


 アランの心臓の音に耳をすませながら、私は小さく言葉をかえしたのだった。 

  

  

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