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41 青碧の海 1 (ミカ)

第四章スタート。

ミカ視点です。

 


 この異世界に落ちてきてしまってから一年と少し。


 空から落ちて、金髪碧眼の男性に受け止められて――突然に始まった、見知らぬ世界での暮らし。

 ここがフレア王国という異世界であると知り、最初の混乱期をすぎてからは、できるだけ言動には気をつけてきたと思う。

 ――特に王城での審問だとか、近衛騎士団長のアランに対しては。

 言葉は通じたけれど……だからこそ、あなどられるほど委縮しすぎず、かといって暗くなりすぎず。でも、本音が出て万が一にでも要注意人物に思われたりはしないように……とか、心の中で悶々と考えてるところがあった。成功していたかどうかはともかく、ね。


 とはいえ、私が軟禁状態であったアランの館で、使用人のドーラたちや懐かしい黒目黒髪のキース、傍で仕えてくれるようになったマーリや執事のグールドさんとは、けっこうすぐに馴染めたように思う。

 もちろん最初は人によっては「この黒眼黒髪の子は何?魔物?」的な視線を向けたけれど、それは当然ともいえる警戒だと思えたし。

 馴染みやすかったのは、きっと庶民感覚で親しみがあったというのものあるんだけど、そもそも彼らが直接、私に何か危害を加える可能性は低いと思って、私自身が気をゆるして甘えられるところがあったんだ。


 それに対してアランには――……空から落ちた私を受け止めてくれたことに感謝しつつも、正直なところ、騎士団長の立場である彼が私にどういう処置を与えてくるかわからないと思っていて、どこか心の奥底で警戒しているところがあった気がする。

 半年すぎた頃には、いつのまにか軽口を言い返したりもするようになっていたけれど、それでもいつも、会話の合間に、日本に帰れる糸口はないか――って探ってた。

 同時に、私のこれからはどうなるの、フレア王国は私をどんな風に扱うつもりなの――って不安な気持ちを抱えていた。

 そういう弱い心をはねかえしたくて、あなどられたくなくて、明るく演じてたところも……実は大きい。

 結局のところ、私は、必死だったんだと思う。

 

 時がすぎるうちに疑いが晴れたのかなんなのか、館内や庭を歩けるようにささやかとはいえ自由をくれたり、家庭教師をつけてくれたりして、少なくともすぐに追放だとか牢屋行きだとか、拷問だとかそういうことにならなかったことにホッとしたけれど。


 ――でも、何かわずかでもこの均衡を破れば、私は、きっとこの目の前の金髪碧眼の綺麗な騎士様の腰に下がっている、長い長い剣で――……コロサレル、カモシレナイ。

 

 そういう恐れをどこかで抱えている自分がいた。

 アランから殺気を感じたことはないけれど、その向こうにあるフレア王国の王城がそういう気持ちにさせていた。

 今、和やかにアランの館で暮らせているのは、拾ってくれたアランが、人として婦女子に優しく接してくれる紳士的態度の人で「幸運」だっただけって、気付いていた。 

 風向き次第で、どうにでもなってしまうのが、この場所での私。

 この世界に安心できる居場所はきっと――ない。


 なら、生きのびて帰るチャンスを待つしか道はないよね。笑って、明るく、時期を見定めるしかないじゃない――そう強気でいようと思っていた。

 ありがたいことに、家庭教師なんかつけてくれて、出歩けなくても知識だけはつける機会を与えられて。ダンスや行儀作法なんかも指導されている。

 これも生きていく力を付けるチャンスだって――肯定的に思い込んで。

 明るく前向きに、いつか帰るために生き延びていこうって、無理にでも自分を元気づけて、顔をあげていた。

 もちろんその中に楽しいこともあったのはわかってる。ドーラたちとの出会いも、マーリが髪を梳いてくれるあたたかな時間もあった。

 決して、悲劇のヒロインってわけじゃない。大事にされていたのも、真実。すごく感謝している。

 だけど――それでも、自分の中で信じて委ねきれない何かがあったのは確かで。

 すくなくとも私は元の世界である日本に、父を亡くしてからずっと二人で暮らしてきた母を「たった一人」にしてしまった心配と罪悪感や、日本を恋しく思う気持ちを抱えているのも本当で。

 

 きっと、揺れ動くきもちに、――限界も来てたのかもしれない。


 

 だから、アランとの婚約が決まって外出できるようになったり、帰還の可能性がないと突きつけられたり、アランの気持ちを打ち明けられたりして――。

 あの綺麗に光を宿す青碧(せいへき)の瞳が、優しく甘やかすように見つめてくれて。

 包み込むように、どんな荒ぶれた気持ちが私から吹きだしても受け止めて許してくれるんじゃないかって信じられるような、そんなあたたかで深い眼差しをむけてくれたら……。

 私の中でも、蓋をしていた抑えていたものが……涙や悲しみや、そして誰かに頼りたい、信じたいっていう気持ちが抑えられなくなった。


 ぽろぽろと零れ出ていく。

 あふれて私の小さなしぼんだ心じゃ受け止められなくて――信じたい、頼りたい、帰りたいけれど――帰れない。矛盾、絶望。

 ここで生きていくなら――強く、誰かと絆を結びたいっていう、望み。


 本当なら、見習い寮でのことの感謝を伝えるだけのつもりだったのに。

 溢れてきた気持ちは、本音になって小さい呟きになった。


 『でも、そんな不器用なところ――……好きだよ』


 ぽろり。

 心が言葉になった瞬間だった。



 落下してくる私をその全身で受け止めてくれた金髪碧眼の白い騎士服の煌びやかな姿をした人は――。

 近衛騎士団長で、皇太子殿下付きで、剣が上手で、部下や騎士見習いたちの憧れの的。

 楽器が下手で、29歳にもなって女の子が喜ぶデートの仕方も知らなくて、お兄さんや殿下に簡単に私を預けてしまう癖に――私を守ろうとしてくれる矛盾を抱えた人。

 好きだと言ったり、無理にキスしたりもしたのに――私の心に寄り添おうとして、時間を作ってくれる人。

 約束したからって、ずっとずっと私の手をつなぎつづけようとしてくれる――不器用な人。

 

 騎士団長なのに、一番に守らないといけないのは王様とか皇太子だとか王城に連なる人々を守るはずなのに。小娘の私にだって、わかるのに。

 なのに必死に私を。

 このフレア王国という国の中で立場が定まらない私を、「婚約者」という形にして、守ろうだなんて無茶をする人。

 

 ―――ねぇ、アラン。


 私、あなたのその――コロサレルカモシレナイって怯えたことがある、その長い煌めく剣で、私に放たれた悪口くらいで、名誉を守ろうって戦ってもらえる日がくるとは思わなかった。

 埋め込まれた輝く石を見せてもらいながら剣の魔力について優しく説明される時がくるなんて、想像してなかった。

 信じたい、信じられる――。

 


 ――胸が、痛い。貫く痛さじゃない。甘くて疼くような切ない痛み。 

 ――……胸が苦しいよ、アラン。



 *************




 アランに連れられて、二度目になるシエラ・リリィの衣装店は、やはり煌びやかだった。

 色とりどりの布、きらめくガラス玉のビーズ。レースやリボンの繊細な手芸品が飾られ、ちょうど昼間の明るい日差しを窓から受けて、店内はひときわ明るく美しく思える。

 今までアランといたのが、質素な騎士見習い寮と剣や槍の音が響く稽古場だったんだから、なおさら衣装の店はまぶしく思える。


「ようこそおいでくださいました。ドレスの方はできております――ミカ様はどうぞこちらへ。アラン様もお召し替えなさいますね?」


 銀髪の長い髪を今日は片側に結いあげた中性的な美貌のシエラ・リリィさんは、アランの頷きを確認すると、私を前と同じに二階の部屋へと促した。

 

 アランと私の手がするりと離れる。アランの青碧の瞳が私の顔を見つめて口をひらいた。

 

「……楽しみにしています」


 彼はそう私に言葉をかけてくれながらも、少し何かいいただけに一度軽く瞬いた。そんな瞳の中に、まださっきの私の呟きへの問いかけが混じっている気がした。


 『でも、そんな不器用なところ――……好きだよ』


 さきほど私の口から零れた言葉は、アランに聞き取られてしまっていたに違いなかった。あの直後から、アランはずっと私の表情を窺うように見ているもの。

 その表情に、私は胸がまた疼く。


 ――ごめん、アラン。もうすこし……もう少しだけ、待って。

 ――私は……まだあなたが私を想ってくれるだけの強さを返せるだけの自信がない。

 

 だけど、自分が口にした言葉に嘘偽りがないのも、私はもうわかっていて――。

 私はアランの瞳を見返して、微笑んだ。

 伝わらない事を承知で気持ちを込めて、言った。

 

「少し待たせてしまうかもしれないけれど――……ごめんなさい」

「いえ……」


 予想通り、アランは私の言葉を着替えのことだと受け取って軽く首を横に振り、その青碧の瞳に優しい光をにじませてくれる。

 私の隣でシエラ・リリィさんが私に囁いた。


「大丈夫ですよ。アラン様にとって、待つ時間もまた甘美な楽しみなはずですよ」


 それはとても柔らかく優しい声音だった。

   


 ***********



 着替え室は、前に来た採寸の時の部屋で植物や花が飾られた明るい部屋だった。

 そこでドレスを見せられる。 

 出来上がったドレスは、前に選んだ赤い生地のドレスと、アランの瞳の色のような生地の青碧のドレス。

 夜会用で胸元が開きぎみで裾も長い。華やかなボリュームがあるスカート部分。色も今まで身につけたものよりも鮮やかな感じがした。

 

 ――こんなの着て本当に夜会に出て踊れるのか、すごく心配なんだけど……。

 

 そう思いつつも、試着してみる。夜会用は、下着のコルセットの紐をぎゅうぎゅう締めるとダンスの先生から聞いていたけど――本当にギュウギュウされてしまって苦しかった。アランと夜に甘いもの食べてるせいもあるのかも……ちょっと反省。

 ただ着てしまって姿勢を正せば、だんだん慣れてくる。下着で苦しかった腹部から胸も呼吸が落ち付いてくると微笑むだけの余裕はでるようになった。

 それにサイズの細かい確認やら補正をしてもらい、髪飾りや小物合わせをしていると、気持ちがはずんだりもする。


 ――アランに着た姿みてもらうんだよね……。


 そう思っていたら、赤い方も青碧の方もシエラさんだけが確認に来ただけで、脱ぐことになってしまった。


「あ、あのアランには……」


 自分から「見てもらいたい」なんて言うのも恥ずかしくて言葉を濁すと、お針子さんの女性たちが、ふふふっって何か照れるような含み笑いをした。

 そしてお針子さんの女の人が、奥のクローゼットから――もう一枚の青碧のドレスを持ってきたのだった。

 夜会用とは違い、胸元は開いておらず丈も短め。何よりスカート部分のボリュームが抑えられていて、どちらかというと今自分が着ているものに近いタイプのドレス。

 青碧だけれど、夜会用のような華やかな色合いではなく、もっと深く優しい青碧だった――まさにアランの瞳にそっくりな。


 目の前に広げられて、私は戸惑いつつお針子さんたちの顔を見る。


「あのこれは?」


 私の言葉に、お針子さんは微笑んで説明してくれた。


「お昼間に気軽にお召しになっていただけるドレスです。今日はこちらに着替えていただいて、お待ちになっていらっしゃるアラン様のもとにお連れするようにと申し使っております」


 私は思わぬことに驚いて、お針子さんの顔をまじまじと見つめてしまった。


「あ、あの。でも今日こちらにきてきた水色のドレスも……マーリが、あ、私についてくれている侍女なんですけれど、その人が用意してくれたもので」


 しどろもどろに話す私に、お針子さんたちはくすくすと笑う。その笑い声は決して私をあざ笑うような声色でなくて、本当に明るくて屈託のない声だった。


「実は――そのマーリさんと、アラン様の館の執事の方からのご連絡だったんです」

「え?」

「もちろんアラン様がそれを御承知になったからこそ、お作りしたわけなんですけれど……お作りするには、いろいろな小物や刺繍などの細かい注文もありますが、マーリさんがいらして、ミカ様に似合う形を共に考えてくださったのです。私どももとても楽しませていただきましたわ」


 お針子さんたちが、顔を見合わせるようにして微笑みながら、口ぐちに話し始めた。


「前に来てくださったときも、ミカ様、私たちにとても優しく声をかけてくださって、きっと館の使用人のことも大切になさっているとは思っていたんですけれど、本当にそうなんですね」

「長く針子をしていますが、あんなに熱心に『秘密ですから、驚かせたいんです』と侍女の方がいらして女主人のドレスを考える姿初めてでした」

「本当に。ミカ様がどれだけ慕われているかが伝わってきましたわ」


 針子たちの言葉に、私は面食らって――そして胸がぎゅっと熱くなった。侍女のマーリ……そしておそらく執事のグールドも動いてくれたに違いない。

 

「夜会にはまだ出られたことがないから、まずはアラン様の瞳の色のドレスは日中にお召しになるものから用意する方が良いと侍女の方は考えられたようです」

「賢明ですわ」


 お針子さんたちの言葉に、私は思わず「えぇ、マーリはとても賢い女性なんです」と口をはさんでしまった。そんな私に、皆が頷いてくれる。

 

「私たちも、侍女の方の熱意にこたえたくて、いろいろと案を練ってみたんですよ」

「アラン様の上着の縁刺繍の色とお揃いにしたりして、趣向をこらしているので、きっと気に入ってくださると思います」


 促されて袖を通す。首元から小さな釦を留めてもらいながら、自分のからだにぴったり添う柔らかな生地の感触と、その優しげな色合いに感嘆の息をついた。

 

「お苦しくないですか」

「はい……ぴったりです」


 袖はふわりと丸く可愛らしい。胸のすぐ下で切り替えになっていて、スカートはあまり広がらない形になっている。色は深く青碧で目を引く色合いに見えるけれど、布が柔らかいでいやな派手さはない。またレースや刺繍にオフホワイトの糸が使われており、優しげな落ち付いた印象だと思った。

 

「お似合いですよ」


 鏡の前に立たされて、私はドレス姿の自分を真正面からみることになって――それほど変に見えないことにホッとしたのと同時に、その色合いがあまりにアランの瞳のように感じて……照れた。


 ちょうどその時、耳元で髪にリボンを編みこんでくれたお針子さんの一人が、すこし頬を赤らめて言った。


「まさにこの青碧の布は……アラン様の瞳の色ですね」


 自分が思っていたことだったので、私は頷く。すると、そのお針子さんは鏡越しに柔らかな微笑みの視線を私に注いだ。


「瞳の色をまとうのは、その瞳の色の御方と『いつもそばにいたい』という気持ちを表しているのです」

「え!?」


 瞳の色の布をまとう――それがそんな意味を持つなんて、私は当然知らなかった。目を丸くして鏡越しにお針子さんを見ると、両肩をやさしくぽんぽんと叩かれた。


「大丈夫ですわ。きっとアラン様は大喜びなさいます」

「そ、そうでしょうか……」


 不安いっぱいになってきて震えるように返事すると、もう一度、肩を叩かれた。


「自信をお持ちになってくださいませ」


 励まされて、私はアランの待つ部屋へと案内されることになったのだった。

 

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