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38 知らざる姿 6 (ミカ)

 


 大きく風を切る音と、鳴り響く馬の蹄。

 砂埃が舞い上がる中に陽をはねかえして煌めくアランの金の髪がなびき、一瞬だけ金属音が聞こえた。

 その高い音をかき消すように馬の嘶きが空気を震わせる。


 アランは片手で馬の手綱をあやつり、身をかがめそのままバリーの懐に飛び込むように一直線にバリーに近づいた。バリーも近づくアランを阻むように、槍で突くように牽制しながら馬を勢いよく前進させてくる。

 舞い上がる粉塵の中、白と金の光を跳ね返すようなアランが乗る馬の速度が上がる。

 馬の蹄の音が重なりあい、まるで地響きのよう。

 一瞬バリーの横を通り過ぎる、煌めくアランの剣。

 

「……っ!」


 槍の鋭い切っ先がアランの身体の横を通りすぎたように見えて、私は息をのむ。アランの上着を握る手に自然と力がこもった。

 

 馬上のアランは、突きつけられるように振るわれた槍を、剣で軽々と跳ね上げて防ぐ。バリーの上体が一瞬揺らいだが、たてなおし、また槍をふりあげようとするところを、アランは上手く片手で手綱をあやつり、いったんバリーの馬から距離をおいた。


 二体の馬に距離ができて、少しほっと胸をなでおろす。

 

「ミカ様、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


 ふと、どっしりとした温かな声が隣から聞こえた。

 見上げると、ユージンが男らしい太い眉を少し下げて笑っていた。


「ミカ様はアランの強さを御存知ないと見える」

「……戦うところを見るのは、初めてです」


 私が小さな声でそういうと、ユージンは「そうですか」と笑みを深くした。

 それから少し私の方に屈み、鞘を持っていない方の手でアランとユージンの方を指さした。


「バリーの槍を持つ手、少しずつ震えているのわかりますか?」

「え?」

「アランは単に防いでいるように見えますが、あぁやって槍をよけながら攻めてるんですよ」

「攻めてる……?」


 私はユージンの言葉がいまいちわからなくて、馬上でバリーとアランが槍と剣でうちあったり、距離をとり合ったりしているところを見つめる。私の目からすると、バリーの攻めをアランが剣で防いだりかわしたりしているように見えて「攻めている」ようには見えず、首をかしげた。

 そんな私に、ユージンはゆったりとした口調で説明してくれる。


「剣にしても槍にしても、ぶれにくく力が伝わる良い場所というのがありましてね。武器の心というべき箇所があるもんなんですよ」

「武器の心ですか?」

「えぇ。アランはそこでね、確実に攻めている。剣の一番バランスの良く威力のでる一点を確実に槍に当ててバリーの攻めをかわしつつ、その剣で与えた衝撃でバリーの手元が狂い、身体を支えるバランスが崩れる瞬間を見極めてるんです」


 ユージンの説明を受けて、もう一度、目を細めるようにしてアランを見つめる。

 たしかに、砂埃の向こうで風に揺らめく白のブラウスのアランの上体は、少しも乱れていないようだった。すっと伸びた背筋をみるだけでは、まさか片手だけで大きな剣を支えているとは思えない。

 反面、アランの向こうに見えるバリーの姿は、槍を上げ下げするたびに上体が揺れているように見えた。


「アランは騎士としては大男の体型ではない。そんなアランが騎士団長の座に就けるのは、最小限の動きと力で最大限の効果を引き出すような戦い方を常に心がけてきたからなんですよ。バリーみたいな派手に槍を振りまわしたがる奴にはウケないような地味な戦い方ですがね。剣技の披露の時はもちろん派手な技もみせるが、本来のアランは細やかで着実な動き方をするんです」


 ユージンはそっと私とは逆の方にたっていたロイを手招きした。


「おい、ロイも良く見とけよ。アランの本領がもうすぐ発揮されるぞ。ミカ様もよく目をこらしておいてくださいよ。アランはほんの少しの動きで確実に仕留めるんでね、神業ですから」


 ユージンが指さした方を私は頷いて見つめた。




 それはほんの瞬く間だった。


 なぜか風が止まったように感じ、砂埃に息がつまりそうな空気も、馬の嘶きも、ざわめく人の動きもすべてがなにか清冽な音に制圧されたかのような静寂に一瞬場内が包まれた。

 同時に、目の前で、金色の髪が揺れ、風が通り過ぎるのような目に捉えられないような早さで、アランはバリーのわずかに上体が傾いてしまい無防備になっていた右側に入り込んだかと思うと、その一瞬、腕を軽く振りあげたように見えた。

 わずかにキィィンという一度だけの金属のしなる音が響く。

 音と共にバリーの手から長い槍が跳ね上がった。

 大きく弧を描いて槍が空を舞い、地面に落ちてゆく。

 槍が地を触れる瞬間をまつことなく――……アランはまるで馬と一心同体かのようにあやつり、なおもバリーに接近したかと思うと、一寸もぶれることなくバリーの首に刃を当てていた。

 バリーの装甲の頭部と首の隙間を突くように、斜めの角度に当てられているようだった。


 その姿が砂が舞い上がる場内にさらされた瞬間、騎士見習いたちの歓声が叫び声のように響く。


「一瞬の振り上げと突きでした!見事です!」

 

 ロイの興奮したような声が隣で響いた。

 私は何が起こったのかわからないまでも、バリーの槍が手から離れ、アランが首に剣を当てているところからアランの勝利を理解する。


「あぁ、でもアランを怒らせているからなぁ、これでは済まんだろ」


 小さくユージンが呟いた。

 その言葉を尋ね返す間もなく、馬上のアランの剣がバリーの首元でぐいっと動いた。

 予想しなかった剣の動きに悲鳴をこらえて息をつめた瞬間――……てこのように剣で甲冑の隙間を押し上げて、アランはバリーの冑を跳ね上げた。

 ガチャンという金属の音に続いて、ふわりと舞う明るい茶の髪。

 驚愕と怖れに大きく見開かれたバリーの瞳が露わになり、少し遅れて宙を舞った冑が音をたてて地面に落ちた。


 アランの持つ長い剣は陽光にきらめき、その輝きは先ほどから少しも濁っていないというのに、あんなに猛々しかったバリーの纏う空気は怯えと怖れと驚きで満ちていた。

 冑を跳ね上げた剣をアランはそのまま右手で持ったまま、少しバリーの馬と距離をとり、長い剣の切っ先をバリーの顎に突きつけて厳しい口調で言った。


「先ほど、上体の重心のぶれを指摘しただろう。それこそが命取りになる」


 アランの声は場内に響き渡った。一瞬にして、ざわめいていた見習いたちの声が静まった。

 

「槍は長さを特徴とするが、その威力は懐に入られればいっきに弱る。槍試合では華麗な動きに着目されるかもしれないが、異なる武器で戦うとなれば、自分の持つ武器の短所を補う動きを常に意識せねばならないだろう」


 決して張り上げたような声ではないのに、アランの声が確実に皆の心を掴んでいくのが場の空気の流れでわかる。若い見習いたちの瞳が、砂の粉塵にまみれた場内でただ一点清冽な輝きを持って馬上にいるアランに集まってゆく。


「バリー、基礎的な鍛錬を怠ってはならない。特に騎乗で武器を扱う基礎は、馬術にゆらぎがあっては隙をみせるだけになる。いいな?」


 諭すような声音だった。

 バリーはただ、槍を落とされたことがショックだったのか、冑を跳ね上げられた衝撃から気が戻らないのか、それとも突きつけられている切っ先に恐れをなしているのか、目を開いたまま口をつぐんでいる。

 そんなバリーを見つつ、アランは少し首を傾けた。


「……これで近衛騎士団長としてお前の槍は攻め落とした。……だが」

 

 アランはすっと目を細めた。


「私の婚約者を侮辱したことへの制裁はまだだな」


 そう小さく口にしたとき、はじめてバリーの表情が変化した。恐れたように、顎を引いた。

 怯えた表情のバリーにアランはすぅっとその綺麗な唇に弧を描いて笑った。


「恐れることはない。命までは奪いはしない」


 そう呟いたかと思うと、バリーに向けていた長い剣を下げたかと思うと、さっと身体をひねり一瞬にして空いていた左手で腰のフォルダーに手を回し、小ぶりの剣をすっと出した。同時に足で馬の腹に指示を出して前進したかと思うと――……



 ふわり、と。

 きらきらと光を跳ね返す金糸が通り過ぎる横で、舞い散るの明るい茶の髪。


 バリーの横を通り過ぎるようにして馬を進めた瞬間に、まるで優雅な舞のようにアランの左腕が動き、馬がバリーの横から離れていったときには、バリーの襟足から耳上にかけての髪が、ばっさりと切られていたのだった。


 血はまったくみせないままに。

 まるで皮膚の上をかすめるように、大きく切られた髪。


「汚い言葉を紡いだ唇は切らずにおこう。美香は……血を喜ばないだろうから」

 

 アランがそっと微笑みをたたえて言った。

 不揃いの髪になったバリーは間近を剣が通り過ぎた衝撃と恐怖のためか、血の気の引いた顔でアランを見つめている。

 そんなバリーを一瞥したアランは、バリーの髪を切った剣を優雅に脇のベルトにしまった。

 そして馬の手綱をとり向きをかえると、長い騎士の剣を横向きに掲げ、周囲に宣言するような声を放った。 

 剣がきらめき、風が重い空気を薙ぎ払うようにさわやかに通り過ぎる。

 

「これにて剣をおさめることとする。各々思うこともあろうが、この学び舎において己の目指さんとするところは何か、騎士の道はいかなるものかを見なおすように」


 アランは私の隣に立つユージンに目を向けて、


「指導長、騎士としての見解としては馬術の徹底指導も必要と思うが、近衛騎士団長としては、接近戦に対する応用力の欠陥が見られるように思う。早急に指導要領の見直しを」

「はっ」


 ユージンが姿勢をただして礼をした。

 アランはそれから、バリーをもう一度振り返り馬を近づけた。


 アランがバリーに何か小声で話しかけたようで、バリーは顔をあげてアランを見ていた。そして、うなだれたようなバリーを乗せた馬と並び、アランは私の近くまでゆっくりと馬を進めてきた。


 ユージンは慣れた手つきで麻布と長剣の鞘をアランに渡す。

 アランはすっと剣を麻布で一拭きしたあと、長剣を鞘におさめ腰のところにひっかけ、馬から降りて私の前に立った。


 私の前に立つアランは、いつもと変わらないはずなのに……なぜか、大きく見えた。


「美香」


 柔らかい声で、呼ばれた。

 顔をあげると、そこにはいつもの陽だまりのようなあたたかさをもった青碧の双眸がある。

 すこし、アランの目を見つめた。何て言葉を発していいのか、わからない。

 ただ見つめるしかなくて、私は黙ったまま立っていた。

 アランが手を差し出してくる。

 はっとして、私はあわてて抱えていたアランの上着を渡そうとした。

 そのとき初めて気づいた。

 私の手は、真っ白に血の気を失うまでアランの上着を握りしめていたのだった。指を動かそうとしても……頑なに上着をにぎりしめている手が、いうことを聞いてくれない。


 アランは私のその手に目をやった。

 そして、節張った、今のいままで剣をあやつっていた熱く血の通った大きな手で……私の冷え切ってかたまった手を覆った。

 私はうろたえて、唇を必死に動かした。


「ご、ごめんなさい、握っちゃって上着に皺が」


 アランは私の手を包み込むように握った。

 じんわりと熱が伝わってくる。


「……怖がらせてしまったんですね」


 ぽつんと、小さな声が響いた。

 その言葉にはっとして私は青碧の双眸を見上げた。

 アランは私にあたたかな眼差しを与えてくれていた。けれど、そこにどこか陰りを帯びたような気がして、私は首をふった。


「そ、そんなことないの……ただ、初めてだったから、驚いただけで。こ、こんなに強いなんて知らなかったからっ!」


 言葉を並べて言い募ってみるものの、アランの表情はあまりかわらず、ただうなづくだけだ。

 私は怖かったんじゃないと伝えたくて、必死に言葉を紡いだ。


「アランも……怪我がなくて良かった。怪我したらどうしよって。剣だし、槍だし……」

 

 私の言葉にアランはふっと笑った。


「心配してくれたんですか」

「え……あ、うん」


 私が頷くと、アランは目元をほころばせた。少しなごんだ表情に私もほっとして肩の力が抜ける。 

 

 その時、隣から呆れたような笑いの含んだ太い声が降って来た。


「……婚約者殿と仲が良いのはいいんですがね、バリーのあやまる機会がいっこうにないんですが、アラン騎士団長?」


 横を見ると、ユージンと馬からおりたバリーが並んで立っていた。ユージンは明らかに笑いを押さえこんだ表情になっている。

 私はアランに包まれている手を見て、いっきに頬が熱くなった。


 バリーは決して友好的という表情ではなかったけれど、先ほどのような剣呑な雰囲気は削がれていた。だが、ユージンにうながされて私とアランの前に立ったものの、唇はつぐんだまま言葉を発するのも躊躇しているようだった。

 馬から降りて近づいて見上げてみると、バリーはロイと同じく私と同じ年代といった風情だった。馬上ではもっと大きく見えたが、並んで見るとユージンほどにはまだまだ身体も発達しておらず若い。


 ユージンが、黙ったままのバリーの背を軽く叩いた。鎧がカシャンと音をならす。


「黙ったまんまだったら、何もすすまん!」


 ぐっとバリーは唇を噛んだ。

 その頑なな表情は、貴族としての世界観からすると身分のわからないような女に話しかけるのは、くやしくてならないといった感じで、私は苦笑してしまう。

 ここまで、固執してるなんて……。

 でも、そうせざるを得ない世界にこのバリーは生きてきたんだろう。たぶん、前に暴言をぶちまけていったレイティも。


 黙りつづけるバリーに私はちょっと助け舟をだすつもりで、


「私は泥棒でも娼婦でもありませんけれど……フレア王国の人からすれば奇妙な女に見えるだろうとは少しは自覚しているんです」


と声をかけてみた。

 バリーは私の言葉に目を向けた。その瞳は決して柔らかくはなかったが、先ほどよりはこちらの言葉を聞く耳をもっているようすにみえた。

 

「だから……あなたがアランとユージンとロイを侮るような言葉を言ったのには腹が立ちますけれど、私について言ったことは……たぶん、仕方がないというところもあるんだろうなって思います」


 私がそう言うと、バリーは少し眉を寄せ、そして口を開いた


「……あなたは、誇りがないのか?仮にも婚約者が侮辱の言葉に対して戦ってくれたというのに……仕方がない、だと?」

「おいっ、バリーっ!この後に及んで、まだいうのか!」


 ユージンが止めに入るものの、私はバリーの言葉に頷くことでユージンの止めを遮った。

 そして、再び剣呑な色あいを含ませはじめたバリーに私は口を開いた。


「誇りは、私なりにあります。夢も理想も……。でも、今、私にとって大切なのは、ここで生きぬくこと」

「っ!」

「あなたも、正騎士を目指されるのでしょう?戦いの中で生き抜き、試合で勝ち抜いて一位の座を獲得するのでしょう?そのときに、努力や鍛錬を価値観が違う者に揶揄されたり、誤解を受けることもありませんでしたか?」


 私はバリーのギラギラと光を取り戻し始めた目を見つめた。

 

「私も、生きぬくことが最優先なんです。だから、それを最優先にしている中で周りからさまざまな評価を受けても、それが誤解やすれ違いだとしても……哀しいけれど仕方がないと思っています。私は私なりに……今、アランの婚約者という立場を精一杯、大切にするつもりでここにいる、それだけです」

「……」

「だから、私に対する侮辱は仕方ないなと思うけれど、アランやユージン、ロイに向かっての発言に対しては腹が立ったといったんです」


 私の言葉を最後まで聞いたバリーは睨むように私を見つめていた。私もまた見つめ返した。

 バリーの視線は和らぐことはなかったものの、しばらくした後、ふいっとバリーの方から目をそらした。それは私にとって意外なことだった。

 バリーは一度息をのんでからバリーはぐっと顔を上げ、私の隣に立つアランに目を向けた。


「私は……近衛騎士団長の剣技について侮る発言したことを、あやまります。ユージン指導長、ロイにも騎士見習いである自分は、槍試合の優勝で傲慢になり、いきすぎた失礼な発言をしました。それも……私の間違い、でした」


 そう一気に言い放った後、バリーはぐっと息を呑んだ。

 そして私をギッと睨んだ。

 後ろからユージンが、「俺のことはいいから、ミカ様に言うべきことがあるだろう!」とバリーは背中を叩かれているが、バリーは歯をくいしばるようにして言葉をつむげないでいる。


 私は苦笑した。

 あやまってほしいわけではない。「泥棒猫」と古語で言われたのはさすがに胸に痛かったけれど、正直誰でも受け入れてくれるわけじゃないっていうのは、この世界に来たときからわかっていたんだし。

 そう思った瞬間、バリーは憎々しげな口調は残したままだったものの、小さく言い放った。


「『泥棒猫』と『どこの馬の骨なのやら』と言ったことは……あやまるっ」


 見ると、バリーは鬼のような形相で横を向いていた。あまりに「あやまる」態度からはかけはなれているものの、バリーなりの出来うる限りの態度なのだと思うと、私はちょっと吹きだしてしまった。

 その小さな吹きだした声にバリーはカっと目を開いた。


「なっ!男の謝罪に対して笑うのかっ!それでも女かっ!?」

 

 怒鳴り声を上げたバリーに、ユージンは大きな手で羽交い絞めにするように口をふさいだ。


「バリーっ!お前の口は学ぶことを知らんのかっ!」

「こ、ここの女の方が、礼儀を知らないのではっ!!」


 私が吹きだして笑ってしまったのがよほど気に障ったらしく、顔を真っ赤にして怒るバリーに私は、力一杯、笑顔を浮かべて言った。


「髪、地肌見えてますけど、早く伸びるといいですね!」

「なっなっなっっっっ!」


 私の一言に、バリーはさらに茹でダコのように顔を赤くし、ユージンは一瞬目を丸くして……そして大笑いした。

 私もつられて、笑う。


 そんな私の隣のアランが私の手を包む手に力を込めて、そっと囁いた。


「美香……いいんですか?」

「うん。アランが怒ってくれたし……それに」

「それに?」

「バリーの反応が素直なものなんだと思うの」


 私はアランの顔を見上げた。

 心配そうに私を見つめる瞳は、長いまつ毛に縁どられ、端正な頬から顎からのラインは精悍でありながら優雅な輪郭を描いていた。


「私が出自を明かせないのは本当なんだし、一人ひとりに怒っていたら、身がもたないよ?これからきっと」

「……」

「アランも、わかってるんだよ…ね?」


 のぞきこむようにして見ると、アランは眉を寄せて、小さく呟いた。


「貴族の反応がすべて良いものじゃないのは……わかっていますが……貴女が非難されたり侮辱されることを、受け入れることもできない」


 その言葉を吐いた一瞬、アランが唇を噛んだ。

 私は苦笑して、「アラン、唇」と声をかけた。

 私の指摘に、ちょっと恥ずかしげな目になってアランは唇をなおす。


 そのとき、


「おい、お二方……二人の世界に入りこまないでください……」


と、先ほど以上に呆れかえったユージンの声が響いた。

 

2/20 誤字訂正

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