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04 踊る者、踊らされるもの(アラン)

アラン視点です。



 窓から見えたミカと庭師キースの二人の姿に苦い思いを抱きつつも、私は王城への出仕の準備をした。


 騎士団で叩きあげられているので、出仕の準備は普段は侍女の手をかりずにさっと終える。

 王城に出仕する際に着る騎士服は、実戦用と違い華美にできている。

 近衛騎士団に許される白を基調とした騎士服は、金ボタンと金糸の房飾りで肩と胸を装飾されている。首周りと腕回りは銀糸で細かく刺繍が施され、日の光の加減できらきらと輝くようになっていた。


 ……この装飾が戦いの何の役に立つというのか。


 金具を留めるときにふと思う。

 近衛騎士団の団員服は、指先で止める金具一つですら、精緻で豪華だ。無駄とすら感じるくらいに。

 もちろん豪華さの意味も理解している。王城を守るということは国内はもとより他国からの注目も浴びているということ。貧相な姿をさらすわけにはいかないのも真実なのだ。

 とはいえ、この過度な装飾は、フレア王国の騎士が本来の騎士の意味からそれているのではないか……。


 そんな思いをよぎらせつつカフスの留め具を留め終えたところで、気持ちを切り替えるために執事を呼ぶ。

 今日の午後から夜の食事と予定の指示をだすためだ。同時にミカの様子も確認する。

 

「ミカ様の家庭教師がおつきです。」

「あぁ、今日はダンスか」

「左様でございます」


 私の返事に執事のグールドは頷いた。


 私が生まれる前から、この館に仕えてくれているグールドは、ミカの話す古語も理解する。

 有能な執事は、王侯貴族がたしなむ教養をあらかた理解しておかないと対応できないのだ。決してその知識があることを自らは言わないが、たしなみとして身に着けているのだった。

 

「出仕の時間までは、まだ間があるはずだな?」


 私が問うと、グールドは「はい。馬の準備は出来ておりますが、ミカ様のご様子をご確認なさるくらいの時間はございましょう」


 グールドの勘のいい返事に私は苦笑した。


「お見通しといったところか。……グールドの予想通り、ミカのところに寄ったのち出仕する。馬は少し待たせよ」


 私の言葉にグールドは了解の態度を示した。



 ****



 広間の方から、弦楽器の音色と拍子をとる手を打ち鳴らす音が聞こえてきた。

 そっと扉をあけると、弟のリードのダンスの手習いの時に通ってきていた、ダンスの女教師が手拍子をとっていた。


「そこはもっと首を傾けて。そう!」


 ミカは鏡の前で、ステップの練習をしていた。

 横には楽器を抱えた数人が、合図を待っている。おそらくダンス教師が連れてきた楽師だろう。


「右足が遅れています、もっと軽やかに」


 教師の注意を受けて、眉をよせつつミカは足を動かしている。

 一生懸命ステップを踏もうとしているが、眉をよせて、手足はこわばったようで、少し離れて見ている私からも、到底ダンスを楽しんでいるとは言い難い姿だった。

 私は女教師とミカに歩み寄りながら声をかける。


「励んでいますね」


 さっと女教師は姿勢を整え、私に頭を垂れて軽く膝をおって礼の仕草をした。ミカもステップの姿勢から、こちらに向き一礼する。


 ミカは先ほど私の居室に来たときとはドレスが変わっていた。


 ダンスで足をさばきやすいように少し足首の見える丈のクリーム色のドレス。練習用のドレスなので、装飾はほとんどないがシンプルなデザインが、ミカの気性には合っている気がする。

 だが練習用とはいえ、実際の夜会用ドレスを意識してデザインされているので、普段の昼間に着用するドレスに比べて露出している部分は多い。胸元は開き気味で袖も短い。しかも夜会で女性は髪を結いあげるのが基本なので、今のミカも髪をゆるくだが結いあげて、細いうなじをさらしていた。


 少し汗ばんでいるのか、ミカの黒髪がふた筋ほどほつれた髪が首元に張り付いているのが…妙に魅惑的で、私はすっと眼をそらした。


「どこまで上達したのか……。少し相手をしましょう」


 私がそういって、ダンスを誘うために片手をミカに差し出す。

 その行動をみた女教師は嬉々とした顔をして、


「ミカ様、なんていう素晴らしい機会でしょう! アラン様と踊れるなんて!」


と、ミカの背を押すように私のそばまで連れてきた。

 だが、ミカの表情は少しばかり強張っていた。

 以前、今のようにレッスン中のミカを誘って踊ったときに、彼女はなんども私の足を踏んでしまい、普段強気なミカが何度もすまなさそうな顔をしたことがある。

『この尖った靴で踏んだら痛かったよね?』

『足、けがはない? 騎士のお仕事にさわりない?』

 おずおずとこちらをうかがうようにあやまってくるのが、距離をたもったままチラチラと顔を見てくる小動物のようだった。


 そのときの記憶がよみがえってきて、あの可愛らしいしぐさを思い出して笑いがこみあげてくる。

 もう一度、あんな風に私のほうをのぞき込んでくれたらいいのに。

 そんな思いを抱えつつ、もちろん顔には出さず、 


「頼ってくれて大丈夫ですよ。ダンスは男性がリードするものですから」


と、言いながら微笑みかけた。

 ミカの瞳がまたたいた。

 強張っていたミカの口元がゆるむのではないか……そんな間があいた瞬間。


「アラン様! 甘やかしてはいけませんわ!」


 横から女教師が一気に割って入ってきた。


「アラン様、ミカ様にはきちんとした貴婦人に成長していただかないといけませんの。どんなにダンスが下手な男性と踊ることになったとしても、また非常に踊りの上手な男性と踊ることになったとしても、動じることなく貴婦人として踊り切る女性になっていただかなくてはならないのです」


 弟のダンスを鍛え上げたときから厳しい先生ではあったが、白髪となった今も厳しい練習をするらしい。

 ……だからこそ、短期集中で上達する必要のあるミカの教師にと選んだのだが、なんとなくミカに申し訳なくなるような勢いだった。

 

 私は、女教師の手前、ミカの前で姿勢を正した。


「では、甘やかさず、貴婦人として。……一曲、お相手願います、婚約者殿?」


 私はミカの手をとり、その甲に口づけながら、正式なダンスを誘う時の所作をした。

 すると、ミカは呆けた表情から我に返ったように目に力をこめた。


「婚約者って」

「事実でしょう?」


 私はあえて微笑みを浮かべてミカを見つめた。

 しばらくし見つめあって、先に折れたのはミカだた。 


「……わかりました。」


 ツンとした表情のまま、ミカは私の身体に自分の腕をそわせてきた。私はミカの腰に片手をまわし、左手はミカの手とからめる。

 今まで貴族の務めとして何人とも踊ってきた、フレア王国におけるダンスの基本の姿勢。

 けれどミカと踊るのは、不思議と「務め」とはまったく思わなかった。

 伏せられた黒いまつ毛を見下ろす私の横から、女教師が声を張り上げた。 


「ミカ様! 麗しき近衛騎士団の団長アラン様が、騎士団正装でダンスを踊られるなんて、これほどまでに誉れ高いことはありませんのよ」

「はあ……そうですか……」

「夜会で、婚約者アランさまと踊られるとなれば、もう皆の視線はお二人に釘付けに違いありません。練習とはいえ、気合いをいれてくださいませ!」


 女教師からの喝が飛んだのと同時に、軽やかな演奏がはじまった。



……



 私が一歩を踏み出すと、ミカは合わせるようにステップを刻む。

 メロディにあわせて、広間をステップで進んでいく。

 少し乱れたミカの髪が、風に揺れる。

 流れるように、ステップをそろえる。

 腰から下は、すきまなく添わせて、曲にあわせて足をうごかす。

 上半身はメロディにのるようにゆったりと傾きをかけると、ミカは私の意をくみ、美しくターンする……。


 

 私は純粋に驚いていた。

 ダンスの途中、ミカの耳元に声をかけた。


「うまくなりましたね」


 素直な感想だった。

 思っていたよりも、ミカの動きはスムーズで踊りやすい相手になっている。

 一度も足が踏まれることはなかったし、そもそもステップの間違いもなかった。

 ミカが先ほどの私の言葉に返事しないので、私は重ねて声をかけた。


「とても綺麗に踊っていますよ」


 すると、ミカはすこし腕をふるわせた。


「……声を、かけないで……」

「なぜ?」


 つれないミカの返事に追うようにたずねた。

 すると、また腕が揺れた。

と、思うと、ミカが心なしか首を横に振ったのも感じた。


「……必死なんだから、ステップ!」


 小声だがあせるように返事。

 その切羽詰まったような声音に、一気に噴き出しそうになる。

 かわいい。

 私にしがみついたっていいのに、もちろんミカはそんなことしてこない。

 一生懸命に踊っている。

 こんなに上達しているのだから、もう余裕をもったっていいだろうに、ミカは自分で気づいていないんだろう。

 その必死さがすごく可愛くて、私のイタズラ心に火がついてしまった。


 私は踊る姿勢をほんのり傾けて、ターンするかのようにリードした。

 それと同時に、ほんの少し息を吸って……


 ……ふうっ


 と、ミカの耳元で吹いた。


「んっ! きゃっ!」


 可愛い声をあげて、ミカはキュッと肩をすくめた。

 私はさっと手をからめて、リズムのずれをなおしてターンさせる。

 くるりと向きをかえつつミカは怒ったような眼でこちらをにらんでくるが、全然怖くない。

 

 その後は、まるで警戒した猫のようにこちらをみてくるので、いたずらせずに曲の終りまで踊りあげた。

 曲が終わると、女教師は拍手して私とミカのそばにたった。


「なかなかでしたよ。アラン様は相変わらずそつのない踊り方でございますこと」


 にっこりと笑顔を返すと、


「ですが、ダンス中に子どものようなイタズラはおやめくださいませ。ミカ様は私の大事な弟子でございますから」


 やはり気付かれていたかと思いつつ、ミカを見れば「私、弟子なの?」と驚いた表情をしていた。


「私は弟子と認める者以外にお教えいたしません。ではミカ様、今の最後のターンは軸が崩れていましたから、これから軸を鍛える基礎体操をお教えします。不意のいたずらにも揺るがぬ軸が必要なのです」


 ちらりと私のほうを見てから、あっと言うまに女教師は私のもとからミカを奪い去り、鏡の前に立たせて姿勢のレッスンをはじめてしまった。

 厳しいが、それすらも気にいっているからこそ、なんだろう。

 しばらく二人の姿を眺めてから、そっと出仕のために広間を出ようとすると、女教師は私の元へとやってきた。ミカは熱心に自分の姿を鏡に映して姿勢を保つ練習をしている。

 遠目にその背をながめつつ、女教師に声をかけた。


「ミカは、上達したね。驚いた。この短期間でここまで高めてくれた、感謝する」


 私が言うと、女教師は少し目を細めた。うれしそうでもあり、どこか遠くをみつめるようでもあった。


「アラン様、そのようなお言葉、ありがたいですが私がいただくものではございません。ミカ様にこそお褒めくださいませ」

「そう思う?」

「えぇ。ミカ様は努力家です。あと、もともとミカ様は昔、なにか舞踊にかかわるものをなさっていたのかもしれませんわ。その過去の努力が今のミカ様を支えているところもおありなのでしょう」

「舞踊?」

「えぇ。男女が組むダンス以外にも、世界にはさまざまな踊りがございます。ミカ様は異国からいらした方とお聞きしておりますわ。何か、踊りをなさっていたのかもしれませんわ。とてものみ込みが速いですから」


 女教師の言葉に私がうなずくと、女教師は白髪が混じる頭を少しかたむけて私を見上げてきた。


「ともかく、ダンスの上達はなによりもミカ様の努力のたまものです。次に踊るときは、アラン様のおみ足をもう踏みたくないと、何度も呟いておられましたもの」

「……ミカが? 次に踊ると?」

「えぇ」


 もしミカが、また私と踊ることを考えていてくれたなら、それはとてもうれしいことだと思う。


「あなたもミカが気にいっているようだ」


 私が言うと、女教師はふっと笑みを浮かべた。

 それは、老いた母親が我が娘に浮かべるような慈しみに満ちた笑みだった。


「あの子は、がさつで要領が悪いところもありますが、一生懸命です。それは、私のような老婆にとっては、時にいじらしくうつります」

「……我が婚約者は、多くのものに愛されるものだ」


 私がぽつっと呟くと、女教師は私をちらっと見た。


「まぁアラン様……坊ちゃま。やきもちはたいがいになさいませ? 嫌われますよ?」


 突然、かつてのような口調になったかと思うと、女教師は私を諭した。

 思わず私は口を閉ざす。

 そんな私にかすかに笑いをにじませた目をむけて、


「では、私はこれで」


 女教師は軽く会釈して、またミカの元へと戻っていった。


 私は、ため息をつく。

 やきもち……か。

 そうあっさり言われてしまえば、逆にすんなり認めるしかなかった。


 たしかに私は、ミカに教師やらいろいろ付けておきながら、心のどこかでミカがそうやってどんどん打ち解けていくのがいやなのだった。



 今日は、あのミカの細い腰を支えて、かろやかに踊れたことでよしとしよう。彼女の努力のたまものの上達したダンスに敬意をささげよう。


 そう思う。


 だがいつか、あの距離で睦言を交わせる日がくるといい。


 そんな風にも思う。



 私は、ミカの感触を振りきるように広間をあとにした。



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