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36 知らざる姿 4 (ミカ)

ミカ視点です。

「アラン団長、見学はどこからはじめましょうか」

「春の槍技大会での馬上槍の優勝者が、こちらの見習い寮の修練生から出たと聞いている」

「はい!6回生です」

「ならば、槍から行こう」

 

 私たちを呼びに来てくれたロイは代表者として段取りを任されているのか、廊下でアランに話しかけつつ案内してくれる。ロイの瞳は、アランの一挙一動を少しも見逃さないぞとでもいうように、熱心にアランに注がれていて、本当にアランのことを憧れているというのが伝わってくる。

 ユージンは、アランと私の少し後ろを歩いていて、


「槍はいい具合に成長して個人競技の成績は良いですが、連隊を組むとまだまだ乱れがあります」


と、報告する。

 ロイの手前か、ユージンのアランへの口調は前よりもあらたまっていた。

 アランは歩みを止めることなく手をつなぎ続けたまま、後ろのユージンに問う。


「ユージンは、乱れの原因は何と捉えている?」

「馬術の練習不足です。槍そのものの動きはいいが、個人競技化しており戦法としての騎兵隊列の組み方が甘い。騎兵と槍の指導者とで教育課程の練り直しをしています」 

「そうか。ロイから見て、修練生たちの状況はどうだ…?」 


 アランとユージンとロイは、それからも修練生の状況や指導者の話をしあいながら、建物の廊下をくぐりぬけて階段を一階まで下りた。すると屋根がアーチ型になった屋外通路が続いていた。その突き当たりには石壁と、遠目にも大きく重そうな扉がある。

 ちょうどそこから、胸と手足に鎧をつけた騎士見習いような少年達が、私たち四人に気付き近づいてきた。どうやらアランの視察の段取りを確認にきたようだった。


 ユージンとロイがその鎧姿の騎士見習いに指示をしている間に、アランがふっと私の方を向き、「すみません、美香にはわかりにくい話ばかりで……」と、気遣わしげに小声で声をかけてくれた。


 私はそんなアランに苦笑する。

 だって、アランが団長としての用件があってこちらにくるのを知っていたのに、あえて一緒に寮を見学したいって言いだしたのは私自身。さすがに、自分の立場はわきまえてる。

 そもそも「ずっと手をつないだまま」という状態だけでも気恥かしいし、アランに憧れの眼差しを向ける騎士見習いの方たちに、申し訳ないような気持ちすらしていた。


「アラン、どうか団長としてのお勤めを優先してね?私がいない方がいいような大事な話があるようなら、離れておくし……」


 アランの顔をみながら小声でそう言うと、アランは首を横にふった。

 同時に、つないだ手にキュっとかるく力を込められる。


「つないでいてください。たとえ、堅物から抜けられない私では、つまらなくても」


 ……。

 ……ぷっ。

 私はかすかに笑ってしまった。

 すごく真面目に真摯に私を見つめてくれる中、ここは吹きだすところじゃないというのもわかるのに、アランの「堅物から抜けられない」という言葉と「申し訳なさそうなのにわがままを通す」アンバランスさが妙にアランらしくて、ツボをついてしまった。


 横をみるとユージンとロイはまだ甲冑姿の人たちと話している。

 吹きだしたのがバレてないようでホッとしつつ、こちらを窺うような瞳のアランに「ごめん、笑っちゃって…」と小声であやまった。

 そして、その優美な眉の下で煌めく青碧の瞳を見返した。


「アランが皆に慕われている姿を見られて、私は嬉しいんだよ?仕事の話も堅物だなんて思ってないよ」

「つまらなくないですか?」

「ううん。この世界のこと、知らないことだらけだもの。本当にこのフレア王国に触れている感じがする」

「それなら良かった……。この扉をくぐると、稽古場と広い練習場が続きます。甲冑姿や大きな武器を携えている者が大勢います……美香には、見慣れない世界でしょう。もし怖くなったら見学を中止してもかまいませんから」

「気遣ってくれてありがとう」


 そう返事しつつ、ちょっとうつむいた。

 あらためてアランが武器や甲冑姿と言ったその言葉に、心が少し不安の色を帯びる。さっきの騎士服姿の整列を見るだけでも、圧倒されたのだから、この扉を開けたら、平和な日本から来た私が見たことがない世界が広がっているのかもしれない……。

 私が思っていた、学校の部活動だとかのレベルじゃないんだから――……。

 でも、それが、この世界なんだ。



 覚悟を決めて、一度頷いてから、アランを見上げた。


「でも、大丈夫。アランが隣にいてくれるなら、心強いもの。それに、これから見ていかないといけない世界なんだと思うから……」


 ――……アランと共に暮らしていくならば。

 そこまではさすがに言えなくて、私は語尾をにごしたまま笑みを浮かべた。

 私がそう答えると、アランはすこしまぶしそうな表情をして、そっと微笑んだ。


 ちょうどその会話を終えたときに、ユージンとロイが鎧姿の少年達と話終えて私たちのところに戻ってきた。

 ロイが私の方を見て、これから通る予定の扉を指示して口を開いた。 

 

「お待たせしました。……ミカ様、こちらからが騎士見習いたちの鍛錬区域に入ります。剣以外の武器の所持を認める区域になり、大槍などを持って移動している者もおりますので、どうか、足元や周囲にお気をつけください」


 ロイの丁寧な説明に頷く。

 私を見るロイの青の瞳がちょっと揺れているのを見て、なんとなく緊張しているんだな…と、わかった。こちらを見ているのに、微妙にそらされて目が合わないところをみると、アランの婚約者ということで、気が張っているのかもしれない……。

 年齢も私と近そうだし、そんなに緊張されるほどの人間じゃないということを伝えたくて、ロイをのぞきこむようにして視点を合わせた。

 そして、できるだけ優しい声色を意識して口をひらいた。


「ありがとう、ロイ。丁寧な説明、とても嬉しいです」


 その言葉を聞いた途端、ロイは動揺するようにますます目を揺るがした。

 ロイの頬が心持ち赤らみ、コクコクと頷きながら「は、はい!ミカ様!」とちょっとかすれた声で返事してくれる。

 私のような者にでもきちんと応対してくれるロイに、感謝のつもりでもういちど微笑みかけた。すると、今度はロイも緊張したそぶりでぎこちないながらも微かに笑い返してくれた。

 笑うと青い瞳がちょっと垂れて人懐っこい顔になって、さっきまでのキリっとした優等生的な雰囲気から優しそうな男の子の風貌にかわる。

 ――……同い年くらいかなぁ。

 そんなことを思う私とロイの間に、ちょっと親しげな空気が築けたなぁと感じた瞬間――私の隣から何か背筋がゾクっとする空気が一瞬通りすぎた。

 ――……え、なに!? 

 っと思った途端、目の前で微笑んでくれていたロイの顔が瞬く間に顔面蒼白になる。

 ロイの変化に私は動揺する。

 ――……ど、どうしたの!?

 と思って声をかけようとした、ちょうどその時、ユージンがロイの腕をがしっと掴み、小声で「しっかりしろ!」と言った。

 そして私に向きなおって、早口で言う。


「先へ参りましょうか、ミカ様」

「え?あ、はいっ」


 あわてて返事すると、ユージンはにっこりとこちらにむかって微笑んでくれた。

 だがその後、すっと隣のアランに視線をずらして、苦笑するようなたしなめるような目をアランにむけた。


「――……アラン、眼光が鋭すぎる。修練生に殺気を向けるな」


 さらに落とした声で付け加えるように言ったユージンの言葉に、「え?」と私はきょとんとしてしまう。

 だが、ユージンはちらっとこちらを見ただけで、「ミカ様はお気になさらず。ほら、ロイも行くぞ」とさらりと言って、ロイをなかばひっぱるようにして前に進みはじめてしまった。

 私がキツネにつままれたような気持ちでいると、隣のアランがそっと手を引いた。


「美香……。行きましょう。ユージンの言葉は気にしないで」

「う、うん…?」


 隣を見上げると、アランは、離島の海のような深い青緑の瞳を優しく向けてくれていて、鋭い眼光なんてどこにも見当たらない。

 ――……さ、殺気?

 そう思ったもののアランに促されてしまって、首をかしげつつもユージンとロイの後に従ったのだった。


 

*******************************




 奥の重く分厚い扉をユージンとロイが開けてくれた途端……聞きなれぬ大きな音にまず驚いた。

 そして、まるで今までの質素な建物の奥を抜けると、こんな別世界が広がっているとは想像していなくて、ふたたびフレア王国での「騎士団」の強さ大きさを目の当たりにすることとなった。

 


 目の前に広がるのは、先ほどの出迎えられた広場よりも一段と大きな広場。まるで競技場をいくつも詰め込んだなようなところで、通された瞬間、その光景と音と匂いに圧倒されて、私は最初足がすくんだ。

 

 馬上で槍を持って一騎打ちしたり、世界史の資料集でみるような甲冑姿の人が槍を持って列を組んで前進している。また、騎士服姿の人たちが馬に乗って隊列を組んでいる集まりもあった。

 ザッザッというような足音が何重にも重なり、金属音がぶつかりあう音、号令の掛け声。戦い合う男たちの、雄叫びや怒号が響きうねるように空気を震わせている。その合間に聞こえる、馬のいななき、蹄の音。

 そして……砂と鉄の匂い。

 多くの騎士達の動きによって、馬の駆ける足によって砂埃が舞い上がり、それが夏の日差しの元で熱を孕んで空気に散っていた。

 武器や甲冑が日光にさらされるからか、時折キラキラと反射する光がまぶしく目に入る。なのに、その煌めきとは別に、鉄がぶつかり合うことで生まれる、まるで血のような鉄の匂いがした。

 そして、その打ち合いや一騎打ち、甲冑姿で隊列の稽古をしている人たちが、若い少年や自分と変わらないくらいの20代になるかならないかの青年たちというのが、私の中でさらに不安と足元をおぼつかなくさせる怖さを感じさせた。

 ――兵役もない日本とは、明らかに違う。この世界。

 青少年が戦いのための訓練をすることが、奨励される世界なんだ。これで、この迫力でまだ「騎士見習い」の「練習」……。

 そう思うと、騎士とはいったいどういうものか、そしてそれに連なる「戦い」って……と、考えるだけでクラクラしてしまう。


 覚悟をしていたとはいえ、そのすさまじい光景と、映画ではないと実感させる鼻を通って私の中に入ってくる匂いに、頭と肺がいっきに重くなる気がした。そしてまとわりつくような砂煙に、足元から響くような騎士達の足音の地響きに……私の心臓はドクドクと緊張で鳴った。

 

 


 次の一歩が出ず開けられた扉の前で立ちすくんでしまった私を気遣うように、アランがつなぐ手にキュっと力を込めてくれた。

 我に返り、アランを見上げた。


 そこには日の光によって煌めいた、真白き近衛騎士団の服、それにつらなるアランの金糸の髪……穏やかな海の双眸があった。

 この砂埃と鉄のムッとした荒くれた雰囲気の中にあってさえも、見上げたアランの姿は清らかな輝きを少しもそこなってなくて、まぶしくうつる。

 その輝かしい汚れないように見える姿を見上げていると、緊張で早鐘を打ち鳴らしていた心臓が少しづつ落ちついてくる気がした。


「アラン……」

「大丈夫ですか?修練生とはいえ、本気の鍛錬中は殺気立っているので圧倒されるでしょう。……少し離れて見学しましょうか?」


 アランがそう気遣うように言う。

 つなぐ手は離さないようだから、私が脇で離れてみているということは、アランも十分見学ができないということになる。

 私は首を横にふった。


「見たいと思ったのは私なんだよ?」


 ちょっと息をついて心を落ちつけてから、続けた。


「思っていたよりも……たしかに迫力はあって、圧倒されるけど、大丈夫。この人たちが、未来のフレア王国の守りなんだよね。守るために、こうやって見るからに厳しそうな鍛錬をしてるんだものね。そして、ここがアランが……暮らしていたところなんだよね」


 私の言葉にアランはじっと眼差しを向けた。


「……ちゃんと、アランと一緒に見せてもらいたいの。皆さんの……真剣な鍛錬を。未来のフレア王国の守り人となる人たちを」

 

 こう言葉にしていても、今まで聞いたことがないような、剣のぶつかりあう音、男たちの獣がうなるような叫び声や、鎧のぶつかるようなキンキンとした金属音に、本能的に怯える気持ちがでてくる。

 自分の足元が微かに震えているのもわかる。


 でも……ここで生きぬかないといけないと思ったのは本当のことだから。

 アランの館のような、穏やかで気のきいた使用人達に囲まれた世界だけが、この「世界」なわけじゃないって……今、身をもって知っていっている最中なんだって思うから。

 目をそらすのは、きっとよくない……未知の世界が怖くても。

 私は決心が伝わるようにとおもって、アランの手をぎゅっと握り返した。


 その時、背後から、


「ミカ様!私たち修練生は……心から、ミカ様の見学を歓迎いたします!」


と、数人の若々しい少年たちの声がした。

 思いもよらぬ声に驚いて振り向くと、ロイと鎧姿の少年たちが私を見ていた。そして、その隣のユージンもこちらに眼差しを向けてくれている。

 

 鎧姿の少年一人が、声変わり中のようなちょっと掠れたような声で早口で言った。


「未熟な我々であっても、『真剣な鍛錬』と捉えてくださってありがとうございます。『未来のフレア王国の守り』とのお言葉、励みになります!ありがとうございます!本当に本当にありがとうございます!」


 少年の目はきらきらと輝いて、隣のアランじゃなくて私そのものに向けられる。

 まだあどけなさの残る頬のラインからすると、私より完全に年下であろう少年の一生懸命な言葉。

 その勢いに面食らった。

 

 ――……あ、あの…。

 

 戸惑って、ユージンの方に目を向けた。

 すると、ユージンは苦笑しながら鎧姿の少年の肩を軽くたたいて「一方的にまくしたてても、ミカ様は面食らうだろ!もうちょっとマナーを学べよ」と声をかけ、それから私に向かって説明するように話し始めた。


「ここにいて鍛錬している者たちは、入寮し、命をかけるような厳しい鍛錬を本気で続けて残ってきたものたち。その者たちにとって、今のミカ様の『未来のフレア王国の守り』『真剣な鍛錬』という言葉は、何よりも宝になるんです」  

「え……」


 ユージンは少し声を落として、


「ここに暮らす少年たちの多くは……特に少年部に入寮する若い者たちは、食いものや着るものに困る家から来たものも多いんです。ミカ様のような煌びやかなドレスをまとった貴婦人に、虫ケラのように蔑まれたような経験を持つ者もザラです。また、豊かな暮らしを送った商人や貴族出身の者たちもいます。そいつらはそいつらで、今までに経験のない生々しい世界で、理想と現実の差に苦しみながら鍛錬を続けていかねばならない。貧しい者も富める者も、命を削るような稽古の前に、むき出しにされていくものがたくさんあるんです」

 

 私は、大柄な体躯のユージンを半ば見上げるようにして、ユージンの顔を見つめた。ユージンの眼差しは私から、周りへの甲冑姿の少年達へとゆっくりと移動する。

 その瞳は、まるで歳の離れた兄が幼い弟を見るように、あたたかでそしてちょっと心配そうな色をしつつ、騎士見習いたちへと向けられている。


「ミカ様は何気なくアランに放った言葉だったとしても……ここにいる、今まさに生活や名誉、そして命を懸けて、毎日苦しい鍛錬を重ねている者たちにとって、あがいているような自分たちのことを『未来のフレア王国の守り』『真剣な鍛錬』であると貴婦人が見てとってくれたことは、かけがえのない支えになるんですよ」


 私は面食らってしまった。どう返事して良いかわからず、黙りこんでしまう。

 ――……だって、そもそも私は貴婦人でもないし。私の言葉がそんな影響力あるとは思いもよらなかったし…。


 ユージンは私の戸惑いを感じたのか、場をなごますように微笑んだ。

 そして、微笑みからニヤッと口角をさらに上げ、大柄の体躯をかがめるようにして、ちょっと顔を近づけてきた。ごつごつした厳ついともいえるような顔つきなのに、その茶色の目は親しげな笑いを含んでいる。


「まぁ、単純にね。憧れのアラン団長の婚約者が、これまた可愛らしいお姫さんで、そして、邪険にされやすい騎士見習いにも優しい言葉をかけてくれるとあっちゃあ、そりゃ年若い連中ですから『ぽーっ』となるってものだな…とでも思ってくださったらいいんですよ」

「……え…」

「ね?」

「は、はい」


 ユージンの分かりやすい…のか、まとめすぎてしまったかのような言葉に私は咄嗟にうなづいた。私のうなづきを確認し、かがんで私の顔に近づいたユージンの表情が柔らかくなった。まさに、お兄ちゃんが妹をあやすとでもいうかのような雰囲気に、私は緊張も戸惑いも身体から抜けるような気がしてくる。


 その瞬間、隣のアランがさっと身動きした。

「あ……」

 突然、あたたかな大きな腕にとらわれるようにして、私はアランの胸元に引き寄せられた。

 

「ユージン、近づき過ぎだ」


 アランの一言が頭上で小さく響く。さりげないけれどもまるで私を囲うようにまわされる腕と、近づくアランの広い胸が間近にせまる。

 まるでユージンから引き離すようにアランの胸元に寄せられて、私はいっきに顔が熱くなった。

 どうしたらいいのかわからなくて視線をさまよわせると、ちょうどさっきまで私に近づくように少しかがむ姿勢だったユージンと目が合う。

 ユージンは、笑いをこらえているような顔だ。


「…ミカ様も……しつこい奴に目をつけられて、苦労しますね」


 ユージンの言葉に、私がちらりと私を引き寄せるアランを見上げると、アランはすっと形の良い唇に弧を描いて、綺麗に笑った。


「……ユージン、いいかげん、槍の稽古場に案内してもらおうか」


 ――……アラン、唇は笑ってるのに、目が笑ってないよ!

 今まで顔が火照ってきていたのに、アランのその眼差しをみたとたんなんだか背筋がぞくぞくするような冷えを感じて、私はちょっと身ぶるいした。

 ユージンは、そういうアランに臆するどころか、笑いだしたいのを一生懸命こらえているかのような顔つきで「わかりました、アラン団長」と返答し、ロイと共にまた歩きだす。

 それでやっと、アランは引き寄せていた腕を戻し、私に向かって「いきましょう」と促してくれた。その所作は、すっかりいつもの紳士的なエスコートでほっとする。

 ただ、微妙に、前のユージンの肩が震えているのが気になるけど……。



 ユージンたちの後をアランと共に歩いていると、剣や槍の打ち合う音や、甲冑、鎧のぶつかりあう音はまだこだましているけれど、さっきよりもずっと落ちついている自分を感じた。

 アランとユージン、そして騎士見習いの少年たちの会話のおかげで、いつのまにかその場に慣れてきたのかもしれない。


 ……「歓迎いたします」かぁ…。

 さっきの、鎧姿の騎士見習いが言ってくれた言葉を思い出す。

 もしかしたら、この世界で、私が「ミカ」という存在のまま真正面から歓迎されて招き入れられたのって、「初めて」かもしれないと気付いた。もちろん、アランの館ではあたたかく迎えてもらってるし、シエラ・リリィのお店ではお客さま扱いとしてちゃんと迎えてくれたけれど……『外』にでて、黒眼黒髪のまま「ミカ」として私を受け入れてくれる人がいてくれるなんて。

 

 ――……そう思うと、生々しさを感じるこの見習い寮も、何か心があたたかくなる場所に感じ始めたのだった。

 




次回もミカ視点が続きます。

11/26 誤字訂正


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