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35 知らざる姿 3 (ミカ)

ミカ視点です

 


 広場での挨拶が終わった後、ロイは修練生の各学年をアランと私が見学できるように稽古場の準備にいき、それを待つ間、ユージンが私とアランを建物内の指導長室に案内してくれることになった。

 アランが「騎士見習い寮は質素ですから」と言っていたように、建物内にはアランの館のような壁紙の装飾もなく、シンプルな石造り。

 キョロキョロと周りを見ながら、アランと手をつないだままユージンに案内される部屋に入る。


 扉をユージンが閉め、部屋がアランとユージンと私だけになった瞬間――……


「ぶっはっはっはっはっー!」


 大きく低い笑い声が指導長室内に響いた。

 お腹を抱えて笑っているのは……ユージン。

 大きな身体をひくひくといわせて、その薄茶色の瞳には涙までにじませて笑っている。


「……ユージン、笑いすぎだ」


 アランの声がした。

 隣を見上げると、アランの表情はユージンを軽くにらむようにして憮然としている。

 その素直な表情に、あれ…と思っていると、


「だって、おまえ、アラン。ここ一年、まったく館に寄せ付けないと思ったら……女って、女って…」

「女と言うな。美香だ」


 アランが真面目な顔をしてユージンの言葉をただすと、またユージンは吹きだした。


「あの、アランとユージンって、お友達か何か?」

 二人の砕けた言葉のやりとりを聞いてアランにたずねると、アランは少しため息をついた。


「……ユージンとは、この寮での同期なんです」


 アランの言葉にユージンは笑いつつも顔をあげて、私の方を見た。


「そう、『お坊ちゃまアラン』が『堅物アラン』に成長する様を見守ってきた友達ですよ」


と重ねるように言う。

 口調はからかうようなものだったけれど、ユージンの瞳はあたたかだったので、私はふっと安心した。


「長いおつきあいなんですね」

 

 そうユージンに言うと、隣から「悪友ですが」とアランのぼそっとした突っ込みが入った。

 その普段のアランらしくない言葉に、逆にアランとユージンの親しさが垣間見えて私はリラックスしてくすくすと笑ってしまう。

 私が漏らした笑い声に、アランはちょっと私の顔をのぞきこむような顔をして、「笑うとこじゃないんですけどね」と言いつつ、優しげな眼差しをよこす。

 そんな私とアランのやりとりを見ていたユージンがまたちょっと笑いだしながら、言った。


「アラン、ミカ様、あらためて、ご婚約おめでとう、だな!」


 アランと私は、ユージンの言葉でふたりしてかたまってしまった。 

 ――……ご婚約、おめでとう…?


「ん?どうしたアラン、ミカ様?」


 え……あ。

 もしかして、こんなにはっきり直接「おめでとう」って言われたの……実は初めてかもしれない。

 私はちょっと照れた。


「ん?どうしたんですか?アランも何、照れてんだよ。婚約発表されたのは、もう半月以上前だろ!?たしか、事務の方から婚約祝いの品も騎士団寮連名で何か送りつけたはずだし……」


 あ……うん。

 私とアランは一瞬、目を合わせた。

 そして、同時にそらす。

 そんな私に、ユージンはあせったように頭をかいた。さらにユージンは不可解そうな顔をして言葉を紡ぐ。


「初々しいミカ様はともかく、おい、アラン、おまえ、なんだ!?なんで今更……赤くなってんだ!?――って、一緒に暮らしてるんだろ、半年以上前から!一年くらい前から住んでいるんじゃないかって情報も入ってるぞ!俺のことだって、突然一年前から館に寄せ付けなくなったし……って、二人とも黙らないでくださいよ…」

「――……」

「……」 


 大柄で、がっしりした体格の彼が、ちょっとあわてたように早い口調でまくしたてるのが余計に照れを誘って、私もアランも黙ったまま立ちつくす。言葉を見つけられない理由はお互い同じかどうかはわからなかったけれど……。


 先に沈黙をやぶったのは、アランの方だった。


「……ユージン、誤解のないように言っておくが、私の館にたしかに一年ほど前から美香が暮らしてはいたが……その、最初から婚約者というわけでは…」

「そんなの、思ってねーよ、当たり前だろ!最初から婚約者だったら、最初から発表するだろーが」


 そ、そうですね…。

 だんだん素がではじめたような、ちょっと荒いユージンの言葉にうなずきそうになりつつ……。


「でも、半月前に婚約したんだから、それまでに恋に落ちただの、恋愛時期があっただのあったわけだろ?同じ館なら、想いが通じたら、好き放題じゃないか?」

「え……いや、そういうわけでは…」

「何、俺を相手に隠そうとしてるのかアラン。そんな無駄を…」

「……」

「こっちの寮にいる俺の耳にまで、王城での近衛騎士団での噂は入ってきてるんだぞ…」

「噂?」 

 

 私は「うわさ」という言葉に小首をかしげた。

 私は前の外出まではまったく館の外には出歩いてないわけだから、アランと目撃されたとかもないわけで……噂になりようがないのに?


「あのアランが……夜遅くまで騎士団本部に、鍛錬、鍛錬、鍛錬そのまた鍛錬を団員に日替わりで相手させていた『鍛錬大好き・堅物アラン』が……あっさり定時に帰るようになっただとか、宿直を最低限の回数まで減らしているだとか……」

「え……」

 

 私は思わず隣のアランを見上げる。

 アランは、その青碧の双眸をすっと私からそらした。微妙に頬が赤く見えるのは……気のせい?


「最近になっては、王都の旨い菓子店やらお茶っ葉の店をたずねてくるだとか…な。とうとう、城下街で甘ったるい菓子の土産を買い始めたと聞いたぞ、しかも店や趣向をいろいろ変えつつ、毎日買ってるとな!」

「……」


 あ……それって、夜の語らいの時間用の…。

 私はまたまた照れて、頬があつくなるのを感じる。


「おまえが12歳の頃から知ってるが、菓子を土産に買うなんざ聞いたことがない。使用人への土産はいつも酒か香辛料か薬だったろ?甘い菓子なんか手に入れて……だれが食うかって、このミカ様だろう?」


 ユージンは、私の方をみて、にっこりと笑った。

 私はつられて、小首をかしげて笑ってみる。

 どうもユージンという人の率直な物言いには、私はつられがちになるようだった。

 その小首をかしげた私に、またユージンはぷっと笑う。


「ひーっ、可愛いなぁ」


 ユージンは、笑いながら言う。可愛いといっても、まるで小動物に向かって言うような軽い感じで、私もまたつられてちょっと吹きだしてしまう。

 そのとき、


「おい、ユージン!」


 アランのちょっと強めの声がかかった。


「わるいわるい、ほめるのも駄目なんだな。ずっとつないでおきたいんだな?」

「ユージンっ。口が過ぎるぞ、私をからかうのはいいが、ミカにはむけるな」

 

 アランが眉をピクッとさせてユージンをにらんだ。いつもは微笑む目も、苛立つように険しくなっている。

 別に私はからかわれてるっていう気にならないし、そもそもからかうなら、アランの方が私にいろんな意地悪やら耳に息をふきかけたりだとか驚かせたりだとかするのに……。 

 そんな風に思った瞬間、前のユージンが、 


「いや、だって、おまえがそんなに……」

と、少し声音を落ちつかせて言った。 

 低い響く声が続く。


「おまえが、そんなに幸せそうに女……いや、女性の手をとってるのって、初めてみたからさ……そりゃ、めでたいだろ。別に鍛錬が悪いわけじゃないが、剣の稽古と鍛錬だけの人生じゃ、味気なくないのかって…ずっと思ってたんだ」


 ちょっとしんみりと、ユージンが言った。

 さっきまでと打って変わった、その穏やかで沁み入るような言い方に、少し苛立ちはじめていたようなアランの表情が落ちついたものに変わる。


「ユージン……」


 アランも少し落ちついた声で、ユージンの方をみて呼びかけた途端、ユージンがニヤリと笑った。

 

「ま、そのとろけるような甘い顔を見ただけで……もう、なんていうか、古くからおまえを知ってる俺としては、笑いが止まらないわけ」

「なっ!」

 

 アランの眉がまた険しくピクリと動く。

 ユージンは、再び顔をしかめたアランの表情をみて、ふきだした。

 そうして、吹きだしつつ、ユージンは言葉を重ねた。


「でも、本当に祝う気持ちもあるからよ。それに……ちょっと安心した」


 ユージンの瞳はアランと私を交互に見た。


「実はあんまり期待せずに……見習いの騎士たちに挨拶してやって欲しいとたのんだんだが……ちゃんと答えてくれる人で良かった」

「え……」


 私はユージンの薄茶の目を見る。


「気付いたろ?アランは本当に憧れの存在なんだ、あいつらにとって。アランから浮ついた女の話が出ないというのも、ある意味憧れの象徴だったんだ。青少年期はいろいろ揺れるからな。騎士見習いという立場上もあって、異性に潔癖になるヤツが多いから、特に。それが、突然の婚約発表だったからな……。興味しんしんと言う奴もいれば、やっぱり動揺した奴らも多いんだ。憧れが「婚約」ということで、生々しく感じちまってな。そういう修練生の心の揺れはアラン自身だって、予測してただろ?だからこそ、今みたいなはずれた時期の視察だったろうし」


 ユージンはアランの方にもニヤっとわらいつつ視線を投げた。

 アランは、ユージンの言葉に肯定も否定もしなかった。


「だから、ミカ様を連れてくると突然今日の早朝に連絡があったとき、迷ったんだ……。ま、興味が勝ったから承諾したんだけど」

「……」

「良かったよ。来てもらって」


 ユージンは微笑んだ。

 私はじっとユージンの顔を見つめる。


「ミカ様の行動みてると、本当に人前に出るの、慣れてないってわかるからな。勇気いっただろうけど……。ひと声かけてくれたことで、だいぶあいつら修練生も落ちついたはずだ。感謝する」


 私は首を横に振った。

 そんな、だいそれたこと、私してないし。そもそも、修練生の気持ちなんて想像もつかなくて……。

 困って隣のアランを見上げたら、アランは少し黙ったあと、ちょっとため息をついて、ぼそっと小さく言った。


「美香はいつも、全力で頑張る人なので……これからは、美香に負担を強いたり、無理をさせるような言葉はさけるように。……それに、美香に向かって口調が荒すぎる」


 ユージンは頭をかくようにして、

「アラン、ほんと『ミカ』ばっかり連呼だな……」

と、苦笑した。


 その時ちょうど、指導長室にノックの音、続いてさっきのロイらしき青年の声が響いた。


「稽古の準備が整いました!」

「お、連絡ありがと」


 ユージンはロイに礼を告げながら、私とアランを見た。


「さて、目的の見学といきましょうかね。……それにしても、アラン、おまえ…」

「なんだ」


 ユージンは少し怪訝な顔をして、私とアランの間の――……ずっとつないでいる手を見た。


「――いつまで手をつなぎ続けるつもりだ?」


 苦笑しながらからかうように声をかけてきたユージンに、私はアランがなんて答えるのかドキドキして待った。

 すると、アランはたいして表情をかえることもなく……至極当然といった風情で。


「ずっと、だが?」

「へ?」

「だから、手のことだろう?ずっと、つないでいるつもりだが?」


 ――……それがどうしたんだ?

 と、でも続くような雰囲気でアランはユージンにそう言ったあと、今度は私の顔をのぞきこむようにした。


「ずっと右手では暑いですか?左手にかえましょうか?」


 私に向けられるアランの瞳はとろけるように……甘い。甘すぎる。


 その問いかけのおかげで、つないでいる手が汗ばんでいることに気付いたものの、ユージンが私たちを唖然と見ているのもわかってしまって、その視線に私は大いにうろたえた。


 私は、さらに、いったん放した手を再びつなぎなおす瞬間をみられるのは、あまりにも恥ずかしくて、


「こ、このままで、大丈夫だから!」


と、あわてて言って、そのままで見学することにしたのだった。




次回もミカ視点が続きます。


11/19 文章表現でおかしいところを変更。

(ご指摘ありがとうございます!)


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