33 知らざる姿 1 (ミカ)
ミカ視点です。
昨夜、夜のテラスで、アランはあたたかなミルクをテーブルに並べてくれながら言った。
「午前中は、城下にある騎士見習いたちが暮らす団寮に用があるのです。そちらに寄った後、館に戻ってきますから…」
「騎士見習いの寮?」
「えぇ。指導者たちの指導内容や見習いたちの剣技の上達具合を視察する予定があって……」
「そっか…騎士見習いの稽古…」
アランが今日の外出の段取りを話してくれたとき、私は「騎士見習いの寮」という言葉に、興味が湧いた。
――……だって、それって、12歳のアランが入寮してした寮だよね…。
夜のテラスで話すようになってから、アランは騎士の仕事のやりとりを話題にだすことがあった。
私はまだ騎士団そのものも揃ったところがみたことがなくて、アランの正装姿の人がたくさんいるところなのかなぁという想像しかできない。あとは、日本にいるときのファンタジー映画から勝手に想像をつけ加えながら話を聞いている。
だから、アランが12歳で入寮してこの館での暮らしとのカルチャーショックを受けた『騎士見習いの寮』といわれても、学校の部活動みたいに集まって稽古して、少年たちが集まって寮生活しているのかなぁとおぼろげな想像しかできないでいた。
アランが統べる「近衛騎士団」が集まっているところを見るというのは、きっとあの白くそびえて建つ王城に行かなくちゃ無理で、それは今の私にとっては敷居が高すぎて抵抗があるけれど……。
――…城下にある「騎士見習い」なら、見学できるんじゃない?
――…そしたら、そこからアランが夜にときどき話してくれる「騎士」の仕事も、今よりももっと具体的にわかるようになれるんじゃないかな……。見習いってことは、正騎士になるための練習をしているってことだろうし。
――…少年時代のアランが入寮していたところを、生で見れるっていうことだよね。
そう思いついたら、私はアランに言わずにいられなかった。
「それなら……私が朝からアランと一緒に城下に出た方が、アランも二度手間にならないよね」
「え?朝から私とともに?」
アランに、私が「アランのことを知りたくなってる」という気持ちを気付かれるのが恥ずかしくて、目をそらしてあたたかなミルクに手をのばした。やましいことをしているわけじゃないんだけど心もとなくて、声が小さくなってしまう。
「お城じゃなくて、城下にある騎士団の寮なら…見てみたいな。アランの用事の邪魔になるかな?」
「……見てみたい…ですか?」
驚いたようなアランに、私は自分の気持ちがはずかしくなって、思いつくままにとってつけたように言いわけを重ねた。
「う、うん。まぁ、アランの騎士服姿は毎朝見てるわけなんだけど、騎士団がそろっている姿とか見たことないし。剣とか槍とかの稽古も、アランは館では一人稽古でしょう?交えているのってどんなものなのかなぁって……」
本当は、少年時代のアランがどんなところで暮らしたのか見てみたいな…とか、アランの話してくれる「騎士団」や「剣技」「槍技」ってどういうものなのかなって、アランの話してくれるアランの生きる場所をもっと知りたくなった……とは、到底いえなくて、私はごまかすように笑った。
アランは私が見たがっていることは不思議そうにしながらも、「それなら……一緒にいきましょう。ただ、注目されることになりますが…」とすんなり受け入れてくれた。
もちろん、近衛騎士団長であり堅物として有名なアランの「婚約者」として共に出かけるならば、アランの部下たちに注目されるのは想像できるから、私はアランの言葉にうなづく。
注目は……恥ずかしいけれど、仕方ないよね。
……でも、それって、ほら…。
日本でいえば、つきあい始めた彼氏が運動部で試合を応援に行ったら、他の部員たちに「カノジョ来てるぜ―」みたいに注目されるとかと考えれば……乗り越えられる気がする。
うん、恋愛スキル・ゼロでこのフレア王国に来てしまった私だから、「彼氏の隣を歩いて注目された」なんて経験ないわけだけど、どっちにしろ黒眼黒髪でアランと一緒に街を歩けば、見られると思うし。
そう考えれば、騎士見習いの少年たちに興味しんしんな目で見られることぐらいなら、やりすごせるかな……。
私は、そんな風に気楽に考えていた。
やけにアランが何度も、「注目されてしまいますが……皆の視線に耐えられるでしょうか」とか「嫌だったら、すぐに言ってくださいね」だとか、なんども尋ねるなぁとは思っていたんだけど。
黒髪黒眼で出かけて注目を浴びることに心配してくれるんだと思っているだけだった。前はディール様の付け毛で髪を隠すドレスを着ちゃったわけだし…。
そう、私は「騎士見習いの寮」の見学を、日本でいう学校の部活の試合見学くらいに思っていた。
――……でも、それは大きな間違いで。
フレア王国での「騎士団」の位置づけも、フレア王国の大きさも規模も、家庭教師に教えてもらった机上でしか知らなかった私の……浅はかさだった。
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騎士見習い寮の建物は、高い塀に囲まれた石造りの見るからに堅牢なものだった。
大きな門があったが、アランが来ることは事前に予定されていたようで、馬車が近付いた時点で開門の声が門番より響いた。
その声に応じるように、少々のことでは壊れることがなさそうな分厚い木の扉が重々しく開く。
どうやらアランと私を乗せたまま馬車は門をくぐっていくらしい。
私は興味しんしんで、騎士見習いの寮やその景色をみようと窓に顔を寄せた。
え――……。
私は目にうつるものが信じられなくて、隣のアランにすぐさまたずねる。
「アラン……こ、この人たちが『騎士見習い』なの?騎士団じゃなくて?」
小声でたずねると、アランは微笑んだ。
「えぇ。見苦しい点もあると思いますが、まだまだ成長途中なので見逃してあげてくださいね?」
「いえ、あの……」
馬車が門を越えたところで止まった。
御者により扉が開かれ、アランと手をつないだまま馬車から降り立つ。
私は、一瞬、たちすくんでしまった。
窓から見えた景色は見間違いじゃなかった。
アランの隣に立つものの、私は、前に広がる光景から少しも目が離せない。
あまりの、衝撃。
――……騎士見習いって…こんなに多いの?
夏に入った強い日差しが差し込む広場には、ずらりと並んだ騎士見習いの少年たち、そして青年達が揃いの紺色と黒をベースにした騎士服と黒のブーツ姿で背筋を伸ばし整列していた。
皆、おそろいの黒の細めで短めの剣らしきものを腰にたがえている。小柄な人から大柄な人までバランスを考えて整列され、その眼差しは誰ひとりゆるぐことなく前をみている。
そのとき誰かの号令がかかり、ザッザッという揃った靴音とともに、整列していたものが3列ごとに一瞬で分かれて向きあう形になり、まるで結婚式のバージンロードみたいに、並ぶ騎士見習いたちの中央に道ができた。
まるで、アランと私がそこを通れるかのように……見習い達の整列によって開かれた道。
――…う、うわ……。
晴れた青い空の下、誰ひとり乱れることなく並んだ騎士見習いたちに、私は圧倒される。
私が「騎士見習い」から想像していたのは……せいぜい学校の部活のような雰囲気だったのに。剣道部の練習を眺めるように、剣の稽古というものを見学できたら……アランがどういうことをしているのか、少し見てみたいなんて、気軽な気持ちだった。
違う……。
これは、この「騎士見習い寮」だけで、すでに一つの大きな組織。
ざっと見ても、10列ほど並んでいて、一列それぞれ3、40名以上並んでいる。つまり、ここだけで300から400の青少年達が並んでいるということになる。
私が「見習い」という言葉を軽くみていたことを突きつけられる。
私より年下とみえる幼い顔つきの少年たちもたくさんいるけれど、整列して行動する仕草は堂々としていて、まるで「小さな騎士様」だった。その青少年たちから少しは離れて、白や深緑、濃紺の騎士服姿の体躯のがっしりした者、白髪の騎士達などの指導者と思える人たちも寸分乱れず並び、共に視線を一点に定め静止している。
これで「見習い」なんだったら、「正騎士」ってどれだけすごいの?
「騎士見習い」ですら並んでいるだけの人数も、その統率された動きも圧倒される力を感じるのに、正騎士の騎士団が整列していたらどれだけの力だろう。
そして数ある「騎士団」の中でも、特に優秀な人材を集められる「近衛騎士団」――……アランが統べる騎士団に至っては、私の想像の域をはるかに越えている。
フレア王国において、騎士団ってそれほど凄い位置にあるものなの?
――……で、でもアランだよ?
近衛騎士団長アラン様って、使用人たちも誇らしげにはしていたけど…。
もちろん凄い人なのかもしれないけど、でも。
すねて唇を噛んじゃったりする……アランだよ?
まさか、こんな……。
私は圧倒されて、すがるように、隣に立つアランを見上げた。
そして……。
見上げた先に、私は騎士見習いの整列を目の当たりにした以上の衝撃を受けた。
今、私の隣の――……騎士見習い達から一斉に真剣なまなざしを受けて立つアランは、まさに堂々とした精悍な輝ける騎士だったから。
正装のため前髪は後ろに流しており、知的でありながら優美な眉と額のラインがはっきりとでている。その額から頬にかける横顔の線は美麗でありながら、男らしい勇ましさもかんじさせる角度を描いていた。
騎士服の首元から肩にかけて細かに刺繍されている豪華な装飾がかすむほどに、見事に輝く金の髪。本来アランの金髪は優しげな金の輝きと思っていたのに、青空の下、強い陽光を照り返すアランの姿は、少しの歪みもなく堂々と伸ばされた背中と逞しい肩のラインのせいか、鮮烈な輝きをもって風に揺れていた。
横顔からうかがうアランの青碧の眼は、これだけの人数を前にしても何一つ動じておらず、逆にすべてを見定めるかのように深く落ちついている。
口元は、私に向けられる微笑みやからかいのときのような緩みもなく、かといって厳しいわけでもなく、穏やかに引き結ばれている。
私は隣のアランの……その存在感に初めて圧倒された。
これが、アランなの?
私のことを保護者のように見守ってくれたり、からかうように笑ったり、すねて唇を咬んだり……。奪うように口づけてきたかと思えば、震えるような声で私の気持ちをたずねてくる……あのアランは?
だって、ほんの少し前、馬車でのアランは、手をつないで微笑んで、いつもの私の知っているアランだった。
柔らかで紳士的なのに、時々いじわる。あたたかなミルクを入れてくれて、毎回工夫を重ねてくれて、お菓子をそっとお土産につけてくれるような人で……。
こんな、こんな大人数の眼差しを堂々と受け、動じずに見返し、その群集以上の圧倒的な存在感を持って剣をたずさえて立つ人だったなんて、初めて知った。
「修練生、近衛騎士団長に敬礼!」
横にいる指導者の騎士と思われる人の大きな号令とともに、並ぶ紺色の制服の青少年達がいっきに姿勢をかえる。
敬礼姿の騎士見習いたちが作った道の中央を、アランは私の手をとったまま歩き始めた。
道の先には、どうやら寮長やここのリーダーらしき深緑の騎士服を着た薄茶の髪の大柄な騎士と、騎士見習いの紺の服を着た私と同じくらいか少し年下くらいの青年が並んで立っている。
その二人に向かって歩くアランの歩調は悠々としていて、まるでBGMがあるならエルガーの威風堂々でもかかっていそうなほど優雅な進み具合だった。
でも、私はこんな大勢の人間の真剣なまなざしにさらされたことはなくて、苦しくて何度もうつむきそうになる。そのたびに、つないでいるアランの手がそっとまるで励ますように指先に力を込めてくれて……私はなんとか、背筋を伸ばしアランと共に歩く。
あぁ、この人は……本当に本当に「団長」なんだ。
ドーラが言ってた、フレア王国隋一の剣の使い手、騎士団の中でも花型の近衛騎士団を統べる――…騎士団長なんだ。
私に向けてくれる穏やかさも、策士みたいに何を考えているかわからない含みのある表情も、感情を露わにしたこどもっぽさも、みんなもちろんアランの姿だとは思う。彼が偽っているとは思えない。
でも同時に、剣の道を一途な努力によって、能力を磨いて、この頂点まで来た人でもあるんだ――……。
私が知らなかっただけだ。
使用人がなぜあれほどまでに、「アラン様」と慕うのか。
皇太子殿下という高貴な身分であるはずの人が、いくら学友といえども親しげにつきあうのか。
城下街の人たちが、どうしてそこまで「騎士団長アラン様」を知っていて、その婚約者の「黒髪黒眼の娘」の動向を気にするのか……。
私は、アランの、フレア王国での姿をはじめて目の当たりにしたのだった。
次回もミカ視点が続きます。




