閑話 「侍女の画策」(マーリ)
マーリ視点です。
「星降る夜」「雄弁な瞳」と同じ時間帯のマーリとグールド。
「グールドさん、グールドさん!アランさまがミカさまとテラスへと向かわれました!」
私は小声で声をかけながら、一階の食堂の隅のテーブルで書類の確認をしているグールドのそばに寄って行った。厨房の他の使用人たちは仕事を終えて各自自分の部屋へと戻っているようで、食堂にも隣の厨房にもグールド以外の人影はなかった。
明かりの数を減らしているのか、ミカ様やアラン様がご使用になるときにくらべて、食堂は薄暗い。ただ、グールドの手元だけはランプの明かりで照らされ、積み重なった書類とペンとインク壷が光を照り返していた。
「マーリ殿、女中頭にも先に休んでもらいましたし、あなたもお休みになられてかまいませんよ。テラスのランプの後始末は私が確認しますから」
グールドはこちらに目を向け、そう言って軽く微笑んだ。オレンジのやわらかいランプの光を受けるグールドのグレーの瞳は、アラン様とミカ様が語らいの時間を持たれたことを喜んでいるような、あたたかな眼差しだった。
「いえ、そんな…。ミカ様付きの侍女として、ミカさまより先に休むわけにはいきませんわ」
私がそう伝えると、
「ふむ。……マーリ殿はお疲れでは?」
「いいえ!」
と強く首をふると、
「ではお二人がお部屋に戻られるまで待っていましょう」
とグールドは了解してくれ、また手元の書類へと目を戻した。
私は、ミカ様が気になりそわそわと落ちつかなくて、つい食堂の窓によって、窓に身を寄せて上のテラスを見上げてみる。ランプの明かりがほのかに見えて人影が見える。
――……ミカさまはアランさまとゆっくりと語りあえていらっしゃるだろうか……。
「マーリ殿、お二人が気になりますか?」
声をかけられて振り向くと、グールドがこちらを見ていた。
覗き見するようなはしたない姿である自分に気付き、私はあわてて窓枠から身を引いた。
グールドはそんな私に、
「咎めているのではないので、そんなに慌てる必要はありませんぞ」
そう言いながら、トントンと書類を束ねて脇に置いた。
「まだまだあのお二人はご自分のことをお話になっておりませんから、仲睦まじいご夫婦になられるまでには道のりがおありでしょう」
グールドのその言葉に、
「グールドさんは、お二人に語らいのお時間を持ってほしくて、ミルクを二つ用意するようにおっしゃったんですよね?」
とたずねると、微笑んでうなづいた。
「まぁそうですな。昨日の外出も、いろいろとおありだったようなのでね」
そのグールドの言葉に私は調子づいて言った。
「あの、実は……そのことで案があるんです!」
「案?」
「えぇ、昨日の外出、途中でディール様やリード様が合流なさって城下街はお二人でお歩きになってないとミカ様からお聞きしました。次は、絶対にお二人で手をとりあって、城下を楽しんでいただきたいのです!」
私は強く言った。
グールドは、先を続けるようにというように相槌をついてくれる。それに勇気を得て、私は続けた。
つい、はしたないと思いつつも拳にも力が入る。
「そもそもアラン様は、レディをエスコートするタイミングや身のこなしは一流だと思うんですが、はっきりと申し上げて、恋人とデートするのはあまりに下手ではないかと思うんです」
「……マーリ殿、それは言いすぎでは…」
「すみません、グールドさん。はっきり言わせてください!この一日、ずっとこらえていたんです、叫び出したいのを!」
「……」
「アラン様たら、昨日、初めての二人の外出というのに突然の乗馬ですよ!しかも二人乗りという密着するスタート!最初からあまりに無謀というものでしょう!しかも、行き先はお告げにならないわ、秘密にしていた行き先が今流行のシエラ・リリィの衣装屋なんて…。いえ、その行き先はとっても素敵なんです!でもドレスの脱ぎ着が必要な場所ならば、前もって言ってくださらないと。女性にはあれこれ準備があるものですのに!」
私はだんだん熱くなってきている自覚はあったけれども、止められずにグールドにくやしさをぶちまけてしまった。
「しかもしかも!そんな今、流行している衣装屋さんなんていう親密な外出場所で、ディール様やご学友の合流をお許しになってしまうなんて!そして、そのまま城下街を歩くことになったとお聞きした時の私はもう…あいた口がふさがりませんでしたわ!もし私が誘われた女性でしたら、そんな男と二度目のデートはありえませんもの!」
「……たしかに、厳しいですが現実的な意見ですな」
私は、昨日、就寝前のミカ様の髪をときながら聞いた「外出」の顛末を思い出して、また頭が沸騰しそうになった。
最初に、お二人がおでかけになるときに、玄関にアラン様の栗毛の愛馬が連れてこられた時点で、悪い予感はしたのだった。
だって、乗馬で出かけるなんてこと、侍女たる私にも一言も伝えられていなかった。
女性というものは、行く方法や出かける先によって身につけるものをかえるものだ。広がったスカートにするのか、ウエストを締めあげるタイプにするのか、また乗馬をするのであればペチコートは何重にもし、ズロースは足首までのものにして万が一にでも素足が見えることがないようにしなければならないし、袖周りは馬具に引っかからないようにレースやリボンは控えめなデザインを選ばなければならない。靴なども脱げてしまってはいけないから、紐で編み上げるものを選ぶ。
――…そんな女性の衣服への配慮があることに気付いていない、女性慣れしていないアランさまに頭が痛くなってしまったのだ。ミカ様に秘密にして驚かせたかったとしても、侍女の私には一言つたえて、それなりのご衣裳や小物の準備をさせておくのが大人の男性というものなのに!
「ミカ様は騎士ではありません!」と突っ込みたくなったのが、昨日の朝の出発。
見送った後、気がかりであったけれども、お優しいアラン様ならミカ様はきっと穏やかで楽しい時間をお過ごしになったはずと信じていたのに。
お帰りになって、寝る前のひとときにミカ様からそっと外出のことを聞いてみれば…。
乗馬から馬車に乗りかえたと聞いてホッとし、行き先は衣装屋――しかも、今流行のシエラ・リリィの素敵なお店。それを聞いて「アラン様、素敵なデート先です!」と心のうちで拍手したのもつかのま……。
よくよく聞くと、なんと一階の売り場を眺めたのでなく、実際のドレス作り…採寸のためにドレスを脱ぐことになったという…。
あ、アラン様、それこそ前もって言ってくださらないと!
ウィンドウショッピングでなく、実際に「選ぶ、脱ぐ、着る」ならば女性はそれなりに脱ぎやすいドレス、コルセットの形を選ぶものなのですよ!と叫びたくなった。
アラン様がまさかミカ様に身体にじかに触れるような破廉恥な手出しはされるまいとドレスとコルセットは脱ぎにくいけれども綺麗なラインをだすものを選んでいた。もちろん肌着から上質で品の良いものを選ぶのはたしなみだから、衣装屋の針子に見せて恥ずべき品ではないものの…きっと採寸のために脱ぐのには時間がかかったろうと思う。
これは侍女として、せめて聞いておきたかったところだったのに。まさか秘密の行き先がこんなことになるなんて。
アラン様は着飾った女性たちにせまられたことはあるだろうけれど、女性の本音を聞くような間柄になったことがないのだと、しみじみミカ様のこの話だけを聞いてもわかってしまう。
アラン様が「堅物アラン」なんて揶揄されていたことを考えれば、女慣れしていない「微笑ましい」選択ともとれなくもないんだけど……。
ただ、それすらも越えて、呆れて何もいえなくなったのは、ドレスを選んだ後のひとときをどう過ごされたかと聞いたときだった。
な、なんとディール様やリード様、お友達の方などが合流された形で城下を歩いたという。手はディール様がつなぐ形で…。
ミカ様はすまなさそうに私を見て、
『ごめんねマーリ。ディール様が付け毛で黒髪を隠すご衣裳を用意してくださってね。城下を歩いたときだけ着かえたの。こんなに素敵な水色のドレスを用意してくれたのに……これで城下を歩かなかったの…ごめんなさい』
なんて、おっしゃったのだ。
『もうもう、アラン様、なにやってらっしゃるんですかーっっっ!』
と再び叫びたくなりましたとも。
明るい水色を選んだのは、城下でアラン様と並んだ時に黒眼黒髪のミカ様が爽やかでほがらかな印象に見てもらうためだというのに!
流行色の若草色を黒眼黒髪で着こなしてしまったら、町娘の一部ではやっかみ半分で反感を買う可能性があるし、かといって小柄なミカ様がピンク系を着て長身かつ金髪碧眼の華やかで麗しいアラン様の横に並べば、ミカ様が幼い印象を持たれてしまう。赤やワインレッドは昼間の城下にはふさわしくない。なやんだ末に黒髪黒眼のミカさまとアラン様を引き立たせる形で選んだドレスが、水色の清楚なドレス。
それなのに付け毛で黒髪を、帽子で黒眼を隠してしまったら、変装じゃないですか…。変装でよかったんなら、私だって、もっといろんな形でミカ様を美しく着飾りましたとも!
でも、今回はアラン様との大切な初めてのデートだと思いましたから……黒眼黒髪のミカ様を最上に可愛く明るく透明感ある美しさを引き立たせるドレスを選びましたのに!
――……それでも、この際、ドレスのことは我慢できるのです。
ミカ様も初めての城下で黒眼黒髪のままで歩くより、変装した方が視線を感じなくて良かったのかもしれませんもの!ミカ様がそれで満足されたのならば!
そこは私、いくら口惜しくても我慢できるところです。
ただ変装は許せたとしても、アラン様が手をとり守ってこそのデートだというところははずせません!
ディール様が手を握って城下をまわったというのは、いったいどういうことなんですか!
そ、そこは死守すべきところでしょう、アラン様!
夕暮れの丘では、お二人ですこし語らったようですが、ミカ様はそこはあまりお話にならなかったし……。
朝から出かけていて、お二人でロマンチックにすごされたのが夕方だけだったとしたら、どんなデートなんです!?ミカ様にとって、はじめての普通の外出だったというのに!
「マーリ殿……落ちついて。それで、案とは?」
――……グールドの言葉に、私はハッと我に返った。
「あ、はい、すみません。つい熱が入ってしまって…。心のうちが叫びにかわっていました。そうですね、案の説明ですね」
「はい」
「失礼いたしました。ミカ様のお話では、店主シエラ・リリィは館まで出来上がったドレスを届けてくれることを話していたそうなのです。それならばお二人でお店まで受け取りに行って、そのまま城下を楽しまれた方がいいんではないかと思ったんです」
「ほほう」
グールドは、考えるように手をあごに当てた。
少しいたずらをする子どものように灰色の目を煌めかせてこちらを見てくれるので、私は気を良くして話をつづける。
「グールドさんは、今回作られたのが夜会のドレスだとご存知ですか?」
「えぇ、夜会用の赤いドレスと青碧のドレスを作ったと」
さすがはグールドだった。昨日、衣装屋でどういうドレスを作られたかの情報もすでに手に入れている様子。
「えぇ。ミカさまもそうおっしゃっていました。夜会用ドレスを赤いものと青碧のものをお決めになったと。けれど、ドレスができたからといって、すぐに夜会の出席というのは、ミカ様の心内として時期尚早だと思うんです。いずれ婚約者としてのつとめはおありでしょうが、まずはアラン様をしっかりと信頼なさってからでないと!貴族諸侯たちがうよめき、視線を集めてしまうだろう夜会に出席するのはおつらいと思うんです」
私の言葉にグールドは「そうですな」と同意してくれる。
「ですから……。私、ミカ様とアラン様がしっかりとお互いの絆をつよめるためにも、デートが必要だと感じるのですわ!」
「それで、ドレスを取りに行くついでに、お二人で歩かれたら良いと?」
「えぇ!だって、口実がないと、アラン様はうまくお誘いになれない気がして…」
私の言葉に、グールドさんはしばし考える間をもった。
私はその沈黙に胸をどきどきさせながらも、グールドの返事をまった。
すると、グールドは顎にあてていた手ですこし顎をなでなおすと、大きく頷いた。
「では、いっそのこと、シエラ・リリィの衣装屋に連絡し、同じ色の布で『日中用の襟の詰まっているドレス』を一着作ってもらうよう手配しましょう。夜会用の出来上がりのドレス受け取りのときに一緒に日中用の一着も出来上がるように。アラン様にも確認をしますが、おそらく了解されることでしょう」
「名案ですわ!もちろん、青碧の布ですよね?」
「もちろん」
グールドは、ふたたび大きく頷き、そして柔らかく目尻をなごませながら口をひらいた。
「ミカ様がその青碧の日中用ドレスをお気にめしてくださったようならば、そのままシエラ・リリィの衣装屋でその青碧のドレスに着替えてデートをなさるように、アラン様に提案してみてはどうでしょうな?」
「まぁ!最高ですわ、グールドさん!」
ミカ様は何もおっしゃらなかったけれど、青碧は上質の染め物……アラン様の瞳の色のようだったはず。
おそらくミカ様はご存じないだろうけれど、こちらでは女性が好きな人の瞳のドレスや小物を身につけることは一種の愛情表現の一つだ。たとえばドレスやリボン、首もとの飾りの石、耳飾りの石などを恋人・夫の瞳の色にすることで、「あなたを愛しています。いつもそばにいたいと思っています」というような気持ちを表現していることになる。
夜会用は近い将来のためにとっておくとしても、日中用のドレスにアラン様の瞳の色のものをまとって、もちろん黒眼黒髪のミカ様で堂々とお二人で外を歩かれたならば、城下の民にもアラン様と黒眼黒髪の婚約者との仲を示すことができるし、ミカ様も自信を持って素顔でこの国で暮らしてゆけるんじゃないかと思うのだ。
何よりもアラン様だって、ミカ様の気持ちに変な不安を抱く必要がなくなり、ずいぶんと落ちつかれるかもしれない。――……そう、キースにやきもちを焼かなくてすむというもの。
アラン様がミカ様とキースのことを気にかけていらっしゃることを知って、ここ数日あらためて観察していて思うけれど、ミカ様はキースに気をお許しになっているところはあるけれど、思っていたほど親密というわけでもない。
キースはあの屈強で大きな身体にしてはちょっとそぐわないような、バラの育成の細かな作業を淡々とこなしている。同僚と無駄口もたたかないから、ちょこちょこ気を配るようにしていても何を考えているのかよくわからないけれど…。
バラ園にキースの姿があればミカ様はあいさつなり、日常会話なり話しかけにはいく。ミカ様からキースにお話になる時、たしかにキースの黒髪をそっと懐かしそうに見つめるときはあるし、キースと話すときは瞳を見返してそらさないように思う。でもそれはキースを見つめているというよりも、単に黒眼や黒髪が懐かしいのではないかと思うくらい、淡々としているのだ。
アラン様がやきもちを妬かれるほどのことではない気もする。
傍からみていれば、アラン様こそミカ様に微笑みかけてそっと触れて、見つめて、恥ずかしくなるくらいに想いをあふれさせている。ミカ様にほとんど通じていないのが哀しいところとはいえ、そんなあからさまな館の主人の態度の中で、庭師のキースがミカさまと必要以上に近づくことはありえないし……。
アラン様はミカ様を見つめすぎていて、ミカ様の視線の行方がキースの上(たぶん黒髪)で止まるのが気にかかって仕方ないんだろうけれど……それは気にしすぎだと思う。
でも、結局のところ、それらの心配はお二人の気持ちが通じ合っていないからだろう。
アラン様はミカ様のお気持ちが見えなくて不安定だろうし、ミカ様はアラン様の不器用な感情表現に振り回され気味なようす。お二人の間になにか決定的な大きな問題が起こってるわけではなさそうなのに、お二人は幸せな婚約者同士に見えないという、微妙な距離感。
そこに、今日の夕方のように、タイミング悪くミカ様とキースが並んでいる時に、偶然アラン様をお出迎えしてしまうことになってしまうと――……アラン様のお気持ちが大きく揺れてしまった。
それぐらい、アラン様はミカ様のことに関して不安定なのだ。
祈るような気持ちで、上階のことを想う。
どうか、今、星空の下のテラスで、お二人が仲良くお話になっていらっしゃいますように――……。
「マーリ殿、ミカ様の日中用ドレスのデザインについて、シエラ・リリィ殿にはどのような提案をしたらよいですかな」
グールドが話しかけてくれて、私はいったん思考を中断して、ドレスのことに頭を切り替える。
「そうですねぇ。長身のアラン様とお並びになってひきたつものとすると、スラッとして見えるようにハイウエストの切り替えのものが良いかと……」
まずは、昨日の、中途半端に終わったデートの「再挑戦」を提案しよう。
アラン様とミカ様がお互いを想い合ってお幸せな雰囲気になりますように。
ミカ様がおさびしそうな顔をなさることがなくなりますように。
こうして、私はグールドと作戦会議をはじめたのだった。
*********
この夜、ミカさまとアランさまはゆっくりとテラスでお話をされたようで、夜更けにアラン様がひとりランプを戻しにわざわざ食堂までいらした。
夕刻と違い、穏やかな光の碧眼で微笑まれて、グールドと私に「ありがとう。私は良い執事と侍女に囲まれているね」とおっしゃった。
そして私に、
「美香は、彼女の部屋の前まで送っていきました。美香からマーリに『ミルクをありがとう。もう今晩は大丈夫だから眠ります、心配かけてごめんなさい』と伝えて欲しい……と頼まれました」
とミカ様のことを伝えてくれる。
私はホッとして、一礼した。どうやらミカ様とアラン様は今晩は穏やかに語り合えたご様子だった。
「グールドとマーリには心配かけたましたね。どうかもう休んで」
そう言って微笑むアラン様に私とグールドは礼をする。
今まで私とグールドが話しあっていたドレスの件については、明日までにグールドがまとまった形の案にしてから、アラン様の了解を得る予定にしているので、ここでは黙っていた。
アラン様は少し私とグールドの方を見ていた。
他に何かあるのだろうかと思って黙ってまっていると、ぽつんと口をお開きになった。
「……美香を守りたいんですが、今の私では、力不足なんです」
何事かと思ってアラン様の瞳を見返すと、アラン様はきっちりとこちらに向き直った。
「マーリ、グールド、これからもどうか、力を貸して欲しいのです。美香の心と体を守りたい」
そう言って、私とグールドの前で、アラン様が……。
礼の姿勢をとったのだった。
アラン様の金糸の髪がさらさらと揺れて、私の目の前で礼をしてゆき顔が見えてなくなる。
アラン様が…この館の主人であり、近衛騎士団長の地位にいらっしゃって、お血筋は伯爵のご子息であられる…そのアラン様が、使用人に礼の姿勢をおとりになる。
驚きのあまりかたまっている私の横で、グールドがいちど身体をゆらしたかと思うと、そっとアラン様にかけより小さな声で言った。
「いけません!アラン様、あなたは、この館の主人なのです!」
「あぁ、そうだ。わかっている。だが、ようやく気付けたのだ」
アラン様の目が、そばによっていったグールドの目を見返しているのが私からでも見てとれた。そのまっすぐな青碧の瞳。
「今のままでは、美香を守るにあたいしない、無力な私でしかない」
「アラン様!」
小さく、悲鳴のようなグールドの声がした。
「何も見えていない無知な私が、美香という異世界からの到来者を守りきるには……本当の意味で力が必要なんだ。」
「アラン様」
「なりふりは、かまっていられないんだ」
こちらを見たアラン様の瞳は、透き通るように純粋で、一途な輝きを持っていて。
使用人に頭を下げている状態でありながら、誰よりも幸せそうな落ちついた瞳をなさっていた。
グールドは、そっとアラン様を立たせて、
「もう、どうか私などに礼などなさらないでください。寿命が縮みます」
と声を震わせるようにして呟いた。
「……それは、困りますね。自重しましょう」
おだやかに微笑むようにしてアラン様が答える。
けれども、もう一度、言葉だけ添えた。
「私は、美香を、守りたい。どうか協力を、お願いします」
深いところはわからないけれども、アラン様の言葉とそのお姿からは、なにか奥底からの決心のような魂を震わせるような重みをもった響きがしたのだった。
10/10 誤字脱字、間違った表現を訂正。
11/1 表現、訂正




