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03 黒髪黒眼の庭師(ミカ)

ミカ視点です。

 アランの居室を出て、私のこの館で一番お気に入りのバラ園に来た。


 特に東寄りの庭園のバラは香りの強いバラが多くて、花が見事な今の季節は癒されるんだよね。


 バラ園の石畳をひとりで歩いていると、このバラ園専属の庭師のキースがいた。

 黒髪と黒眼のキース。

 今は、膝をついて土を触っていて、その黒眼はみえないけれど、癖のない黒髪がサラサラと風にゆれていた。


 この国では、金髪と銀髪が多く、いないことはないんだけど黒髪はめずらしい……らしい。


 この世界にきて一年、ほとんどこの館から出たことがないので実際のところわからないけれど、侍女やメイドの話ではそうだ。すくなくとも、この館にはキースと私しか黒髪はいない。


 懐かしい、黒髪黒眼。

 ……自分の生まれ育った「日本」という風景に当たり前だったその姿が、ここではほとんどなくて。

 だからかちょっと、キースには親近感がわいてるんだよね。勝手に。



「見事に咲いてるね」


 私が話しかけると、土をいじっていた手をとめて、キースはこちらを振り返って立ちあがった。

 一礼してくれる。

 そんな私、お姫様じゃないのにね。でも、ここの館では私は”そういう”扱いなのだ。


「邪魔して悪いんだけど、ちょっと、お花みせてね?」


 そう声をかけると、キースは軽くうなずく。


 そんなキースを見上げて、黒眼を覗き込む。

 無表情の目を見つめてると、すっとそらされた。


 黒髪黒眼なんだけど、キースの顔立ちは彫が深いほうで日本人の薄い顔とは違う。

 眼もきりっとしているし、『庭師よりも騎士?』と思わなくもない、鍛えられたかのようながっしりとした体つき。背丈も190センチくらいあるんじゃないかな。


 アランもさすが近衛騎士団の騎士団長だけあって、筋肉質な身体をしていると思ったけれど、たぶん本来の身体つきとして細身だからか、ごっつい印象はまったくない。

 金髪碧眼の王子様顔のすっきりした顔立ちがそう見せてるのかもしれないけれど、実戦とか想像できない感じだ。

 騎士団長として厳しいと下男たちの噂を聞いたことはあるんだけれど、私が見ているアランは、館でくつろいでいる時は柔らかい表情を見せてるし、人当たりもすごく良いほうだと思う。 貴族の次男坊だって知ったときは、なるほどなぁと思ったもの。


 レディファーストが徹底されていて、私のような空から落っこちてきた不審者100パーセントの娘に対しても、初対面からレディ扱いをしてくれたわけで。

 社交スキル高い!としか言いようがない。


 まぁ、近衛騎士なんだし、女といえど不審者に対する対応としてレディ扱いってどうなんだろう……と思わなくもない。

 かといって、落っこちたと同時に剣を首にでも突きつけられて厳しく対応されていたら、私自身が”こっち”に来てしまって早々に心が完全に折れていただろう。

 いろいろ疑問や不満は残るけれど、アランの社交性には感謝している。


 それに比べると、整った顔立ちのキースは、笑った顔をみせたことがない。表情もほとんど変化しないし、最低限の返事と説明で口を開くだけ。

 黙々とバラの手入れをしているか、土づくりや他の庭師の手伝いをしている。


 私がバラ園によく来るようになって、話しかけるんだけど、明らかに私が一方的にしゃべってるよね?……って感じなのだ。

 嫌われてるのかなぁと思ったこともあったけれど、観察していると、皆に対して寡黙に対応しているから、それがキースの個性なんだって思うことにした。



「キースは、私がしゃべってる古語がわかるんだよね?」


 バラを眺めながら話しかけると、うなずく気配がした。


「ということは、キースって古語をわざわざ勉強したの?」


 何気なくたずねると、少しの沈黙の後、


「花の研究をするのに、いにしえの書物を読む必要がありましたので」


と答えが聞けた。

 低く響く声。


「そっか……」


 古語というのは、今、私が話している言葉らしい。

 私は日本語を話しているつもりでも、変換されているようなのだ。こちらでいう、その”古語”と呼ばれるものに。


 古語といわれるのは、このフレア王国成立前の前時代に使われていた言葉で、今は、聖殿の魔術生成に使われる言語。

 一般的には使用されていない。

 ただ、このフレア王国の王侯貴族のたしなみ・教養として学ぶ言語でもあって、貴族階級の人たちと、そこに仕える者たちは最低限使用できる言葉らしい。


 まぁ、私が育った世界でいう、ラテン語みたいなものになるのかな?

 そこから派生した言葉を現在つかっているから関連性はあるけれど、古語そのものが使われているのはごく一部。学んだことがある人はある程度使うこともできる……みたいな感じ。


 そして、私がこちらにきた当初からこの古語を使えてたことが、私を不審人物として捕えて極刑ってことにならずにすんだ、大切な要素でもあった。


『古語を、上級魔術師並みにふつうに使って話す……身分低きものにはできないこと』ってね。


 同時に、こんなに不審者でありながら、アランの「空から娘が落ちてきました」報告に疑いがもたれなかったのにも理由がある。


 このバラ園に落下したときに、アランだけでなくアランの兄であり伯爵のディール様とアランの弟である上級魔術師のリード、そしてアランの仕える……その時お忍びでお茶に来ていた皇太子殿下、そして政権をにぎる宰相までが、この庭にいたからだ。

 この人たちは子どもの頃からの『ご学友』というやつで、たまたま勢ぞろいしているところに、私が落下した。


 つまり、「空に突然現れた娘が落下、アランがキャッチ!」……という一連を、国の主要人物が目撃してくれていたというわけだった。




 悲鳴とともに空から落下してきた私を、咄嗟に飛び出してきて受け止めたくれたのは、アラン。

 バラの花咲く庭園に突っ込んだ私を、地上に打ち付ける前に抱きとめ投げ出されないように、抱きこんだまま倒れこんでくれた。


 そして、同じように落下する私を受け止めようとして駆けつけてくれたもう一人の人が……このキースだ。

 すぐさま、私を抱きこんだ衝撃で倒れこんだアランを立ちあがらせてくれ、アランの腕の中にいる私の怪我の有無をたしかめてくれた人。


 咄嗟のまさかの異変に、だれかのために身体を動かせる……それって、普通できないと思う。

 そういう訓練をしていた人でなければ無理じゃないだろうか。

 だから私は、直にまだ聞いたことがないものの、こうして話しながらもキースについては想像を広げてしまう。

 キースって、庭師になる前は鍛錬している騎士だとか、兵士だとかそういうのだったんじゃないの?

 ……とか、ね。まぁ過去を詮索するのは良くないよね、とも思うわけで、何も聞いてないんだけど。つい気にかかってしまうのだ。


 ちょっと横目で隣のキースを見あげる。

 やっぱり、私には黒髪黒眼は懐かしすぎて、いつのまにか親しみをもっちゃうんだろうなぁ……と思う。

 懐かしい色彩や懐かしい匂いっていうのは、ある気がする。

 きっと何気ない日常にあった、日本の……。

 

 そこまで思って、私は目をふせた。

 パタンと思いに蓋をして、今すぐそばにいるキースや、この館のことに頭を切り替える。

 

 キースにも、アランと私の婚約話は聞こえてるよね。

 というより、この館だけじゃなくて、きっと国内に広まってるものなんだよね。なんでもアランは有名な騎士様らしいし。


 ため息をついた。


 異世界に来て一年。

 帰れる見込み、なし。

 とにかくいろんなことに慣れるのに必死だったけど。


 バラはこうして、また咲いている。


「……『バラ』って、あたしが知る中で唯一、元にいた世界と同じ花の名前なんだよね」


 キースが聞いているかどうかはわからないけれど。

 そもそもキースに返事を期待したわけでもないんだけど。


 ポロっと呟いていた。


 あぁ、やっぱり、この庭のバラの香りすごいな、と思いながら。


「私のいた世界にも、たくさんのバラの種類があったんだ。それぞれに名前がついてたみたいだけど……私、不勉強でね。なんにも知らないや」


 近づいて香りをかぐ。

 隣のおばちゃんが庭で育てていた赤いバラから香っていたのと似ている。一つでもあの元の世界での名前を知っていたら、ここに咲く花を、もっともっと懐かしく深く記憶に刻みこむようにして眺められたのかもしれないのに。


「……でも、こういう花を『バラ』って呼ぶのは一緒。スミレもヒマワリもサクラもないのになぁ……」

「……」


 返事はないけど、隣を見上げてみた。

 揺れる黒髪に少し隠れるキースの黒眼は、ちゃんと私を見ていた。

 やはり懐かしい色。黒色の瞳。

 キースが懐かしい人なわけじゃない。だけど、やっぱり……この色合いは。

 このバラの匂いは。たくさんの、元の世界の欠片を感じるような気がして。


「ふぅ……。気分転換できた。じゃぁ、行くね。午後からまた家庭教師なの。邪魔してごめんね」


 その場を離れようとしたときに、バタバタと足音がした。


「ミカ様! またこちらに! 今日はダンスの練習でございます! 先にドレスをお着替えくださらないと!」


 私の専属で仕えてくれているマーリだった。

 マーリは学者の娘で教養高く古語がわかるので、アランが私の専属につけてくれたのだ。


「はいはいは~い! いっきま~す!」


 私は声のトーンを上げて、元気よく返事した。


「じゃあね! キース」


 私は手を上げて挨拶して、マーリの方に駆け出した。


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