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27 星降る夜-1 (ミカ)

ミカ視点です。ながくなったので、①と②に分けて投稿しています。

 

 アランが通してくれた夜の最上階のテラスは、西に広がる林を見下ろす形になっていた。その向こうにつづく森の闇に、星明かりがうっすらと青白くひろがっていた。


 テラスには華奢なデザインのテーブルとイスが用意されていて、そのテーブルにはすでにランプが灯っている。

 アランがミルクを並べてくれ、私は促されるままに席をついた。

 ランプのオレンジ色のあたたかな光に照らされて、前に座ったアランの青碧の瞳が赤味を帯びている。洗いざらしの金色の髪は光を照り返して、きらきらと淡く輝いていた。

 

 最上階のテラスとあって、ときおりさわさわと風が抜けて頬をなでていく。

 座った後、アランはそっと空を見上げた。

 

「今日は本当に空が澄んでいますね。星がどこまでも見える」


 つられて私も見上げると、天を満たす星々の一つ一つがはっきり瞬いていて、落ちてきそうに思えた。


「美香がいた世界では、星をいくつか結んで人やものに見立てていたと話してくれましたよね?」


 アランがたずねてきたので、私はうなづいて答える。


「うん、星座というんだけど……。私も詳しくはないんだ。でも、この空に、私が見慣れた星の並びはないなぁ……きっと、違うところなんだね」


 今私が眺める空には、日本の空で見慣れたカシオペア座も北斗七星もなかった。これは、このフレア王国に来て最初の頃に、ここがどこなのか……異世界だと信じられないころに何度も空を見上げたから……わかりきっていること。

 地図が私のいた世界のものとまったく違うように、星の並びも違うんだろう。

 ここが地球とは違う星なのか、違う宇宙なのか、それとももっと大きく違う世界なのか……。

 この世界と私のいた世界がどんな距離感で存在しあっているのか今の私にはつかめないけれど、すくなくともここから見える星と地形は違うようだった。 

 ただ、月は、ここにもあった。それが救い。

 今日はまだ上っていないみたいで見えないけれど、ちゃんと満ち欠けもするから、それは私をホッとさせてくれるものだった。

 

 マーリが淹れてくれたホットミルクに口をつける。

 甘味を入れてくれたらしく、口当たりが柔らかで肩の力が抜ける。

 

 ――……ふぅ。

 

 カップに向けていた視線をふと上げると、向かいに座るアランが私を見ていた。

 ランプに照らされていて、アランの長めの前髪で目元に陰りを帯びているように見える。表情が読めなくて私がちょっと首をかしげると、アランは口元を緩めた。

 

「おいしいですか?」

「え、あ……うん」


 アランの何気ない言葉に、私はうなづく。

 そして私とアランの間にまた落ちる沈黙。


 そのとき、ふっと私は気付いた。


「ねぇ、アラン。ふたりでテーブル囲むのって初めてだよね」

「え……そうですか?」


 アランは、きょとんとした表情をする。

 いつも一緒にお茶や食事をしているのに……と思っているんだろう。

 

 私はちょっと笑った。

 

「いつもね、マーリやグールドさんがついていてくれるでしょう?会話に入らなくても、傍にひかえてくれている人が誰かいるというか……」


 アランは頷く。


「アランは貴族生まれだし、そういうの当たり前で育ったんだろうけど……私の生まれ育ったところでは、そういう傍にいつも誰か控えてる経験ってなかったから。前の外出でも、馬車では御者の人がいるし、ディール様たちも合流したし……」


 私は空を見上げた。

 広い広い空。黒い闇に、無数の光が散らばっている。


「こうやって二人なのは、初めてだよね」


 まぁ、それでもどこかから見張りみたいな人が私を監視しているのかもしれないし、使用人たちに遠くから見られているのかもしれないけど。

 それでも今は、私の感覚でとらえられる中にいるのは、アランだけだった。


「そういわれれば……そうですね」

「うん」

「……今まで、そういう美香の感覚に気付けませんでした。やはり、気になりますか?侍女や使用人が控えていること……」


 アランはそっとたずねてくれた。その声音は、こちらを気遣うような繊細な響きだった。

 私は少し考えてから答えた。


「気にならないっていえば嘘になるかなぁ。いつも誰かが控えていたり、こちらの指示を待っている状態なんて経験ないし……。でも、自室ももらえてるし、マーリもグールドさんも、この館の人にはずいぶん慣れたから大丈夫」


 私の答えを黙って聞いていたアランは、「そうですか……」と頷いた。

 アランは少し黙った後、口を開いた。


「騎士になるために…私は12歳で騎士団寮に入ったのですが、その時、さまざまな生まれの者と出会いました」


 私がうなづいて話の先を促すと、アランは続けた。


「そのとき、友となった同年の者からよくからかわれました。『アランはお坊ちゃんだ』と……」


 そのアランの言葉を聞いたとき、私は不覚にもプッと笑ってしまった。

 アランが「お坊ちゃん」……あてはまりすぎて。


 私の漏れた笑いにアランが気付いて片眉を上げた。


「美香も……そう思いましたか?」

「ん……まぁ、お坊ちゃんというか……恵まれた生活を送ってるなぁとは思うかなぁ」

「遠慮がありませんね。でも、そうです。私はやはり親の権力や立場に守られて生きてきたところが大きいのだと思います。こどもの頃は『お坊ちゃん』とからかわれるのがすごく嫌でしたが……入団してすぐに、自分がそうからかわれて当然だと気付いたんです」


 アランが自嘲的にわらった。

 めずらしい翳りのある笑みに私がちょっと驚いていると、アランは私から目線をそらせて、眼下に広がる森の闇に向けた。


「私にはいつも乳母やグールド、その他の使用人がそばにいました。だから入団してすぐに、おなじ見習いのこどもたちで同室になったときに……愕然としたのです」

「愕然とした?」

「そうです。脱いだ服を、鍛錬で汚れた服を……誰にわたせば良いのかわからなくて」


 アランはなおもずっと広がる夜の闇を見ていた。その横顔にランプの明かりが揺らめいて、影ができる。


「当時私は12歳でした。この国では12歳の騎士団見習いは早い方で、その時の入団試験では私が一番の若手でした。それでも剣術試験では他の年上の者を抜いて首席でした。だから……私は奢っていました。自分は強いと思っていたのです」

「アラン……」

「でも違いました。何もできなかった。汚れた服を自分で洗うということが、思いつかなかったくらいに……甘くてなまぬるい12歳でした。基本、貴族で騎士を目指す場合、15、6歳を過ぎていったん社交界に顔を見せてから入団しますから、私と同じ13,4歳で無名で入団し、騎士団寮で同室となったのは生活に困窮した下級貴族か平民出身の子どもたちでした」


 それまで自嘲的な雰囲気だったアランが、そこではじめて穏やかな横顔となった。

 

「同期の彼らは……本当に、なんでも一人でできた。それにひきかえ、洗濯ひとつとっても、石けんは泡立てないと汚れが落ちないこと、きちんとすすいで絞ってから干さないと、ボタボタと部屋中が水浸しになってしまうんだってこと……当たり前のことかもしれませんが、私はそれを知らなかったから、沢山の失敗をしました。それから街での買い物も、料理も。遠征演習のときのテントの張り方も、何も知らなくて。その上、手伝ってもらうのが当たり前だと思っている間は、本当にどうしようもない団員でした」


 アランは私の方を向いた。

 

「私は人が自分に仕えてくれる、困っていれば助けてくれる人がどこかにいるのが当たり前だとおもっていたんです。……あなたと反対ですね」

 

 ランプの明かりに彼の双眸が照らし出され、その碧眼にオレンジ色の明かりがゆらめくのを私は見返した。

 

「それで、アランは……変わったんでしょう?だから、今、騎士団長としてここにいるんでしょう?」


 私がアランの瞳を見つめ返してたずねると、アランは微笑んだ。


「……そうですね。まずは、自分から頼む…ということから学びました。もちろんそれまでも人に助けをもとめたり、教えを乞うことはありました。でも、それが相手の時間を奪うことでもあることをしらなかった私は、教えてもらえて当然と思っていたんです。でも、そうじゃないと気付いて……相手の貴重な時間をいただくつもりで、申し訳ないけれども助けてくれないかと頼むようになりました。それからですね……やっと何かをつかめるようになったのは」

「そうして、仲間になっていったの?」

「少しずつですが……。互いに理解すると、相手もまた私の中に知りたいと思うことを見つけてくれるものですね。いつのまにか、私が剣技や勉強を教えるかわりに、生活術を教えてもらうなど、寮の中に私の居場所が出来ていきました。長い時間共にいて、乗り越えていくうちに、良き友となったといえるでしょう……。でも、それはやはり時間のかかることではありましたね」


 アランは自分のカップをそっと口にもっていき、一口飲んだ。

 その優雅な手つきを見ていると、このアランの手が剣を持ち戦うことが仕事なんて結びつかない気がする。


「アランも孤独感や疎外感をもって過ごしたときもあったんだね……」


 私がつぶやくと、アランは私をじっと見つめた。

 私とアランの間にしばらく沈黙の間がつづいた。

 ランプのジジッと焦げる音だけがして、風がすっと頬をなでていった。


「美香の……」

「え?」

「美香の話も何か聞かせてくれませんか?どんなことでもいいんです」

「!」


 私はびっくりしてアランを見つめ返した。

 アランからこんな風に言われることはなかったから。

 もちろん、異世界に来た当初はアランにもたくさん日本での暮らしや世界について質問をされたけれど、それとはちょっと…違う気がする。


「話っていっても……」


 私は咄嗟に思いつかなくていろいろと考える。


 その時思い出したことがあった。


「あ、そういえば……」

「なんです?」


 私の言いかけた言葉に、にこにこと答えてくれるアラン。

 そのアランの綺麗に微笑みを湛えたその唇に……私は目をやった。


「あの、アラン、唇、大丈夫?」

「え?」

「さっき噛んでて、ちょっと傷ついてたでしょ?」

「……大丈夫です。それに、それは私の話であって……」


 戸惑うアランに申し訳なく思いながらも、私はさきほどテラスに出るときに着てきたガウンのポケットに手をやって目的のものを探った。


「あのね……夕食後に、グールドさんに渡されたんだ」


 そう言いながら、私がテーブルの上に小さな容器を置くと……。

 

 ――……アランはその容器をびっくしたように見つめたのだった。



次もミカ視点が続きます。

9/5 誤字をなおしました。

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