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25 もの想い (ミカ)

ミカ視点です。

 


 髪を梳いてくれたマーリが退室していって、自室にひとりっきりになった後、私はぼんやりとテーブルの端に飾られた数輪のバラを見つめた。



 ……アランが明らかに不機嫌で声にも余裕がないの、初めてみたかも。



 アランの王城からの帰宅直後から、夕食前までのやりとりを思い浮かべる。


 シエラ・リリィの衣装屋さんにディール様たちがあらわれたときだって、あそこまでは苛立った声をあげてなかった。前に…なかば強引にキスされた…私にとっては記念にならないファーストキス体験の日は、不機嫌というより純粋に怒っていたようだったし、暗くて顔もよくわからなかったし。



 今日は何が気に障ったのかわからないけれど、とにかくおかえりなさいと挨拶したときからすでに何か苛立っていたようで。


 ……王城でも何かあったのかな?


 私はちょっとため息をつく。それにしても、私が「アラン様」と呼ぶのが、唇をかみしめるほどイヤだったとは思ってなかった。

 そもそも今まで、この館の主であるアランを呼び捨てにしていたことの方が異例だったわけで、呼び捨てにされることを嫌がられるならわかるんだけど…。


 ……様付けすることの方がイヤだったなんて。


 もしかしたら、アラン様と呼んだと思えば次には様付けを忘れたりするような、私のおぼつかないしゃべり方に違和感を抱いたのかもしれないけど。

 とにかく、あのいつも余裕があってにっこり微笑んでいるアランが、あんな拗ねるみたいな表情するなんてよほど気に障ることだったんだろうと思う。



 でも…。

 アランの気に障ったことをしてしまったんなら申し訳ないとは思うんだけど。

 私はアランがああいう素を見せるような表情するのは、「嫌いじゃない」と思った。


 私の手を引きながら不機嫌に少し唇を噛んでこちらを振り返ったアラン。

 王城から帰宅した直後だったから、白に金の刺繍が豪華に入った騎士服を着たままで。

 金の髪は、出仕スタイルに前髪を後ろに流しているんだけど、馬で帰宅した直後だったからか、少し乱れ軽く額にかかっていて目元に陰りをつくっていた。

 そして、いつも微笑みをたたえてこちらを見る碧眼は、苛立つように曇って険しさを持っていた。


 普段の、穏やかで毒のない表情で微笑むアランは、まるで「天の御使いってこんな感じなのかなぁ」というくらい美しさと気高さに満ちていて、あまりに美しく微笑まれると、絵画を見ているような距離感があった。

 でも、今日の眉をひそめて唇を噛んだこどものように拗ねたアランは、こどもっぽい人間的な表情になることで、美男子なのは相変わらずでもグッと『親近感』が湧いた。



 苛立たせたいわけじゃないし、不機嫌な顔をされたいわけじゃない。

 でも、アランはいつもゆとりある紳士のように私をエスコートするか、まるで恋人に対するような甘いことばを囁いてくるか、包容力のある大人な男性のように私を包みこんでくれるか、ちょっとからかってくるか…で。

 どれもそれは、自分より大きな人、先ゆく人が余裕をもって私を見守ってくれるかのような姿で、アランが自分に近い人間だと感じることがなかった。


 でも、まさか。

 名前の呼び方くらいで、拗ねる、なんて。


 さすがに口にしなかったんだけど、なんていうか。



 ……かわいい。



 と、思ってしまったのだ。




 昨日、帰還できないという宣告に苦しくって不安で泣いた私を抱きとめてくれた、あの包み込むような大人なアランが。

 夕暮れの中、最初は甘くついばむように、でもだんだん絡め取るように私の中にまるで自分を刻みこむように口づけて私を翻弄したアランが。



 眉をよせて、唇を噛んで、拗ねるなんて。

 しかもその後、今度は恥じいったのか、自分から目線をはずして手も離そうとしてきて…。

 いつも、隙なく私の手をつかみ、ゆとりある表情で指先にキスしたりする、あのアランが。

 おずおずと、

『……私がこどもっぽいと嬉しいんですか?』

と、聞いてくるなんて思いもしなかった。



 いつも紳士的態度で、私にだけでなくマーリはじめとする侍女や使用人にも礼儀正しいアラン。

 騎士団長としての実績は私は知らないけれど、館の傍らにある稽古場でこまめに稽古しているから、きっと鍛錬にも余念がないアラン。 

 私より9つも上で、男性だけど「異性」というよりは…、私の命の恩人であり、家庭教師をつけてくれてこちらで生きていく術を身につけるようにしてくれた…保護者のような先生のような、先輩のような存在に感じていたアラン。


 そういう先を生きてる、自分より器の大きな人だと思ってたから、ポンポンと言い返しても受け入れてくれるっていう甘えがあったし、従属しすぎたくないっていう気持ちもあったから、対等に言い合おうとあえてしてたところがあったけれど。


 ……アランは実はもっと身近な人だったのかもしれない。



 いろいろ考えたまま、ずっとぼんやりとテーブルのバラをみつめて座り込んでいたことに気付き、私は明かりを消してベッドにすべりこんだ。


 以前なら、こうやっていろいろ考えてなかなか眠れないときは、階下の使用人部屋に行ってドーラたちをおしゃべりをしたものだった。

 ちょっとそれが恋しい。

 でも、前にドーラにも「婚約者があるのに夜に部屋から出歩くのはよくない」と言われたし…アランも、怒って強引にキスまでしてくるくらい怒ってたし。

自粛しないとね。


 ベッドで寝がえりをうつと、ふっとバラの香りが鼻をくすぐった。



 その香りをかいで、私は、


 ……お母さん。


 と心でつぶやく。


 心でそうつぶやいた途端、今まで考えていたアランのことと混ざって、私は自分のことで想像の羽が広がっていくのを止めることができなくなった。


 ……。


 もし、これが日本で。

 アランが日本に住む留学生だとかで…。

 大学やバイト先で、先輩後輩という形で出会ったなら…。


 そしたら。


 そしたら。


 ……そうしたら、恋、するんだろうか。



 たとえば、昨日外出したみたいに、車だとか電車とかに乗ってお出かけして。

 一緒に服を選んだりして。

 選んでもらったりして……。


 でも、そこにアランのご家族やら上司やらが登場して、ワイワイがやがやすることになったら、とんだハプニングだなぁ…。

 しかも、アランに恋している女の子まで登場したら、修羅場になったりして!?

 翌日、

「波乱の初デートだったよ~」

と、友達に話したりしてね?



 ……なんて、想像したら。

 小さな笑いがこみあげてきて……。

 でも、半分涙がにじんできて、私はあわてて枕に顔をぐっとあてた。



 私、なに馬鹿みたいな想像してんの!



 でも。


 もし……。

 もしそうやって、元いた世界でアランと出会えたなら。


 私は、アランをお母さんに紹介したりなんかするんだろうか。

 お母さんは、アランの完璧な美しい姿に、きっと慌てふためいたりなんかして…。



 それで、それで。

 私は、アランを。

 恋しく想うように…なったりするんだろうか。


 一緒に風景をみて。

 一緒にご飯を食べて。

 一緒に笑って。


 一緒に……生きて。



 そこまで考えて、私は乾いた笑いが込み上げてきた。

 もし、もといた世界だったら、アランみたいな素敵な人が私と一緒に出かけるきっかけすらない。

 もし万が一一緒に外出する機会はあったとしても……アランの方が私に興味をもつなんて思えない。



 でも、もし出会えたなら。



 ……恋しく想うよ。



 きっと、あのサラサラの金色に輝く髪も。

 離島の海を思わせる、青のような緑のような透明感のある碧眼も。

 からかうのが大好きなちょっと意地悪なところも、私を守るためにいろんな手配をしてくれる優しさも。

 今日みたいに拗ねたとしても、きっとすべてが魅力的にうつってしまう。


 そして、あの包み込むような声で。


『……美香』


って呼ばれたら、もうきっと全部ゆだねてしまう。




 なのに。

 私は枕にうずめていた顔をずらして、暗闇の部屋に目を向ける。

今は暗闇でわからないけれど、光がさせばみえてくるだろう…日本家屋ではありえないような高い天井。

 重厚な館。

 繊細だけれどもところどころ大胆な配色もある、壁紙。

 金髪やら茶髪、グリーンや青の瞳の使用人たち。


 異国、異世界?

 ……フレア国なんて、知らない。


 飛行機で帰られる国じゃない。

 手紙を贈り合える国じゃない。

 もちろんインターネットも電話もない。


 一方通行の道。

 王様?皇太子?魔術?

 知らない!知らない!知らない!


 いつ覆されるかわからない……私の命。


 好きな人ができたって、紹介する家族も、ここにはいない。




「……アラン」


 私は、また枕に顔をうずめながら、自分を唯一守ってくれると、すこし信じられるようになり始めた人の名を、呼んだ。


 枕にちいさな声は吸い込まれて、部屋に響いていないはず。

 きっと、くぐもった息だけが、ブツブツと唱えられているだけ。


 はっきりとは知らないけれど、きっと私の暮らしは生活は、この国の王や皇太子殿下に筒抜けになっているはずだから。

 何も言えない。

 何か言っちゃだめだ。

 誰がどんな風に聞いているか、見ているかわからない。


 もし逆に私が王様で、異世界から未知なる存在が現れたら不穏な動きをみせないか監視するに決まってる。


 ぎゅっと枕に顔を押し付けた。

 声にはならないように。

 ここにいたら、私はアランにすがるだけだ。

 自分からは何も言えない。


 結婚して今は生き延びても、それがいつ何らかの方法で覆されて、私だけ監禁されるかわからないんだもの。

 今は皇太子殿下も王も私の存在を認めてくれているけれど、いつ気がかわり話がかわっていくか予想もできない。


 ……好きになりたくない。


 ここで、誰も、好きになりたくないよ。

 裏切りたくない…裏切られたくも、ないよ。



 私は枕にぎゅっと顔を押し付けた。


11/15 改行変更。

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