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24 魔力の行方-2(アラン)

23に続いてアラン視点です。

 


 殿下への剣の指南を終えた後、私は騎士団寮に寄って団員に剣技の稽古をして、夕刻に帰路についた。


 愛馬の栗毛の馬を走らせていると、夕方の少しひんやりとした風が気持ちよく、通りすぎてゆく。

 今日は一人で馬を走らせて帰りたくなり、供も先に帰らせ、ひとり城下を抜けた。

 街並みが途絶え野原が広がり始めると、視界にあの丘が見えてくる。


 昨日…ミカと眺めた夕日の丘だ。



 さわやかな風に緑がゆれ、葉のふれあう音がする。

 道は整備されているが、林や森に通じていることもあってか、木陰をつくりだす道の傍の木も、大きく立派な木になっていく。


 その中を馬で進みながら、私は昨日のことを思う。


 あの場所で抱きしめた身体は、やはり細く、頼りなげだった。

 黒くさらさらと指をすべり落ちていく髪が気持ちよくて。

 そらさずに見上げてくる黒眼に吸い込まれるようで。


 もう離したくないと思いながらも……日は確実に沈んでいくから、まるでなかば攫うかのように身体をだきとめて館に帰った、たった一日前の出来事。


 帰りの馬車でも、ずっと手を触れあって、肩をよせあっていたというのに。

館に戻れば、美香はすっと少し離れてしまって、いつもと同じ距離になってしまった。

 そしてグールドやマーリが控えている中で夕食をとると、あっけなく自分の部屋に戻ろうとしてしまう――……。

 名残りおしくて、彼女の指先にくちづけを落とした。

 困った顔をしながらも美香が少し微笑んだから…ホッとして「おやすみ」と告げることができた。

 背後からのグールドの呆れたような視線を感じたが、仕方がない。離れがたいのに離れなければならないのだ。

 

 今朝も、いつもと同じように朝の挨拶とともに朝食となり、彼女はすぐにダンスの教師がきて特訓だとかなんとかで広間に連れ出されてゆき、私は出仕した。


 そして出仕した王城で……殿下の言葉。

 リードが気付いたという、美香に流れる微量の魔力。

 ……たった一日で、近づいたはずの美香がまた遠くに行ってしまったような気がした。


 私は、動揺している。

 美香に関わったであろう見えない他者に、嫉妬と奪っていかれるのではないかという不安を感じているのだ。


 美香の身体の中にある、微かな魔力。

 ……誰が、なんのために、彼女に魔力を注いだというのだろう?


 もし、それが…古語を話すためだとして。

 そして、それがキースが行ったとしたら。


 彼女を守るために?

 それともキースに何らかの策略があって?

 私の知らない美香を…何らかを、知っているとでもいうのだろうか?



「美香…」


 私はつぶやく。

 昨日、教えてもらった本当の名を。

 ミカという名には、意味があったと話してくれた…美しいバラの香り…なんだと。

 あの口づけた唇も、抱き寄せた身体も、一瞬でも私の腕の中にすべてあったように思えたのに…。

 今、私が確証を持って美香を感じられるのは、この名前の響きだけだった。


「美香」


 もう一度つぶやいて、この名前に込められた想いに心を寄せる。

 そうだ、私に大切な名を打ち明けてくれた…これが、何よりもの宝。


 動揺と苛立ちで失ってはならない、大切な名。存在。


 私はもう一度、昨日の思い出の丘と王城を振り返ってから、気持ちを切り替えるように馬の脚を早めるために手綱をとった。


 何があっても…今度こそ、守れるように。

 そして、そばにいて、強気で一人でがんばって立っている可愛いあの人を泣かせないように。



***************



 帰宅して門をくぐり、馬丁に馬を預ける。

 庭園の中を通りぬけて館に入ろうとしたときに、美香の声が聞こえた。

振り返ると、バラを数本手に持った美香が笑顔でたっていた。


「アラン様、おかえりなさいませ」


 美香がこちらに寄ってきて挨拶してくれる。

 その隣に目をうつすと黒眼黒髪のキースが立っていて、その腕にはたくさんのバラが抱えられていた。

 目が合う前に、キースは私に礼をする。

 キースの黒の髪がふわりと風に舞った。そこに、となりの美香の長い髪がさらりと流れて、溶け合うように黒が重なり合ったようにみえた。

 まるで同調するかのような風のいたずらに、私は苛立つ。


「アラン様?」


 問いかけるように見上げてくる美香に目をうつすと、館からの明かりが美香の瞳に移り、潤んだかのようにみえた。

 私は咄嗟に話題をさがし、美香の手にあるバラに目を留める。


「バラを摘んだのですか?」


 私が声をかけると、美香は微笑んで頷いた。


「ジャムにしたら合いそうなものを、キースに選んでもらったの…」


 そう言って美香が傍らのキースを見上げた。キースは私の方に再度礼をしたあと、美香の方を見た。

「ミカ様、バラのトゲを抜いてから、これはまた侍女殿に預けます」

と言った。


 …それは非常になめらかな古語だった。


 私と庭について話すときは、つねに一般共用語だったため、キースがここまでなめらかに古語を話すとは思っていなかった。

 考えてみれば、私はキースと美香が寄りそって話しているところを見てはいても、その傍によったことはなかったのだ。


 初めて聞くキースの古語に驚きながらも、私は黙って美香とキースのやりとりの続きを待った。

 しかし、キースはそのトゲ抜きの用件だけを美香に伝えると、私に向き直り礼をして「失礼いたします」と一言告げると、さっと元の庭園へと戻って行ってしまったのだった。


 美香はその去りゆくキースの背中をぼんやりと見ていた。

 私はそんな美香の表情が気に入らなくて、


「美香、どうしましたか?」


と声をかける。

 私の声にハッとしたように顔を上げた。


「あ、あぁ、ううん」


 あわてるように言う美香に、私は再び、言葉を選んでたずねる。


「キースが、どうかしましたか…?」


 私の追及するような言葉に、美香は何かを感じたのか、私の目を見た。


「う、ううん、たいしたことじゃないの」

「…何がです?」

「……トゲをね、抜くの…あんなにたくさんあったら、キースが大変だろうなって思っただけよ」


 私はその言葉にますます、胸の中が苛立ってくるのを感じた。

 そして、思うままに、いつのまにか美香のバラを持っていないほうの手をさっと取って握る。


「アラン…様?」


 戸惑ったように美香が尋ねて見上げてくる。

 だが、その言葉づかいも、なんだか気にいらなかった。

 私は、手をとって握ったまま館の中に美香を連れて入る。


 グールドをはじめ、使用人たちが「おかえりなさいませ」と挨拶してくれるが、私は軽く会釈する程度にとどめ、美香の手を引いたままどんどん館の中に入っていく。


「あの、あの…アラン様?」


 手を引かれてパタパタと着いてくる美香の困ったような声は聞こえてくるけれども…その言い方が、気に障った。


 私は、先ほど美香が親しげにキースを見上げていたのを思い出して、美香を振り返る。


「いつまで、そう呼ぶんです?」

「え?」


 目を丸くして、美香が私を見上げる。

 私が美香の繋いだ手にギュッと力を入れると、美香はビクッと震えた。


「もう、外出は終わりました。様は…いらないでしょう?」

「え?…あの」

「もともと、美香は私に呼び捨てでポンポンと好きなように話してくれていたじゃないですか」

「…あ、の、アラン?」

「どうして、です?」

「え?な、にが…」

「どうして……」


 私は、それ以上はさすがに口に出せなかった。

 最後の理性がおもいとどめる。


 ………キースには名前を呼んで、バラを並んで選び、去っていく背中すら名残惜しそうに見つめているくせに。

 私とは、昨日、あんなに口づけた後でも…すんなりと、自分の部屋に一人で戻っていこうとしたではないか…!


 すこしも、私に心を残すことなく。

 名残惜しいのは…いつも、私で。私だけで。


 あなたの身体に…その私もまだ触れたことのない、血に…その全身に、もしあの男の魔力が流れているのだとしたら。

 耐えることなく、その魔力がささやかに微かに、美香の全身をくまなく満たし、守り続けているのだとしたら?

 絡め取り続けているのだとしたら?


 私はギリッと唇を噛んだ。


「アラン?」


 美香は私の顔を見上げてきた。

 私は美香の目を見つめ返す。


 黒くきらきらとした目は、館の中の明かりを取りこんで、潤んでいる。

 その黒眼を見ていると、美香はちょっと小首を傾げた。


「アラン様より、アランって呼ばれたいの?」

「……」


 そうだが違う。

 ……それだけじゃない。

 どう伝えていいのか、言葉がでてこない。


 私は黙って、美香を見つめ返す。


 美香は困ったような顔をしていたが、そっと片手を伸ばしてきた。

 そして、すっと私の唇に指先をあてた。


「それ以上噛んじゃ駄目。唇が傷ついてる」

「……」

「…ふふっ」


 私が黙っていると、美香が微かに笑った。

 そして、私の顔をのぞきこんだ。


「なんだか…アラン、こどもみたい」

「!」


 美香はニコニコと笑っている。その顔は侮蔑しているわけでも、からかっているわけでもなく、ただ微笑んでいるという風情だった。


「いつも…アランの方がずっとずっと大人で、私をからかうのにね」

「……」


 穏やかにそう言われると、私は恥ずかしくなって目をそらした。

 つないだ手もぎこちなくなって、私はそっとはずそうとした。


 そのとき……つないだ手をはなそうとしたその時。

 美香の方から、ギュッとつなぎなおされた。


「!」

「そういうこどもっぽいところも見せてもらえ方が、嬉しい」


 私が驚いて美香の方を見ると、美香は微笑んだまま私を見上げてきた。


「夕食にしよう?グールドさんやマーリ、待ってるよ」


 穏やかな、明るい微笑みが、私だけに向けられる。


 私が…あやされてる。

 不甲斐ない…情けない…。

 そんな言葉が頭の中をぐるぐるとまわるものの。

 先ほどとは逆に、私の手を引きながら歩き始めた美香が穏やかに微笑んでくれるのを目の当たりにすると、自分の中にあった荒ぶれたものや後悔の嵐がゆったりとおさまってくるのを感じた。


「……私がこどもっぽいと嬉しいんですか?」


 落ちついてきた心で、そっと美香にたずねると、美香が私の方をチラっとみて微笑んだ。


「まぁ、そういうものじゃない?」

「そういうものですか?」

「わかんない…私、恋愛したことないし。でも、見せてもらえた方が嬉しかったのは本当」


 その言葉に、私は自分に笑みが戻るのを感じた。


「美香…」


 そう呼びかけると、半歩前をあるいていた美香が振り返る。


「丁寧によびかけて話してくれるのも…嬉しかったんですが…」


 私はいったん言葉を留めた。そしてまた口を動かす。


「でも、やはり、アランと呼ばれたくなりました。そして、自由に話したい、あなたと」


 美香は私の顔を見つめていた。

 しばらく黙っていた後、にっこりとほほ笑んでうなづいた。


8/13 誤字訂正

11/15 表現を少し変更。改行変更。

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