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20 宣告 (ミカ)

ミカ視点です。

今回、シリアスです。

 城下街は、昼時とあって賑やかだった。

 貴族がよく通り過ぎる豪華で華やかな通りを抜けていくと、賑やかな商業区に入って行く。 

 露店などもあらわれ、商店の看板も貴族の通りに比べるとぐっと派手な色遣いで目のひくものが増える。

 街ゆく人の格好も、今の私が着ているような簡易ドレス風な人もいれば、もっと町娘的な人、エプロン姿の主婦、衛兵、今のアランのような紳士姿の人もいれば、農村の素朴な村人風なズボンと擦り切れたシャツの人もいて、ごった返した通りになっていった。


 片方の手をアランがしっかりとつかんでくれているので、人の流れが多くなっても迷うことなく進むことができる。

 ちょっと汗ばむくらいにしっかり握られている手に照れつつも、堅くて大きな手が掴んでくれていることで、私はすっかり安心しきって、周りをキョロキョロとみまわしていた。帽子と付け毛のおかげか、私のことを見る人もいない。


 どうやら黒髪黒眼はすっかり隠せているみたいだし。

 街は賑やかでなんだか大きな商店街みたいで…本当に久しぶりにワクワクするなぁ。

 そんなことを思いながら歩いていると、今までの道よりも、もっと人の往来も多く露店もたくさん並ぶ、広場と大通りが交差した部分に差し掛かった。


 その時、私とアランの少し前を歩いていたディール様が振り返った。

 こちらに寄って来て……そしておもむろに、


「アラン、ミカの隣を交代しよう?」


と言った。そして私にも声をかける。


「ミカ、すまないけれど、僕と手をつなぎましょう」

「え?あのディールさま?」


 私が戸惑って返事すると、ディール様はにっこりと笑った後、私の隣のアランに目を向けた。


「アランも気付いているでしょう?この人ごみになると、手をつないで隣を歩くより、後方で両手を使える状態で、周囲の人間の動き全体に目を光らせている方が、確実に防御できるって」

「……」


 アランは黙ったままディール様を見返している。


「ね、アラン。それに、通りすがりの人たちも、君が類いまれな美貌の近衛騎士団長アランだってこと、気付きはじめてるよ?そして、『黒髪黒眼』じゃない女の子の手を引いて、お忍びしているってことにも気付きはじめてるんじゃない?視線に気づかないはずないよね?」


 最後は確認するように、ディール様はアランに言った。


「……」


 アランは、黙ったままだ。


「ほらアラン、だんまりして・・・イヤそうな顔しないの。黒髪黒眼の異国から来た少女とアランの恋物語の噂のおかげで、ミカはこの城下街に受け入れはじめられている。そこで、アランが他の女を連れていることになったら、黒髪黒眼の少女は『捨てられた』だの『一時期の恋だったらしい』だのと言われて、今後ミカが黒髪黒眼のままで外出するのが難しくなるよ?」


 追いたてるようにディール様は言った。

 その追及に、一度アランはちいさなため息をつく。

 ……そして、私とつないでいた手をそっとはずした。


 私の自由になった手は、ディール様によって取られた。


「弟よ、よくできました。では、ミカ、行こうか。騎士アランが、背後から守ってくれるから、ミカは思い存分楽しむといいよ」


 ディール様はそう私にも声をかけて、優しく手を握ってくれる。

 その握り方は、そっと添えるだけのような握り方で、私に力のかからない不思議な触れかただった。

 アランの、熱を伝えてくるようなしっかりとした繋ぎ方ではなくて……。

 一瞬、アランの手の熱が恋しいと思った。


 ……私ったら、何を思っているんだろう!

 ……恋しいだなんて!


 そう考えた途端、前から殿下の、


「おい、こっちだぞ~」


と、呼ぶ声がした。

 私が声の方に目を向けると、殿下とリード様は街角の露店前でこちらに手を振っていた。

 殿下の呼び声に、隣のディール様は、

「いま行きますよ!」

と、返事をして、私と手をつなぎながら、殿下とリード様がいる方へと歩き出した。

 後ろにアランがついていてくれることを背中で感じて、少し振り返る。

 アランは一瞬私と目を合わせて、軽くうなずいたけれど、すぐに視線を前に戻した。

 はずされた視線をどこかさびしく思いながらも、私も前を向いて一歩を踏み出したのだった。


*************


 殿下が連れてきてくれた露店は、サンドイッチのようにパンに野菜やお肉を挟んでいるものを売っていた。中に挟む具がいろいろ並べてあって、選べるらしい。

 炒めたお肉の香りや、スパイスの香りに、色とりどりの野菜たち。とてもおいしそうだった。パンはふっくらとした丸いパンで、食パンというよりハンバーガーのバンズという感じ。


「お!サムじゃないか、久しぶりに来てくれたのか!」


 露店に立つ、エプロン姿のちょっと太めの男性が殿下の顔をみて笑顔で声をかけてきた。


「おぉ、おやじさんのパンが食いたくなってな」


 殿下がきやすく返事する。

 おやじさんと呼ばれた男性はニコニコと笑って、殿下の周りの私たちを見回した。


「それにしてもサム、今日は偉く美形揃いを連れているな!この方は、近衛騎士団アラン様じゃないか…おまえ、もしかして何処ぞの高貴な坊ちゃんだったりするのか」


 『おやじさん』と呼ばれた男性は、私の後ろにいるアランの姿にギョッとしたように言った。

 その言葉に殿下…サムは動揺することもなく、逆にニヤニヤしている。


「そう思うか?」


 殿下のニヤニヤ顔を、男性は数秒凝視してから…笑いだした。


「ははは!おもわねぇよ!まぁ羽ぶりの良い若者には違いねぇだろうが、高貴ではないな、はっはっは!大口あけて、パンをかぶりつくし、悪態はつくしなぁ。ま、でも俺はおまえの食いっぷりは大好きだよ」

「なんとでもいえよ!アランは、友達さ。俺は顔が広いんだよ。さ、今日のおすすめは何だ?今日連れてるやつらは、俺と違って上品なやつらだからな、おやじさんのパンを食うのは初めてなんだ」

「お~この肉の炒め物なんか、けっこう人気だぜ、ちょっと辛くてこの時期うまいんだ~。女の子には、この卵と野菜の詰め物も人気だぜ?ナイフとフォークでいただくランチとは違った格別の味さ!」


 店主はいろいろと説明しだす。

 自信を持って紹介されるそれらは、どれもとてもおいしそうで、私はワクワクして選んだ。アランもディール様もリードもそれぞれ自分の好みにあった中身をえらび、紙につつんでもらった。ディール様がさっとまとめて支払いしてくれる。


 店を離れるときに、店主は、


「ありがとうございました~。またきてくれよ、サム!」

「おう!」


 殿下は片手を上げて、ちょっと粗野な感じで挨拶する。

 すると店主はさっとアランに目を向けて、


「アラン様、街では黒髪黒眼の婚約者の噂でもちきりなんですよ!今日は連れていらっしゃらないようですが、ぜひ次はご一緒に!お待ちしておりますよ~」


と、声をかけてくれた。


 ……その噂の婚約者…って私のことです、とは名乗れず、でもばれていないことにホッとしながら、そっとアランの方を見ると、アランは店主に軽く会釈していた。

 私がその姿を見つめていると、ディール様がかがんで私の耳元近くで囁いた。


「街では、ずいぶんとアランの黒髪黒眼の婚約者の存在は受け入れられているんですよ。宰相も、情報をうまく街に流してがんばりましたからね」

「……」

「今日、変装して街の雰囲気を味わってみて、そして心の底から安心できたら……いつか弟と素のままで、黒髪黒眼のミカとして隣を歩いてあげてくださいね?」

「…はい」


 私がうなづくと、ディール様はふっと私の耳に息を吹きかけた。


「っ!きゃっ」


 私は突然のことに小さく悲鳴をあげた。

 ちょうどそのとき顔をあげたアランの目が私と合う。


 一瞬にして、アランの目が険しいものになった。

 今まで向けられたことのない、厳しい視線に私は戸惑う。

 耳元に顔を寄せていたディール様は、私から離れながら、


「ほらほらアラン、そういう怖い顔は女性を怖がらせるだけですよ?」

と、アランに向けて言った。

 その言葉に、ますますアランの碧眼が剣呑になってディール様を見た。

 そのとき、殿下の声が割って入った。


「おい、ディールもアランも、パンが冷めちまうだろうが。広場のテーブルで食うから、ディールとアランは飲み物でも見つくろって来い」


 殿下は、いつもの皇太子殿下の言葉づかいよりもぐっと崩した話し方をしつつも、二人に軽く命令する。


「ミカの騎士をミカの傍から離すのですか?」


と、いうディール様の切り返しにも、


「俺とリードがいるだろう?おまえだけだと5人分のカップを持てんだろうが?」


と、返事する。


「……貴方は一度言ったら聞きませんからね…仕方ありません、ミカをお願いしますよ?私の大事な妹になる娘なんですからね」


 そう言って、ディール様は私の手を離し、始終無言だったアランを連れだって、別の露店の方へと走っていった。


 私と殿下とリード様は少し歩いて、広場にあるテーブルについた。

 それから殿下はこちらを向いて、笑った。


「どうだ?街は」

「……活気があって、良い街だと思います」

「そうか」


 殿下は頷いて微笑む。


「今日は邪魔して悪いな。でも、さっきの露店のおやじも言っていたが、アランの黒髪黒眼の婚約者はわりと街で歓待されているんだ。ミカのところにも、若い街の娘たちから贈りものが届くだろう?」

「はい」

「だから、今日は黒髪を隠して目の色も隠して別の人間として街をあるいてみて…そして大丈夫なことがわかったら、アランと一緒に今度は本当の自分で歩いてみるといい」


 殿下の言葉に私は首をかしげる。


「ディール様と同じようなこと、おっしゃるんですね」

「同じようなこと?」


 私は頷く。


「ディール様も、『心の底から安心できたら、黒髪黒眼のミカとして、アランの隣を歩いてあげてくださいね?』というようなことをおっしゃったので…」


 それを聞くと、殿下はちょっと眉を寄せた。


「…あいつ、やっぱり兄バカだな…」

「……」

「まぁ、俺とディールは、アランの婚約を喜んでもいるし、心配もしているんだ」


 殿下の口調が、荒っぽいものから、真面目なトーンになった。

 ……異世界から来た直後の初めて会ったときや、王城での審問のとき、その後にときどきアランの館を訪れたときのもののような、皇太子殿下として落ちついた声音。


「ミカの存在というのは、このフレア国でも危ういところにいる。今のところ聖殿側の魔術の失敗のせいでこちらに来たということではあるが、ミカが異世界から来た存在であると諸外国にはっきりさせるのはまずい」

「そうなんですか?諸外国…?」


 私は殿下の言いたいことが飲みこめず、戸惑いつつ尋ねた。

 私の言葉に殿下は頷き、そして私の方を見た。


「たとえば…聖殿側の魔術が成功して…異世界から人を自由に連れてくることができる力…ゆくゆくは、こちらが異世界へ渡っていくことができる力をフレア国がもったら、今のこの近隣諸国との力関係が大きく崩れてしまうということはわかるか?」

「なんとなく…。私のもといた世界と、こちら側の文明が違いますから…」


 私の言葉に殿下は「そうだ」と返事しながら、腕を組んだ。


「ミカの世界というのは、審問のときに聞いた部分だけでも、この世界よりずいぶんと機械文明が進んでいる。ミカはそういう情報をあまり持たない娘であるから、ある意味、利用されずにすんでいるが…それでも、王侯貴族の中ではミカのうちにある小さな情報でも軍事的に利用できないかと考えている輩も少数ながらいるんだ」

「……」

「飛び道具にしても、兵器にしても、戦術にしても…だ。それから医学だな。もしフレア国が異世界に気軽に行き来ができるようになれば…諸外国からすれば、フレア国の技術革新が脅威になってしまうだろうし、その情報を得ようとして戦争もはじまるかもしれん」


 なんとなく物騒な感じがして、私はちょっと怖くなった。

 そういう雰囲気が殿下に伝わったのか、殿下は口元を少しゆるめた。


「おびえなくてよい。今の王も、そして次期王とされる私も、できれば異世界の情報は仕入れたくないのだ。フレア国は過去に大きな戦いで敗戦して以来、戦争を避ける伝統にあるのだよ」


 その言葉が本当かどうかは見定められないけれども、ちょっとホッとした。


「そもそも、異世界というものがあることすら、『あるであろう』という魔術師たちの予測にすぎないものだった。ミカが現れたことである意味、異世界の存在が証明されたが…それでも、正直なところ、ミカが異世界の到来者ではなく、ただのこちらの国の娘の異常行動だと考える貴族もいるくらいだ。」

「だが、異質な存在には変わりない。そして、ミカがこのフレア国にない文明や教養、知識を持っていることも変わらないから、王や私はミカを管理下に置くことは止めることはできない。ミカが若い娘で…失礼な言い方にはなるが、非力で良かったと思うよ。非力な故に、それほど縛りつけずにすむ」


 非力…という言葉に、ちょっと落ち込んだ。

 同時に、だからこそ生き延びれた不思議さを感じる。


「だが、フレア国以外に目を向け始めるとなると…難しい。フレア国は四方を海に囲まれている島国だから、ある程度は統制ができていると思うが…。おそらく国王・統領レベルの影の者が入っているとなると、異世界からの到来者のミカの話しは大陸側に渡っている可能性も濃い」

「つまり、戦いに私を利用したいと考える国も出てくるかもしれないということですか?」

「そうだ。これは『ミカ』という存在が、アランの館から落下してきた時点でさまざまな可能性を考えた中の一つだがな。ミカが異世界の情報を大量に持ち、また何らかの専門的な知識や技術を持った存在だと誤解されてしまえば、問題がうまれる。『ミカ』そのものが情報源として誘拐や監禁の対象になってしまうだろう」


 誘拐、監禁。

 私は背筋に冷たいものが伝っていく気がした。


「わ、わたし、こんなに出歩いていて大丈夫なんでしょうか…」


 私が怯えてそう言うと、殿下は笑った。


「だからこそ、出歩くんだ。私たちがミカを完全に外にさらさないように扱えば、諸外国とすればフレア国がミカを重要人物して扱っている…つまり、なんらかの重要な情報をにぎる人物としてとらえるだろう?」

「……」

「普通に出歩き、普通に婚約者として過ごし、いずれ結婚するのが良い」


 殿下はそう言って笑った。

 私はハッとして顔をあげて、殿下の目を見つめた。


 殿下の目は、もう笑ってはいなかった。

 真剣でもあり…そして、憐れむような、いたわるような目をしていた。


「帰還は…ない」

「え…」

「ミカが帰還する術が万が一でも、完成してしまえば…フレア国は異世界の人物や情報を行き来できるとして、戦火に巻き込まれる可能性が濃くなる」

「……」

「異世界とは、本来、関わってはならぬのだ。フレア国の魔術は聖魔術。聖域を守るために編み出された、自然と融和し守護をつかさどる魔術のはずだ。時空間の歪みから、なぜミカが到来してしまったのか…分析途中だが…本来、そんな、時空間に関与してしまうような大きな魔術の動きはあってはならぬ」

「そ、れは…」

「帰還の術は、今後も一切生成されることはない。ミカの到来時の魔術の発動や魔力の動きは原因究明のため、これからも分析することにはなっている。しかし…」

「私が帰還する術……異世界と関わるような魔術を編みだすことはない、と?」

「そうだ。たとえ糸口が見つかっても、阻止せねばならぬ。これは王の意見でもあり、皇太子としての私の意見でもある。聖殿の長も、戦乱を招く力は望んでおらず、帰還の術の開発・生成は行わない方針で固めている」

「!」


 殿下の新緑の瞳と私の視線が絡み合う。だが視線は絡んでも、その先に見ているのは、異なった。 


「ミカは、こちらで一人の女として…アランの傍で一生暮らせ」

「…!」

「これが、このフレア国にできる、異世界からの到来者ミカへの…ギリギリの最善策なのだ。アランの婚約者としてなら、我々王族も、聖殿の長の一連も間接的にでも保護してやれる。そもそもアランなら…私の命がなくても、ミカを大事にする。何よりも、守ってくれるだろう」


 私は殿下の顔を見つめた。

 頭の中がかたまってしまって、うまく動かない。


 帰還の術が、ない。

 それは今までだってわかっていたこと。

 でも、聖殿でそれを編み出してくれるんじゃないかって…少し、期待してたんだ。

 いつか、いつかきっと…って。


 でも、もし帰還できる魔術が編みだす力をもてたとしても、それを受け入れない……と「フレア国の皇太子」は、今、言った。

 それは「王の意見」でもあると。

 この国において、王の意見は最優先事項だ。


 私は、帰られないのだ。日本に……!


「アランは、これらの王と私と聖殿の魔術師長の意向を知らぬ。貴族出身であっても、アラン自身は今は近衛騎士団長の立場でしかないからな。だから…何もしらぬゆえ、いつかミカの帰還の術が開発され、ミカが帰ってしまうのではないか…と恐れている。」

「……」

「アランは、ミカの帰還を何よりも恐れているよ」


 ポツンと、殿下が言った。


「……アランの婚約者になれと言ったのは、殿下ではないのですか?」


 私はグルグルと回るような頭の中を必死に、整理しようとしながら尋ねた。


「アランだよ。妻にと望んだのは、アランだ。アランが言いださなければ、王侯貴族の一員の養女として一生を定めてもらう予定だった」

「自由は…ない、と」

「これは、最大限のフレア国にとっては自由なことだ。たしかにフレア国からの監視と最低限の束縛はありはするが、ミカの手は汚れることなく、その身体も無理に汚されることなく…ミカは毎日、食事も衣服も眠るベッドも与えられているだろう?」

「……」

「このアランの弟でもあるリードが、アランの館に守りの魔術を施している。

だから、あの館の中ではほぼ他国からの間者や影の者、他の魔術者がしのびこむことはないだろう。もし侵入したとしても、なんらかの形跡は残るから大丈夫だ」


 殿下の声に、私の心は『何が大丈夫だ、だ!』と、反抗するけれど、必死に口をつぐむ。

 反抗しても得策とはいえない。

 今は……とにかく、冷静にならなければ!

 気持ちをそらせるために、殿下から目をそらせて、殿下のとなりのリード様に目を向ける。


 無表情のまま、姿勢よく殿下の隣の席に座っている。時折吹き抜ける風が、リード様の結んだ長い髪をゆらす。白銀に見えるけれども、日の下にいるとリード様のその髪は金色をかすかに帯びているようで、白金といえる雰囲気だった。

 その流れる髪の輝きを見ながら、心をなんとかそらして落ちつける。

 帰還できないこと、私とアランの結婚は決定的で、そしてそれはアランが望んでくれたことだったということ。

 アランの最初の言葉どおり、本当に「厄介払い」で…そもそも、この世界において私は厄介そのもので…。


 頭の中にまわることを、必死に整理しようとする中、

 殿下が言った。


「あぁ、二人が戻ってきたな。……ミカ」


 私は目を上げた。


「ミカにはつらく、我々を憎みたくなるかもしれないが…。私も王も、ソーネット伯爵ディールも…これでもミカのことを気に入っている。でなければ、アランの婚約者として認めはしない」

「……」


 私は息がつまって返事ができない。


「アランを幸せにしてやってくれ」

「な、ん、ですか、それっ!」


 私はいつのまにか、強く言い返していた。

 その途端。


「あらあらサム、ミカを怒らせて……何をしたんですか?」


 すっと私と殿下の間にあるテーブルに、飲み物の入ったカップが置かれた。

殿下と私をさえぎるように、ディール様が微笑む。でも、目が笑っておらず、私を牽制する。

 殿下に歯向かうことは許さないとでも…いうように。


 こ、のタヌキ!


 ……と内心思うが、引っ込める。


「なんでもないさ。ちょっとからかってしまって、怒らせちゃったらしい!可愛いなぁ~」


 いっきに砕けた口調で話し始める殿下に、私の心は芯から冷える。

 私が黙っていると、肩にあたたかな手が置かれた。

 見なくても、わかる。

 この大きくて堅くて鍛え上げられているとわかる腕は…アランだ。


 背後から、包み込むような声がする。

 

「ミカ、大丈夫ですか?」


 見上げると、アランの金色の髪がサラサラと風に揺れる。

 そのあいまから見え隠れする、碧眼は深い海のようで。

 その瞳に見つめられていると、張りつめていた心がふっとゆるむのがわかった。


「……大丈夫。…サムの言葉にちょっとびっくりしただけ」


 私のことばに、少し眉をひそめてアランは殿下の方に目を向けた。


「あなたは何を言ったんですか」

「ん?初夜の作法とか?」

「……殿下」

「ほら、にらまない、にらまない!初夜っていうのは、冗談だ!近衛騎士団長がいかに黒髪黒眼の異国から来たやんごとなき姫君に惚れているかっていうことを話しただけさ!」


 殿下はへらへら笑ってアランに答える。

 アランの眉は最大限に寄せられたが、横からディール様が、


「まぁまぁ、アラン、そんなにピリピリしない。サムもアランをからかうのを止めてくださいね?ウブなんですから」


と言いながら、アランを私からひきはがし、隣の席につかせた。


 私は軽くため息をついた。

 そして、一呼吸おいてから、殿下とディール様の顔を見回した後、まだ納得のいかないという顔で殿下の方をみているアランに向かって言った。


「ねぇ、アラン様、私、お腹がすきました!」


 その声で、アランはちょっと小首を傾げて、表情を和らげた。

 アランの殿下とディール様への警戒が少し解けたようだった。


「お腹がすいたんですね。…飲み物もどうぞ。果実のジュースです、甘くて人気なようです」


 そういって、薄桃色の液体の入ったカップを差し出してくれる。

 私が受け取ると、殿下が横から言った。


「うむ、やっぱりミカは良いな」

「そのようですねぇ」


 ディール様も頷いている。

 アランはまた、ちょっと険しくした目でディール様と殿下の方を見た。


「アランよりよっぽど懐がでかくて、切り替えが早い。そしてアランの扱いもうまい。」

「良い妹ができそうで、嬉しい限りです。亡き両親も喜びます」


 二人の会話に、私のこめかみがピリピリしそうだったけれど、なんとかこらえつつ笑みを浮かべる。


「まぁ、お褒めいただき光栄です」


 心の中で「タヌキばっかりか!!」と叫びつつ、私はさきほど露店で買ってもらった調理パンをいただくことにした。


 もういい、大口あけていっちゃうもんね!!!


 心の中で、殿下の言葉が…。

 帰還の術がないということが…

 嵐のように私をかき乱していたけれど。


 私は涙もなにもかもを飲みこんで、食べ始めた。

 ひとまず、今、前を向いて過ごさなきゃ。




7/19、26,8/2 誤字・脱字の訂正、文末表現を少し変更しました。

(内容に変更はありません)

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