18 心のありか-3 (ミカ)
ミカ視点です。
その後、シエラ・リリィさんの衣装屋さんの二階で、私とアランはドレスのリボンやボタンなどのパーツを選んだりした。
照れ隠しもあって、ちょっと言葉すくなめだったけれど、シエラ・リリィさんの誘導の仕方がとても上手で、私もアランもいつのまにかリラックスして小物選びができるようになっていた。
そして、いよいよ採寸のために、私だけ別室に移動することになる。
アランの横を立って、お針子さんが連れて行ってくれる隣の部屋に移動する。
採寸の部屋は、観葉植物みたいな緑や花束がたくさん飾られている部屋だった。
「花がいっぱいですね」
私が声をかけると、お針子さんの女性の一人が笑顔で答えてくれる。
「採寸の時は、お召し物を脱いでいただくので、リラックスしていただける部屋を意識しております」
二人の女性に手伝ってもらって今きている淡い水色のドレスを脱ぎ、差し出されたスリップドレスのような薄手の服をまとう。
ちなみにこちらの世界の下着って、胸はブラはワイヤーなしの胸当てみたいなもので、下はカボチャパンツ…白くてふわりとした布をまとい腰と足のふとももそれぞれでリボンを結んではくしろものだった。
スリップドレス姿の私にお針子さん二人が巻尺をあてて採寸をしていく。
この一年で私のサイズがどう変化したか気になるけれど、残念ながら、お針子さんはプロ意識なのか採寸したサイズは口にだすことなく、採寸を終えてしまった。
あっというまに終わり、「お疲れ様でした」との言葉で、またもとのドレスを着ることになる。
今日は外出ということでいつもはつけないコルセットもつけているので、脱ぎ着を手伝ってもらうはめになったけれど、こんな衣装屋に来ることがわかっていたらコルセットはつけるんじゃなかったとちょっと後悔する。
コルセットをギリギリと締めてもらってすこし苦しい思いをしつつも、なんとかドレスも元通り着て、少し乱れてしまった髪も整えてもらった。
こうして採寸を終えて、また元の二階のソファのところに戻ってくると、アランがいなかった。
お針子さんが、他のメイドに声をかけると、アランも男性用のシャツの採寸をシエラ・リリィさんに促されたそうで、別室にいってるとの返事だった。
それを聞いて、私はお針子さんにたずねた。
「あのシエラ・リリィさんて、男性…なんですか」
私の質問にお針子さんは、にっこりとうなづく。
「そうでございます。店主は中性的な姿で性を超えた衣装の美を追求しておりますが、性別は男性でございます」
性を超えた衣装の美かぁ。
たしかにシエラ・リリィさんの姿は、男性にも女性にも見え、またそのどちらでもないかのようで魅惑的だった。
「素敵なお店ですね」
私が心の底から言うと、お針子さん方は「ありがとうございます」とほほ笑んだ。
「ミカ様、アラン様をお待ちの間、階下の店舗もごらんになられますか?一階の店舗は開店しておりますから一般のお客様がいらっしゃいますが、今はちょうどお昼時にかかりすいているようでございます」
声をかけられて、私はうなづく。
「そうね…少し見せてもらおうかな」
この黒眼黒髪が目立つのがいやだったけど、空いているならありがたい。
一階には、帽子やバッグなども並んでいたように思うし…。
ちょっと眺めてみたい気もする。
私は一階の店舗をのぞいてみることにした。
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階段を下りるときに、店舗にいた数人が私を見た気がした。
やっぱり目立つかなぁ…ちょっと自分の黒髪を気にしつつも、「背筋をまげちゃいけない!」と自分を励ましながら、口元に微笑みを意識して店舗を歩く。
きらきらとビーズのような飾りがつるされたところから虹色の光が出て、店舗の中は輝いて見えた。
フリルやレース、それにアクセサリーなんかも並べられたり、人形につけて飾り付けられていたりする。
その中を二人ほど同じような貴族女性のような人が、供のものを少し後ろに控えさせながらアクセサリーやバッグを眺めたりしている。
あぁいうのを、本当の貴婦人というんだなぁ…と内心ほれぼれとしてしまう。
優雅な歩調、揺れるドレスのすそは決して足先をみせることがなく、あくまで品よく進んでいく。ときどき品物を手に取る指先はしなやかで、動きそのものがダンスのよう。
見惚れてしまうくらい綺麗だった。
同時に、……私、日本に帰るまで、本当にアランの婚約者としてやっていけるのかな……ちょっと落ち込む気もするけれど。ま、私はしょせん淑女として付け焼刃なんだから仕方がないか。
恥をさらさないようにがんばるしかない。
そんなことを思いながら、目の前のきらびやかな小物やアクセサリーに目をやっていると、ツカツカツカと勢いのなる足音が背後から近づいてきた。
あまりの勢いに、私が目をあげると…。
そこにいたのは……。
以前、アランの館にあらわれ、私のことで使用人たちを罵倒したレイティ嬢だった。
店内にいたとは気付かなかった。
レイティ嬢は、クリーム色の襞の多いドレスを着ていた。二つに結いあげて飾りをつけている金の髪が、ちょっとつりあがった猫のような瞳に良く似合っていて、その形相が怒りのものでなければ、美少女に見える姿だった。
「あなたがなぜ、ここにいらっしゃるの!!」
甲高いけれども声の大きさは抑えているレイティ嬢が、鋭く私に言葉の刃を向けた。
前に館に来たときには、私に声をかけることもなく、とにかく周りのモノたちを嘲り怒鳴りちらしたレイティ嬢。
でも、今日は私しかいないから、刃を私に向けるのか。
「さきほど二階からいらしたわね!今日は貸切で二階は断られたというのに、まさかあなたが使ってらしたとわね」
「ごきげんよう、レイティさま」
私はレイティ嬢の声を無視して、儀礼的に礼をした。
その態度に腹を立てたのか、レイティ嬢は声をあげる。
「まぁ!そうね、あなたはアラン様の婚約者ですものね、うまく取り入ったこと!あなたみたいな泥棒猫のような下賤な者がこちらの店をつかったなら、もうわたくしもこちらには来るのをよしましょう。けがらわしい!」
まくしたてるように話す。
だが、店内に響くようには話さない当たり、注目はうまく避けている。
賢いんだか、意地が悪いんだか…。
でも、今は、レイティ嬢の矛先が私だけだったので、以前とは違って私は平静だった。
私に言われるなら、罵詈雑言なんて聞き流せばいい。
そんなことを思いながら、レイティ嬢を眺めていると、表情を変えない私に苛立ったのか、レイティ嬢は傍に控えさせていた二人の侍従に、
「こんな泥棒猫のような女と一緒の空気を吸うのはいやよ、他の店にまわりましょ」
と言った。
こちらをひと睨みしてから、レイティ嬢は侍従と一緒に店を出ていってしまった。
案外と悪口はあっさりしていたなぁと、少し拍子抜けした。
「泥棒猫」…レイティ嬢は昔からアランにあこがれていたと、マーリが言っていた。
15,6歳の少女だし、アランとは年の差があるとは思うけれど、この国では身分がつり合うかどうかで結婚相手を決めることもよくある話。もしうまくいけばレイティ嬢とアランが婚約ということだって…あったかもしれないのだ。
そういう立場からすれば、ポッとあらわれて、居候となって婚約者になってしまった私の存在って、鬱陶しいとしか言いようがないんだろうな…とも思う。
それでも、私を理由にあげつらねて使用人たちを罵倒したことは…正直とても傷ついたけど。
とにかく今回は私ひとりで良かった…と安堵のため息をついていると、ポンポンと肩をたたく人がいた。
「え?」
振り返ると……想像もしなかった人が、にっこりと笑って立っていた。
光を受けるゆるくクセのある金の髪、青の瞳は人懐っこくほほ笑んでいる。
いつもの伯爵としてのきっちりとした豪華な衣服ではなく、貴族の男性がおでかけに来たかのような気軽な感じの黒のジャケットとスカーフを首元にあしらってきめている、その優雅な姿。
「ミカ、お久しぶり」
「え、あ…ディールさま!?」
「ふふ、バラジャム、もらいにきちゃったよ」
「え?」
「連れもいるんだ」
そういって、アランの兄であり、ソーネット伯爵ディール様は後ろを振り返って私に指示した。
そこには……同じように貴族の格好をラフにきこなしている男性が二人いた。
一人は茶色の髪。頬から耳にかけて赤痣のような後をほどこしている。
でも、いたずらっ子のように輝かせる新緑の瞳は…あきらかに皇太子殿下。
たしかに、髪型もかえ、赤痣の化粧も施し、立ち姿や表情の風情をかえると皇太子殿下にはまったく見えない。
いつもの典雅で威厳のある雰囲気がとりはらわれ、ちょっと不良なお貴族様に見えるくらいだった。茶の髪にあわせたように、深い茶の上着を羽織っていて、首元はブラウスのボタンを少しゆるめて品が落ちない程度に着崩している。
「で、で、んか…」
「しっ」
ディール様が、人差し指を口元にあててにっこりと笑う。
「お忍びだからね。今日はサムという名前だよ」
「……」
そして、その皇太子殿下と見受けられる「サム」の横にいるのは、長い白銀の髪を一つに束ね黒の眼帯を左目にしているスラリとした細身の男性。黒のタイトでシンプルなジャケットとパンツ姿。手袋すら黒いので、余計に白銀の煌めきが引き立っている。
前髪が長く、黒の眼帯が白銀の髪の間からちらちら見えているのが謎めいている。右目は青緑で切れ長で鋭く、こちらをすっと見るが、笑みを浮かべたりはしない。
「リード様まで…」
私がつぶやくと、ディール様がにっこりと笑った。
「宰相も来たがったんだけど、仕事でこれなくてね。いろいろ僕たちが抜け出したフォローにまわってくれているんだよ」
「…でも、なぜここに」
私の呟きに、従者の格好をした「サム」が口を開いた。
「そりゃ、兄弟想い、学友想いだからだ」
そうしてニヤっと笑う皇太子殿下…サムを見て、アランが仕える方の問題児っぷりを痛感したのだった。
この皇太子殿下とディール様とリード様の登場で、さっきのレイティ嬢とのはちあわせの驚きもふっとんでしまう。
「アランはもちろん知らないんですよね?」
私がそういうと、ディール様と殿下はにっこりと同時に微笑む。
「もちろん」
その答えに頭が痛くなりそうになったとたん、ディール様が「あ、きたね」と答えた。
その表情の笑顔がいっそう「にんまり」したものになったので、振り返ってみると、階段を下りてくるアランの姿があった。その顔は苦虫をつぶしたようなものになっている。
「弟よ、そんな顔でむかえてくれちゃうと、ますます可愛がりたくなってしまうよ」
「……」
「あ、今日は私のことは『サム』と呼べ」
「……」
ディール様と殿下のアランへの話しかけのあいまに、リード様はアランにむかってスッと美しい姿勢で一礼した。
「……暇なんですか」
アランは一言つぶやく。
「いやいや、そうじゃないけどね。ほら、お忍びなんて可愛い弟の堅物アラン君は得意じゃないだろ?だからこのお忍び大得意のお兄様が応援しようとおもってねぇ」
「…私はお忍びなんてしていませんが?ミカと買い物に来ただけで…」
「おいおいおい、せっかくの外出を衣装屋だけで終わらせるつもりか?」
殿下が横からつっこみを入れる。
なにかにわかに店の中で騒がしくなって、恥ずかしくなってくる。
私はそーっと、ディール様と殿下とアランのやりとりから離れるように一歩ずつ後ろに下がった。
きゅっ。
腕が軽く掴まれた。
見ると、リード様が私の二の腕をつかんでいる。
「ほらほら、お兄様と幼馴染からの婚約プレゼントがあるから上にあがって」
我が店でもあるまいし、ディール様はリード様につかまれた私を二階にうながし、アランのことも二階に追いたてる。
なんだか店内の貴婦人方の視線が痛い……。
そう思いながら二階にあがったのだった。
ミカ視点が続きました。
次回からは、アラン視点になります。




