17 心のありか-2 (ミカ)
前回に引き続き、ミカ視点です。
馬車が止まったのは、城下に入ってしばらく整えられた道を進んだあとにそびえたつ大きな建物の横だった。
マーリが以前話してくれたように、窓から見える街並みは石畳とレンガが組み合わさった落ちついた雰囲気だった。行きかう馬車や人も高級そうな外見が多くて、ここが城下の中でも貴族たちが集う区画なことがなんとなく伝わってくる。
そして、馬車の小窓からうかがうだけでも、通りかかるのは金髪や茶髪ばかりだった。目の色も明るい色ばかりで、私のような黒髪に黒眼という人はいなかった。貴族の多い通りのせいかもしれないけれど、マーリが話してくれたように、黒髪に黒眼という取り合わせは本当に貴重な存在なのかもしれない。
御者が馬車の扉をあけてくれ、アランにエスコートされながら私は馬車からおりる。
「ありがとう。酔わずに来れました」
私が御者に一般共用語でお礼を言うと、御者は一礼する。
ここからは、言葉も一般用語を使うようにしないと…そう思って気をひきしめる。
館の使用人たちとの会話のおかげで、ずいぶんと自然に話せるようになっているものの、まだまだうまく一般共用語で伝えられないこともあったりするのだ。
アランは私の手をひきながら、馬車をのりつけた建物の前に行く。
御者が取り次いだのか、建物の扉が中から開けられた。
「ようこそいらっしゃいました!衣装の望みはすべて叶う『シエラ・リリィの店』へようこそ!」
そう張りのある声が響いたかと思うと、中から、銀の髪が腰あたりまできらめく中性な顔立ちをした背の高い人がでてきた。周りは使用人なのか、メイド服を来た女性たちも並んで迎え入れてくれる。
建物の中に足を踏み入れると、きらびやかな装飾をされた壁にはさまざまな色の布がかけられ、いろんなドレスを着た人形が立ち並んでいた。
フリルがたっぷりとついたドレス、ひだがゆったりと流れるようにとってある大人っぽいドレス、透けるような布を何層も重ねてつくったようなスカート…。それらが並んでいる横には、色とりどりのリボンや、花をあしらった帽子、石の飾りのついた靴なども並べられている。
天井からはきらめくビーズのような石がいくつもつり下げられ、窓からの日差しに反射して店内をきらきらと虹色に照らしていて、本当に華やかな場所だった。
中央には二階へとつづく階段が用意されていて、その階段にも紅いふかふかの絨毯がしかれていた。
「あ、の、ここは…」
戸惑ってとなりのアランを見上げると、
「衣装屋ですよ?さあ、あがりましょう」
答えたのは、私の空いていた右腕をさっととって促してくれた、先ほどの銀の髪の人だった。
「え、あの」
私が戸惑っていると、
「私はシエラ・リリィ。この店の店主。この一階は、通りがかりのお客様がお品を見るスペースでございます。ご予約のお客さまは、お二階の部屋でゆっくりと衣装選びをなさってください」
「え?え?衣装?」
「そうです。当店では、布一枚、リボン、レースすべてお客様がお選びになり、デザインも多数のものから選んでいただいて、ドレスをおつくりいたします。」
銀の髪の人…シエラ・リリィさんは、こちらをみて言った。
――あ、この人は紫がかった赤色の目をしている。
色白で高い鼻の細面の顔に、大粒の瞳。ゆるやかに弧を描く薄い唇。アランの華やかな綺麗さとは違った、月明かりのような透明感のある美しさがあった。
私が身惚れていると、煌めく宝石のような目が片方つむって、ウインクになった。
「当店の自慢はお連れの方が男性・女性に関わらずお二人で選べることなんですよ?おひとりで選んで衣装を作るよりも、お好きな方とあれこれおしゃべりして決める方が、今の流行です!…きっと素敵なドレスが仕上がります」
え?え?
私は戸惑って、左側で私の手をつないでいるアランを見上げる。
「ドレスはいっぱいいただいてます…」
「二人で選んだことはないでしょう?」
「はぁ」
「ほらほらお客様、男性は愛する人に甘えてもらうと嬉しいもの!こちらへ」
シエラ・リリィさんに通された二階は一階にもまして豪華だった。
細かな絵柄をあしらった壁紙に、ふかふかの絨毯、装飾がほどこされた棚と服掛けがあり、二人掛けくらいのソファがあった。
棚にはグラデーションのように色の濃淡で並べられた布があり、木製で出来た飾り足のついたテーブルには銀のトレーが並べられ、そこにはレースやリボン、ビーズが並べられていた。
お針子さんらしき女性が数人ならび、礼をしてから私たちに「ようこそいらっしゃいました」と次々にあいさつしてくれる。
シエラ・リリィは私とアランを振り返り、
「午前中はアラン・ソーネット様のみのご予約で貸し切っておりますゆえ、ごゆるりとお選びくださいませ」
と言って優雅に一礼した。
男性のようにも見えるし、背の高い女性が男装しているようにも見えるシエラ・リリィさんは、たっぷりと襞をとった薄布を何層もかさねた衣装をゆるやかに揺らしながら、お針子さんたちに何か指示をした。
私は戸惑ったまま、アランと手をつないだままお針子さんとシエラ・リリィさんに従って…いつのまにか布選びがはじまっていた…。
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「最近は、こちらの若草色も流行でございます。模様が入りますとこちらで…」
私の肩にいくつも布をあてながら、シエラ・リリィさんは声をかけてくれる。
鏡の中には、私とアラン、シエラ・リリィさんがうつっている。
まさか、私、初めての外出で、衣装屋さんに来るとは思わなかった…。
しかも、美形ふたりに脇を固められて選ぶのって、すごく難しい…。
私は涙目になりながら、すこし意識を飛ばした。
そもそも。
こちらの世界に落ちてきたとき、私はレギンスに膝スカート、上は七分袖Tシャツという姿だった。
今おもうと、それがいろんな意味で私を救ってくれていたように思う。
だって、もしレギンスを履いていない生足だったら…こちらの文化では速効アウト!だ。
いくら古語を話していても、下賤な者という第一印象はまぬがれなかったと思う。
そして、ジーンズや綿パンでなかったことも良かった。
遠目にもヒラヒラしたスカートがひるがえったから「女性」と判別してもらえ、不審人物とはいえ、アランはじめ「女性」として扱ってもらえたのだ。
ちなみにそのときの持ち物は大学への通学に使っていたトートバック一つ。
トートバックの中身は日本文学概論のテキストとノート、筆記具、携帯電話、ハンカチとティッシュ、お財布だけ。
衣服とこのトートバック、中身は没収された。
たぶん、王城か聖殿に保管されているんだと思う。
返して欲しいと思うけれど、それを強く望んでは言わなかった。
こちらの国にとっては奇抜な衣装である日本の衣服が、そのTシャツの模様がなにかの「暗号」と捉えられたり、旗がわりとみなされかねない。
こちらの文明にない携帯電話は、トリップ直後に開いたらすでに電源が落ちてまったく作動しなくなっていて、画面の明かりすら出なかった。もし電源が入ってしまっていたら、何の暗殺道具だと疑われていたかもしれないと思うと、電源が落ちていてよかったと思う。
シャーペンやボールペンだって、こちらにはない器具で、もちろんその構造はこちらの技師たちに分解されただろうし、その安全性はたしかめられてはいるだろうけれど…。
もし返してと望んだら、余計な疑いがかかるかもしれない。
そう思うと、何も言わない方が得策だと思った。
私は、衣服や所持品を没収されたけれど、館ではまったく衣服に困らなかった。
すぐに、私の衣服や靴をしてくれたから…。
最初は、誰かのものを回してくれたのかサイズは少し大き目だった。
でも一月ばかりすると、全部新調され、私のサイズにぴったりのものになっていた。
足をださない、半ばひきずっているかのような裾のドレスは私には扱いづらかったし、フリルやリボンはひっかけそうでじゃまだったから、はずしてもらったりした。
すると次からは、あまり装飾のない比較的うごきやすいドレスが運ばれてきて。
季節の変わり目はもちろん、気付くとマーリは新しい色のドレスを持ってくる。
きっとアランが手配してくれたんだろうけれど、本当に申し訳ないと思うくらい、たくさんの物を用意してくれた。
それなのに、あえてまた…。
鏡越しに、アランと目があった。
「ミカ、困った顔をしてますね?」
アランはほほ笑みながら言う。
その言葉に私は素直に頷いた。
「はい、困ってます…」
「今まではね、少女や未婚の女性が着るデザインだったのです。ですが、婚約者として発表されましたから…それ相応の物を用意する必要があると思ってくださればいいのです。」
アランは穏やかに言った。
「私の婚約者となれば、社交の場に出る機会もあるかもしれませんしね?騎士団長の妻として、また兄のソーネット伯爵の義妹として、上級魔術師リードの義姉としての立場もありますから」
そう微笑んで言われてしまうと、私は選ばないわけにはいかなくなってしまう。
「はい…」と返事した。
アランは私の返事ににっこりとほほ笑み、シエラ・リリィさんに話しかけた。
「店主殿、バラをイメージさせる…布はありますか?ミカの黒髪に映える赤系がいいんですが」
「もちろん、ございます」
シエラ・リリィさんは、お針子に指示していくつか布を持ってこさせる。
深い赤色に細かな染め模様がある布、明るい赤色、淡いピンクのような布や、鮮やかな赤もあった。
「この前の赤いドレスは良く似合っていました。赤色で夜会用のデザインで作るのはどうですか?」
アランは私に深い赤色の布を手わたす。
「ミカ様はきめ細やかな肌をされていますから、襟ぐりを開けても赤が品よくうつりますよ」
シエラさんは、赤の布を肩にかけてくれながら話す。
たしかに思ったより派手にみえない。
私が頷くと赤の布はお針子さんの手に渡ってゆく。
「夜会用はまだ必要でしょう?他の色はどうですか?」
アランは私を布の棚へと促す。
そんないくつも贅沢できないよ…と気遅れするけれど、「遠慮は許しませんよ?」と耳元でささやかれて、私はぎくしゃくと棚の前を歩く。
赤、真紅、薄紅色、黄色、クリーム色、ベージュ、深緑、若草色……。
色とりどり、また材質や模様の違いも入れれば数えきれないくらいの布が選べるようになっている棚を歩いてまわると、一つの色が目に飛び込んできた。
青にも緑にも見える…色。
昔、父がいたころ母と三人で言った離島の海の色…。
そして、アランの瞳の色に近いと気付いた色…。
私が目を奪われて足を止めたのに気付いて、シエラさんは私の視線の先の布を手に取る。
「青碧ですね、お目が高い。上質の染め布です」
渡された布は光沢があるものの、派手すぎず、手に取るとしなやかで薄手だった。
「この布の場合、薄いですから…このように重ねるといいのですよ」
そう言ってシエラさんは、もう一枚、白い布を下に重ねる。すると青碧と呼ばれた色が、もっと淡くそして柔らかい色あいになった。
淡いのに、シエラさんがスカートのギャザーを寄せるように少してで寄せて襞をつくると、深い青碧と淡い青が生まれ、布全体の色に奥行きがでる。。
「綺麗…」
重ねた布は、まさにアランの瞳のような穏やかな色。
離島で見た、凪いだ海の色。
シエラさんが私の肩に布を添わせ、鏡の前に立たせる。
私の目と髪の黒色と青碧の色は対立しあうこともなく、自分で見てもしっくりと落ちついて見えた。
「お似合いですよ」
シエラさんが声をかけてくれる。
私はそれに会釈でこたえて、少し後ろにいたアランを振り返る。
アランと目が合う。
まさに、アランの瞳はこのドレスの色だなぁと思いながら、私はたずねる。
「あ、の、どうでしょう?」
こういうのを人に聞きなれてなくて、照れてしまう。
アランは私の隣に来て、私の髪を一房とり指ですいた。
「綺麗です…とても。あなたの肌の色と髪の黒によく、合います」
私は、その言葉に余計に照れて少しうつむいた。
レディファーストが徹底されているアランだから、こんな時に褒めてくれるのはわかりきってることなんだけど、それでも見つめられて言われるとドキドキする。
うつむいた先にシエラさんが肩にかけてくれた青碧の布が広がっているのが目に入る。
「この色…アランの瞳の色ですよね」
私は無意識につぶやいていた。
私の髪を梳いていたアランの指先がとまる。
その沈黙に、私は顔をあげる。
かたまったように私を見つめるアランがいる。
「あの、アラン様?」
私は首をかしげて、アランの目を見つめる。
さっとアランの頬がうっすらうすく染まる。
「え?」
アランはさっと目をそらした。
「私の…瞳の色、ですか?」
「えぇ、この深い…青のような緑のような、綺麗な色ですよね」
私が素直にそう言うと、アランはますます目をそらした。
「あの?」
何か不快だったかと思って問いなおそうとしたら、シエラさんが私の両肩にそっと手を添えた。
「布のお色が決まりましたので、他の素材とドレスのデザイン集をお持ちしますから、ソーネット様とミカ様はこちらのソファでお待ちください」
そう促された。
アランは、そのシエラさんの言葉に頷いて私をそっとエスコートして、先にあるソファに座らせてくれる。
そして、自分も隣に座る。
お針子さんとシエラさんが布を裁縫部屋に運んでいったので、にわかにソファでふたりっきりになってしまった。
沈黙……。
アランの方に目をやるけれども、アランはそっと目線をはずす。
こういう挙動不審なアランの姿は初めてで、私は戸惑ってしまう。
「あの、アラン様。何か不快でしたか?瞳の色と言ったのがなにか気にさわったなら、ごめんなさい…」
私がそう告げると、アランはこちらを向いて気まずいとでもいうような顔をして、首をふった。
「いえ、ミカがあやまることは何も…」
そう言って、アランは節ばった長い指の並ぶ手を自分の口にあてがい、何か考えるようなそぶりを見せた。
いつも優雅で背筋の伸びた、余裕のある動きをみせるアランにしては、このうろたえたような態度はめずらしくて、私の目を引いた。
「あの、アラン?」
「……」
私が見つめ続けると、アランはまるで白状するかのようにぽつっと言った。
「……瞳の色と言われたのが嬉しかったのです」
「!」
その言葉に、私は自分の頬が火照って行くのがわかった。
今度は私がそわそわとしてしまう。
そんな私に、アランは今までみたいに触れることもなく、ただソファの隣であたたかな声色で私を包んだ。
「…私の瞳の色を選んでくださって、ありがとう」
そんな風に言われたら、私は完全に照れて顔をあげられなくなった。
こんな時に、気のきいた返事ができる恋愛スキルはないので、もう黙っておくしかない。
そもそもあんなに手に触れたり口づけたり、唇にまでキスしてきたアランが、こんな言葉で照れるんだ…と新たな発見で。
どこがツボだったのかわからないけど、アランの新鮮な表情と態度に、胸がさらに高鳴って行くのを止められなかった。
ミカ視点、次回も続きます。




