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16 心のありか-1 (ミカ)

ミカ視点です。


 私は隣をちらっと見た。

 アランは馬車の中でぎゅっと手を握ったままだった。


 ずっとつないでくると、ちょっと汗ばんでくるように思うし、なんというか照れる。

 なんとか隙間を作れないかなぁと思って、ごそごそと左手の指先を動かすと、


「離さないで。約束でしたよね?」


 そう言われて、ぎゅっと握りなおされてしまった。


 今日のアランは、白のブラウスに濃紺のジャケット。下も同系の色でまとめている。

 いつも出仕のときは長めの金の前髪も綺麗に後ろに流して、額が見える感じに仕上げているんだけど、今日はラフに流しただけだ。肩口まであった長めの襟足は、少しキリそろえられたのか短めになっていて、ジャケットの襟が綺麗に見えていた。


 見てて飽きない美丈夫だけど、見上げていても仕方ないし。

 私は意識を窓の外にむけようとする。


 馬車から見える景色は、丘から田園風景となり、だんだん白い建物が近くに見えるようになってきていた。


 沈黙していると、つないでいる手の熱も気になるし、先ほどのアランの『あなたの…ミカのご両親にご報告できないのが申し訳なく思っています…』という言葉が思い出されて、胸が痛いような悲しいような気持ちになってくる。

 何か話題がないかなぁと、頭の中で必死に探していると、アランが先に口を開いた。


「ミカは、以前、ダンスをしていたことがあるのですか?」

「え?」

「ダンスの教師が、ミカは何か舞踊をやっていたのではないかと言っていたので。筋が良いと褒めていましたよ」


 アランの言葉に首をかしげる。

 ダンスはしたことがなかったけれど。


「バレエはやっていたけど」


 私が言葉にだしてみると、次はアランが首をかしげた。


「バレエ? それはどのような?」

「う~ん、どのようなと言われても。舞台で踊るんですけど、物語性があるの。舞踊で表現する劇という感じかなぁ。フレア国には踊る劇はないですか?」

「劇、芝居はあります。貴族階級の娯楽としては一般的ではないのですが、最近は城下でも人気でお忍びで見に行く人も多いようです。私は警護で付き添いましたが、人気のようで芝居小屋が満員でしたよ」

「その警護って、やっぱり皇太子殿下のお忍び……」


 私がつぶやくと、アランは肯定も否定もせず、微笑した。

 職務については口外しないことを徹底しているなぁとアランの態度を尊敬しつつ、私は言った。


「こちらの国では踊り子っていないの?単独で踊るとか。踊りで何かを表現するとか……」

「いえ…。フレア国では、基本はありませんね。踊りが聖魔術を行うのに利用されて、神聖なものと考える国は他国であるようですが、フレア国では……」

「どちらかというと、踊り子の地位は低い?」


 私が言いづらそうなアランの言葉を先取りすると、アランは、頷いた。


「どちらかといえば、フレア国での『踊り子』は娼婦をかねている場合も多いのです。貴族が踊るダンスは、男女一組が定められています。逆に言うと、大勢の人前で単独で踊るということは、相手を誘っている、探していると…捉えられてしまうのです」

「そっか。舞踊が『表現』として扱われていないんですね」


 私の言葉にアランは頷いた。

 そして、すこし不思議そうな顔をして質問してきた。


「『バレエ』というのは、踊りの劇と言っていましたが、ずっと踊ってるんですか、ひとりで?

 複数で? セリフなどもあるのでしょうか?」

「組んで踊ることもあれば、舞台で単独で踊ることもあるの。あ、もちろん私のいた国では、踊ることが異性を誘っていると捉える文化じゃないですからね? 立派な芸術なんです。バレエにはセリフはなくって、踊りや身体の動きで心も表現するんですよ」

「踊りで表現……」


 アランにはピンとこないようだった。


「うん。私が踊って見せてあげられたいいんですけど、11歳くらいで習うのはやめてしまって技術力もたいしたことなくって。私ではバレエの綺麗さや表現の深さは残念ながら伝えられないんですよね……」


 私がそうつぶやくと、アランは首をかしげた。


「途中でやめたんですか?習うのを?」

「うん。父が亡くなって。生活がいろいろ大変になっちゃいまして、習い事とか続けられなくなったんです。」

「……」

「母が働いて私を育ててくれたんですけど。基本的な生活はなんとかなっても、やはり習い事とか特別にやれるほどは余裕がなくって」


 あまり湿っぽくのなるのがいやで、ちょっと早口で話してからアランの様子をうかがう。

 アランの表情には、私に同情したり憐れんだりだりするようなものは浮かんでいなくって、心の底からほっとした。


 バレエの話に戻そうと思って、話しかける。


「まぁでも、踊るのは本当に好きでした。手指の先から足先までに気持ちを行き渡らせて動かしていると、鳥になって自分が飛び立っていけるかのような気がすることもありましたよ。習うのはやめても、好きなのはかわらなくて。テレビっていういろんなものを見ることができる機械があるんですけど、それでよく舞台を見ていました」


 私の話をアランは頷きながら聞いてくれる。


「バレエをやめることになったとき、正直言うと寂しかったんですけどね。けっこう小さな頃から厳しい先生について打ち込んできてたので、今までの努力ってなんだろうって思ったりもして。でも、昔がんばっていたおかげで、今このフレア国でダンスを習うのに少しでも役立っているなら、無駄ではなかったんでしょうね」


 そう私が話し終えた後、アランは静かに言った。


「……ミカは強いですね」


 まぶしいものでも見るかのように私を見て、アランはほほ笑んだ。

 窓からの日差しでサラサラと金の髪が光を帯び、碧く澄んだ瞳は穏やかに私を見つめている。


「ミカは強いと、いつも思います。逆境にあっても、希望を失わない」

「……そんなことは……」


 私はアランの眼差しに照れて、瞳を伏せる。


「こんなに小さな手なのに……守るべきか弱さを持っているのに、その黒い瞳は光をたたえている……だから、惹かれるんでしょうね」


 握っていた手をアランは口もとにもっていき、私の指に軽く口づけを落とした。


「…でも、弱音を吐いてくれてもいいんですよ?」

「え?」


 アランの小さな呟きに、私は思わず聞き返す。


「私はあなたの伴侶となるんですから…。つらい気持ちも哀しい思いも、話してくれてもかまわないんです」


 そう言って、また優しく私の指先に口づけするアラン。


 私は見上げることができなかった。

 アランの顔を直視する勇気がなかった。

 こんなに大切にしてくれる人に対して、どう返事していいのか……私はわからなくて。

 ただ、うつむいていた。


 返事をしない私にアランは、ちょっとのぞきこむようにして見つめてきた。


「ミカ?……どうしましたか?馬車に酔いましたか?」


 心配そうにこちらを見る瞳に、私はこらえきれなくなって、言ってしまった。


「……甘やかしすぎです」

「……」

「アラン…さま、あんまり私のこと、大事にしないでください!」

「……ミカ、何を言ってるんです?……駄々っこみたいに」


 アランはくすっと笑った。


「っ!駄々っこって、なんですか!」

「甘やかしたいんです。甘えてください」


 アランは笑みをたたえたまま、私に告げる。


「ほら、もうすぐ目的地に着きますよ。そこでも、遠慮はしちゃだめですよ?」

「え?遠慮?……アラン様、そういえばこれからどこへ……」


 私が戸惑って尋ねると、アランはにっこりと笑ったままで、


「着いたら、わかります」


と、返事した。

 そのそっけない返事に、私は少々すねる。


「……甘やかしてくれるんだったら、聞いたことに答えてくれてもいいんでは……」

「甘えておねだりして聞いてくれるなら、答えますよ?」


 アランは満面の笑みで私を迎えてくれる。

 ……おねだりって。

 そんなの、どんな顔してすればいいのかわからないよ!


「……いいです、着いてからのお楽しみにします」


 私はそう返事して、アランに左手を好きなように握ったりしてもてあそばれながら、馬車が目的地に着くまでの時間を過ごすこととなったのだった。



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