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14 願い (ミカ)

第2章スタート。

ミカ視点です。

冒頭、ひらがなを多用した文章がありますが、これはミカのこどもの頃の心象を表したためです。

読みにくいかもしれませんが、ご了承ください。

 ……パパ、となりのおばちゃんのおにわ、なにかいいかおりがする~。あかいはながさいてるよ~


 ……あぁ、バラがまんかいだ。いいかおりだなぁ。みか、ママもよんでおいで。


 ……なあに?あら、ほんときれいなあかいろねぇ。かおりもふかいわ。


 ……ミカのなまえはなぁ、うつくしいかおり、ってかくんだぞ。


 ……うつくしいかおり?


 ……あらあなた、まだミカはやっとひらがなをおぼえたばかりですよ?


 ……いいんだよ、じぶんのなまえのいみをおぼえるのはだいじなことだ。なぁ、みか、パパがママにけっこんしてくれとたのんだときも、このバラのはなたばをおくったんだぞ?


 ……なつかしいですねぇ。


 ……みかのなまえの「うつくしいかおり」は、バラのかおりなんだ。


 ……ふ~ん、これ、おいしい「み」はなるの?


 ……ははは、はなよりだんごか!




 うつらうつらしていると、こだまする。

 おだやかな、こえ。


 あぁ、これはおもいでだ。


 きおくだ。


 小さなころの私。父と母と私がそろっていた三人家族だったころの…。


 夢。


 頭が少しずつ覚醒してくる。


 いま、わたしはあたたかなベッドの中にいる。

 閉じた目でなにも見えない。



「美香」



 自分で自分の名前をつぶやいてみる。



「お、とうさん……パパ。おかあさん……」



 目をそっとあける。




 そこに広がるのは、高い天井。

 美しい文様が描かれた壁。

 目線をうつすと……花瓶に活けられたバラの花束がベッドのサイドテーブルに置かれている。



「……昨日の残りのバラ、か」



 ふーっと深く息をする。



「ゆめ、か」



 ここは日本じゃない。

 フレア王国だ。


 私はもういちど深く息をした。

 バラの香りが鼻をくすぐる。 

 昨日バラジャムを作ったときに残ったバラを枕元に飾っていたから。

 香りに包まれて寝ているうちに、古い記憶が夢になって戻ってきたのかもしれない。


「日本」のこと。

 こどものころの思い出、夢。

 

 自分の名前を、自分でもういちどつぶやく。


「ミ、カ……美香」


 この世界において……フレア国で、だれも、この名前の意味を知りはしない。

 私が元いた世界でも、この私の名前の由来を知ってくれている人は……たった一人になってしまった。


「おかあさん……どうしてる?」


 父を8年前に亡くし、昨年私まで突然いなくなってしまった世界に、今もいるであろう母。

 あの人は、どうしているだろう。いくら気丈な人だとしても。

 泣き暮らしていないだろうか。むこうで「私」はどうなってるんだろう?


 ひとつ心配しはじめれば、こころは「日本」の友達や恩師や祖母……さまざまな顔が浮かんでくる。

 胸がきしんでいくようだった。


 ……ギュッと手をにぎりしめた。


 あまり深く思いださないようにしている「日本」のことがどんどん頭にちらついてきたので、私はさっさとベッドから抜け出すことにした。

 身体を動かさないと、もんもんと考え始めてしまうから。


 もうしばらくしたら、マーリも起こしに来てくれるだろうから、先に私は身支度をしはじめる。

 鏡にうつった自分を見て、今日は目が腫れてないのを確認し、髪をかるくとく。


 それから窓を開けた。

 涼やかな風がはいってきて、部屋に満ちていたバラの香りがうすまってゆく。


「う~ん!」


 ぐーっと伸びをして、朝の澄んだ空気を身体に入れる。

 バラの香りは好きだけど、今はちょっと重く感じてしまう。

 父母の夢もそうだし、昨夜のアランの言葉も私の心に重くのしかかっていた。


『ミカ……好きです』

『欲しかったんです…。厄介どころか宝物だ』


 ぎゅっと目をつぶって息をすい、ゆっくりと吐く。


 アランのことば……。

 あんなに甘く、やさしく、囁かれて。

 熱をまとう瞳に見つめられて。


 ……ドキドキしないはずがない。

 ……目を奪われないはずが、ない。


 私はなんてったって、恋愛スキル・ゼロ。

 冗談でも、あんなこと、だれからも言われたこと、なくて。


 アランにすれば、ちょっと毛色の変わった娘が飛び込んできて、一年近く暮らしているうちにフラフラと心が揺れて私のことが「欲しい」と思ってくれたにすぎないんだとしても。

 それでも、嬉しいには違いなくて。



 でも、同時に……聞きたくなかった。



『ミカ、好きです』

『欲しかったんです。厄介どころか宝物だ』


 こんな風に言われてしまったら。

 日本に帰れるようになるまでのあいだ、ここで「生き延びよう」とだけ思って生きている自分が、皆を裏切っているような気がしてくる。


 異世界にとびこむことになったのは想像を絶するアクシデントだったとしても。

 拾ってもらって、この場所でぬくぬくといさせてもらって、みんなに良くしてもらって、想わぬ形で「婚約者」という立場にまでなってしまって……。

 ここで支えてくれ、支え続けてくれる人。

 アラン、マーリ、グールド、キース、ドン、ドーラ……みんな。

 感謝しても、いくら感謝しても足りないのに。


 それはわかっているのに、それでも「帰りたい」と思っている自分が、みんなを裏切っているんじゃないかって思えて仕方がない。

 気持ちがここにあるようで、実はここにないということが、申し訳なくて仕方がない。


 アラン……。

 ……「あいしてる」からの婚約じゃなくて、ごめんなさい。

 ……あなたの告げてくれた気持ちを素直にうけとること、できなくて、ごめんなさい。


 ……利用して、ごめんなさい。


 すこしでも、迷惑をかけないように、がんばるから。

 アランが楽しく過ごせるように、がんばるから。

 婚約者として、伴侶として、できるだけがんばるから。

 求めてくれるならこのカラダも好きにしていいから。

 婚外恋愛も了解するから。


 だから、日本に帰れるまで……生き延びさせて。


 心に浮かんだ金髪碧眼の優しいまなざしに、そんな風に願った。



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