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11 甘いものは好きですか(アラン)

アラン視点です。

 


 無理に唇を奪った翌朝。


 朝食の準備すらできておらぬ早朝に、すでに使用人から使用人の居間にいたときのミカの行動についての報告書が上がってきた。

 私はミカと別れたまま眠れぬ夜をすごし、このままでは気が鈍るので、まだ太陽が昇り始める前から、館の隣にある稽古場で剣技の一人稽古をしていた。


 使用人からの報告書を受け取り、汗をぬぐうために自室に戻る道中、それを読みながらあるいていて、いつのまにか、私は足が止まった。

 報告書には、半地下にある使用人たちの居間にあらわれたミカは、使用人見習いのスカートとエプロン姿だったこと。


 ――そして、ミカのそこでの話題は――。

 自分との婚約によって、アラン・ソーネット……つまり、私の名誉が落ちはしないか心配する話に始終していた……とのことだったのだ。


 ミカは、自分が黒髪黒眼をさげすまれることで、私が他の貴族からモノ笑いの種にならないかと気遣ってくれていたという。

 おそらくマーリやグールドあたりにたずねても、本当の世間の風を教えてくれはしないと思ったのだろう。



 

 自室に戻り、着替えてから、なんどもその報告書を読みなおす。

 紙を持つ指先に力がこもって、紙に皺が寄った。

 

 悔やんでも悔やみきれない。

 その気持ちだけが、体を駆け巡った。


 報告された彼女の行動に、私が想像したような、下劣でやましいことなど一つもない。

 そう、人に笑われるべきは、嫉妬にまみれ劣情にまかせ、ミカをおとしめる想像をした私なのだ。


 暗い廊下で彼女を待つ私がしでかしたことは、なんだ。

 私の彼女にしたことは、嫉妬にまみれた者の行動でしかなかった。

 その腕の中で「こわい」と震えた彼女。

 でも、彼女は……ミカは、それまで、私のために気遣ってくれていたのだ。


 報告の最後の方に、キースからバラを受け取る話があったとも書いてあった。会話から察するに、どうやら、バラで料理をするらしいとのことだった。

 

 ……ミカのいた異世界では、花を料理に使うのだろうか。

 キースに頼んだというところに、私の心がまたざわめく。

 同時に、自分の浅はかさに、ため息をついた。

 


 そもそも、ミカは今朝の食事にあらわれてくれるだろうか。

 あのような暴挙に出た私の前に……あらわれてくれるのだろうか。

 現れてくれたなら、あやまろう。許されるかはともかく……だ。


 でも、現れず……これからずっと避けられたら?

 どうしたら、いい。

 どうしたら?

 

 ため息をのみこんで、私は自分がしでかしたことの重さに目をつむった。




 ****




 その後。

 朝食の並ぶ食堂に、彼女が少し腫らした目で現れてくれたとき。

 私は、彼女の顔つきに痛ましさを感じつつも……安堵したのだ。

 続いてミカに笑顔であいさつされたとき、ホッとした。

 見計らってあやまらねば……そう思ったとき。


 

「だって、ファーストキスだったんだもの!」


と、イタズラっぽく言われてしまった。――やられた、と思った。


 ミカは、非常に周囲に気遣う子だ。

 自分が面白く明るく話すことで、私の自己嫌悪も、謝罪も、自分の悲しみすら流してしまう。

 彼女は昨晩の私の暴挙すら受け入れたかのように会話を進めた。 


「……次からは、もうちょっと場所と雰囲気を選んでください、婚約者さま。……そうじゃないと、照れちゃって寝つけなくて、私、困ってしまうんだよ?」


 ……と言われたとき。

 完全にあやまる機会を失った。

 同時に、彼女に再び陥落した、と言っていい。

 いや、すでに私はミカを想っているけれども……。


 その言葉をくちにした、ミカの姿。

 ――-照れて頬を染めて、でも無理に笑おうとして、がんばっているミカはあまりに可愛くて。そして、そんな自分を見せないようにするかのように、そそくさと席についてしまう仕草すらいじらくして。


 ああ、私は愚か者だが、それでもいい。

 彼女がこんなふうに可愛らしく見つめてくれるなら、それでいいと……想ってしまった。


 もちろん。

 彼女が無理して言っているのくらいわかる。


 ミカが恋に不慣れなことぐらい、暮していればわかるものだ。

 残念ながら、私を保護者と思い、男性扱いしていないことも。

 その彼女が、マーリやグールドもいる前であえて私に、こんな大胆な言い方をするのは、かなりの覚悟がいっただろう。


 ミカは気付いている。

 この世界にいるかぎり、私との婚約・結婚にノーといえる立場にないと。

 だから彼女はいちどもイエスもいっていないが、ノーとも言っていない。愚痴すら、言葉にしていない。

 不服は態度にでていても、決定的な拒否はしていない。

 彼女は私の館に住む自分の立場を自覚している。


 逆にいえば、彼女は、別に私の心を必要としていないのだろう。

 生きる場所として、私の隣をあてがわれたのなら、受け入れるしかないと思ってるにすぎない。


 私を「婚約者さま」と呼び、立場は了承する。

 心はともかく……私の婚約者、そしてゆくゆくは妻という場所でいきていくことを了承したというサインだろう。


 けれど、私の心を知ろうと思っているわけではない。

 昨晩、なぜ私があの廊下に立っていたのかも。どうして口づけしたのかも……ミカは興味がないんだろう。だから、尋ねてもこない。

 ただ、泣きはらすくらいに、私が嫌だったのだとしても、朝にはこうして、形だけでも受け入れた態度を示す。……保護してもらいたいから。


 

 ……形だけ。形式だけで、私を必要としている。



 だが、それがわかっていても。ミカが頬をあからめ、ちょっと無理して笑みをつくるのは可愛らしかった。 

 彼女にあやまるタイミングも、鮮やかに奪われたというのに、ミカからもう目が離せなかった。



 *****



 食事を終え、これから王城へ出仕の私と、家庭教師による勉強がはじまるミカとで、食堂の扉の前で別れることとなった。


 ミカはくすっと笑う。


「クオレ、酸っぱかったね」

「そうですね」


 見上げてくるミカの瞳は、いつのまにか腫れは引き、そしていつもより煌めいているように見えた。唇をみると、濡れたように赤く、小さく愛らしい果実のようだ。


 ……昨夜、この唇を奪った。けれど。触れたのに、なにも見えなかったのだ。暗闇に閉ざされていた。


 今朝は、口づけはかわしていないのに、私がカットしたクオレをミカが唇に運んだときに、まるで私が唇に触れたかのような親密さを感じた。

 「お願い」として、クオレを欲しがった。それを、私に頼んでくれた。

 

 ……私は許されていると思っていいんだろうか。

 それとも、やはり変わらず、単にミカはこの館に居場所が必要なだけなんだろうか……。

 

 聞けないままに時間だけが過ぎる。

 もう出仕の時刻だった。


 ミカが、扉の前での別れ際、私にクオレをひとつ手渡してくれながら、私にたずねた。


「アラン、甘いものは好き?」

「――-クオレは『酸っぱい』でしょう?」


 私の返事に、ミカはちょっと首をかしげて、ふふっと可愛らしく笑った。


「アラン……さま」

「……」

「アラン様が、甘いものがお好きだといいのですが…」


 ミカが「アラン様」と私に呼びかけたのは、初めてのことだった。

 

 距離がうまれたのか……縮まったのか。


 ミカからクオレが私の手に渡った瞬間、ミカの小さな指先が私の手に触れた。そのひんやりした感触が触れたとき、たまらなくなって空いていた左手で、ミカの手を握った。

 そして、いつのまにか、私の口は動いてた。


「ミカは……甘いですね」

「え?」


 掴んだ手を唇にあてる。やさしく、やさしく、もう壊さないように。


「ミカは、甘い。私は甘やかされてしまう……」

「それは……どういう意…」


 全部を言わせないままに、私は重ねるように言った。


 ……あやまる機会も与えてくれない、可愛い可愛いひと。


 かわいらしい小さな手に聞かせるように、吐息に想いをこめて。


「……甘いもの、好きですよ」

「……っ!」


 ミカの目が見開かれる。

 その白い肌が、朱に染まる。

 ……その赤みが花を思わせた。


「ミカは花開き始めた、初々しいバラのようですね。……甘い香りが漂う」


 私はミカの指先に再び口づけた。

 そして、そっと離した。


「……残念ですが、もう出仕の時間です。……ねぇ、ミカ」


 私の呼びかけに、ミカは素直に返事をしてくれる。


「はい」

「……私以外から、クオレを食べさせてもらわないでくださいね?」


 私の願いに、ミカはちょっと黙った。

 そして、


「……そんなこと、しません」


と、ミカは、眉根をよせて呟いた。



 その表情からは。

 「アラン様」と突然呼び始めたミカと、距離ができたのか、縮まったのか。

 やはりわからなかった。




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