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君に言っていなかった事

作者: ミトヒトミ

夫婦とは、愛に情を携えて共に歩んでいくもの。その片方が去って行った時、改めて気付く事がたくさんある。

おい、来たぞ。


また来たの?なんて言うなよ。この間は三回忌でみんな居たからゆっくり話せなかったし、なんていっても今日が命日だからな。


もう、お前が逝っちまって丸二年になるんだな。最近やっと昔の事を懐かしめるようになってきたよ。


…え?それを言うなよ。

そりゃあ、いつかは俺の方が先に逝くって思ってたのに、突然1人にさせられちまったんだから、しばらくはおかしくもなるよ。


でも、俺も成長したろ?簡単な食事位は作れるようになったし、洗濯だって掃除だって…まあ、マメにとは言えないけど困らない程度にはやってるし。由美子も颯汰も思ってたより自分の事は自分で出来るし、家事も分担して手伝ってくれるから助かるよ。


ん?分別?ちゃんとしてるよ。そうそう、先月からアルミ缶とスチール缶も分けなきゃいけなくなったんだぜ。

お前が心配するのはわかるけど、人間やる気になったらなんとかなるもんだな。


…どうせならお前が居るうちにもっと一緒にやればよかったな。新聞なんか重いし、お前が腰にくるって言ってたのもよくわかるよ。そう考えるとあの時こうしてればって事ばかりだ。


でもな、俺だって何も気付いてなかった訳じゃないぞ。

ちゃんと感謝してたし…まあ言葉にした事はなかったけど…。お前は

「私は料理が得意じゃないからせめて作り立てじゃないとね」

って毎晩遅くまで俺の帰りを待って出来たての飯を出してくれたけど、もし作り置きだったとしても外で食うよりお前の飯が一番旨かった。

遅く帰って1人で飲み食いするよりも、

「熱いから気をつけて」

なんて言われながらお前の顔見て食べた方がいいから、あえて言わなかったけどな。


俺はお前のドジやうっかりにも寛大だっただろ?お前が一生懸命やってるのも、俺の事考えてくれてるのもわかってたからだ。

お前はおっちょこちょいだったからな、普通の旦那はもっと文句言ってたと思うぞ。

まあ、俺はお前のそんな所を可愛いって思ってたんだけどな。少しだけだぞ、調子に乗るなよ。


命日だから特別に言っておく。

お前はずっと、俺が「お前に惚れて結婚した訳じゃない」って思ってたみたいだけど、そんな事ない。

確かにお前が由美子を身ごもったのが結婚のきっかけだったけど、そうじゃなくても添い遂げるつもりだった。

別に「しょうがなく」結婚した訳じゃない。

照れ臭かったからちゃんとプロポーズもしなかったし、入籍だけで式も挙げなかったけど…

お前とは不倫の末の結婚だったし。


俺は先妻との結婚式で神に永遠の愛を誓ったのに、お前を好きになっちまったからな。ああいう儀式や言葉のあやふやさが嘘っぽくてなんの意味もないような気がしてたんだ。そんな事よりも互いから目を逸らさずに1日1日を共に過ごす事の方が重要だと思ってたんだ。

今思えば、生活が実のあるものなら儀式や言葉も薄っぺらにはならなかったんだよな。お前は女だし初婚だし一度位華やかな式を挙げてやるべきだったよな。すまなかった。


だからウェディングドレスの写真だけは撮っておいてよかった。

今だから言うけど、あれは綺麗だった。お前は気付いてなかったけど俺はあの時相当ドギマギしてたんだぞ。

え?その時言えって?

言えるかよ。世界中で一番綺麗だよって?そんなの口に出したらドラマの台詞みたいになっちまうだろ。本心でも冗談に聞こえるじゃないか。…うん、まあ言わなきゃわかんないけどな。


それに「お前は俺の好みのタイプじゃない」ってずっと勘違いしてたみたいだけど、もしそうだったら結婚してた俺がお前といい仲になったと思うか?


確かに、先妻とは若く結婚したのに子供もいなかったし、子供が出来るような事をしなくなる位には気持ちは冷めていたけど、嫌いではなかった。うまくいってなかった訳じゃない。それはお前もわかってるよな。

それでも離婚してお前と一緒に過ごす道を選んだのは、お前に惚れてたからに決まってるだろ?


よく考えてみろよ。

慰謝料払って、色んな人に頭下げて色々言われて、何より一度は永遠の愛を誓った相手を傷つけて悲しませて、そんな事お前に心底惚れてなかったらわざわざする訳ないじゃないか。


でも傷つけたり迷惑をかけた人の事を考えたら、ヘラヘラ笑ってお前に愛してるよ〜なんて軽々しく言えないだろ?

だから離婚してすぐにお前と一緒になる気持ちになれなくて、しばらく待たせちまったけどな。

まあ、それをわかってるからお前も何も言わなかったんだろうけど。


でも、きっとお前が想像していたよりずっと俺はお前の事が好きだったんだぞ。

お前は年をとってからもあまり変わらず、年の割にはまあまあ綺麗で可愛かったし。実は職場でも随分羨ましがられてたんだ。


それにな、俺は元々は淡白な方なんだ。え?嘘ばっかりって?本当だよ!

何故かお前にだけはいくつになっても欲求が冷めなかったな。今でもお前に触れたくなる日があるよ…。

そう言うとお前はきっと、恥じらいながらも、素直に一生懸命に俺の要求に応えようとするんだろうな。

え?こんな所でもう止めろって?別にいいだろ、誰かに聞こえる訳じゃなし。

…わかったよ。もう止めるって。


でもな、そういう意味じゃなく、家の中にはお前の影がたくさん残っていて、やっぱり寂しくてたまらなくなって、しょっちゅうお前に逢いたくなるよ。


…再婚?その内するかもしれないな。こんな格好いい俺が独り身になって周りの女が放っておくわけないだろ。…まあ、お前への恋心が冷めたらするよ。俺は一度に複数の女を愛せる程器用な男じゃないから。

ただお前への気持ちが薄れるまでには相当時間がかかるだろうから、多分その前に俺もそっちにいくだろうけどな。


大体俺が他の女の所にいったら拗ねるだろ?…平気?むしろ安心?強がるなよ。お前は俺がそばに居れば強くなれるけど、居ないと途端にその場に立ち竦んでしまうじゃないか。

そんな心細い顔をもう二度とお前にさせたくないんだよ。


それに、手はかからなくなったとはいえ子供達を自立させるにはまだ時間がかかるしな。あいつらも辛いだろうに頑張ってるよ。この間も、喧嘩しながら由美子が颯汰に

「お母さんだったらなんて言うか考えてみな!」って怒鳴ってたよ。

その後2人で仏壇に手を合わせてた。


颯汰も言ってたけど、由美子はお前に似てきたよ。

颯汰は要領がいいのは変わらないけど、少し強くなったな。

あいつらは小さい時からお前に、

「挨拶」と「感謝」

を叩きこまれてるから、この先も大丈夫だろう。


…うん、おやじもおふくろも元気だよ。

おふくろがこの間お前が好きだった赤飯炊きながら思い出して泣いてたけどな。え?大丈夫、誕生日も父母の日もちゃんと忘れずにプレゼントしてるよ。


みんな大丈夫だ。安心してろ。


俺?俺は……


泣いてないよ。線香の煙が目にしみただけだ。

…そんなんじゃ成仏できない?いいじゃないか。もう少し俺のそばに居れば。

もう2、30年一緒に居て一緒に向こうへ行けばいいだろ。

俺がお前の手を引っ張ってってやるから。

その時にはちゃんとプロポーズしてやるよ。


…さて、そろそろ帰るとするか。

ん?ちゃんと涙拭けって?だから泣いてないよ。

あ、命日のプレゼントだ。「愛してるよ」

また来る。じゃあな。

先に旅立つ時には、残していかなければいけない人のその後が最大の気掛かりで、残されるものは、出来なかった事への悔いが最大の哀しみなのではないかと思う。


「その時」が来た時に深い悲しみに襲われても、時を経て前を向いて歩けるように、いつも「その時」を意識して、毎日を過ごしていかなければと思う。

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