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真星のリザティオン  作者: 佐川クロム
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偽装商業艦

――ラグランジュ1宙域


「レーダーにIA反応あり。敵総数……二機です」

 戦艦のブリッジ内にいる全員の耳にスペーススーツのヘルメットを通して若い男の声が響く。

「なに? どこの組織のIAだ」

 それに続いてブリッジの中央に座る齢五十程と推測される白髪混じりの艦長と思われる初老の男が詳細を尋ねた。

 初老の男の言葉に反応して、同じくレーダーを監視していた別の者がモニターの一部分に拡大したレーダーの映像を映し出す。そこには若い男の言ったとおり、二つの機影がアイコンとなって存在している。戦艦を中心とした同心円上にそれらのアイコン。レーダーを見る限り、そう遠くにいるのではないようだ。超望遠カメラが捉えた機影もやはり二機。灰色の機体とラベンダー色の二機だ。うち一機、灰色の機体は戦艦に乗り込む殆どの者が見覚えのある物であった。だが、もう一機ラベンダー色の機体については誰一人見たことも聞いたこともない機体であった。

「二機いるうちの一機が機体コード、所属ともに不明です。しかし、データベースと照合した結果、もう一機が機体コードGEIA-004 アドニスのデータと合致しました。おそらく地球統合軍所属のIAと思われます」

「統合軍め……この艦が偽装商業艦であると勘付いたか。だが、たった二機でこの艦を墜とそうなど。我々を見くびってもらっては困る!!」

 艦長と呼ばれた初老の男はヘルメットの中で苦悶の表情を浮かべる。言葉の調子にもその様子が顕著に現れている。

 この初老の男が艦長を務めるこの戦艦は外装を商業艦に偽装されており、組織から組織――反政府組織などへと物資を運搬する、いわゆる運び屋を目的に運用されている。この艦の主な航宙ルートは月都市ー地球の軌道エレベーター間である。

 今も月都市から地球第一軌道エレベーターへの運搬の途中であったのだが、そこに地球統合軍の襲撃を受けたのだ。正規軍から襲撃を受けたという事実は商業艦という建前上、あってはならないことだ。

 だが、この艦が襲撃を受けたということは偽装商業艦であるということが地球統合軍に露呈したということになる。そうなった時の為にこの艦は戦艦を商業艦に偽装しているのであり、旧式の機体とはいえそれなりの戦力を保持していたのだった。 

「艦長、ご指示を」

「IA部隊を全機発進させて即座に敵IAの殲滅にあたらせろ!!」

 艦長は戦艦に搭載された全八機のIAに全てに出撃を命じる。だが、それをよしとしない者がいた。副艦長として乗り込んでいた白と黒のまだら模様の髪で、まるで岩石の様な険しい表情をしている男だ。

「だが艦長、あの二機は囮で後方に援軍が控えている可能性も大いにある。全機発進は早計ではないか?」

「知るかそんなこと。とにかく奴らを殲滅するのだ。この艦が偽装商業艦であることが敵方に把握されている以上、生かしてはおけぬ!!」

 あくまで偽装商業艦であることに拘りを持つが故に焦りの見える艦長と、状況を的確に判断しあらゆる可能性に目を向ける冷静な副艦長。どちらの考えが正しいのか、もし仮に副艦長の考えが正しいとしても役職として上の艦長の指示が最優先されるのが戦場というものである。故に、この艦に乗り込む全ての人員は艦長がどれほどの愚策を弄しようとも、従わざるを得ないのだった。自らの指示を強行に押し通した艦長に一瞥すると副艦長は苦虫を噛み潰したような顔で正面モニターに目をやる。

 そんな副艦長の様子にも気づかずオペレーターは艦長からの指示を飛ばす。

「りょ……了解。総員に通達、IAは各機出撃準備。準備完了次第出撃し、敵IAの殲滅を!!」


 出撃命令を受け、艦のIA格納庫は途端に慌ただしくなった。IAのパイロットやメカニック達が一斉にそこへ集ったからだ。

 ただでさえ騒がしくなっている格納庫に男の怒声が鳴り響く。

「三番機のパイロットが不在だぁ?」

 声を張り上げたのは一番デッキで自らのIAを見上げていた男だ。三番機担当のメカニックからパイロットの不在を報告されて思わず声をあげてしまったようである。

「誰か代わりの奴はいねぇのかよ!!」

「も……もう少しお待ち下さい。すぐに呼び出しますので……」

 メカニックは慌てて三番機のパイロットに向けて通信を繋げようとする。が、パイロットからの応答は無い。

「くそったれが……ここをどこだと思ってやがるんだ」

 一番機のパイロットは手に持っていたヘルメットを側の壁に思い切り叩きつけてイライラを発散させる。そうやって出された騒音に周辺にいた者の目が一斉にそちらの方向へと向けられる。

 それが気に食わなかったのか、一番機のパイロットは足元を思い切り蹴り飛ばした。と、同時にようやく通信が繋がったらしく、三番機担当のメカニックから声が聞こえる。

「あ……やっと繋がった……。一体どこで何をしているんですか!! 出撃命令が出ているんですよ!!」

『どこで何してようが人の勝手だろう』

 通信機越しに若い男の声がメカニックの耳に聞こえてくる。その声は覇気のない、怠惰そうな声である。

「隊長が怒ってるんです。とにかく、早く来て下さい!!」

『ああ……わかったよ。ったく……うるせえな……今からそっちに行く』

「今すぐにですよ。早く!!」

 通信を遮断すると、メカニックはやれやれと言った様子で三番機の整備に戻るのだった。



 それから数分後、件の三番機パイロットが格納庫へと姿を現した。

「悪りぃ悪りぃ。ちょっとトイレに行っててね」

 まったく悪びれる様子がない。それを見兼ねて一番機パイロット――隊長が怒りに震える声で三番機パイロットを怒鳴りつける。

「お前はわかっているのか? ここが戦場であるということを。お前が好き勝手に振る舞うせいでどれだけの損害が出るか……」

「だったら戦えばいいんだろ、戦えば」

「ただ戦うのではない。この手に勝利を掴み取らねばならん」

 そう言って隊長は胸の前に握り拳を作る。

「この手に勝利を……ねぇ。こんな旧型機でどうやって勝てと? 相手は最新鋭機。こちらのパイロットは実践経験の無いど素人の集まりだろ? そんなので勝てるとでも?」

 三番機のパイロットは隊長の言葉をただの妄言とあしらおうとする。が、隊長はそんなことも気にせずに、三番機のパイロットの言葉に否定的な態度を取る。

「戦う前から勝利を放棄するつもりか? そんなことでは勝てる戦いも勝てはしないぞ」

「勝てない戦いには元から勝てないさ」

「勝てるか勝てないか、それはやってみねばわかるまい」

 そこまで言うと、隊長は三番機のパイロットに背を向けて自らの機体の方へと帰って行った。だが、それは隊長が問答に疲れたからでも、三番機パイロットのことを諦めたことを意味しているのではなかった。

 隊長も三番機パイロットの言いたいことはよく理解していたのだ。だが、組織に従うその立場上否定せざるを得なかった。

 自分の意思と立場の狭間で心が惑っていること、それを三番機パイロットに見せまいと仕方なく目を背けてしまったのだった。

「負ければ死ぬ。そうまでして守るほどのもんか? この艦は……艦長のプライドはよ」

 三番機のパイロットは目の前の機体を見上げて、誰にでもなくただそう呟いた。

「そうすることだけが俺たちパイロットの仕事だ。勝てようが勝てまいが、な」

 隊長はそう小声で漏らすが、三番機パイロットの耳には届かない。いや、元より届けるつもりで言葉を漏らしたわけでもなかった。自分自身に言い聞かせる、その為に隊長はわざと言葉にしたのだった。


 それから三番機パイロットは機体に乗り込み、出撃に備えていた。

 準備が出来次第、一番機、つまり隊長機から順に出撃となっている為、二番機が発進シークエンスを行っている今、三番機は待機せねばならなかったのだ。

「……俺にはわからないな」

 コクピット内でシートベルトをきつく締め、操縦桿に手を掛けながら三番機パイロットは言葉を漏らした。

「負けるとわかっててどうして戦うのかなんて……」

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