いつも通りの日常と過去と #04
今回はちょっと長かったり。
日曜の内に焼いておいた山型パンは分厚く切って竃の下のオーブンに。
コンロにかけたフライパンには油を引かずに細かく刻んだベーコンを。
「わああ、いい匂いがする~」
「今日はスープにサラダにオムレツね。中身はベーコンよ」
「やった! おばちゃんのオムレツ朝から食べれるなんてツイてるな。俺、食器並べるね! 」
「ええ、ありがとう。じゃあ、よく働いてくれるジャンには、今日はパンにチーズものせてあげましょうね。すぐ作っちゃうから待っててね」
「おおお、よっし! 」
振り向くと、どうやら週報紙を出すだけでなく、テーブルの上を拭いてくれていたのか、ジャンがふきんを掴んだまま拳を握って喜んでいた。
体全部で喜びを表す少年を微笑ましく見ながら思うことは「やっぱり誰かと一緒って嬉しいものね」という温かな気持ち。調理する手が軽くなったような気すらする。
ベーコンがしんなりとしたら、少量のバター、割りほぐした卵とほんのちょっとのミルクを混ぜたものを流しいれ素早くかき混ぜる。ある程度卵が固まってきたらフライパンを揺すって丸めていく。
融けたバターと卵とベーコンの良い匂いが漂い始めた頃、ユラの背後で食器を並べるジャンから鼻歌が聞こえてきた。楽しそうだが少々調子っ外れなのは、ご愛敬。あれは畑仕事をしながら歌う父親似なのだろう。
コンロから外したフライパンに木蓋をして中身を蒸らす。ついでにオーブンの中のパンを見れば頃合いの焼き加減だ。こちらも火を止めて、パンの上にチーズを乗せる。少し経てば、オーブンの余熱でいい具合に溶けるはずだ。
その間にサラダを仕上げ、スープをよそう。気付けばユラのそばに皿を両手で持ったジャンがいた。
もう待ちきれないと言った様子の子供を見て、ついつい笑う。
そしてふと思った。
もし子供がいればこんな感じなのだろうか、と。
さすがにそれは今となっては到底叶わぬ望みだと分かっていながらも想像してしまった。もし、あの時結婚していたら、ちょうどジャンくらいの子供がいたのだろうなあ、と。とは言え、この世界の今の状況だからそれもいいなあと思うのであって、元の世界の前の状況だったら到底子供がいる生活など想像もしなかっただろう。
(人間ってやっぱり欲深いのよねえ、これはこれで平凡で幸せな形だって解ってるのにね)
いつもなら何とも思わない楽しいだけの朝が、今日に限ってどうもいろいろ考えてしまう。
もしかしてジャンの成長の兆しを感じて、ほんの少し影響されているのだろうか? 子供の成長が早いのなんて当然で、ジャンだっていつまでも子供のままなわけがない。
実際、11年前にジャンが生まれた時には、ユラはもう魔女ヴィオレの弟子としてその出産にも立ち会っているのに、だ。それから今日までを知っているというのに・・・自分のメンタルの脆さに少々呆れさえしてきた。
「いつも通り」を願っているが、それは時が停まって欲しいという意味ではない。
地味に地道に働いて、大きな欲を持つこともなく平穏無事に過ごせる毎日のことを「いつも通り」というだけで、成長の変化は良いことなのだから無理に止めてはいけない、と。
師であるヴィオレにも、育ててくれた家族にも口を酸っぱくして言われていたのに、気付けば変化の無い時が停まった状態を「いつも通り」と勘違いする。
(気をつけていたはずなのに・・・まだまだねえ、わたしも)
今日も「いつも通り」なんて言いながら、その意味を捉え損ないそうになっていたらしい自分に苦笑うが、落ち込む間もなく、隣からお皿を持ったままのジャンが「おばちゃん、早く!」とせっついてくる。
(そうね、まずはこの子もわたしも胃袋を満たさなきゃ)
ジャンの成長は間違いなく『良い変化』だ。
わたしも見習わないと・・・そう思うことにして、子供の一番の目的であるフライパンの木蓋を取り外した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・・・・は?」
謝罪のあとに続いた、現状の説明について出た言葉は、やっぱり間抜けた一声だった・・・。
「えーっと、夢、じゃない?」
「・・・はい、夢ではございません。最初に申し上げました通り、ここは狭間の空間。界を渡るすべてが一度通る場所であり、貴女様も現在、病院のベッドの上ではなく、この狭間の空間に魂もろもろおいでになっている状態です」
「はい?」
何もない真っ白なのか真っ黒なのかも判断がつかない不思議な空間・・・それが今、現実にユラが在る場所だと言う。
目の前のファンタジーな方々も、現実に在る存在だと言う。
だからこそ、ユラの頭の中で考えていることが読めるわけではなく伝わってくるのだとも。(当然、読むな! と、凄みがあると評判の笑顔付きで脅し・・・いやお願いしたので以降、ちゃんとした会話である)
そして、そのファンタジーな方々曰く。
ここ狭間の空間では、適応力をチェックする担当者Aをはじめ、界渡りとなった原因や状況を調査する担当者B、界渡りを起こす媒介の研究担当者C、適応力をチェックした後に所定の異世界に送る担当者D・・・などなど、様々な担当者がいるらしい。
ちなみに任期は地球の暦換算で400年だ。(もうほんとに『界渡り管理局』でいいだろうとユラが呆れて勝手に名付けたのは言うまでもない)
では何故。今回、ユラがココにいるのか?
その理由の一つは、ユラの実家の蔵にあった札で間違いない。
爆散してしまった札(空間情報から復元したらしい)を調べたところ、あの札は今の界渡り媒介研究担当者(Cだ)の3代前、およそ1200年前の時代に作られた物で、今とはスペックも使用方法もまったく違うらしい。だが、本来なら燃やしたくらいでは爆散はおろか、界渡りそのもの、もしくは類似した現象は起こるはずがなかったのだと言う。
つまり燃やして爆散・・・というところから既に異常なのだと。
とにかくこの現象を放置することは許されず、また、界渡りに関する物は古い札だろうが宝玉だろうが何だろうが、とにかく調べるのがお役所もとい界渡り管理局の仕事。
そこで担当者Bがユラの実家の蔵周辺を調査し、担当者Cが爆散した札を調査していた最中、何らかの手違い=調査方法にミスがあり、本来ならば寝て起きれば退院! のはずの爆睡中のユラが狭間の空間に引っ張られてしまい、その上、担当者ABCその他諸々の担当者たちが驚く間もなくユラが地球とよく似た異世界に飛んでいってしまった、と。
ユラが仮に界を渡る該当者であったとしても、狭間の空間から勝手に異世界に飛んでいくことはあり得ないことらしい。と言うよりも不可能に近いことらしい(ああ、もう、らしいばっかでイライラする)。
まあ、それでもまだラッキーだったのは飛んで行った先が地球とよく似た異世界だったため身体に影響はそうなかったこと、そして界渡り管理局から何も通知がなかったに関わらず、その異世界の担当神が優秀で、その異世界に歪みを生じさせることなくすぐさま狭間の空間に爆睡中のユラを戻してくれたことだった、らしい。
その現象が起こっている間、病院の点滴に入った薬で昏睡していたユラがすべてを認識していなかったのはラッキーだったのかどうかは疑問だが。
何はともあれ、この現象はすべてがとんでもない異常現象でもあり、特に異世界に飛んだユラを止められなかったことは完全に界渡り管理局に所属する面々のミスである。
当然、局内? には激震が走った。早々に対応策を練り、マニュアルのアップデートを図らねば! といったところであろう。
だが、そもそも彼らは、はるか古代からの大いなる存在より狭間の空間の管理を任されている優秀であり善良な御使いである。彼らは、その持ち前の良心? から、まず何よりも第一に優先すべくはユラは元の世界に戻してユラの生活を元通りにすることである! と決意・結束したわけだが・・・。
不幸なことに、その返還方法に選択した手段がまたもまずかった、らしい。
最近(とは言っても50年前らしい)界送りを受け持つこととなった担当D(目の前で土下座し続けてるヤツらの一人だ)が、ユラは界渡り札でやってきてしまったから帰りも札でいいだろうと、安易に“最新式”の札を使ったらしい。
説明をそこまで聞いたわたしが「おいちょっと待てや」と言葉悪くつっこんだのは言うまでもない。
(担当C曰く、爆散した札は随分古い昔の型です、ってさっき言ってなかったかしらあ?)
そうなのだ。
ユラの前で爆散した界渡りの媒介札は3代前の担当者の時代の物・・・つまり1200年前の物だ。最新型と古い型じゃあスペックも取扱方法も違うのは当たり前なのに、担当Dは最新式を使ってしまった。しかも、その前にユラは原因不明の異世界突入を一度成してしまっているのに、だ。
つまり原因不明だらけの事象(地球から狭間の空間にやってきたこと、狭間の空間から異世界に飛んだこと)の原因を究明することもすっ飛ばしてしまった上、一度突入した異世界から狭間の空間に戻ってきたユラは今度は元の世界(地球)との適応力を調べなくてはならなかったはずだ。
それなのに、それをスルーしてしまったのだ。このおバカさんどもは。
そしてまた、狭間の空間からすっ飛んで行ったユラを急いで戻したのだと言う。
※以上、お馬鹿さんたちの証言・説明から精査・整理した今回の事象詳細である(by ユラ)
「・・・・・・なるほどねえ」
「・・・・・・」
気がつけば見えない椅子に座り、両腕を組み、右手で細い顎のラインをなぞりながら首を傾げるユラは、会社での姿そのものだ。ミスを報告する部下の前での・・・。
病院服でなければ、の話だが。
ユラの言葉の後、奇妙な沈黙だけが場を支配する。
律儀と言うか、ファンタジーな方々は現在も正座中である。
ユラが何かを言えばすぐさまジャパニーズ最大級謝罪ポーズを取りそうである。
そんな彼らを見て、当然出てくるのは溜息だ。
恐らく彼らは本当に御使いと呼ばれる存在であり、また、それ故に人間世界で言うところの善良さ、良心を持っているのだろう。
とは言え、ここまでの説明もかなりたどたどしく(ミスの発覚を恐れたのではなく、界渡り管理局担当者としての責任感と御使いであるが故の良心が、ユラにかかった負荷や迷惑を本当に申し訳ないと思っているからであろうとは薄々感じている)、あまりの愚図々々さ加減に、キレそうになったユラが発散する怒りでもって細部までの説明を促したのも事実である。
そして今もめまぐるしく動いているユラの脳内は「まだあるな」と警告アラームを鳴り響かせている。
きっとこの話はここで終わらないのだ。
そうでなければ、本来ユラが狭間の空間にいることも、どうにもファンタジーな面々からこんなけったいな話を聞くこともないはず。
つまり、予測はしたくないようなことがあるから、わたしはココにいるのだ。
それを話し終えてないからの、彼らが目の前にいるのだ。
聞きたくないけど、聞かなくてはいけない・・・きっと最悪な事態。
盛大な溜息に、目の前の面々がビクリと肩を震わせる。(今からそんなでどうするのよ)
「さあ、次、話してもらいましょうか?」
「ひっ・・・」
にっこりとほほ笑んで口を開けば、顔面蒼白のキレイどころさんたち。
あらあら、貴方たち、わたしの部下たちとおんなじよーな顔するのねえ。
え? どんな顔って?
そりゃあ、とんでもないトラブルを抱えてしまって、それを報告・相談しにくる時の顔に決まってるじゃないのー。大事よね、報告・連絡・相談。社会人の基本よ、キ・ホ・ン。
言っておきますけど・・・。
わたし、本来とーーーっても温和な性格なんですけどね。
お願いだから怒鳴らせないでちょうだいよ?
界渡り管理局にて、すでに椅子に座って上座状態のヒロインちゃんです。
狭間の空間、ファンタジーな方々という現実を認識した瞬間から無自覚でイメージで物を創れる世界と察知。
当然、その姿を見た界渡り管理局員の一部は「やっぱりタダモノじゃない」と思っていたり(笑)。