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いつも通りの日常と過去と #03



「おばちゃーん、おはよーー!」


 玄関の木戸を開けて入ってきたのは、背負子(しょいこ)を背負った小柄な少年。

 ベージュ色のシャツに茶色のベスト、同色のズボン、肩から斜めにかけているのは厚手の布地で作られたカバン。


 ユラの住む『守りの森』の魔女の家に一番近い村の農家の子供、ジャンだ。


 週に一度、国休日である日曜が明けた月曜の朝、ジャンは週に一度発行される週報紙と一緒に自宅の畑で採れた野菜をまとめてユラの家に届けてくれるのだ。


 「おはよう」と声を返すと、ジャンは慣れた所作で背負子を下ろし、玄関そばの木のベンチの上に置く。背負子の中から見えるのはジャンの家の畑で採れたのであろう新鮮な野菜たちだ。斜めかけのカバンもその傍に置き、その中からがさごそと古週報紙を出して広げる姿もいつも通り。



「今日はさ、イーモやネギ玉のほかにも、水気が多いダイコーンとキャベーツが採れたからさ、これだけ先に片しとくね」


 そう言ってジャンは慣れた手つきで古週報紙に水気の多い野菜を包み、それらを抱えて庭に続く裏戸とは逆側にある貯蔵室の扉を開けて入っていく。


(イーモ、ネギ玉、ダイコーンにキャベーツ・・・相変わらず聞き慣れないわねえ)


 自分が知っている名称と少しずつズレた音を耳にする度に、やっぱりここは自分が知る世界とは違う場所なのだと再認識してしまう。


 12年も経つのだからいい加減慣れてもよさそうなのに、三つ子の魂百までとはこういうことを言うのだろうか? と苦笑しつつ、貯蔵室に入っていく子供の背中に礼を言えば、どこで覚えてきたのか気にするなとばかり両肩を器用に上げてみせる。

 いつもならば「いいっていいって」と言葉が返ってくるというのに、今日のそれはちょっとした変化だ。


 そこで、ははあ、と思いつく。

 ジャンが見せた仕草は村の青年たちによく見られるものの一つだ。


 そう言えば、この子は11歳だったか。この国では大人の仲間入りは15歳からだ。


 この国の一年はユラが知っているそれよりも長いが、それでもあと数年もすれば大人の仲間入りをする少年には、たくましい体を持つ年上の青年たちの腕や肩を使ったボディランゲージはカッコいい大人の男の仕草として見えるのだろう。


 既に大人と言われる自分にすれば「いつも通り」が一番だが、成長していく子供は「いつも通り」のままでいられないのは確かだ。この少年も日々、少しずつ変化しながらいつか彼なりの「いつも通り」のスタイルを作っていくのだろう。


 暗い貯蔵室で作業している少年の背中が眩しく見えて、かつては自分もそうだったのだろうか? いやそうだったのよねえ、などと考える。


 やっきになって大人になろうとしていたのはどれくらい前のことだっただろう?

 もう随分昔のことのようにも思えるが、記憶を辿れば、そう遠い時代のことでもない。


 そんなことを考えていたらぼんやりしていたのか、いつの間にかジャンが目の前にいて「おばちゃん、どうしたの?」と子供らしい不思議そうな顔でわたしを見上げていた。



「ああ、ごめんね。ちょっとぼんやりしちゃって」


 さすがに元の世界のことを考えてたのよーなんて言えるわけがない。

 適当に鍋の中身をかき混ぜながらそう言うと、ジャンは笑って「おばちゃん、農家でもないのに早起きだし、働き過ぎなんだよ」と、また両肩をすくめるようにして軽口をたたく。


(なんだか、急にマセた女の子な行動ねえ)


 ジャンと会うのは一週間ぶりなだけに、これまで見られなかった大人ぶった仕草は、ユラからすればまだまだ子供なジャンがするにはどうにもかわいらしく見えて、つい笑ってしまいそうになる。

 とは言え、不用意に笑えば意外と勘のいい少年が拗ねるであろうことも容易に予想できた。


 そこで手元を見るように集中したふりをして「干した薬草を刻むのに昨日の夜は夜更かししちゃったからねえ」と言ってみたのだが「それじゃあ、しょうがねえなあ」とジャンはすんなり納得してくれた模様だが、そう答える時ですら、これまたこれまでには見られなかった腕組みをしてうんうんと頷く姿を見せるものだから、もうおかしくてしょうがない。


 引き結んだ唇の端がピクピクし始めてどうしようと思ったが、それよりも先にジャンが「あ、週報紙も出しておくね」と傍を離れてくれたので助かった。


 さて、さっさと朝食を完成させないとね。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「へ?」

「申し訳ございませんでしたー!!」


 ユラの間抜けた第一声に続いて聞こえたのは、ファンタジーな方々にはどうしても似つかわしくない文言と謝罪ポーズだ。


 それに呆気にとられている内に、涙ながらに(涙は見えなかったけどそんなような雰囲気を出してたのよ)語られたのが、ユラの現在の状況なのだ。


 聞けば、ユラが燃やして爆散の被害にあった原因は、やはりと言おうか蔵で見つけたあの怪しいボロボロの古いお札だった。

 それは『界渡りの札』という、異世界同士の間を渡る手段だと言う。


 なんでそんなけったいな物が実家に!? と思うユラが口にするまでもなく、ファンタジーな方々はペラペラと先回りして回答してくれる。


 どうもユラの祖先に界渡りに関するプロフェッショナルというか、目の前のファンタジーな方々の界渡りに関するお仕事を手伝う能力者がいただとか。お札はその時の物らしい。

 まあ、確かに我が家は由緒の古い神社だけどさ。お祖母ちゃんも神力を持つ巫女とかで昔は有名だったらしいし・・・今回の事象からどうも信じらんないけどね。何せお札を手にして「何もないから焼け」って言ったのは祖母だ。


 一瞬遠い目をしていると、話を続けても構いませんか? と妙に気遣われた。

(自分の夢なのにファンタジーな存在に気遣われるってどうなの? わたし)


 溜息を吐きつつそう思ったわたしに一瞬何かを言いたげそうな方々だったが、で? と話の続きを促すと、界渡りは遥か古代より起こる現象らしく、大昔は不思議なものではなかったと言う。

 なるほど、いわゆる神隠しとか魔のトライアングルとか、そういったものだろう。

 

 ちなみに。

 その『界渡り』という現象が起こる? いやシステムを作った? のは、ユラの目の前にいるファンタジーな方々よりもっと上の、つまりはるか昔からいる大神様と呼ばれる存在の思し召しだとかで、この現象が起こるようになった大元の理由はうやむやだとか、限りある命には伝えられないとかなんとか・・・(なんていい加減な!)。


 まあともかく、界渡りというのはそう珍しいものでもなんでもないらしいのだが、神様が定めた? システム? とは言え、界渡りそのものがとんでもない現象であることは確かで、それによって空間の歪みだとか諸々当然いろんな問題は生じるらしい。


 そういった歪みを是正するのは、目の前のファンタジーな方々の中の一人(一柱?)で、実は目の前にいる皆さん、それぞれ違うお仕事を担当されているそうで、本来、こんなに集まることはないらしい・・・(それを聞いてどう反応するか? はあ、そうですか大変ですねとしか言えんだろう、この場合)。


 だけどここから聞いた話はかなりおっそろしかった。


 界渡りということは、違う世界から違う世界に行くということだ。

 生きる世界が違えば言語も常識も生体組織も違う場合もある上に、魂が相容れない場合もあるので(その場合肉体も魂も消滅するそうな、なんて恐ろしい!)、界を渡る場合、基本的にはその生き物の記憶に残らないようにするのだが、必ず、今、ユラがいるような狭間の空間で、目の前のファンタジーな方々が個々の適応力をチェックするらしい。


 それは、選ばれて界渡りをする者の場合も、何かの偶然で界を渡ったり召喚されてしまう者の場合も言わずもがな。


 え!? 偶然とか異世界人の身勝手で呼ばれる場合も・・・って、それって無責任じゃないの!? と詰問しそうになれば、また回答が先回りでやってくる(くそう、頭の中読まれてるよ、夢なのにムカつく!)。


 どうも目の前のファンタジーな方々は、原因に関係なくとにかく異世界にいっても大丈夫かどうかチェックするのがお仕事で、それ以外には干渉が出来ないらしい。

(なんだそのお役所仕事。まあさっきみんな担当の仕事違うって言ってたけどね)


 ただし、恐ろしい目に遭うも、良い目に遭うも、元の世界に戻るにも、その行き先の異世界を管理する大いなる存在(ええい、面倒だ。担当神でいいよ)の采配らしく、そこは要相談らしい。

 つまりは行き先の異世界の担当神のレベル(腕前か?)次第で、界を渡った生き物の今後が左右されるのだ。マジこわいっての・・・。


 とは言え、大体において界を渡る生き物(ほとんどが人間と呼ばれる存在だ)には、魂レベルでそこに行く原因や理由があり、それは大きな声では言えないがギフトでもあり贖罪でもあるのだという。



 まあそんなこんなで、この話をつきつめてするともっと多大な時間を要するので割愛するが、と前置いて・・・(なんだそのおや(以下略))、



 ファンタジーな方々は、もう一度繰り返した。



「申し訳ございませんでしたあーーっ!」と。


 だから早く、謝罪の理由言えっての。




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