いつも通りの日常と過去と #02
バジルにミント、タイムにローズマリー、アンゼリカ、オレガノ、クレソン、ルバーブ、ラディッシュ・・・。
小さいながらも自慢の庭を色とりどりの花や緑が茂っているのを見るだけで幸せな気持ちになっていく。
数十種類のそれらが生い茂る庭は、今となっては想像も出来ないほど何もなかった---12年前のここは茶色い土くれと小石だらけで雑草がところどころ顔を出していただけ---時から、ユラが時間と労力をかけて整えてきたものだ。
街で購入した種や、森で分けてもらった小さな苗を一つひとつ植えて育て、増やし・・・そうやって丹精込めて育ててきたものだ。
育てたそれらは、ユラの食卓を彩るほか、消臭剤や香草茶といった日用品、薬の材料と、薬師となった彼女が得る大事な収入源でもある。
採れ頃のハーブの軟らかな葉をせっせと摘んでは左腕に抱えた籠に入れ、時折土の状態を確かめ、「美味しく育ってちょうだいよ~」とハーブたちに声をかけては視界に入った雑草を抜く。そんな作業を繰り返し、庭のあちこちを移動する。
籠がある程度ハーブと花、小さな野菜でいっぱいになれば、それを大事そうに抱えて家の中に戻り、台所にある大きなテーブルに置いてまた庭に戻り、今度は水をまく。
大量の水を必要とするハーブや野菜が植えられた土には特に念入りに。
どうしても栄養が足りなさそうな土には腐葉土やお手製の植物栄養剤を使うが、朝の収穫に精を出しながら確認した土の様子は悪くない。土の女神ティエラの加護サマサマだ。
そもそもハーブは強い植物でもある。おまけに常日頃から世話をしているだけあってユラの庭は、森の奥に負けないほど肥えた土地だ。あとは陽の光がしっかりとサポートしてくれる。
しっかりと水分を得た緑たちを満足げに見やって、ユラは太陽が昇り始めた空を眩しそうに見上げた。
「お日様ありがとう~、セーメ様もルーチ様もダウスタラニス様もティエラ様もありがとう~、今日もよろしくね~」
自然の力とこの世界の神々が与えてくれる加護にいつも通りの言葉で感謝しながら庭を後にし、裏戸から台所へ戻れば、今度は収穫した物の仕分けと朝食の準備だ。
ハーブと花と野菜は、料理に使う物だけを残して乾燥させる物と薬作りに使う物とに分けてそれぞれ木箱にしまう。
それらから少しだけ分けておいた黄色い花を咲かせたタンジーは細い花瓶に活ける。
赤茶けた花瓶は素朴な物で、お世辞にも見目が良いとは言えない作りだが、ユラの家に野菜を持ってきてくれる村の子供が学校の授業で作ってくれた物だ。
それをテーブルに飾れば、今度は朝食作りに精を出す。
竃に火を付け、昨日の夜に作っておいた野菜たっぷりのスープが入った鍋をコンロに置き、大甕から汲んだ水を張った陶器のボウルにハーブをつけておく。野菜を切りながら考えるのは、オムレツの具材だ。少し前に街で購入したベーコンの残りにしようか、それともプレーンにしようか・・・。
そうこうしていると、玄関からカランコロンとやわらかなベルの音が鳴り響いた。
「あら、もうそんな時間なのね」
まな板から顔を上げると同時に聞こえたのは、いつも通りの元気な声。
「おばちゃーん、おはよーー!」
振り返れば、これまでと同じ。
昨日と同じく、元気いっぱいといった少年が玄関から飛び込んでくる「いつも通り」な日常。
朝の光とともに訪れた子供を見て、ユラは目を細めながら「いつも通り」に心から感謝した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それは12年前に遡る。
ユラは、地球という星の日本という国で、仕事に励むごくごく一般的な会社員として毎日を過ごしていた。ごくごく一般的と言うには、彼女の生活も彼女自身も少々派手ではあったが・・・とにかく、彼女自身は、自分の生活に何の不自由も不満もない生活を送っていると信じていたのである。
それがある日の休日、実家の神社の蔵掃除を手伝わされることになり、そこで見つけたのがボロボロの古いお札である。
宮司でもある祖父に報告するも、祖父は見たこともないと言い、権宮司でもある祖母も権禰宜である両親も知らないと言う。
本当かどうかは知らないが、神力があると噂の祖母が「触っても何もないから焼いてしまって構わない」と呆気なく言うものだから、蔵から出した他のごみと一緒に燃やした---念のため祓ってはもらった---ら、何故か奇妙な色の煙が発生し、ユラが「あれ?」と思うよりも先にそれらが爆発したのだ。
いや、爆散と言った方が正しかったのか。
ともかく爆風で蔵の壁に叩きつけられたユラを見て、悲鳴を挙げた母が呼んだ救急車で病院に運ばれたところまでは記憶は定かである。
医師や看護師に受け答えしたこともぼんやりだが覚えており、病院のベッドに寝かされ点滴を打たれたそこまでの記憶もしっかりしている。
救急車に同乗した母も、実家から駆けつけてきた祖父母に父親も---みんな神職装束のままだったのはある意味笑えた---ベッドの傍にいて、みんなが「無事でよかった」「軽傷で済んでよかった」と泣いて喜んでいたから、ああ爆散は凄かったけど、やっぱり大した怪我でないのだろう、さすがに注射何本も打たれて眠いや、目覚めたら打撲痛が嫌だなあ、自分の担当の仕事の締め切り大丈夫だっけ? ・・・くらいにしか思っていなかった。
ところが、次に目を覚ましたら、そこは病院ではなかったのである。
何もない真っ白なのか真っ黒なのかも判断がつかない不思議な空間に、きらきら光っている(ように思えた)人たちに囲まれていたのだ。それがファンタジーそのものな格好をした綺麗(と思われる)な女性とも男性ともとれる顔立ちの人たちなのだ。
なんだなんだ夢か? いつの間にこんなファンタジーな夢を見るようになったんだわたし、最近この手の映画観たっけ? って言うか夢の中で混乱するなんてヤバいでしょ自分、と自分で自分にツッコミを入れるも言葉が出ない。
そうこうしていると、その中の一人が「申し訳ございません」と土下座したのである。土下座!
ジャパニーズ正式謝罪最大級のポーズだ。
「へ?」と間抜けた声が、自分の夢(だと思っていた)の世界での第一声でもそれは仕方なかろう。