いつも通りの日常と過去と #01
朝、目覚めてするのは大きな伸び。
ベッドを降りて、カーテンをそっとめくり、外の天気を確認する。
窓ガラスに映った自分の顔を見るのは一瞬。
慣れ親しんだ呪文を小さく唱えた後は、顔を洗って身支度をして。
寝室を出る前に姿見に映った自分が「いつも通り平凡」であることを確認して口の端を上げる。
そして、いつも通りに籠を手に、小さな家の台所の裏戸から庭に出る。
まずは雲ひとつない朝の澄んだ空を見上げて深呼吸。
まだ薄暗い朝の空気は、初夏とは言え若干の冷たさを感じる。
大きく吸った息を吐き出しながら、口の中で小さく呟くのは彼女だけの大事な言葉。
それは魔法の呪文でも何でもない、ただの言葉。
きっと他人が聞いても首を傾げて、だけど大した意味を捉えることもなくスルーして終わるような、ただの単語の羅列。
いつも通りの同じ言葉。
「地味に地道であれ。いつも通りの平凡であれ。さすれば幸せは逃げないもの」
そう言って、目の前の庭に視線を落とす。
今日もまた、いつも通りの平凡な朝を迎えられたようだ。
ただそれだけのことにユラは満足げに口の端を上げた。
「セーメ様たちにも感謝しないとね」
そう付け加えて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
大いなる存在セーメ、光の女神ルーチ、闇の神ダウスタラニス。
世界は何もない混沌の『魔素』だけの大海原だけだった。
そこに原初の島と言われる大地とともに出現したのはセーメ。
その中心でセーメが右の腕を振り上げると現れたのが光の女神ルーチ、左の腕を振り上げると現れたのが闇の神ダウスタラニス。
セーメの両脇に現れた兄妹神の二柱は、セーメが何を言うでもなく、世界を形あるものにするために、それぞれ天に昇り光と闇の空間、つまりは時を創った。
それが確かなものになると、セーメは今度は幾度かの息吹でこの世界にたくさんの物を生みだした。
一息目からは、ありとあらゆる『植物の種』が生まれ、原初の島は緑溢れる大自然の島となった。
二息目からは、ありとあらゆる『生物の種』が生まれ、原初の島に命を持つ動物と人が現れた。
セーメは、そんな限りある命しか持たない生物たちに、それぞれに見合った力と知恵、そして「言葉」を授けた。
セーメの恩恵を授かった生き物たちは、限りある命を未来へ繋げるためにそれぞれが番となり、あっという間に次の命を増やし続けた。それは人と人、動物と動物だけではなく、人と動物が交り合って生まれた生き物も在り、気付けば、原初の島は溢れかえるほどの多種多様な生き物ばかりとなってしまった。
そうなると自分の生きる場所を守るため、自分という命の種を存続させるため、力と知恵と言葉を持った生き物たちは衝突するようになった。
ただの小さな言い合いのような衝突であれば、それは言葉を持つ生き物同士、解決も出来たが、時を経るとともに能力の違う生き物の間ではだんだんと力の優劣が生まれ、話し合いや協力といった解決方法が後回しにされるようになってしまった。
動物の圧倒的な破壊力、人の狡猾さと結束力と適応力、人と動物の間に生まれた者のみが操る魔素の力---これは後に魔法と呼ばれるようになる---、それぞれが特有の力をもって互いの命を削り合うようになってしまった。
それを見て嘆き悲しんだセーメは、兄妹神のダウスタラニスとルーチと相談し、己の息吹から生まれた限りある小さな命たちの行く末を守るために、三度目の息吹を世界に与えることにした。
原初の島を世界の中心から等間隔に離れた場所に向かってセーメは大きな息吹をぐるりと回りながら均等に吐き出した。
何もなかった大海原に新たに出現したのは、五つの大地と、その核となる守護神たち。
それがセーメの御子神五柱。
木の神アーブル、火の女神ジャーマ、土の女神ティエラ、風の神ヴェント、水の神ヒュドールである。
またこの時、魔素ばかりの大海原が大きな変化を遂げ、海を守る者イルメアが、限りある命の糧となる生物---魚や貝、海藻の類とされる---と共に現れた。
生まれたばかりの御子神たちと海を守る者イルメアは、己の神力でもってそれぞれの大地と海を守り、原初の島から渡ってきたそれぞれの限りある命を統べることをセーメたちに誓った。
セーメは御子神たちに限りある命を預けることを決め、そして強大過ぎる力---知恵と言葉と魔素を操る力---を、限りある命からそれぞれ取り上げた。
力を取り上げられたことにより、己たちの無力さを思い知った限りある命たちは、セーメの怒りと悲しみを知り、それまでの自らの愚行を心から悔恨し、それぞれ新たに在ることを許された地で、改めて神々を畏れ敬いながら暮らすようになった。
それがこの世界と信仰のはじまりである。
セーメは世界の創造神、光の女神ルーチ、闇の神ダウスタラニスは時を司る兄妹神二柱、大陸の守護神として限りある命に恩恵を与える役目を司ることになった御子神五柱---木の神アーブル、火の女神ジャーマ、土の女神ティエラ、風の神ヴェント、水の神ヒュドール---。
限りある命の糧となる海の恵みを育み、旅人の航路を守る役目を司る海の守護者イルメア。
世界はセーメと光と闇の神を祀る聖地と、御子神五柱が守護する五つの大陸と海の守護者が治める大海原で成り立っている。
これは、ユラが知る世界とは違う世界の成り立ちの話。
12年も前にこの世界に落ちてしまったユラが、魔女に聞かされたこの世界の常識である。
かなり久々の書き物にて、少々見切り発車な感も否めません。
自分の趣味ががっつり表されているだけなので、楽しくない方にはごめんなさいorz。
しばらくはのんびりペースですがご容赦くださいませ。