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砂の星、響く声  作者: 理祭
 三章 熱砂攻防
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 人気のない裏道を抜け、セスクは急いで仕事場に走った。

 仕事場である馬舎は町の東にある。軍馬の世話はひどく手間がかかり、その数も多かった。もちろんセスクが一人でその全てを世話しているわけではない。何人もいる世話係のなかで一番の下っ端に過ぎなかった。

 下っ端である彼の役割は単純明快だった。誰よりも早く起きて、誰よりも多く仕事をこなすこと。獣臭さを嗅ぎながら馬舎のなかを覗き、まだ誰の姿もないことにほっと息を吐いた。次の瞬間、

「馬鹿野郎、セスク! どこ行ってやがった!」

 横合いからかけられた怒声とともに平手が飛んだ。


 したたかに頬を張られ、セスクは踏ん張ることも出来ずにそのまま壁まで叩きつけられた。口のなかに血の味が広がる。見上げると、鬼のような形相の男が睨みつけていた。

「すみま、せ――」

「どこに行ってたって聞いてんだろうが!」

 靴先が横隔膜にめり込んだ。今度は悲鳴さえ上げられず、悶絶する。体を二つに折って激痛に堪えながら、せめて少しでも痛みをごまかすためにセスクは唇を深く噛み込んだ。そのまま、じっと嵐が過ぎるのを耐える。

「……馬鹿が。俺達に食わせてもらってることを忘れんじゃねえぞ。そんなところで寝てないで、とっとと起きて世話の続きをやりやがれ」

 頭上から吐き捨てる声が届き、乱暴に土を踏みつける音が遠ざかっていく。

 気配が完全に遠ざかってから、セスクはのろのろと起き上がった。口のなかに溜まった血反吐を飛ばす。近くの馬房から目線が向けられていることに気づいて、顔をしかめた。

「……なんだよ」

 雄馬は平然とした面持ちで微動だにしない。かっとなってセスクが右腕を振り上げるのを見ても、びくりともしなかった。つまらなそうに鼻息を鳴らし、そっぽを向いてしまう。

「――偉そうに」

 人と馬、双方に向かってセスクは毒づいた。口元を拭い、近くに転がっていた藁搔き棒を乱暴に拾い上げる。それは今朝、早朝というにも早い時間にここを訪れた彼が作業の途中で投げだしたものだった。

 馬房の寝藁はまだ半分も搔き終えてはおらず、水や飼葉の補充も済んではいない。道具を投げ散らかしたまま姿がなくなっていれば、それを見られてしまった時に激怒されるのはわかっていた。

「……しょうがないじゃないか。気になったんだ。あいつがどこか逃げ出すつもりかもしれなかったし、なにかしようと企んでたかも。それに、」

 誰に向けてでもなく言い訳を呟き、周囲の馬達から白けた視線を受けながら、セスクは残りの作業に取り掛かった。


 寝藁を敷き詰め直し、汚れた藁はその汚さに応じてよりわけ、それぞれをまとめて山に盛り上げる。糞尿に汚れた藁にも使い道は幾らでもあった。それらの作業を終えてから、さっきから苛立たしげに地面を搔き鳴らしている馬達の前の桶に水を足し、飼葉を分け与える。その頃になると朝食の支給時刻はとうに過ぎていたが、それはいつものことだった。

 この町で軍役を務めるようになってから一月が経つが、朝飯にありつけたことなどない。作業に追われてそれどころではないからだが、一度だけ、いつもより早起きしてなんとか支給の時間に間に合わせたことがあった。

 腹を空かせ、その分だけ期待に胸を膨らませて食事場に向かったが、しかし彼に分けられる朝食はすでに誰かがせしめてしまっていた。配食担当の相手に訴えると、深鍋を握った陰気そうな男は冷ややかな目つきでただ一言、こう答えただけだった。「へえ、そうかい」――その日から、二度と朝食には顔をだしていない。

 そんな無駄なことをするくらいなら、他の仕事を済ませてしまっておいた方がいい。だからといって、自分の仕事が好きなわけではなかったが。

 馬は嫌いだった。正確には、それを扱う軍人達のことが嫌いだった。偉そうで、横暴で、暴力的な男達は彼の故郷で我が物顔に振る舞っている。それに対して歯向かうこともせず、おとなしく従っているだけの大人達のことなど大嫌いだった。その媚び諂うような顔。


「くそ、くそ、くそ、くそ……!」

 藁山を叩いて固めながら、セスクは呪詛の言葉を吐き続けた。鬱屈した生活を過ごすなかで、怒りの感情は大きな原動力だった。脳裏には今もあの日の光景が蘇っている。血溜まりのなかに倒れた父親と、その前に立つもう一人が。

「……クソ! 糞野郎!」

 まるで目の前のそれが仇であるかのように力一杯に腕を振り下ろしているうちに、握った掌に力が入らなくなってしまい、藁搔き棒を取り落としてしまう。その拍子に自分も姿勢を崩してその場に倒れ込んで、荒く息をつきながらセスクは乱暴に顔を拭った。いつの間にか、汗でないものが滲んでいた。目に染みたそれがひどく痛むことに、また、くそ、と毒づく。

 立ち上がり、藁搔き棒を放り投げる。間近にそれを捨てられた馬房の主が不愉快げに嘶くのに、うるさい、と半泣きの表情で吠えてから、セスクは馬舎の外に出た。すぐに取って返し、馬舎のなかを見渡す。蹄の手入れに使われる木槌が目に留まった。

 掴みあげる。使い古された槌は、手垢が馴染んでひどく滑らかだった。ずしりと重い。服の下にそれを隠して、改めて外に出た。



 外はとっくに日が昇りきっていた。気温も上がっている。頭上からは肌がチリつく程の日差しが降り注いでいて、まるでいつもと変わらなかった。町の外を大勢の敵に囲まれていること以外は。

 リト、あの男はとっくに高台からいなくなっているかもしれない。仕事を済ませるのに随分と時間がかかってしまっていたから、朝飯も食べず、自分のことを待っている理由などないはずだった。――かまうもんか。すぐに胸の裡で思い直す。どうせ町のどこかには居るのだから。だったら、絶対に探して、見つけ出してやる。そして。

「――、」

 自分でも気づかないうちに早足になり、そしてそれはすぐに駆け足に変わった。服から零れ落ちそうな木槌を握りしめつつ、高台へと向かう。わけもわからない焦燥があった。

 息を切らしながら天井の低い坂道を駆けあがって、

「…………っ」

 リトは、いた。

 ありふれた旅装姿をした若い男は、彼が仕事に向かった時とまったく変わらない姿勢で遠くを眺めている。その眼差しは考え事をしているようにも、暇を弄んでいるようにも見えて、けれどそのどちらかにも違和感があった。ただ、遠くを見ている。そんな風に見える。

 その横顔に、違う誰かの面影が重なった。


 ――サリュ姉ちゃん。


 瞳のなかに二重の輪を描いた、異相の眼差しが一心に見つめてきている。なにかの感情が揺れていた。それは父親を刺し殺した相手が自分に向けていたものだった。

 相手の唇がなにかの言葉を象ろうとした瞬間、セスクはきつく目を閉じた。内心に渦巻く感情を総動員して、目の前の幻を否定する。

 ……ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!


 ひたすら自分に向かって念じ続けていると、

「――終わったかい」

 乾いた声がかかり、瞼を開けると静かな眼差しがこちらを見ていた。

 リトが振り返っている。その眼差しはやはりどこまでも乾いていて、なんの感情も表してはいなかった。

 セスクは頷いた。また目になにかが滲んできて、それを拭う。

「そうか」

 リトは呟くように頷くと、一拍の間を置いてから立ち上がった。

「じゃあ、朝飯に行こうか」

 セスクは黙って頷いた。



「あら、おはよ――やだ、どうしたのよ! その顔!」

 いつもの飯屋に顔をだすと、それに気づいた顔見知りの女性がにこりと微笑みかけてきた。すぐに大きな目を一杯に見開いて、慌てて駆け寄ってくる。顔を両側から挟まれて、セスクは思わず悲鳴を上げた。

「……痛っ! 挟むなって、痛いだろ!」

「あ、ごめんっ。でもどうしたの、誰かに叩かれたりしたの」

 窺うような視線がセスクの後ろに向けられる。まさか、と言いたげな表情に、リトは黙って肩をすくめた。

「違うよ。――仕事場でやられたんだ」

 セスクが言うと、女性はほっと息を吐く。手を離した。

「あ、そう。それならいいわ」

 セスクは口を尖らせる。

「なにがいいんだよ」

「あら。だって、どうせあんたが仕事をサボったかどうかしたんでしょ」

 その通りだったから言い返す言葉がなかった。そっぽを向いて、セスクは彼がいつも座る席に向かった。対面にリトが腰を落とす。


「いつものでいい?」

「うん」

「お客さんも、それでかまいません?」

「ああ」

 それと、とリトは続けた。

「水を二杯」

「あ、はいはい。セスク、あんたもなにか飲む?」

「いらない」

「そ。じゃあ、待っててね」

 女性が去り、すぐに水だけが運ばれてくる。

 目の前に置かれた二杯の水を、男は以前と同じように片方の椀を手に取るとゆっくり回し始めた。零れない程度にしばらく水面を波打たせ、台に置く。少ししてからまた手に取って、同じことを繰り返す相手をどこか気味悪い心地で見やって、恐る恐るセスクは訊ねた。

「……それ、なにやってるの」

 隠されていない方の目が彼を見た。その一瞥だけで済まされるかと思ったが、


「――水のなかには、いろんな物が沈んでるんだ」

 思いがけず、静かな声が告げた。

「目に見えない小さな塵や、砂。それぞれ大きさも違うし、重さも違う。水が湧き場所によって味が違うのは、なかに色々な物が含まれているからなんだよ」

「しょっぱい、とか?」

 故郷の水を思い出しながらセスクが言うと、リトはちらとそれを見やって、

「ああ、そうだ。塩が溶けていればそうなる。それ以外にも色々と。いい宿なんかだと、水を沸騰させて出したりするのは、そういう不純物が取り除かれているからさ。蒸留水って言うけどね」

「じゃあ、これにはたくさんだね」

 目の前の椀に視線を落として、セスクは言った。

 蒸留水というものは知っている。セスクの故郷では水源が豊富だったから、料理や飲料に使われるものはほとんどがそうだった。

 それに比べれば、この町で出されるものは「酷い色つき水」としか言いようがない。初めてこの町を訪れた時、あまりの不味さに一口も飲めなかったことをセスクは思い出した。渋面になる。それを見た誰かが、苦笑とともに果汁水を頼んでくれたことを思い出したからだった。

 その相手がしたように、リトが苦笑した。

「そうだな。まあ、もっと酷いものを出すところだってある。飲めるだけマシさ」

 セスクは黙って男の言葉を待った。相手がまだ行動の理由を説明していないことを忘れていなかった。リトは苦笑を大きくして、

「沈んでる物のなかには、重いものとか軽いものがある。だから、それを混ぜてるのさ。それで、味を見てる」

「味が違うの?」

 からかうような眼差しで、リトが黙ってセスクの前に二つの椀を勧めてくる。相手の言葉を胡散臭く思いながら、セスクは二つの椀をそれぞれ手に取って一口してみた。――まるでわからない。

「……一緒だよ」

「そうかい?」

 リトは肩をすくめ、目の前の椀を口に運んだ。難しい顔をして、もう一つの椀を手に取る。慎重にそれも一口して、動きを止めた。口のなかの些細な違いも逃さないよう、感覚を鋭くさせようという風に瞼を閉じている。眉間に皺が寄り、ごくり、と喉骨が動いた。

 ゆっくりと男が目を開けた。厳かな口調で一言、

「――同じだな」

「なんだよそれ!」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまい、はっとしてセスクは口に手をあてた。睨みつけるが、相手は涼しい顔でいる。


「なぁに、二人して楽しそう」

 お盆を手にした女性が現れ、二人の前に麦粥の深皿を置いた。

「さ、どうぞ召し上がれ」

自分も隣の席に座って、にこりと笑う。

「……なんで姉ちゃんまで座るのさ」

「いいでしょ、朝の忙しい時間は終わったんだし。一息つきたいのよ。それに」

 女性はしなを作るようにリトに向かって身を乗り出して、

「あなたとお話がしたくて。いいかしら?」

 木匙で麦粥をさらいながら、リトは肩をすくめただけだった。それを肯定と受け取った女性が満面の笑みで、

「嬉しいっ。ねえ、お名前はなんて言うんですか? あたしはアーデラって言います」

「俺は――」

「待って」

 答えかけた相手の鼻先に手をあげて、そっとまぶたを閉じる。

「あたしがあなたの名前をあててみせます。そうね、――リト。リトさんって言うんじゃありませんか?」

 リトは黙ってセスクを見た。セスクは慌てて首を振る。

 目を開けたアーデラが笑って、

「違うわ。その子に聞いたんじゃないんです。少し前、このお店にやってきた人がね、あなたのことを言ってたんです。聞いた感じによく似てたから。もしかしたらそうなのかなって」

「……なるほど」

 男の感想は淡白だった。淡白に尽きた。

 不満そうに頬を膨らませたアーデラが、

「誰からあなたのことを聞いたのか、気になりませんか?」

「いや、あまり」

「冷たいんですね」

 呆れたように息を吐いた女性が身を引き、もたれかけた椅子がぎしりと音を立てた。


「――サリュさんです」

 その名前を聞いても、男は無反応だった。

「彼女、言ってましたよ。ずっと探してるって。それから、トマスにあなたのことを待ってる人がいるって。伝言です」

 それに対する男の返答がセスクには予想できた。

 果たしてその想像通り、男はどこまでも乾いた眼差しで、

「そうか」

 アーデラの眉がきゅっと吊り上がった。

「そうか、って。ちょっと、さっきから酷すぎませんか? 別に両手を合わせて感激しろだなんて言いませんけど、もう少し――」


「……随分と緊張感がないんだな」

 ぽつりと男が呟いた。

「なんですか?」

「町の周囲を大勢の敵兵に囲まれてるっていうのに、他人事にかまけている余裕があるのか。家に籠って震えてる連中だって多いだろうに、君は随分と平然としてる」

 冷ややかな眼差しが向けられる。決して迫力があるわけではないが、なにかを見通そうとするかのような底の見えない視線に、女性が一瞬、息を止めた。少しばかり罰が悪そうに、

「それは、慣れてますからね。あたしは生まれてずっとこの町ですから。周りを大勢に囲まれる経験だって何度もあります。慣れでもしないと、やっていけないでしょ」

「なるほど」

 リトは頷いて、立ち上がった。麦粥は空になっている。一回の食事代にしては多めの硬貨を置いて、

「ご馳走様。伝言は、受け取ったよ。両手を合わせて感激してやれないですまないが」


 店の外に歩いていく男を見送りながら、アーデラもそれを止めようとはしなかった。白けた眼差しを向けて、

「サイテー。あんなに必死になって探されるんだから、どんな素敵な人なのかと思ったのに。酷い男」

 憤慨した様子で腕を組んだ女性が、同意を求めるようにセスクを見た。

「ね、あんたもそう思うわよね」

 セスクは答えず、服の内物入れを握り込んだ。真新しい金貨の感触を痛みと共に覚えながら、思い出す。――そうか。――へえ、そうかい。

「……知らないよ。知るもんかっ」

「あら、そう」

 溜息をつく女性の声から温度がなくなっていることにセスクは気づいた。

 食堂の看板娘として笑顔を絶やさないでいる女性が、疲れたような表情になっている。ぼんやりとリトの出て行った店先を眺めていて、そして、

「つまんないわ」

 遠い目でそう呟いた。



 店を出たリトは周囲を見渡した。食堂は広場に面している。広場の隅に低い石積みの井戸を見つけ、そちらに足を向けた。

 普段なら洗い物をしている姿があっておかしくない時間だが、誰の姿もない。町は外を出歩いている人の数が極端に減っていた。またいつ外から矢嵐が降って来るかと思えば、当然ではあった。

 町中には軍人の数は多くない。大多数が防壁上に配置されているからだった。無論、巡回目的の姿がないわけではないから、リトは彼らの目につかないよう外套を目深に被っていた。

 井戸に据え付けられた木桶を落とす。それに括られた紐がするすると勢いよく伸びていき、少しして底から乾いた音が響いた。枯れている。


「そこの井戸は使えんよ、お若いの」

 近くの軒先に腰かけた老人から声がかかった。砂に塗れた白髪でほとんど顔中が覆われている、その奥からくぐもった言葉が届く。

「もう数年来、そこの水は出なくなっておる。水が欲しいなら、東側の井戸に行くことだな」

「……どうも」

 頭を下げ、その場を去りながら考える。

 数年来。この辺り一帯の支配権を巡ってツヴァイ、ボノクスが激しく争ったラタルク戦役の頃からということになる。その意味するところは大きかった。あるいは、ボノクスもこの町の地下水事情を承知していたからかもしれないからだった。


 タニルの水は枯れかけている、という噂は決してなかったわけではない。それでいて、なおこの町には重宝されるだけの理由があった。南部の河川戦線における戦略的価値。そのために、タニルには南の河川水路から大量の水を運ぶ「水商隊」があるという話も、恐らくボノクス側の耳には入っているだろう。

 南部の河川水路が安定していない限り、タニルという町は存続すら危うくなる。である以上、ボノクスの狙いもあくまで本命は南部の戦線にあると見るべきだった。

 だが――この町に来るまでに聞いた一つの噂を思い出して、リトはそっと息を吐いた。


 タニルの西に水源が湧いたという、噂。

 その噂こそが全ての発端だった。


 大規模な枯渇にあるラタルク地帯。植物が枯れ、動物が朽ち、人が去ったその空白地帯に見つかった貴重な水源が、凪いだ砂海に大きな嵐を呼び込もうとしている。

 今回のボノクスの侵攻も、つまりはその前兆に過ぎない。無論、それまでに彼らは牙を研ぎ澄ませてきたのに違いなかった。その結果の一つが、今まさに町の外で形を成そうとしているあの代物だろう。


 ……どうやら、今度ばかりは見誤ったらしいな。


 今は不在だというこの町の領主、大学時代の友人でもある人物に向かって、リトは胸中で呟いた。その知人が優秀な軍人であることを彼は承知していたが、同時に相手が絶対者などではないことも理解していた。自分と同じ、ただの人間に過ぎない。

 ボノクスにタニルを囲まれるというこの状況下さえ、男は予測していたに違いない。だがそれはあくまで予測であって予言ではなかった。ケッセルトに可能なのは自身に持ちうる情報と許された状況から、それへの対抗策を用意することで、敵方が予測にないことをしてくれば、当然それ以上のことは不可能となる。


 ――この戦争でツヴァイは負けるだろう。

 それもやはり予言ではない。事実と推測、ほとんど冷ややかなまでの感情で冷静に算段した、客観的な断定に過ぎなかった。



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