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砂の星、響く声  作者: 理祭
 四章 誰何の幻想
74/107

 砂海に落ちる夜は、純粋な闇ではない。

 空に浮かぶ細月。旅人が方角を知る指標とする北輝星と西黄星。その周囲にも無数の煌めきが揺れ、地上に降るそれらの光がくっきりとした陰影を押しつけていた。

 そこで生息する動物には、猛烈な日差しが照りつく日中は行動を控え、夜の訪れを待って活動する生き物も多い。凪いで沈んだ砂海に音もないまま、夜間は彼らの縄張りでもあった。


 全てを飲み込み、平坦にたいらげる砂の海の只中で、不自然に盛り上がった岩礫が影の濃淡を伸ばし、互いを幾重にも重ね合わせて奇妙な景観を成している。その一画に身を潜めて昼間から待機を続けていたサリュは、全身に巻きつけた防砂具の中でため息を漏らした。

 砂海と砂漠。似ているようで決定的に異なる二つの在り方は、その境界もあいまいだった。海に囲まれた砂漠、漠とした砂海。根源の仕組みがわからない以上、そこには各々の経験則でもってあたるしかない。

 日中熱を放射して冷たい岩肌に触れながら、脳裏に乾いた声を思い出す。短い旅の道中、男が語ってくれた少ない言葉の一つ。


「砂海がこの星のパレットなら、砂漠はそこに描かれた気色。その起伏だな」

「……起伏?」

 世の何事も達観したような冷めた目が彼女を見おろして、

「生きている、ということだ」


 ――生きている。星が、生きている。


 海原に突き出した岩の群れがその感情の表れだとしたら、それは一体なにを指しているのか。一体なにを求めているのか。……貴方は、なにを求めていたの。

 頭を振り、サリュは靴裏をこすりつけて足元の違和感に触れた。砂海の細やかに磨り減らされた砂粒と違い、大小様々な不揃いさの証である鈍い砂鳴きをしばらく確かめている彼女の元に、音もなく影が近づいた。

 サリュより小柄な影と、それよりさらに低く、横へ伸びた影。無音で自分の元へ駆け寄ってきた砂虎の顎を撫でて、サリュはもう一人へと顔を向けた。

「……そろそろ?」

「頃合はいい」

 応えた言葉は短く、静かな視線を投げかけてくる部族の少女から、視線を移す。気弱な表情の巫子が、寒さに凍えるように身をすくめている。それはこれから起こることを知っているからこそなのだろう、とサリュは考えた。


 血を流す。血を流さない為に。

 その矛盾にしこりを覚えるなら、それは自分自身の迷いであるはずだった。だからこそ、サリュは星明りに異相を際立たせる二重の環の瞳を相手に見据えて、

「私は。行きます」

 大きくシオマの顔が歪んだ。白い吐息を散らす。

「私も、……連れていって。ください」 

 一言一言を区切り、震える声ではっきりと口にする相手に頷いて、サリュは近くの岩陰に目を落とした。

 縄に縛られた男、ヨウはぐったりとうなだれて動かない。もう半日以上給水できておらず、軽度の脱水症状を起こしかけているのかもしれなかった。

 これから目を離さなければならない相手に余力がありすぎては困るが、死なれてもらうわけにもいかない。

「直に日に晒されるまではもつ。それまでに戻れればいい」

 ユルヴが素っ気なく保証した。

「襲われたりしないかしら」

「昼間、砂虎がねぐらにしていた場所だ。匂いが強く残っているうちに近づく獣はいない」

 迷ってから、サリュは男の近くに自分の水袋を置いた。

「行きましょ」

「ああ」

 弓の張りを確認したユルヴが歩きだす。その後ろにクアルを伴って続きながら、サリュは先導する小さな背中に問いかけた。


「ねえ。ユルヴは、いいの?」

「わたしは怒ってるんだ」

 振り向かないままの返答に、サリュは防砂具の下で眉をひそめて、

「――ユルヴ」

 改めて呼びかけた。

 肩越しに振り向く少女の、暗闇の中でなお鋭い眼差しにむかって告げる。

「……アンカに行きたい」

「なに?」

「リトと会えた後。ノカや、その他の人達にまた会いたい。それに、会いにいかないといけない相手がいるって、思い出したの」

「お前が親を殺したという子どもか」

 足を止めたユルヴが振り返った。

「殺されに行くのか?」

 サリュは頭を振る。

「違うの。――でも、どうすればいいのかわからなくて。私、逃げたから」

 あの場面でどうすればよかったのか。

 もし会いにいったとして、どうすればいいのか。

「わからないけど、でも会わなきゃいけないと思う」

 じろりと上目遣いにサリュをねめつけたユルヴが、どんと乱暴にサリュの肩を叩いた。

「忘れるな。思い上がるな。迷ってる最中だって、お前は一人になんかならない」

「……ごめんなさい」

「そこで言うなら、ありがとうだ。馬鹿」

 身体ごと顔をそむけ、再び歩き出す。

 その背中に改めて感謝を囁いて、サリュは自分の太股に耳をこすりつける仕草をしているクアルを撫でた。後ろでやりとりを聞いていたシオマに声をかける。

「行きましょう」

 黙ったまま頷く相手を先に行かせて、サリュはちらりと背後を振り返った。岩陰にもたれる男の姿を確認した後、二人に続いた。



 ウディアの部族がンジと呼ぶ岩と礫の密集域は、範囲としては決して広くなかった。

 少し大きな部族の集落が、羊や馬を養う為に広く囲う短草地程度の面積があればすっぽりと入ってしまいそうな狭い一帯だけが隆起している。事前に聞きだしていた見張りの位置が正しいかどうか、確認の意味も兼ねて周囲を歩きながら、サリュは目の前にある地形の意味について考えた。

 砂海と砂漠の隔たりに、奇妙な現象が起こることは多い。砂海に流された漂流物が溜まり、長い年月をかけて作り上げられる地層。それが連なり、蛇の道として名づけられるような長い道のりを作り出すこともある。

 もし、この地形が流れる砂の及ぼした結果であるなら、方向があるはずだった。堆積物が流れてくる方向、そして溜まる方向。つまりは奥行きが。


 ――ここは違う。長くない距離を注意深く歩き終えて、サリュはそれを理解した。

 先も後もない。岩礫の密度には差があるが、それは一方向に対してではなかった。外周はまばらであり、徐々に岩の高さや険しさが増していく。中央、ある一点に向けて。

「……下から、盛り上がってる」

「なるほどな。これでは、普通に砂を読んだところで辿り着けない」

 ユルヴが呟いた。

「だから、聖なる場所?」

「その理由に連なることは違いない――外を回っている見張りはいなかったな。情報どおり、入り口だけらしい」

「人手が足りないのね」

 部族の襲撃があることは、中の人員も予想しているとヨウは言った。それでいて大した警戒態勢がとられていないのは油断か、そう出来ない事情があるからだろう。


「水と食料を買いに出しているという話だったからな。こちらにとってはありがたいが、面倒でもある。買出しにでている下っ端がいなければ、後で死体を運んでくれる人間もいない」

「……全員を殺す必要はないわ。かなり士気は落ちているって話だった。残ろうと言い張っている偉い人をどうにかすれば、それですむはずよ」

「理想はそうだ。まさか、一人だけ殺せばいいなどと甘えたことは考えていないな?」

「いいえ。この前みたいに、自分に酔いたくないだけ」

 ふんと鼻を鳴らしたユルヴが、

「なら、よほど完璧に奇襲を決めるしかない。こちらは小勢だ。いざとなったら、クアルに暴れてもらうしかなくなる」

「わかってる」

 短剣を抜いて、サリュは先頭に立った。痛めた利き手ではなく左手に握りしめ、腰を屈めて自分の傍らを歩くクアルの腹を撫でると、意図を察した砂虎が無音で地を駆けて先行していく。巨体が闇に溶けた先に、松明の灯りが浮かんでいた。


 松明だけでは距離が図りづらい。慎重に火元へ近づきつつあったサリュの視界で、その松明が揺れ、さらに分かれた。小さく、押し殺したような声がかすかに漏れている。切迫さの感じられる低い声の内容までは聞き取れず、サリュはじっとその場に潜んで機会を待った。

 見張り役が、目の前をよぎったクアルの影に怯えて焚火の数を増やし、警戒を強める。一時的に強まった警戒が解かれ、あたりにばら撒かれた火が消えないうちに、サリュは前進を再開した。

 獣を遠ざける目的で四方に散らせた篝火が、周辺の地形をおぼろげながら明らかにしている。中央の焚火から少し離れて立つ見張り役の姿も見えて、情報どおりに一人であることを確認できた。

 複数の灯りが生まれたことで、距離感の把握も容易になった。相手から目視できない距離をたもったまま、サリュは後ろのユルヴとシオマに合図を送り、一人離れてさらに足を進めた。

 真っ直ぐに向かうのではなく、遠巻きに円を描くように距離をつめる。様々な角度から見張り役とその周囲の位置関係を脳裏に描ききり、間違いのない道筋を確認してから、足元の石を拾った。

 放り投げる。遠くの岩にぶつかって軽い音を立て、そちらに見張りの注意が向いた瞬間、サリュは全力で駆けた。死角からの接近。砂利を激しく踏みしめる音に振り返った、見張り役の男の至近に到り、サリュは男の首を刈った。

 口笛の鳴り損ないのような掠れた音を漏らしながら、ぐらりと男が傾ぐ。倒れかける相手の身体を抱き留め、そっと地面に横たえてから、サリュは背後に合図を送った。


 ユルヴとシオマ、別の方向からクアルがやってくる。返り血を舐めとろうと舌を伸ばす砂虎をあやしながら視線を向けると、焚火に照らされて顔色を青ざめさせたシオマが、地面に伏せた男に目を落とした。

「殺した、んですか……」

 防砂具からわずかに覗くユルヴの眉が跳ね上がった。怒鳴り声があがる前に手で制して、サリュはシオマに頷いた。

「そうです。私が殺しました」

 奇襲を仕掛ける以上、入り口で万が一にも手間取るわけにはいかなかった。などという説明は省いて、サリュは真っ直ぐに相手を見据えた。

 気弱な視線がサリュから逃れるように上下して、斜めを見て、最後にまたサリュへと戻る。

「――ナイフ、を」

 震えた声で言った。

「……私にも。貸して、くれませんか。……持ってきてなくて。それで」

 ちらりとユルヴと目をあわせ、サリュはそれまで握っていた短剣を外套でぬぐい、シオマに差し出した。唾広の、刀身が一般的なそれより短い得物を渡されたシオマが、ぎゅっと胸元に抱くようにする。

 自分は腰から鞭剣を抜き払い、サリュは不満そうに沈黙しているユルヴへ声をかけた。

「私とクアルが先に。ユルヴは後ろからの援護と、シオマさんをお願い」

「わかった」

 不承不承といった返事にくすりと笑い、それを睨まれる前に目線をそらして、サリュは見張りの男が守っていた場所へと視線を移した。


 そこには夜の闇より深い暗がりがぽっかりと穴を開けている。

 それは洞窟だった。密集してそびえる岩が、偶然そういった形を模しているだけにも思えるが、サリュは目を凝らし、その先に確かな広がりがあることを把握した。

 既視感を覚える。――地下へ繋がる洞窟。そういった場所は以前にも経験がある。そこには、周囲が枯れ果てても湧き続ける不思議な水場があった。

 後ろを振り返ると、ユルヴは渋面をつくって彼女からの質問を拒否しているような表情だった。その隣のシオマはそれまでと変わらない。サリュは前方に顔を戻して、外より深い暗がりへと一歩を踏み出した。


 空間は徐々に下降しつつ、複雑に曲がりくねっていた。中に入って幾らもしないうちに方向は消失してしまう。一本道ではないが、使われている場所と使われていない場所は一目瞭然だったので迷う恐れは少なかった。鼻も耳も利くクアルが傍にいる以上、地上に出られないなどという事態を考える必要はない。

 洞窟は、しばらく進んでも砂の気配が強かった。舌をだせばすぐに砂が溜まりそうなざらついた空気の中を進みながら、耳を澄ませてみれば、さらさらとあちらこちらで砂が流れている。この地下洞窟が侵食されつつあることを悟り、ふとサリュは不安に思った。砂に押し潰されるようなことは、ないだろうか。

 サリュの不安を汲み取ったように、後ろからシオマが小さく囁いた。

「……ここは、ずっと。昔から。私達の祖先が見つける前から――ずっと。現れたり、消えたりしていると、言われています」

「消える? 洞窟が、ですか」

「はい。――砂の中から、湧き上がって。水場みたいに。少ししたら、なくなるんです」

 砂が動くということは、地面が動くことでもある。そこに流された土や岩がぶつかり、行き場を求めて地上にあらわれるような地下活動。以前の、イスム・クの洞窟はまさにそういった結果、作られたものだった。

 だが、それなら消えるというのは一体どういった活動が及ぼすことなのだろう。考え込もうとしたサリュに、横からのそりと頭を押しつけたクアルが注意を促した。意識を戻す。風の音ではない、何かの音が耳に入った。


 遠くにほんのりと灯りがさしている。足元を見れば、布や箱といったものが脇に置かれ始めていた。

 頭の中の疑問は保留にして、サリュはクアルを伴ってさらに歩を進めた。徐々に灯りが強まり、反響した響きが鼓膜に触れる。少し行った先に、開けた空間があるらしかった。

 洞窟内部はほぼ一本道。下働きの人間が半数、買い出しに出ていて、調査員も含めて全員が中の広場めいた場所に寝泊りしている。今現在、中に残っている数は十七名――決して少ない数字ではない。ヨウから聞き出した情報を思い返しながら、岩陰からそっと顔を出す。


 想像していた以上に広い空間だった。

 あちらこちらに闇避けの灯りを焚いて、それでも全体を覆えない程に広い。緩い球状に近い空間の構造に、サリュの頭の中で先ほどの既視感が強く蘇った。やっぱり、イスム・クのあの場所と似ている。

 ただしこの場所には、塩と水ではなく岩と砂が溢れている。砂粒一つ舞わない、地下水場の静謐な空気を思い出しながら、サリュは広場の様子を窺った。


 抉れた底の中央に、一際大きく、しっかりとした焚火が組まれていた。その周囲に、武装した男達が四名。互いの死角を消すような配置に立って、夜番についている。近くにちらほらと、ふくらんだ毛布の固まりが転がっているのは、休憩中の面々だろう。四人組で三交代の警戒は、決して緩くもないが、すぐあるであろう襲撃に対して相応の意識が向けられているとも思えなかった。無論、緊張状態を長く続けることは、それだけ疲労を招くことにもなるのだろうが――特に周囲に気を配るでもなく、起きている者同士で談笑している見張り役達から目を離し、サリュは空間の奥に注力した。

 サリュ達のやってきた方角の向かい側にある横穴。調査隊のリーダーは、そこに一人で寝泊りしているという話だった。中央を通ればもちろん、見張り達に咎められてしまうが、注意力の散漫な状態であれば、迂回して横側から近づくことは不可能ではない。

 いざとなればクアルに陽動してもらうつもりでいたが、その必要もないだろう。そう判断して、サリュはクアルとともに右側へ足を向けた。


 かたん、と物音が響いた。

 身をすくめ、サリュはあわてて物陰に身を潜める。音を立てたのは誰だと後ろを振り向きはしなかった。その音は後ろからではなく、彼女の前方の横穴から生じたものだった。

 そっと広場中央の見張り役を窺い、彼らの物音への反応がないことを確認してから、サリュは慎重に横穴に近づいた。中を窺うと、奥まった空間の端に焚かれた松明と一人の男の背中が見えた。

 呟くような声がサリュの元まで届いていたが、背中を向けた男以外に何者かの姿はない。

 壁際に立った男は、独り言をしているだけだった。武装はしておらず、近くに剣や槍さえ置いていないことから相手の素性を察して、サリュは足音を殺して男の背後に迫った。


「――声を出さないで」

 鞭剣を喉元にあてて、告げる。

 びくりと全身を震わせた男が、ひきつった目でサリュを見た。

「ひっ……」

「騒がないで。うるさくされたら、困るの」

「ま、待て――わかったっ。騒がない……!」

 激しく頭を振りながら、同意の反応を示すその声が既に音高かった。サリュは顔をしかめ、男の膝裏を蹴ってひざまずかせ、布切れを男の口に噛ませた。

「……お願い。大声を出さないで」

 轡を噛まされた男が激しく頷いた。


 ユルヴとシオマがやってくる。念の為にクアルを少し遠ざけてから、サリュは男を振り返らせた。

 少し額の広い短髪の、三十代にかかるかかからないかといった外見の男だった。丸っこい小さな目が、状況を把握しようと四方に動く。横穴の入り口近くで、不満そうに尻尾を揺らせるクアルの存在に目を留めた男の口から、ひきつれた空気が漏れた。

「す、砂虎――!」

「静かに」

 鼻と口を抑えられ、呼吸を防がれた男がもがく。自由になろうと暴れる相手をいなし、男の目が充血し始めたところでようやくサリュは男を解放した。

「こ、殺す気か……ッ?」

「暴れられたら、そうするしかなくなるわ」

 冷たく告げる。

 短い言葉に込められた本気を察した男が、ごくりと喉を鳴らして沈黙した。男の喉仏に鞭剣をあてたまま、サリュは訊ねた。

「答えて。貴方達の中で一番偉い人は、どこ?」


「き、君達は。砂賊か……?」

 震える声で言った男が、サリュの背後のシオマに気づいて目を見開いた。

「君は、――ウディアの。じゃあ、君達はウディアの人間なのか」

「違うわ。私は部族の人間じゃない。でも、盗賊でもない」

「なら、」

 言いかけた男が息を呑んだ。

 サリュを凝視する。頼りない松明の灯りを反射する瞳の異相に、男はその時になってようやく気づいていた。

「君は一体――」

「答えて。貴方達のリーダーはどこで寝ているの?」

「そ、それを聞いて。どうするつもりだ……」

「出て行って。ここから」

 ぐっと唇をひきしめた男が、

「……それは。出来ない」

「何故?」

「ここには、とてつもない謎が隠されてるんだ。この国、いや、世界そのもの。この星の在り方さ。きっととんでもない発見になる。一介の学者として。こんな場所にでくわして、ここから出て行くことは。出来ない……」

 男がどういった立場にあるかは、身なりを見ればわかることだった。悲壮な決意でこちらを見あげる男へ、サリュは意図的に冷たい声色で告げた。

「もうすぐ、ここに大勢のウディア族が来るわ。貴方達を殺しに」

「なに……?」

「死にたくないなら、出て行って。どんな発見だって、命があってのものでしょう」

 顔色を蒼白にした男が、シオマを見る。

 ウディアの巫子は震える声で口を開いた。 

「お願い、します。……たくさん血が、流れる前に。ここから。離れてください」

 真摯な口調に、語られる内容がただの脅しではないことを理解したらしい男が、絶望したように顔を覆った。


「なんてことだ……」

 呻いて地面にうずくまる男を見おろして、サリュは小さく吐息をうった。

 リーダーの現在地の確認がとれればと思っていたが、これではしばらく話を聞きだせそうにない。徒にここで時間を浪費するなら、目の前の男を縛り付けて先に進んだ方がいいだろうと決断をだしかけたところで、男が勢いよく顔をあげた。

 血の気が失せた顔は、先ほどの一時の呼吸不足で目が充血したままだった。異様な迫力でサリュとユルヴ、シオマに順々に目線を合わせながら、

「――頼みがある」

 低く這う声で言った。


「頼み?」

「君達は、ここを――取り戻しにきたんだろう? そして、できればこちらの命も失わないようにと行動してる。君達は味方じゃないが。敵でも、ない。そうなんじゃあないかと思うんだが、……どうだろう?」

 状況を正確に理解した台詞だった。

 砂虎も含めた集団にいきなり襲われ、混乱した頭で冷静に事態を把握できることにサリュは感心した。

「だとしたら、なんだ」

 ユルヴが言う。

 牽制に低められた声に、男はぎこちなく唇の端を持ち上げて、

「――協力するよ。君達に。だから、僕がウディア族に投降するのを、手助けしてもらえないか?」

 卑屈な笑みを浮かべて言った。



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