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砂の星、響く声  作者: 理祭
 三章 砂上の幻聴
62/107

 短草地に並んだ天幕の周辺を子どもが駆けている。その向こうでは女性達が甲斐甲斐しく家畜の世話をし、あるいは臼をひいて脱穀の作業を行っていた。世間話に興じているらしく、彼女達の顔には笑顔があった。

 日の高くあがった集落の牧歌的な雰囲気だが、そのなかに溶け込むように石積みの窯が並び、木柵に武器が立掛けられている。その前に座り込んで槍や弓を取り、黙々と手入れを続ける男達はどれも厳しく、真剣な顔つきだった。


 集落から離れたところに腰をおろし、ぼんやりと集落全体を眺めていたサリュに刺繍飾りの防砂衣をまとった小柄な少女が近づく。そっけない声がかかった。

「考え事か」

 目深にかぶったフードの奥からちらりと視線を送る。刺繍布を巻きつけた隙間から覗く異相の瞳を伏せて、サリュは答えた。

「少し」

「そうか」

 飾らない応答に、そう、と短く息を吐いて視線を戻す。

「不思議。これから争いが起きるっていうのに、普通にしてる」


 木の棒を手にはしゃいでいる数人の子ども達を眺めながらサリュが呟くと、部族の少女が隣に並んで言った。

「女子どもも、わかっていないのではない。ああも顔をしかめさせているのが滑稽なだけだ。そうやって自分達を昂ぶらせなければ、戦いに出られない」

「でもそれは、集落を――そこにいる人達を守らなければならないからでしょう」

「女や子どもも戦う。女は子も孕み、子は未来を紡ぐ。男は今、戦うしかない。だからそれに全てを捧げる。意地のようなものだ」


「……ユルヴって、男の人が嫌いなの?」

 きょとんとした表情でユルヴはサリュを見た。珍しく幼い表情を覗かせて、

「わたしだって女だぞ」

 笑った拍子に長い黒髪をおさめた布頭巾が揺れた。衣装につけられた細飾りが乾いた音を鳴らす。

「もっとも、私が子を産むことはないだろうからな」

「どうして?」

「神子は子を持たない。将来、わたしが長を継いだ時には別の神子役を選ぶことになるが、それからでは時間も相手もな。あまり期待はできないだろう」


「族長は争いの先頭に立って、神子は最後まで見守る……」

 男と女、それを模した役割の分担。ああ、とサリュは納得した。どちらも戦うという意味では変わらない。

 次代の族長という身分でありながら、神子という異なる役柄もユルヴは兼ねている。一見して相反しそうな二つを抱えた彼女は平然と、自分という在り方を心得ているようだった。

「だからわたしは牙巫子だ。長老達がそう字づけた」

 ユルヴが唇の端を持ち上げる。何事にも揺るがないようなその視線から逃げるように、サリュは視界の遠くに見えるヤギ追いの群れを追いかけた。


「――もし、アンカ族が争いになったら、ユルヴも戦うのよね」

「当然だ。わたしが死んでも、次の神子にはノカから語り継いでくれるだろう」

「自分の子どもが欲しいと思わないの?」

「族長になれば、集落にいる同胞全てわたしの子だ」

「……怖くは、ない?」

「恐ろしいのは天意に取り残されることだ」


 サリュはため息をつく。

「私は。ちょっと怖い」

 言葉の意味を量るようにユルヴが沈黙した。

「さっきの話なら、お前にも、お前の名にも関係ない。ただ沼に溺れる者がなんでもいいから掴もうとしているだけだ」

 あいまいに頷きを返しながら、サリュは抱えた膝の上に顎を乗せた。先ほど天幕で行われた一連のやりとりを思い出している。



「――砂が、血で染まる?」

 不穏な台詞に顔を見合わせたサリュとユルヴは、互いの表情を確認してから視線をもう一人の女性へ戻した。

「……それは、お前達のやろうとしている戦のことではないのか?」

 顔をしかめたユルヴが問うと、シオマは激しく頭を振る。

「だが、お前達の戦に関わりあることなんだろう」

 肯定の頷きが返った。続いてサリュが訊ねた。

「あなた達の争いが、きっかけになるということですか?」

 再び肯定。女性は小動物のように震えている。


「託宣か」 

 ユルヴが言った。

 びくりと肩を震わせたシオマが顔を上げる。砂に生きる部族達からすれば繊細なつくりの顔に、はっきりと恐れの色があった。

「託宣?」

 サリュが訊ねた。ユルヴは鼻を鳴らして答えた。

「神子のお告げだ。凶兆を占い、声を聞く。それは警句となって部族を導く」

 忌々しそうな口調を不思議に思っていると、視線に気づいた少女は渋い顔でサリュへ頷いてみせる。

「わたしにはできない。だから、それがどういうものかはわからない。だが、神子の託宣は部族の者にとっては絶対だ。長といえど、易々とおろそかにはできない。神子が死ぬまで戦えと言えば、部族は死ぬまで戦う」


 ぎろりとした眼差しがシオマを見た。

「つまりは、お前が皆に戦えと言ったのだ。そうだろう」

「私に、そんな力……」

 弱々しくシオマがかぶりを振るのに、眦を吊り上げてユルヴがさらに言いかけるのに、それまで沈黙していたラディが間に入った。

「まあまあ。シオマさん、お二人はまだなんの事情も知らないわけですし、まずは事のはじめからお話されたらどうでしょう」

「知っているのなら、いっそお前が話せ」

 仲裁されたユルヴが舌鋒の先を向けると、男は穏やかに首を振った。

「これはシオマさんからお話するべきことだと思います」

「……ふん」

 柔らかいが押し込むことの出来ない態度に、苦々しく顔をしかめた表情でユルヴが引き下がってみせる。旅の吟遊詩人は抑揚を優しげにして語りかけた。

「ゆっくりでいいですから、話してください。あなたが託宣を受ける前の出来事から」


 歌を生業とする男は、人の気分を落ち着かせる術を身につけているようだった。動く影にさえ怯えるような有り様のシオマが、震えは収まらないまま、少しずつ呼吸を整えていく。

「人が――来ました。どこの部族でもない彼らは、……西からやってきたと、言いました」

 やがて、たどたどしい口調で話し始める。

「彼らは何かを探して、遠くからやってきたと言いました。彼らはとても友好的で、族長は彼らの探しものに協力することを約束しました。私と大婆さまは族長からのお話で、彼らをンジの岩窟道まで案内、しました」

 聞きなれない言葉にサリュは眉を細めた。ユルヴが補足して囁いた。

「ウディアの聖域だろう。ほとんどの部族はそういった特別な場所をもたないが。……余所者を、自分達の信仰の場に招いたのか?」


「彼らは、友好的――だったんです」

 シオマの表情が歪んだ。

「何があったんですか?」

「……彼らは訪れた岩窟を見て、とても驚いた様子でした。血相を変えた彼らに私達は追い出されて。そのまま彼らは、そこを根城に。部族の者が抗議に向かっても、追い払われるだけで。まるで話を聞いてくれなかった。族長は、なんとか話し合いで解決するようにしていたのですが、部族の皆にも徐々に不満が高まっていって。――ニ日前。若者が一人死にました」

 その台詞自体はむしろ淡々とした声音に聞こえた。涙もない。ただ全身が激痛に苛まれているようにわなないていた。

「交渉に赴く者以外は、岩窟に近づいてはならないという族長の命を破って若い数人が岩窟へ行って。抱えられて戻ったとき、既に命はありませんでした。恐らく……口論から、争いに――」


 震えが伝播した声が途切れる。込み上げる感情をこらえようとシオマは懸命に唇を噛み締めていた。それが怒りなのか悲しみなのか、サリュには判断がつかない。

「……皆は怒りました。もはや話し合いなどという気配ではなく、すぐに戦いの準備が始まりました。岩窟の人達から使いが送られてきましたが、すぐに砂に埋められました」

 お互いに犠牲者が出ている。予想していた以上に緊迫した事態に、サリュとユルヴの二人は声もなかった。

 サリュはもう一人の存在に目をやった。男は穏やかな表情のまま話に聞き入っている。既に知った話だからではあるだろうが、自分の命に関わることだというのにやけに落ち着いた風情だった。


「夢を――見たんです」

 シオマが言った。

「赤い夢を。赤い川が、赤い海へ。夕日よりも赤く一面が覆われて。たくさんの人が浮かんで、沈んで。とても恐ろしかった。恐ろしくて、すぐに大婆さまに言いました。大婆さまは言いました、だからこそ戦うのだと。それで滅ぶことになっても。それが、天命だと――」

「それで、託宣か」

 小さく頷いて、シオマはうなだれた。

「大婆さまから話を聞いた部族の皆は、もう止まりません。今夜の宴を終え、明日には岩窟に攻め込むでしょう。誰一人生き残らないのに。私は、それが嫌で。それで」

「逃げだしたというわけだ」

「私は。なんとかしようと思って、……神子がいなくなれば、託宣が嘘なら。皆が助かるかも。それに、あなたなら――」

 何かを期待するような上目遣いがサリュを見た。急な視線に戸惑い、サリュがそれに答える前に、

「馬鹿か」

 冷淡な眼差しでユルヴが吐き捨てた。

「そんなことをして戦が止まるものか。お前のしたことは、ただ部族の者から死ぬ理由を取り上げようとしただけだ。助ける? ふざけるな、貴様は彼らの生き様まで殺そうとしたのだろうが」

 シオマが身体を強張らせる。


 サリュはどちらにも声をかけなかった。部族の人々の生き方や考え方に、余所者が口を挟むべきではない。それに、ユルヴも部族の重要な役目を負う人間であるから、言いたいことはさらに強いはずだった。ラディを見ると、苦笑いで同じく成り行きを見守っている。

 ユルヴは見るのも不快だと言わんばかりの態度で顔をそむけ、シオマは再び顔を俯かせている。サリュは二人から視線を外し、ラディへ訊ねた。

「あなたは、いつこの集落へ?」

「一日前に。驚きましたよ、いきなり弓や槍をかまえた人達に囲まれて、しかもすぐそこには首から下を砂に埋められた人がいたんですから。なんだかわかりませんが自分もおしまいかと思ったんですが、そこでシオマさんがとりなしてくださって。なんとかその場は生き埋めにされずにすみました」

 女性が一応の説明を果たしたからか、男は流暢な口調で答えた。肩をすくめる。

「まあ、それも命の期限がいくらか延びるという程度の話だったようです。借金の踏み倒しは得意なんですけれどね。さてどうしようと思っていたら、シオマさんが助けてくださると仰ってくださいまして。荷物を残して集落を飛び出しました。手持ちの水なんてほとんどありませんでしたから、とりあえず河川を目指そうと南に歩いていたんですが、そこで大きな獣に襲われてしまいまして」

 その後の説明を省略して、男は両手を広げてみせた。


 ラディが言っている猛獣とはクアルのことだろうが、あるいはサリュやユルヴのことかもしれなかった。毒のない口調にサリュは小さく笑って、すぐに笑みを消した。

「シオマさん。彼らはあなたがたの大切な場所で、何かを見つけたんですね」

 訊ねると、顔をあげたシオマが弱々しく頷いた。

「恐らく。でも、それが何か……」

「……もしかしたら、そこには水が沸いていませんでしたか?」

「水、ですか? ……いえ、あそこの岩窟には、水場は。ないはずです」

 サリュはシオマの瞳を覗き込んだ。言葉を偽っている気配も、そうした手管に慣れている様子も見えない。怪訝そうに見ているユルヴへと視線を移して、告げる。

「覚えてる? メッチが言っていたこと」

「くだらんことを言うから大抵は忘れたな」 

「クァガイが、あなた達の部族に協力を求めようとしてたでしょ。東で見つかった水場で、このあたりにも新しい水源が出来ているかもって」


 ユルヴが目を細めた。

「……ウディアの聖域で見つかったものが、それだと?」

「わからない。けれど」

 サリュは首を振った。

「でも、ここに来た人達もそういう動きのものかもしれない。シオマさんが見ていないところで、そこに何かを見つけたのかも」

「西から来た人間。どこかの部族でないというなら、水場の占拠など連中の十八番だからな」

 だが、とユルヴは続ける。

「東の水源という、そもそものそれがまず噂の域をでない存在だ。確かに色々と最近はきな臭い騒ぎが多いが、確証があるわけじゃない」

「確証ならあるわ」

 サリュは言った。

「――私は、実際にその水源を見てきたから」

 ユルヴが片方の眉を持ち上げた。


 視界の外ではラディが興味ありげに瞳を見開いて瞬きし、シオマは不安そうに眉をひそめている。無表情に近い眼差しのユルヴを見返して、サリュは続けた。

「あなたとメッチに会う前、私はその水場のある集落に寄ったの。もう一ヶ月以上も前」

「……なるほど」

 ユルヴは人の嘘を見破る技に長けている。だからこそ、サリュは彼女の吐き出した声が低く抑えられている理由を間違えなかった。

 彼ら自身も大きな騒動に巻き込まれた、新しい水源の有無という大切な情報を今まで話もしていなかったのだから、不快になるのは当然だろう。しかし、その謝罪は今ではなく後にすべきだった。


「それに、私が嘘を言っていたとしても。そういう噂自体が呼び水になって、騒動を巻き起こすことだってあるでしょう?」

「そうだな。そのとおりだ。そしてどうやら、お前は嘘をついていない」

 ため息をつくようにユルヴが言った。 

「となると、水源云々の話というのは確かに説得力がある。枯れた一帯に水場が湧くとなれば、奴らは必ずそこを手に入れようとするだろう。……ギナ婆め、そういうことか。確かにこれは、一部族がどうこうという問題ではない」

 忌々しそうに、ユルヴは事態を把握しきれていない様子のシオマを睨みつけて言った。

「ギナ婆を呼んでこい。死ぬのは勝手だが、その前に知っていることを全て吐いてもらわなければ困る」

「あ――は、はい……」

 反駁する暇も与えられず、シオマが天幕を追い出される。ユルヴは眼差しの力をそのままに、ラディへと向き直った。


「貴様はいったい何者だ」

 敵意すらこもった声に、男は表情一つ変えずに微笑んでみせた。

「旅の詩人ですが」

「ふざけるな。殺されかかった集落にのうのうとまた戻ろうとする詩人がいるものか」

 決めつける口調で言われ、ラディは困ったように頬をかいた。

「と言われましても、大事な楽器もありましたし……。それに、皆さんが一緒でしたしね」

 男は、人間の善性を集めて固めたような表情だった。

「出会ったばかりの人間に、自分の命を懸けたとでも言うつもりか?」

「縁ですからね」

 やんわりと言って、それに、と続ける。

「楽しいじゃないですか」

「……楽しい?」

 ユルヴが顔をしかめた。

「はい。こういう貴重な経験は、あとでよい歌になりますから。ワクワクします」

 ユルヴがサリュを見た。その眼差しに、困惑したような光が浮かんでいる。サリュも彼女を見て、彼女も自分と同じ思いでいるのだろうと確信している。


 殺気だった部族の集落に捕まった現状を省みて楽しいと言ってのけた男は、全く平静な態度だった。自分がすぐにでも彼らから殺されてしまうかもしれないというのに、まるで気負いも恐れもない。

 それは、死をあるものとして覚悟しているユルヴのような部族達とは異なる態度に思えた。サリュが今までに出会ってきた人々が迎えてきたそれとも違う。

 少なくとも、サリュには目の前の人物の気持ちが理解できなかった。恐らくこの優しげな顔の男は、自分が死ぬ直前までこの表情でいるのではないかと考え、得体の知れない感覚にぞっと背筋を震わせる。

 男が嘘を言っているわけでも、強がっているわけでもないことも確実だった。ユルヴの真贋を通さずとも理解できる。そのことがなおさらサリュには気味が悪かった。


「……二日前にここへ来たと言ったな。それまではどこにいた。どこから来た」

「私ですか? ワームの一つ隣の、クオヌという河川沿いの町です。酒場で少し小金を稼いで、水やら食料やらを揃えなくちゃいけませんでしたからね。今ならまだ顔を覚えてくれてる人もいると思いますが」

 男が答える寸分も怪しい挙動を見逃さないというように、油断のない目つきでユルヴが見つめている。

 ラディが口を閉ざした後も、しばらくにらみ合うような沈黙が続いた。

 気配の異なる二人の視線がぶつかり合うのを、サリュはただ見届けていることしかできなかった。ユルヴが何かを見通そうとしていることだけは理解できている。


「……あの」

 天幕の隙間から、恐る恐る戻ってきたシオマが声をかけた。

「大婆さまが、会うのに少し時間がかかると。祈祷に入られたところなので、一刻半ほど後でなら、大丈夫だと思います」

「わかった。外で待たせてもらおう。サリュ、行くぞ」

 立ち上がり、当然のように続こうとするラディへ冷ややかに言う。

「お前はここにいろ」

「出来れば荷物や、楽器の確認をしたいんですが。手入れもしないといけませんし……。あれが駄目になっちゃうと、明日からのご飯を稼げません」

 ラディが情けない表情で言った。


「運ばせる。この幕の中にいる限り、アンカ・カミ、セオイカの子ユルヴの名にかけてお前の命は守ってやる。一歩でも外に出たら知らん」

 つっけんどんに言って、ユルヴは天幕から出て行った。戸惑いながらサリュもそれに続く。肩越しに振り返ると、苦笑を浮かべたラディがひらひらと手を振って彼女を送った。

「どうしたの」

「念の為だ」

 サリュの問いに、返ってきた答えは短い。そのまま無言で歩き、集落から離れたところでユルヴが足を止める。

「彼を疑ってるの?」

 周囲が聞き耳をたてられるような環境ではないことを確認して、サリュは訊ねた。

「わからん」

 ユルヴは言った。


「嘘はついてない。しかし、ついていないだけかもしれん。少なくともただの詩人ではないな。怪しすぎる」

「どういうところが? 確かに、落ち着きすぎてはいるけれど……」

 あまりに泰然とした態度への薄気味悪さを思い出しながらサリュが言うと、ユルヴは答えた。

「奴はクオヌから来たと言った」

「ええ。それが?」

「ここの集落から近い河川町なら、南のワームのはずだろう。わたし達が向かっていた場所だ。わざわざその一つ隣から、砂海に飛び出す理由があるか? 北の枯れた一帯ではないとはいえ、この辺りも水場は決して豊かではない」

「どういうこと? やっぱり、嘘ってこと?」

「いたことはいた。それだけかもな。覚えているか? わたし達が奴に出会った時、ワームのことについて口にしていた。だがその時、奴は自分がワームにいたなどとは言わなかった。だから、さっきもワームから来たとは言えなかったのかもしれない。取り繕うとした結果が、クオヌ」


 あ、とサリュは思い出した。確かにそういう会話の記憶があった。

「考えすぎかもしれないがな。クオヌ北の部族を目指していたといえば理由にはなる。だが、胡散臭い。町の人間は誰も似たようなものだが、奴はその中でもとびっきりだ」

 もっとも、とユルヴが肩をすくめる。

「ただの馬鹿かもしれん。だから念の為だ。間諜の可能性もある。……間諜なら、それこそ逃げ出しているはずだが。私は少し集落の者と話す。父様に連絡しなければいけない。少し待っていてくれ、悪いがギナ婆に一緒に会って欲しい。水源の話を聞かせてもらえるか」

 強制ではない口調に、サリュは首肯して言った。

「……ごめんなさい。今まで話してなくて」

「別にそれはいい」

 ユルヴが言った。

「理由があるのだろう。リスールで少し聞いた、子どもの話と」 


 脳裏に自分を睨み上げる少年を思い出して、サリュは思わず顔をしかめる。ユルヴは頭を振った。

「水源について、話せるだけでいい。それだけでギナ婆への話がしやすくなる」

「……わかった。ラディさんの荷物は?」

「わたしから誰かに伝えておく。間諜に荷を渡せば、それで何をされるかわからないからな。楽器だけ渡しておくさ。お前のことも言っておく。すまないが、集落の近くにいてくれ。クアルは……あの子には少し我慢してもらう。今はここの者達にも余裕はないだろう」

「大丈夫。ここで待ってる」

「ああ」

 足早に去っていく背中をサリュは見送った。



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